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最強魔法師の隠遁計画  作者: イズシロ
第4章 「夜会」
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黒墨の望みとは




 協会の依頼を無事完遂することができた――アルスからしてみれば曖昧なままの結果になってしまったが、これも部隊として考えれば成功の形なのだろう。釈然としていないのは、今回の任務でのアルスの働きである。あまり仕事をした感覚がなく、どちらかといえば断片的な情報から私見を述べただけだ。

 ロキがとった行動もまた、好ましいものではないと感じていたアルスだが、結果的に見れば任務達成に大きく貢献した働きといえた。


 現在はバルメスからアルファに向けて帰宅途中である。

 まだ今日という一日は始まったばかりなのかもしれないが、すでに初任務を終えたテスフィアとアリスは疲労を隠しきれていない状態であった。

 肉体的な疲労というよりもやはり生死がかかった外界で過ごした時間は彼女達にいつも以上の負荷を与えていたようだ。


 半ば予想していただけに特に感想もないのだが、バルメスを出た辺りから目に見えて疲労が表に現れていた。アルファ国内に入ったことで緊張の糸が切れたのだろう。


 明日の授業のことも考えれば、テスフィアとアリスの二人は一刻も早く自分のベッドで寝たいはずだ。

 帰りは魔動車での送迎を申し出たボルドー大佐であったが、時間の都合上アルス達は転移門サークルポートを経由する帰宅方法を取ることにした。

 転移門技術も第三のバベルと同時に飛躍的に進歩した技術の一つだ。以前と比べても経由する転移門の数は極端に減ったと言えるだろう。


 もちろん、まだ設置数が多くないため、場合によって旧来の転移門を使うことになるのだが、それでも大幅な時間短縮に繋がっている。


 四人は昼頃には一先ずアルファ入りしたが、そこでテスフィアとアリスの歩く速度が極端に遅くなった。転移門の仕組み上、国境を跨ぐ場合は正式な許可が必要とされ、国別に転移門の連動システムも若干異なる。もちろん転移門間はそれほど離れているわけでもないが、当然魔力情報の読み込みなどに支障をきたさないため、一定の距離に設置されている。


「うぅ~身体が重い」


 だらしなく前屈みになって歩くテスフィアの隣で、アリスもぎこちなくチマチマと足を動かしていた。


「節々が痛いね。睡眠時間は取ったはずなのに……」


 腕を擦りながら乾いた笑みを精一杯浮かべてみせたアリスだが、その歩みは忍び足のように慎重であった。その理由は歩く振動で、身体の節々に電撃が走ったような痛みが襲うからで、アリスは一歩踏み出す度に「うっ」だとか「あっ」だとか悶えるように肘を引いて身体に力を入れていた。


 アルスとしては、そんな彼女達と歩くのはとても恥ずかしい気分である。

 すれ違う人々の奇異な視線は、彼女達が忘れた頃にタイミング良く艶っぽい声を上げるためだ。


「恥ずかしいから、どうにかならんのか」


 額を押さえて、指の隙間からヨロヨロと歩く二人を見る。そして溜息を吐いたアルス。周囲からどう見えているのか、わからないが少なくとも好意的な視線ではない。


「しょうがないじゃない! それにしても普段も結構ハードな訓練をやってるのにここまで酷いことにはなったことないのに」

「だ、だね~。あはは……あんっ……くうぅぅ……もう私だって恥ずかしいよぉ~」


 今二人に必要なのは療養でもなく、治癒魔法でもなく、老人が使うような杖なのだろう。


「お前ら明日は更に酷い筋肉痛が待ってるぞ」

「間違いなく筋肉痛ですね」


 ロキにいたっては少し面白いものでも見ているような目だ。実際、彼女達が今感じている節々の痛み、筋肉の痛みというのは軍の新人に多く見られる。

 言ってしまえば、それは生徒である内は身体を鍛えていようともあまり関係がない。


「二人ともノロノロしていると置いていっちゃいますよ」

「なんでロキは平気なのよ」


 恨めしそうな顔でテスフィアは、わかっていながら言わずにはいられなかったのか、その口調は八つ当たり的ですらあった。


「そもそも普段の訓練で使う筋肉と、外界の不規則な足場や極度の緊張感の中で使う筋肉はまったく違うんです。直に慣れますよ……そしてムッキムキに、足もバッキバキに……」

「ひっ、いやー可愛くなくなっちゃう」

「「…………」」

「はぁ~…………女の子らしくなくなっちゃ――」

「いや、噛み砕いて同じこと言うな!」


 テスフィアの自意識過剰発言にアルスとロキは返答に迷った。さすがに二回目にはアルスもツッコまずにはいられなかったのだが。ロキに至っては相槌すら打ってあげるつもりはないようだ。

