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最強魔法師の隠遁計画  作者: イズシロ
第3章 「ケージブレイク」
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やかまし者の土産

 訓練を終えたアルス達は研究棟へと向かう。

 アリスとはそれとなく別れ、自室へと向かう二人はアポイントを取ってきたフェリネラを出迎えた。


「待たせた」


 扉の前で挙動不審なフェリネラは手土産代わりの包みを抱えていた。


「いえ、私も今着きましたので」


 顔の前で片手を左右に振る。緊張でもしているのかとも思うのだが、そのセリフは妙に恋人同士の待ち合わせのようなニュアンスだった。

 と、背後にはロキがいるのだ。こんな場所で立ち話も思わしくないだろう。


 解錠した扉が重量を感じさせる緩慢な動きで開くと三人は入室する。


「お邪魔します」


 入った直後でフェリネラは止まって内部を物色? するように見渡した。

 その目の輝きから物色ではない新鮮なモノを見るようにうっとりしているのは気のせいではないだろう。

 感じ入るような表情だが、つっこむと話が逸れそうだ。


「何してる、早く入れ」

「あっ! はい」


 何故かお辞儀をしたフェリネラは淑やかにアルスの目の前まで行くと。


「つまらないものですが」


 差し出された包みは茶菓子のようだった――無論ありがたく頂戴したわけだが。


「お前は何しに来たんだ」


 てっきり任務に関係のあることかと思っていたのだから拍子抜けの感は否めない。


「任務の件ですが?」


 任務に関係あったのかと、呆れ顔で苦笑した。どうも噛み合わない。貴族としての礼節を優先するフェリネラと要件だけを伝え手っ取り早く済ませたいアルス。

 なんにしても彼女の様子からもそれほど大事なことではないようだ。


 受け取った茶菓子をロキに渡してテーブルへと着く。

 前にも思ったが席に着く動作一つ取ってもフェリネラは学院にいる貴族の中で最も貴族らしい。


「じゃあ、報告を聞こうか」

「はい、先日の賊襲撃で総督は暗殺ではなく殲滅戦に作戦を変更しました」

「だろうな」


 ロキによって三人分の紅茶と茶菓子が運ばれるとアルスの隣に腰を落ち着かせた。


 着席を横目で確認したアルスはフェリネラの目を見て先を促す。


「で、具体的にどうなるんだ」

「明後日の決行日には治安部隊と軍の魔法師を含めた包囲網を敷きます。アルスさん達は予定通りです」

「つまり取りこぼさないようにということか」

「申し訳ありません。三桁以上の魔法師を揃えられなかったみたいです」


 何故か伝令役のフェリネラが申し訳なさそうに目を伏せる。


「お前が謝ることじゃない。いつものことだ…………どうせ総督に頼まれたんだろ?」

「は……はい」

「毎回これで俺がなじってるからな。押し付けられたんだから気にするな」


 人の悪い笑みを浮かべたアルスに呆気に取られたフェリネラがクスリと笑みを溢した。


「任務にはロキさんも同行するのですか?」

「パートナーですから当然です」


 毅然な態度のロキにフェリネラも微笑ましげに、


「お互い頑張り・・・ましょうね」


 と破顔して答えた。

 頑張ると言っても当日はアルスとロキの二人が実質的に動くため、外の連中は暇を持て余すことになる予定だ。


 その後、細かい情報の交換と確認を済ませる。

 フェリネラは聞けば聞くほど諜報員としての力が高いように感じる。アルスの疑問もほとんど解消されたのだから綿密だ。


