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最強魔法師の隠遁計画  作者: イズシロ
第4章 「夜会」
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残った力の存在



 ◇ ◇ ◇



 汚れた自分の服をアルスは改めて見て、顔を顰めた。軽く見下ろしただけでもわかるように随分と酷い格好だった。本来衣類で守られる部分は大きく、外界慣れしているアルスは服や装備の消耗を抑えることを心掛けていた。なのだが、今の格好はズボンは破け、新品同様であったはずの上着やローブは中々に使い古されて見える。


 加えて細かい傷が腕や足についており、服が擦れる度にチクチクと不愉快な痛みを伝えてきていた。



 隣のロキも然り、今回ばかりはいろんな意味で学ぶことができたのだろう。

 自嘲気味にクスリと疲れた笑みを溢す。シングルだなんだといってもまだまだ知らないことは多い気がしたのだ。


 ――一人の戦いに慣れ過ぎたか。いや、部隊として複数で動くことを学び忘れたか……。


 遠い記憶は、アルスが連携を戦闘手段として捨てた時のことを思い起こさせる。自分に周囲が合わせるのではなく、これから自分が彼女達に合わせなければならない。それは決して窮屈なものなどではなかった。寧ろ選択の幅が広がることを予感させた。


 信じるなんて言葉は弱い者が、己の価値を見出すための虚言でしかない……そう思っていたのだが。

 確かにその存在を今回アルスは認識することができたのだろう。

 不思議なものだった。生き残るために効率的かつ最善を選んできたアルスは、自らの欠陥にやっと気づくことが出来たのかもしれない。


 そんなことを口に出そうものなら、良からぬ連中が茶化す姿が幻視できたため、心の内に秘めておくことにする。そんな俗っぽい――人間らしい者らがいつの間にかアルスの周りに多いことも、気付かされたことの一つなのだろう。


 一人で乗り越えられる場面は、複数で乗り越えられないはずがないのかもしれない。少なくともアルスはそう思い始めることができた。


 ――俺にとっても良い教訓になった、ということか。後はこいつか。


 隣でいつものような無表情で平然と歩くロキも無関係ではない。行動に伴う心の動きを今回アルスは良くも悪くも理解できた。上手く息が合えば外界だろうと彼女達は最大限のポテンシャルを発揮するのだ。


 だからこそ思う。普段ならば決してロキは一人で任務に行かなかっただろうと。

 そこには何かしらの要因があるはずだった――それも行動に影響を及ぼす程の。


 ――ロキのこともゆくゆくは解決しないとな。


 脳内スケジュールに新たな項目が追加されたのは言うまでもない。解決方法もわからない上に、正解があるのかもわからない問題だ。

 


 顔をそっとロキとは反対側に逸してアルスは小さく溜息をついた。決して面倒などではなく、寧ろ随分とやりがいのある問題だと。


 そこでふと、なんとはなしにアルスは目の前の女性に目を向ける――それは理解不能を示す無感情な視線であった。

 彼女は来た時とは違い、いったい何が楽しいのか、後ろ手にステップでも踏むかのように先導するのだ。


 誰が見ても機嫌の良さそうな調子で時折、肩越しに観察するかのようにこちらを見てくる。


 遊具を堪能し切った時に見せるような感情の高ぶりそのままの笑みが、透き通る肌に小さな笑窪を作っていた。

 しなやかな肢体にくびれのある腰、歩く度に小気味よく臀部が揺れる。



 彼女の姿を見たボルドーの反応からただの事務員やガイドというわけでもないだろう。もちろんイメージガールなんて今は思わない。本当にイメージガールならば些か頭が弱そうに見える。


