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最強魔法師の隠遁計画  作者: イズシロ
第4章 「夜会」
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一人語り



「それにしても昨今の魔法師事情はなんと言いますか、随分と待遇が良くなりましたよね。私みたいな傭兵紛いの魔法師はどこも正規じゃ雇えないんですよ。裏の事情を知り過ぎるのも考えものといえば、考えものなのでしょうね。一度傭兵に身をやつしてしまうと、中々抜け出せないものです。波風立てずにこの稼業を続けていくには深入りし過ぎないのが得策なんですが、それだと早死にしてしまいます」


 これまで傭兵として雇われた魔法師はどこの国も囲うことをしてこなかった。これは暗黙の了解である。内情を少なからず知ることになる傭兵は軍にとって帰ってこないことが望ましいのだ。そのため不正確な情報で過酷な依頼をする。個人に支払われる報酬は傭兵を集めるために数字の上では魅力な桁を示すのだ。

 しかし、実際は死ねば支払われることがない。


 無事帰還を果たせたならば、少なくない報酬が約束される。それも依頼主にもよるが、かといって傭兵側も清廉潔白とは言い難い。軍規がないぶん敵前逃亡も少なくなかった。一部では同行する軍の部隊を襲い身包みを剥ぐといった盗賊のような連中がいたことも確かだ。


 傭兵というカテゴリーには当然【クラマ】の存在も含まれ、悪いイメージを各国が持っていたことも事実であろう。非正規の魔法師を軍が使うのは体面上思わしくないとされてきた。


 だが、幾度か依頼をこなしていくうちに、その筋で名が知れていることも多くなる。そのため内部情報流出を阻止するために、軍は一時的に雇うことはしても正規魔法師として迎え入れることはしない。各国間で暗黙の内に決まっていたはずだ。


 傭兵でも警戒される域に達する者は、それこそ数える程度しかいないのだが。大抵の場合は二年も続かないものだ。途中で死ぬか、労力に見合わぬ仕事に逃げ出すか。



 だが、傭兵を生業としてきたものと正規魔法師との間には決定的な差があるのも事実だ。胡散臭い傭兵を好き好んで使う軍ははなから信用ならない。そういう意味でいえば協会の設立は現職の傭兵にとって良い指標となりうるのだ。もっとも協会の庇護を受けているわけではないので、大きな恩恵は得られないのだが。

 それでも協会の実質的な業務は魔法師の派兵だ。言ってしまえば傭兵に近く、仕事として明確なシステムの基準が協会の設立によって確立したと言っても過言ではなかった。



 女性は好感を抱かせる笑みを濃くして、歩きながら大きく両腕を広げた。


「でも、生きるためですし、私にはこれが合っているんですよ。その点アルス様には共感するところが多いです。役に立たない奴は見殺し、邪魔な奴は早めに排除しておく、傭兵の鉄則であり、外界の常識。そこに求められるのは人間性なんてあやふやなものなどではないんです。力足らずは死ぬのが道理ですよね」


 疑いの余地がないほど断言する言葉。道理、正義なんてものに頼らず突き詰めるべきは外界における生存戦略だ。


「アルス様と私達は似たところがあります。私のことは【ロゼ】と呼んでください。イリイスさんに聞いていただければわかると思います。この界隈ではそれなりに顔も利きますし。というわけで仕事終わりに一献どうです?」


 バッと翻り決め顔を作る。腰に手を当て、もう片方の手はグラスを口につけ傾けるジェスチャー付きだ。

 しかし、その仕草を見せる人物は彼女――ロゼの目の前に目的の人物はいなかった。


 比較的喋るのが好きなロゼだが、ずっと独り言を大声で言い続けていた程ともなると、もはや重症である。

 空のグラスをしばし口に付けて硬直する。

 アルスの代わりにいたのは資料を抱えた若い魔法師だった。軍服に皺は見当たらず、新人だろうか挙動不審に男も後ろを振り向く。


 誰もいないことを確かめると恐る恐る自分を指差した。


 みるみる赤くなる顔に堪え切れず、ロゼはしゃがみ込んで赤面した顔を隠すように両手で覆う。


 ――かあああぁ恥ずかしいいッ!! 死にたいほど恥ずかし、何これッ!? ずっと独り言いっていたわけ? 嘘でしょ!? しかも聞かれたし、見られたし……見られた?