「確かヴィザイスト卿も風系統だと思ったが、フェリネラもなのか?」

「はい、ある程度諜報に役立つ魔法を叩き込まれました」


 アルスはなるほどと唸る。風魔法は範囲的な探知に有効なものが多い。

 だからといってロキのように探知魔法師じゃないんだなとは思わない。風系統の魔法師はどちらかと言えば対人に有効なモノが多いためだ。


「フェリもそっちの道に?」

「その予定です。ですのでアルスさんのお役に立てるかと」


 頬を染めるフェリネラにピクッとロキが対抗心を燃やした。


「私がいますのでフェリネラ先輩は普通・・に諜報活動に従事してください」

「あら、ロキさん、過信は命取りですよ」


 上から窘めるような姉口調のフェリネラが上品に紅茶を含んだ。


「過信ではなく、必然ですッ!」


 交互に視線を移し徐にカップを傾ける。

 カップを置いてアルスはため息を溢した。


「そんなことはどっちでもいい。こういう仕事にはフェリの能力が適任だし、魔物相手ならロキが適任なだけの話だ」


 割って入ったアルスの声音は冷ややかなものだった。

 ムキになっていたことに気が付いたのか、黙りこくった二人にアルスは結構な時間になっていることに気が付く。


「こんな時間だがフェリは寮に戻らなくていいのか? さすがに寮長が門限をぶっちぎるのはまずくないか」

「本当!? 時間が過ぎるのは早いですね」


 名残惜しそうに立ち上がったフェリネラはロキにおいしかったわ、と礼を述べて帰り支度を済ませた。


「どうも……」

「そうでした。これが今日までの調査報告書です」


 今更とも思うがざっと目を通した資料の内容はフェリネラが口頭で述べたものと一致しているので、それを書き写したようなものだ。


「また何かあったら頼むぞ。どうせフェリに伝令が回って来るだろうからな」


 アルスも見送りのために立ち上がって資料を傍にある機材の上に置く。


「わかりました」


 フェリネラはそれを役得だと思っていたから、苦笑いではなく素直な笑みで答える。


「お茶くらいならいつでも出しますので」


 深くお辞儀するロキに心算はない。

 アルスの言った通り適材適所、今回は彼女のほうが彼の助けになると思っての行動だ。


「ふふっ、ありがとう」


 対等な関係であるような二人でもこれだけ身長差があれば姉妹のようだなとアルスは口の端を軽く持ち上げた。無論、そんな風に見ていたと知ったらロキから叱責を食らうだろうか。


「では失礼しますアルスさん」


 丁寧なお辞儀で黒く艶やかな髪が垂れる動作はロキのような幻想美ではなく、かといってアリスのような女性らしく可愛いものでもない。

 蠱惑的な笑みは鳴りをひそめ、打って変わった洗練された雅やかな中にしとやかさがあるのだ。


 もう一人の美少女は外見と内面が乖離し過ぎて矢面に出すには場違いなように感じる。


「……あぁ、また頼む」


 一拍遅れたのはそんなことを考えていたからであって、見惚れていたわけではない。


 送って行こうとも思ったが、三桁魔法師の彼女には逆に失礼に当たる可能性も考えた結果、部屋の前で別れた。




任務開始まで二日を切った。今回の任務はかなり入念な調査が行われている。

 これ以上ないほどだ。それでも何が起こるかわからないのは結局外界と同じだろう。


 アルスも正直人数不足を懸念していた。実験体は見た限り三桁魔法師に切迫するほどの戦闘能力はあった。どちらかと言えば身体能力が突出しているが。


 さすがのアルスでもそれほど多くの敵を相手取れば逃す可能性がある。その実験体の数も現状不明なため不確定要素としてもこちらの戦力がアルスとロキだけでは逃すことも考えられる。