 ロキが煽ったのだからこの収拾は是非ともロキに自主回収してもらいたいところだが、彼女は完全に赤の他人と決め込んだのか、さっと自然な動作で前に向き直って「さぁ、帰りましょう」と歩き出していた。


「え、あれ、フォロー入れたほうがいい感じのやつ?」

「アリスさん、それ・・は置いていきましょう。巻き添えになりますよ」

「ちょ、ロキ。あんたが爆弾投げたんだからね」

「火をつけたのはテスフィアさんですよ」


 なんだかんだ言っても、ずいぶん仲が良くなった、とアルスは一歩引いた蚊帳の外で微笑ましそうに眺める。テスフィアの悪ノリはともかくとして、今回の任務は大きな成果をもたらしたのかもしれない。

 いつか、ヴィザイスト卿の下で部隊に入っていた時に感じた空気と同じものをアルスは感じていた。仲間への信頼が厚いと、きっとこんな雰囲気を作るのだろう。レティの部隊もそうだ。まるで家族のような友のような、そんな親密さがある。


 部隊とはそういうものなのだろう、とアルスは改めて思う。ヴィザイスト卿の下で編成された特殊魔攻部隊は、隊員のほとんどを失ったがあれは間違いではなかったはずだ。

 そこに噛み合わないアルスという存在が混ざったばかりに、瓦解してしまったに過ぎない。完成された鮮やかな絵に黒の染みを落としてしまったようなものなのだ。黒は周りの色を侵し、絵を穢してしまう。


 でももし、最初に黒を落としてその後に周りを彩ってくれるならば、黒は生きることができるのではないのか。

 そうアルスは思い始めていた。

 これは自分の望みなのかも、我儘なのかもしれないと思い、アルスは夢のような妄想をなかったことにした。こんな物は記憶の一部として留めておくほどのものではないのだ。


 ――でも傍にいるならば……ハハッ、何考えてんだ俺は。


 共にあるならば、きっとその色は黒を支える力強い発色が求められるのだろう。でなければ強烈な黒に飲まれるだけなのかもしれない――穢されるだけだ。

 黒は黒以外の色を飲み込むことしかできないのだから。


 彼女達が作る空間は色鮮やかに染まっている。それは明るいものだ。

 だからふとその空間がアルスには眩しく映る。きっといつまでも眩しいのだろう――手が届かない程に遠く、眺めていることしかできないとしても。

 ただ、いつか彼女達が自己を何者にも染められないほどの色を持った時、もしかすると黒にさえも染まらないのかもしれない。


 ともすれば、自分を黒だとアルスが勘違いしているだけかもしれない。いつしか彼女達の色に染められているような気にさせられることも少なくないのだから。


 彼女達の色の中に入ることを躊躇っているのは、アルスの方なのかもしれない。

 そうであったならば、アルスもまた本当の部隊に巡り会えることになるのだろうか。

 一人の戦場ではなくなるのだろうか。

 共に戦える者が傍にいてくれるのだろうか。


 ――あぁ、それはずいぶんと【人】らしいな。


 しかし、それはまた同じ過ちを犯す兆候なのだと、アルスにはわかっている。それは単なる勘違いで、そこを履き違えれば結局、最後にはまた自分一人になってしまう。


 混じってはいけない者(色)なのだ。

 黒という色が他の色になることがないように、気をつけなければならない。触れさえしなければ黒は黒のまま、何者も穢すことがないのだから。


 でも今は、そんなギリギリの距離を置いて声だけを飛ばす――それぐらいならば……。

 アルスは思い出すようにテスフィアに向けて言葉を投げる。余計な一言を添えて。


「女性魔法師の全部とは言わないが、何事も満遍なくつけることが大切なだけだ。筋肉は重いからな、レティなんかを想像すると良いんじゃないか? それに実際、お前の身体は理想的に近い筋肉の付き方をしていたぞ。付きすぎずってな具合にな」

「はい?」


 真っ先に反応を示したのはテスフィアであった。身体の痛みなどなんのその、不気味な笑みは顔の紅潮を抑えるかのように作られていた。


 動物が草むらから獲物を狙うが如く、三人の眼光がアルスを射る。到底聞き逃すことができない内容だったわけだが、当のアルスはデリケートな問題だったか、程度に頭を捻る。話題が話題だったために説明のつもりだったわけだが。