 アルスの視線に気づいたのか、女性は歩く足は止めずにクルッと振り返った。


「どうかなさいましたか?」

「いえ、大佐とは知人だったりするのですか?」


 アルスは自分でも的はずれなことを言っていることに気づいている。しかし、直球をぶつけるのは失礼に当たるための配慮だった。

 そう、ハイドランジの軍人じゃないですよね、などと初対面の相手に踏み込みすぎる発言だ。


 だが、その言葉の意図を読んだのか、彼女の閉じた口が目に見えて半円を描いて持ち上がる。


「協会から魔法師を借り受けることはできますが、それとは別に各国軍は人材の確保に熱心だということです。私はフリーでやらせてもらっていまして、いわば雇われの身です。大佐から声が掛かることが多かったというだけの話で、顔見知り程度ですよ」

「なるほど」


 一先ず疑問を挟まず、アルスは納得してみせる。フリーの魔法師は協会設立以前から存在していた。例えば要人警護や傭兵のような即戦力として軍や貴族に雇われる者達だ。どこにも所属せずそういった者達のコミュニティを通じて雇われる。その手の界隈では戦闘集団と呼ぶ者もいるほどだ。

 いわば協会が行う派兵業務の前身ともいえる。


 そういった戦力も協会設立に伴い、取り込むことができたはずだったが、やはり全てというわけにはいかないようだ。もっともクラマのような犯罪組織であったりする場合もあるのだが。


「では、あなたも【夜会】の調査に?」


 アルスの言わんとすることをロキが代弁する。だが、彼女の顔つきは無表情のそれではなくやや警戒心の強いものだった。


「概ね、といった感じでしょうか。先にアルス様のご質問の答えを。今は暇なので案内人の真似事をしているわけなのです。でも、勝手知った場所ですし、それなりに顔も利きますからご心配なく」

「では……あなたもあれを見たのですか? あの魔物を……」


 恐る恐る訊ねるロキは、多くの情報を与えず引き出そうと試みた。

 すると、女性は後ろ向きで歩きつつ、どこかわざとらしく考え込む。そしてロキの警戒心とは裏腹に隠す様子もなく、さらりと喋りだした。


「【轍の蛇(クチナワ)】のことでしょうか? それだと正確じゃないですね。クチナワだったというべきでしょうか。さしずめ【世界蛇ヨルムンガンド】といったところかしら」


 言い得て妙とはこのことだとロキは感じた。あの大きさはきっと端まで目視できないだろう、と思わせたからだ。胴回りだけでも想像を絶する。山をとぐろ状に覆い隠せるかもしれないのだから。


「【世界蛇ヨルムンガンド】か。大層な名前だな」

「さすがに関わりたくないので引き返してしまいましたよ。仕事の範囲外なので。私の調査報告は依頼主の許可なく話すことができないのでご了承ください。残念ながら大した成果はなかったのですが」


 あれを前に逃げられただけでも称賛に値する。並の魔法師ならば腰を抜かしてその場から一歩たりとも動けなくなるだろう。そしてその魔力を感じてしまえば身体の自由は意思に反して奪われていく。


 ロキは女性をまじまじと見つめた。逃げることすら本来叶わないはずだ。

 だが、目の前の女性はロキの視線に対してニコリと笑顔を返した。


「協会の方とは今後もご一緒する機会もあるかもしれませんので、懇意にしたいと思っているのです」

「それでそんな真似事を?」

「いえ、これは趣味みたいなものです。軍の内情を知らないことには長続きしない仕事ですので」

「わかる。というかそれで一杯食わされた感しかない。協会に欲しい人材だな」

「アルス様にそういっていただけて嬉しい限りです。ですが、これでも楽しくやっておりますので」

「羨ましい限りだ」


 フフッと女性は口元を手で隠して華麗に反転し、扉の前でピタリと立ち止まった。


「こちらを更衣室として使っていただけますでしょうか。今は色々と混雑している時期でもありますので、こちらにご用意させていただきました。小さいですが個室のシャワールームも備え付けられておりますので、お使いください。ご遠慮なさらないでくださいね。ここを使っていた部隊はもう全滅しておりますので。先にお連れしたお二人もこちらに」



 と案内人の女性が手を広げ、ドアを押し開ける。



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