 それもあっての包囲網なのだろうが、万全を期すならば二桁魔法師を二人は欲しいというのが正直なところだ。


 打診した所で受け入れられないだろうというのはわかり切っていた。フェリネラが言ったように包囲網の人員ですら満足な魔法師を揃えられていないのだから。



 ♢ ♢ ♢ 



 翌日、まだ昼前だ。

 天気も擬似的なものだが、良好といっていい。暑くも寒くもないのだから過ごしやすい。

 そんな快晴の中、アルスの研究室に浮かない顔の少女がぽつんと気まずそうに立ち竦んでいた。


「なんでお前がここにいるんだ」

「…………」


 という突っ込みは正しくない。何せこの少女は宣言通りに帰ってきたのだから。

 アルスの心情的にはタイミングが悪いという気しかしないためだ。


 完全に休暇を満喫している涼しげなチュニックにレースのあるショートパンツで背が低いながらも惜しげもなく美脚を曝け出している。

 いつもより高い位置に結われた赤いポニーテールがしょげたように垂れ下がっている。


 そして苦々しい表情でその目はそっぽを向いていた。


「フィア、お帰り~」


 訓練を中断したアリスがテスフィアに近寄りその手を掴もうとした時、間違い探しのような違和感に疑問符を浮かべる。見送りした時と比べて身軽になっているからだ。


「そのままこっちに来たの?」


 そう、一泊程度の旅行バッグを片手に今帰ってきたばかりの格好。


「アリス~……何も聞かないで~」


 ボスンッとバッグを落として抱きつくテスフィアは聞いてと言わんばかりにアリスの胸に泣き付いた。


 よしよしと頭を撫でるアリスは長い付き合いなのか手慣れている。


「アルス様……」


 背後に忍び寄るように近づいていたロキが小声で問い掛けた。


「まぁ、予想外だが支障はないだろう」


 明日に控えた任務のことを言っているのだろう。テスフィアを見て最初にアルスが思ったことも似たようなものだ。


「どうでもいいが、その荷物はちゃんと持って帰れよ」


 アリスの胸に押し付けていた顔がキリッとアルスへと向けられ鋭い視線を投げつけた。

 ――と思ったが、すぐに俯く。


「わかったわよ」


 弱々しい声、妙に素直過ぎるテスフィアは嫌な予感しかさせないのだ。


 落ち着いたのかテクテクと明らかに気ダルそうな足取りでアルスの前まで来ると、


「何だ……」

「…………休みの間に少し時間を貰えない?」


 彼女の手荷物に持って行った筈の訓練棒が無いのと関係があるのだろうか。長さ的にバッグに収まっているとは思えない。


「やらん」

「――――!」


 一蹴するのはぞんざいな説明に素直に頷く恐ろしさを知っているからだ。


「少しは考えろ! まずは理由を言ったらどうなんだ」

「うっ……」


 唐突な申し出は彼女の思慮が浅いからではなかった。単純にその理由を明かしたくなかったのだ。


「ダメ……?」

「正当な理由以外は却下」

「フィア何かあったの?」


 遅くなる筈の帰省が予定通りに進んだことに疑問を持ったアリスがその原因が家絡みである指摘をした。


「その……ね」


 言いづらそうに間を置くテスフィアに紅茶を運んできたロキ。

 ナイスアシストなのかは判断しかねる。アルスはこの話を聞きたくないと思ったからだ。どうせ厄介事に決まっているのだ。


「魔法の腕を見られて何か言われたの?」


 覗き込むアリスは心配するかのように原因を探る。


「それは大丈夫だったんだけど……自室で訓練をしている所を見つかってちゃって……」

「それの何が問題なんだ?」


 急かすように口を吐く。

 その後に続く言葉をなんとか引き出すことには成功したようだ。聞きたくはなかったが。


「その……棒を見たお母様がね、誰の指導を受けているのかって……」

「それは言い逃れできないね。フィアはお母さんにてんで頭が上がらないもんね」


 それを聞き終えるまでにアルスは「あ~」と天を仰ぎたい気分になった。


「お前の母君は腕の立つ魔法師だったな」

「うん」


 ならばあの棒がどういうものなのかわからない筈がない。

 

「で、連れて来いと?」

「うん」


 それで時間を貰えないかと……やはり最悪な展開になった。


「棒はお預けか?」

「ははっ!」


 あっけらかんと頬を掻いて見せる。

 