「あんたやっぱり見たのね!!」


 ずいずいと圧迫するように迫ったテスフィアは、半泣きの顔をアルスに向けて真実を暴き出そうと問いただす。外界で添い寝した時の状況を再度掘り返した。


「ど、どこまで……どこまで見たのよ!!」と言い募った直後、勝手に最悪の答えを導き出したのか、その顔は火が出る程赤く染まり、かつ目元には大粒の涙が溜まった。


「普通に考えて、そんな気がしてたけど、アルも迂闊だよねぇ。そこは体を張って助けてくれた、で良かったんじゃない?」

「アルス様? 帰ったらお話しましょうね」


 アリスにロキと、彼女達の目に同情は一切込められていない。かといって蔑むでもない。アリスはアリスで、助言までしてくれる始末である。そしてロキに至っては異様な程完璧な立ち姿で、ニッコリとこれまた完璧な愛想笑いを浮かべている――帰った後も長くなりそうだった。

 スッと傍まで近寄ってロキは袖を掴むとグッと引いた。


「フィアさんのどこが良かったんですか?」

「待て、どこが良いなんて話はしてないぞ」


 追い詰められていく気配にアルスは逃げ場を失っていた。なんせ彼の胸ではポコポコと叩くテスフィアが「見られたああぁぁ、寝ている間に辱められたああああぁぁぁ」と喚いていたからだ。

 刺々しい視線がどこからともなく突き刺さる。足を止め、犯罪の臭いでも嗅ぎ取ったのか白い目を向ける通行人。妙な正義感でも発揮されれば、アルスはたちまち言い逃れできない状況に追い詰められるかもしれない。


 当人達からしてみれば、一種のお決まりなようなものなのかもしれない。もっともテスフィアだけは判断がつかないが、彼女の瞳が湿っているのは事実である。

 そんな中、一人だけ加われていないアリスは、というと何故か袖を捲り胸元のボタンを一つ開けていた。


 しなだれるように、艶かしく身体を捩った。その顔はどこか演技じみた恥じらいが見て取れる。


「アル、私以外に悪戯……したんだね……」

「おい、どんだけ羞恥心乗り越えようとしてんだよ。恥ずかしいのわかってるんだからこいつらに乗るな」


 アリス一世一代の小芝居は、どこかで見たような泥沼展開を誘発するには演技力に欠けていた。あまりにも恥ずかしい台詞にアリス自身完全に自爆しており、収拾がつかない状態である。

 耳まで真っ赤にするのはアリスには珍しく、実際にやってみて恥ずかしさを実感したようだった。


 こちらに向ける目はもうすでに助けを求めている。


 さすがに周囲の目に鬼気迫るものを感じ、アルスは「疲れてるのに、よくやる」と締めくくったわけだが、当然それで終われない人物がここにはいる。


「ちょーと、待って!?」

「何だ泣いてたんじゃないのか」


 鼻を啜りながらテスフィアはアルスの肩をがっしりと掴む。本当に泣きたい程悲しかったわけではないのだが、自分の意識がない内に見られた、というのが恥ずかしいのだ。勝手に状況を想像してしまったからなのだが。


「で、実際どうなのよ! それとプロポーションとか……その、あれ……とか」


 手を絡ませながらテスフィアは俯く。

 やはり恥ずかしいものは恥ずかしいようで、後半にいたってはゴニョゴニョと何を言っていたのかアルスにも聞き取れなかった。

 一先ず、アリスに言われた通りに実践してみることにする。


「フィア、お前には助けられた…………それで許せ」


 一瞬テスフィアの赤い顔は笑顔を浮かべようとしていた。しかし、途中からポカーンと思考を停止させるのであった。濁された言葉の真偽など、いまさら考えるまでもない。見たか、見ていないか、の二択に置いて見ていない主旨の言葉はそれ以外に存在しないのだ。他は全て「見た」と言っているのと同義である。


 身体付き云々は、アルスには難しい。魔法師としてとしか、答えられないからだ。

 アドバイスならばできるかもしれないが、それこそ火に油。火中にダイブするようなものだ。


「え~っと、それって……うんうんやっぱいい。じゃ、じゃあこれだけ、私より先に起きてた?」


 上目遣いに真剣な眼差しがアルスに向けられた。赤い髪の少女は、薄っすらと淡い紅を頬に浮かべて真摯に問う。ロキもアリスも小芝居? をやめて干渉しすぎないよう気を遣い一歩分距離を空ける。そこに意味があるかは別として心遣いの問題だ。


 そんなテスフィアにアルスは顔を逸して、遠くに一度目をやる。

 そして腰を曲げてテスフィアの耳元に口を近づけた。


 直後、テスフィアの頭から魔力かなにか、煙のようなものが吹き出た気がした。熱せられた顔は、確かに煙を吐きそうな程である。


 「さて、帰るか」と見えてきた転移門に向かってアルスは歩みを再開した。そして背後で立ち竦んだテスフィアはそっと自分の耳に手を当てるのであった。

 

 

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― 新着の感想 ―
[一言] 毎回、ロキが入ってくるのがウザイ。とたんにつまらなくなる。
[一言] おい…なんだよ…教えろよ…( ≖͈́ ·̫̮ ≖͈̀ )
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