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最強魔法師の隠遁計画  作者: イズシロ
9部 第1章 「黄金姫」
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金銭感覚



「私達も一緒に行こうか?」


 こんなことを唐突にテスフィアが言い出した。この言葉の意味を正しく理解するためには会話の内容を説明しなければならない。


 活気あるアルファの町並みは昼頃ということもあり、往来もピークに達している。

 中層・市民街と呼ばれるこの街はアルファでも主要な歓楽街となっている。多くの国民が中層で暮らしていることを考えれば、その発展も必然なのだろう。


 魔法師としてはあまり縁がない場所なのかもしれないが、飲食店も軒を連ね、ありとあらゆる物がここで揃えることができる。魔法師には、と言ったのは主にAWRや軍用品においてアルファ国内にはすでに工業都市【フォールン】があるためだ。


 こういった賑わいはアルスにとって雑音以外の何ものでもない。ましてや任務明けともなれば、酷く憂鬱になる。耳から虫が入ってきて脳の中を這いずり回っているような……そんな気持ちに目尻が痙攣したように微かに震える。


 話を戻し、テスフィアの提案はアルスが一度【協会本部】に顔を出すと言い出したためだ。もちろん、バルメスに置かれる協会本部とは真逆の方向に来ているわけで、何も今思いついたことでもない。

 テスフィアとアリスを無事アルファ国内に送り届けるためでもあった。


 彼女達の疲労から付いてこさせるわけにもいくまい。

 気丈に振る舞ってはいるものの、少し歩けば、老婆のように腰を曲げているのだから。そのうち休憩とか言い出すに決まっている。何より、まずは初の外界任務にあたってのアフターケアのつもりだった。外の世界と内側の世界には明確な違いがある。思考の緊張や心の切り替えをゆっくり行っていく必要があると感じていた。そう、ゆっくり慣らしていくのだ。


 が、そんなことは彼女達の今の姿を見れば心配はいらないのかもしれない。

 

 いずれにせよアルスは協会本部に顔を出さなければならない。これはアルス自身が必要と感じてのものだ。イリイスに会うため、と言い換えることもできるのだが。


 昨今の外界事情はこれまでと比べ、大きな変化を見せている。そのことがアルスには気掛かりだったのだ。そして、もう一つ……。


「ロキの腕もちゃんと調べたいところなんだが、任務について直接知らせておくべきだと思ってな。心配するな、お前の腕はある程度予想できるし、その対処のためでもあるんだ」


 チラリと窺うように見てくるロキを、アルスはそんな気遣いで宥めた。実際嘘ではなく、一通り腕に刻まれた式を見たアルスは、寧ろ予想が的中したとさえ思ったほどだ。


 しかし、ロキの物憂げな目は解消されることはなかった。それはアルス自身がすでに気づいていることで、わからないはずがないことだ。それを隠してロキのことを気遣ったのは、心配させまいとしたのかもしれない。どちらにしてもその真意がロキにはわからなかった。


 パートナーとしてだけではなく、傍にいることを許された彼女が「心配」するのは常にアルスを慮ってだ。

 華麗に、ではないがスルーされてしまえば、一先ずそれ以上の追求は難しい。


 ――探知魔法師でなければ気づけないでしょうけど。鋭敏な感覚の持ち主ならば感づく者がいるはず。


 外界でアルスの身に起きた魔力の置換不良。彼は問題ないと断言したが、不自然な魔力の漏洩は今も続いたままだ。不自然、というのはつまりアルスが意識して魔力を押さえ込んでいる状態を意味する。


 要は未だに魔力への置換ができていないことになる。普通ではありえない魔物と酷似した現象だが、アルスが嘘をついているとも考えづらく……それはアルス自身でもよくわかっていない、ということではないだろうかとロキは推測していた。


 