「笑いごとじゃない」

「う……」


 退役したと聞いたが、未だ軍では顔が利くのだろう。何よりも今の訓練にあの魔物を素材にした訓練棒は欠かせない。


「お前は面倒事しか持ってこないな」

「お願いっ!」


 顔の前で手を合わせるテスフィア、勢いよく頭を下げたことで結った髪が跳ねる。


「しょうがないか。だが、すぐは無理だ」

「なんで?」


 こいつは図々しいなと。


「俺にも用事があるんだ。少なくとも明後日までは無理だから、三日後なら考えないでもないが」

「なんで? 研究なら私も助手として手伝うからお願いします。お、お母様に何を言われるか……」

「お前の手伝いがいるようなチンケなものを研究していないぞ。何を思って手伝えると思ったんだお前は」


 そんなおっかないのか、アルスもやはり断ろうかと悩む。


 隣でテスフィアの研究に対する侮辱とも取れる言葉をロキが見過ごせるはずもないが、今回は自重気味にアリスを使った。


「アリスさん教えてあげてください」

「えっ……」


 突然の振りだったが、その意味を汲み取ったアリスがロキに変わって代弁する。


「フィア、アルの研究で私も一つ新しい魔法を使えるようになったんだから、そんな風に言っちゃだめだよぉ。というかたぶんフィアじゃ役に立てないと思うなぁ」

「誠意だけじゃダメ?」

「逆に足を引っ張ると思うよ?」


 さすがのアリスも研究過程を覗く機会はあった。その時の難解な文字列に見なかったことにしたほどだ。


「……よかったじゃない。あんなに悩んでいたものね」


 一瞬の間は確信的に話題の転換だ。アリスの手を取って自分のことのように喜んだ。ただ少しの気まずさまでは拭えなかったのか機械的な動作だった。もしかすると今脳内では追い込まれたネズミのように打開策を考えているのだろう。


 その手の動きにアリスも身体を揺さぶられながら。


「う、うん、ありがとう」

「わかったか、俺の研究の偉大さを」


 さすがに傲慢な感じもするが、この軽視していたであろう赤毛を黙らせるためにアルスは意地悪く演じた。


「本当にためになったのね」

「お前な、付き合って欲しいならもう少し俺のご機嫌取りをしたらどうだ。付いて行かんぞ」


 やはり思慮の浅いこの美少女は硬直した。

 と思ったら姿勢を正しチュニックの端を摘み、一歩引いて軽く会釈する。


「崇高な研究に大変感銘を受けましたアルスさん」

「……」


 アルスは初めて貴族らしい振る舞いを見たと同時にひどい違和感を持つ。第一印象の影響だろうか。この容姿なら本来見惚れて然るべきなのかもしれないが、そんな気にはなれない。

 結果。

 

(似合わんな)


「つきましてはこの不肖な私にも魔法を一つ賜りたく存じます」

「そこは同伴ではないのですね」


 ぼそっとロキが突っ込んだが、アルスも同感だ。

 ちゃっかりしているところは変わらずのテスフィアだった。


「気持ち悪いな」

「なっ――! あんたが言ったんでしょうがあ!」


 胸倉を掴んできそうな形相が下から突き上げるようにアルスを睨みつける。


「わかったわかった」

「じゃ~魔法を……」

「そっちじゃない、お前の実家に少しなら行ってやるという意味だ」

「ちっ」


 気付かないと思っているのか……と思いながら舌打ちをスルーして仮初の社交スマイルを冷ややかに見下ろす。


「取り敢えず行けても三日後だ」

「ぶぅ~……」


 プクっと膨らませるテスフィアをすかさず宥めるアリス。


「よかったねフィア。それなら早くお母さんに連絡入れた方がいいんじゃない?」

「そ、そうね」


 




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― 新着の感想 ―
[気になる点] ここで母親に貴女じゃあ、招待できる相手じゃありませんってなんで伝えないのか理解に苦しむ。 主人公の設定は天下無双でしょう?
[一言] ここで読了
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