 目まぐるしく対応策が頭の中を駆け巡り、ロゼは床に指を立ててクルクル回しだす。


「あの~ロゼさんですよね。私、今日早番なので構いませんよ」


 トントンと肩を指で叩いてきた青年はにこやかにロゼの誘いを勘違いしたまま快諾する。

 その瞬間、男は綿のように身体が舞い上がり、壁に鈍い音を立てて叩きつけられていた。


 首を片手で掴まれ、容易く持ち上げられたまま壁に叩きつけられたのだ。足は床から離れ、壁面をズルズルと押し付けられながら上っていく。


「カハッ!! うううぅ……」


 首に食い込む指は細身のロゼから想像を絶する力が込められている。気道を完全に握り潰されそうになり、男は口から泡を吹いて気絶していた。


「コマ風情が粋がるな。あら、もう気を失ってるのね。証拠隠滅っと」


 男の首から手を放すと、ズルズルとだらしなく落ちていく。白目を剥いて完全に気を失ったようだった。

 ロゼは安堵の息をつくと、やり直すかのように通路の中央に立つ。爽やかな笑みを固定するためか、両頬に指を立てて強引に笑顔を作った。



「アルス様はこちらを使っていただけますでしょうか?」


 いるはずもないアルスに男子更衣室として使えるように手配した部屋を勧める。当然そこにアルスの姿はないわけで、ロゼはしばし考えると姿勢を戻して素知らぬふりして歩き出した。


「どうしたものでしょうか? ……ま、不都合はないですし、いっか」


 なんとなく予想はできるが、案内人としてそこは気を利かせるべきなのかもしれない。ロゼは何も見なかったと、そして自分の役目を果たし終えたことにして歩みを止めることはなかった――無論、倒れ伏したままの男を置き去りにして。



 ◇ ◇ ◇



 空き部屋として開放された元部隊室。

 そこは最大十人は余裕を持って休める空間になっていた。入ってすぐ広々とした一室があり、一面グレーのカーペットが敷かれている。端には積まれた椅子と折りたたみ式の簡易テーブルが寄せられていた。

 それとは別に奥まった棚があり、本来ならば雑多に詰め込まれていたであろう。


 この部屋から何もかもが足らない寥々たる印象をロキとアルスに与えた。あらゆる物が不足している。生活感や部隊部屋を感じさせる物がこの場には何一つ見当たらなかった。

 せいぜいが良い香りを放つ観葉植物程度であり、それもよく見ればインテリアの一つとして置かれた人工植物であることがわかる。


 ともすれば二人が嗅ぎ取った安心するような仄かな香りは、きっと篭った水打つ音に関係があるのだろう。タイルのような上を裸足で歩くペチペチとした音まで聞こえてくる。


 推測するにはそれだけで十分だった。


 先に案内されたテスフィアとアリスがさっそくシャワーを浴びているのだろう。


 そうとわかればロキもすかさず準備に取り掛かる。

 とはいっても替えの服がないのではせっかくシャワーを浴びても台無しである。捨てていかざるをえない程の損傷っぷりなのだから。


「テスフィアさん、アリスさん。着替えはどうするのですか?」


 ロキはシャワー室に繋がる扉を少し開けて気持ち声を張る。

 すると――。


「ちゃんと用意してくれたみたいよ。一式そっちに置いてあったわ」

「ロキちゃんも早く来なよぉ~。凄く気持ちいいよ」

「そうですか」


 個室タイプのシャワールームは中央に通路を挟んで両側にそれぞれ三つずつ完備されていた。ちょうど身体を隠す位置にスモークガラスの扉があり、そこには薄っすらと裸のシルエットが浮かんでいる。

 使用中の扉には二つ並んでバスタオルがフックに引っ掛けてあった。


 ロキはすぐさま着替え一式を見つけると、その場で上着を脱いで丈の短いキャミソールタイプの肌着一枚になる。

 シャワールームに入る直前には、テスフィアとアリスの靴が並んで置いてあり、ロキもそれに倣う。 


 恥ずかしいのでシャワー室に入ってから下着類は外すことにした。そんな少し勝手の違うシャワー室を使うにあたって脳内で効率よく組み立てていく。それでも女だからか、自然と足は忙しく動いていた。

 早くさっぱりしたい、ということはもちろん、そこは人並みに汚れを落としたいという見た目の気遣いもあったのだろう。


 何はともあれ、準備が整ったロキは、着替えを掬うように両手に乗せてシャワールームへと向かった。


「さすがに今回は疲れたな」

「――!!」


 これから入ろうというシャワールームにロキより先に半裸の男が入っていった。それをギョッとした様子で視線だけでロキは追う。

 下着姿だけでその他は一切身につけず、真っ白なフェイスタオルを豪快に肩に掛けた男――そうアルスであった。



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