「そんなわけで時間が掛かるわけだし、ここからだとまたバルメスに引き返すことになるんだぞ」

「…………地獄か!?」

「う~ん、それはきついかなぁ~。ごめんねぇアル。凄く疲れちゃって、ついて行っても途中で動けなくなりそう」


 随分と緊張感の欠けるツッコミをテスフィアから貰ったところで、アルスは「というわけで俺は一端協会に顔を出してくる」と立ち止まった。なんせ、ここから先は乱痴気騒ぎ同然である群衆の只中に入っていかなければならないからだ。


「フィアもアリスも今日はゆっくり休め。それも任務の一環だ。翌日に疲労を残さないように、効率的な体作りをしていかないとな」


 弱々しく二人は「はぁ~い」と間延びした声を重ねる。空元気であるのは明らかだった。

 そんな二人を見て、アルスはせいぜい溜息をこれ見よがしについてやることにした。何があろうとも変わることのない瞳の色を見ながら。


 一年時に行われた課外授業とはまた別次元の脅威に晒されても、呆れたことにまだ魔法師を目指すらしい。真に強く、芯の強さを持つ、二人は魔法師としての資質を改めて証明した。


 気が緩んだのか、欠伸を堪えるテスフィアを見て、アルスは徐に協会発行のライセンスを取り出した。

 日陰に入り、仮想液晶を起ち上げ手慣れた様子で操作し始める。項目から個人情報を選び、魔力情報による個人認証を済ませる。


 旧ライセンスと比較してもかなり扱い易くなっており、含まれる情報量も増えている。もちろん、その分失くせない程重要なものに変わってしまったが。


「仕事が早いな……こんなところだろう」と頬を持ち上げてアルスは独白した。そして少し操作してからテスフィアとアリスへと向き直る。続いて「お前らも確認しておけ」と小声でとある項目を教える。


 あまり大声で言うことでもないが、今回二人は任務の同行者として付き添っている。

 そして任務は正式に達成され、それによって発生する報酬が振り込まれていた。もちろんこれについてはボルドー大佐の仕事が早いこともそうだが、協会の仕事も早かったということだ。


 実際はイリイスが直接任務完了の報告をボルドーから受けていたため、最優先で処理されたわけだが。


「お前たちは今回正式な部隊メンバーとして任務に就いたわけじゃないから、協会からの振り込みじゃないからな、そこは勘違いするなよ。ま、成功報酬としては無難なとこだろう……言ってなかったが当然順位には反映されないからな」

「「…………」」

「アル、聞いていないようですけど」

「ん?」


 見られないように背中を向けて、テスフィアとアリスは即座に確認した。そして訪れる沈黙。

 どこからともなく「いち、じゅう、ひゃく、せん……まん、じゅうまん、ひゃく……ひゃ、ひゃくぅ!?」と厭らしい驚愕の声が響き渡る。


「大佐も随分奮発したな。正規の料金で良いと言ったのに」


 アルスに支払われる報酬から、部隊員として正規の割合でテスフィアとアリスにも分けられている。


「イヤイヤイヤ……桁がおかしいわよ、これ! あんたね、私達にこんな大金持たせてどうするつもりよ」


 テスフィアは欲に溺れない知性があるかのように、異様に程落ち着き払った声音で言った。世の中を渡り歩いてきた熟年者のような達観ぶりであり、どこか悟りを開いた気配すら漂わせている――が。


「どうもしないが、もらい過ぎだと言って返すのか?」

「返しません!」


 何故か敬語になって拒否するテスフィアは口元のニヤケを隠しきれていなかった。


 そんなテスフィアとは対照的にアリスは困ったように首を傾げていた。身の丈を弁えているのか、どうしても苦い顔を浮かべていた。魔法師を目指す者の中には当然、高給という理由もあるわけで、中々珍しい反応ではある。


「学生にしては持ち過ぎだよね。そういえば、アルが作ってくれたAWRもあるから、その費用に充ててもらえないかな?」


 ダメかな? なんて窺い見るような目を向けるアリス。

 彼女の性格からして高価なAWRをタダで貰ったことにまだ引け目を感じているのだろうか。それとも使い道として一番納得がいくものだったのかもしれない。


 いずれにしても。


「ダメに決まってるだろ。つーか、失礼な奴だな。あれはプレゼントだって言ったろ。お前は何も気にするな。それと報酬に関しては、正当な対価だ」

「うぅ~そんなこと言っても~」

「アリスさん、参考になるかわかりませんけど、軍の魔法師は割と豪快に使ってしまう人もいますよ。もちろん装備などを新調したりはしますが、独り身だと何かあった時を考えると残しておく意味がないんだそうです」


 ロキの説明はどちらかというと後ろ向きの意見だ。ようはいつ死ぬかもわからないから、今を全力で楽しむものがいるのは確かだ。家族がいれば話は変わってくるのだろうが。


「ま、ストレス発散を金で解決できるなら安いのかもしれないな。当然、余裕があればだがな。でも、まぁ、何ていうか……あいつみたいなのは間違いなく良くない」


 訝しげに向けられるアルスの視線の先にはテスフィアがいた。

 彼女の純粋なまでの瞳の色は、現在金勘定するために輝いている。


「ハッ! 違うわよ」

「まだ何も言っていないぞ」

「違うのよ。お金は計画的に使わないとって考えて、いて」

「ほぉ、殊勝な心がけだな。で、何に使うんだ?」

「ま、まずは服とか? 靴とか? アクセサリーとか?」


 自分で言っておきながら、その卑しくも自然と作られた笑みに計画性は皆無だった。

 さすがのアリスも何か危機的なものを感じ取ったようだ。一歩後ずさる彼女はテスフィアではなく、アルスとロキの方へと距離を縮める。


「フィア、将来苦労しそう」

「こんなのがフェーヴェル家の次期当主で大丈夫なのか? こいつあるだけ使うタイプだぞ」

「そのようですね。それで泣いた魔法師を私も見てきましたし、典型的な破産タイプです」

「そんなわけないでしょ!? ちょっとよ、ちょっと……」


 蔑みの目を向けるが、実際使い道があるだけ良いのかもしれない。そんなことをアルスは思うが、心配なのも確かだ。フェーヴェル家はテスフィアの代で終わってしまう気もする。

 実際にはそんな単純ではないのだろうけど。


 ともかく――。


「まさか今行くのか?」


 テスフィアのウズウズした様子を見て、アルスはここがどこなのかを思い出す。アルファ国内でも一際大きな歓楽街なのだ。買い物をするには絶好の場所なのだろう。


「…………えーっと、ダメかな?」


 これ見よがしに決め顔を作り可愛らしく言うテスフィアだが、アルスは寧ろ。


「どんだけ元気なんだよ、お前。使い道に関してとやかくいうつもりはないが、ほどほどにしとけよ」

「りょーかーい」

「私もちょっとだけ……」


 テスフィアに続いてアリスも興味が湧いたのか、もじもじと気恥ずかしそうに申し出る。

 さすがにAWRを持ってウロウロするのも邪魔だろうが、本人達が良いのであるならば問題ない。が、やはりわからない――彼女達の活力はいったいどこから湧いてきたのかが。

 先程まで疲れ果てていたのに、今は目の色を変えて新たな戦場を見据えているようにも見える。勇ましいのか、よくわからない光景だ。


「じゃ、また学院でね」とテスフィアのさっぱりした別れの挨拶が飛ぶ。すでに歩き始めていたのだから、言葉も飛ばざるを得ない。

 アリスは胸の前で手を振るが、テスフィアを見失わないようにすぐに後を追いかけていった。


「で、ロキは良いのか?」

「はい、アルに付いていきますので」 

「そうか」


 言外に含まれた意味をアルスもロキも読み取っていた。そして二人はバルメスへと――協会本部へと引き返していくのであった。





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