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最強魔法師の隠遁計画  作者: イズシロ
第4章 「夜会」
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理の中の進化



 

 ボルドー大佐の急かすような声音に、アルスは軽く肩を竦めてから本題に入った。

 大佐が急ぐのもこういった問題は急を要していたとしても、切迫した事態を共有できなければ決断されるまでに幾つかの工程が必要となるのだ。つまり時間が掛かる。


 現状では新シングル魔法師であるレハイルが外界でその辣腕を振るっているのだろうが。


 これから語ろうとするアルスの報告に場の空気がピリピリし始めていた。中には葉巻に火をつける者までいる始末だ。

 彼らはアルス達が知らない情報を持ち、それを踏まえて想像する。楽観視できない事態を想定する。


 アルスは葉巻をつけた細身の男をチラリと視線を向けた。机の下では足でも組んでいるのだろう。落ち着きない様子で視線に気づくと、一口だけ含んでから葉巻の先端を潰すようにして火を消した。

 滞留する紫煙が会議室に薄く広がっていく中、全員の意識がアルスへと集中する。


「今回の任務。残念ながら直に目にすることはできませんでした」


 様子を見ながらアルスは切り出す。彼らは落胆するでもなく、寧ろホッと安堵さえ浮かべそうな調子である。

 無論、向かいのボルドー大佐に限っては眉間に皺を寄せ、真っ直ぐ見返してくる。期待しないと任務当初はそういっていた彼だが、当然シングル魔法師が動いて手ぶらとは考えなかったようだ。


「アルス殿、続きを」とボルドーは促す。

 彼とは良好な関係を築けそうな予感を抱いていただけに、アルスも少し残念そうに目を細めていた。


「こちらの失態ではありますが、一つ良いでしょうか?」

「無論だな。自国の魔法師でなくとも忌憚ない意見を聞きたい……それとも深入りに関してかな」


 アルスの申し出にボルドーは機嫌を損ねた様子はなく、寧ろ険しい表情を向ける。任務についての意見ではなく、軍部に介入する意見であるからだ。

 だが……。


「これは協会魔法師という中立の立場からの意見です」

「ふむ、許可しよう」

「俺の失態もありますが、ここの外は異常という他ない。大佐、任務の難易度だけならば二桁クラスの動員に相当する。こちらが遭遇した魔物のレートだけでもAレート級が数体だ。通常頻繁に遭遇するレートじゃない。知っていましたね」

「それは君が彼女たちを実地訓練として同行させたことが原因ではないかね」


 「それは予想していなかったよ」とボルドーは皺を深くして小さく溢した。


 結局行き着く先は水掛け論だ。過去を振り返ったところで何も先に進まないだろう、とアルスは判断する。


「ここの魔物はまず他国のそれとは大きく異なることを理解してもらいたい。夜会の調査に入る前に俺らは【闇夜の徘徊者(ナイト・ウォーカー)】との遭遇に次ぎ、【名もなき無存在(ノーフェイス)】の出現・交戦……」


 アルスの報告にどよめきが起こるも、すぐに感嘆、称賛へと変わる。

 【名もなき無存在(ノーフェイス)】自体、魔物としてSレートに分類されるため、その討伐はハイドランジ軍にとっても吉報である。


「討伐には成功したが、夜会の調査どころじゃなくなった。が……隊員が気を利かせて代わりに調査に向かってくれた」


 少し皮肉げにまた掘り返すアルスに、ロキはバツが悪い顔を一瞬だけ逸してみせる。

 後ろからその一本芯が通ったように伸びた背中を指で小突く。


 その弱々しい主張を無視してアルスは話を進めた。


「【夜会】が開かれた場所で彼女が見たもの。それは単刀直入にいえば魔物です」

「してその正体は!?」

「未確認の魔物です。ただ話を聞く限りでは、そのレートはSS」


 心臓が止まる程の衝撃に全員が椅子を大きく鳴らした。


「そこで魔物の報告、その不備についてですが【轍の蛇(クチナワ)】というBレートの魔物をご存知ですか?」

「それが? 他国でも同様、目撃例はもちろん討伐の報告さえある魔物だろう」


 丸眼鏡を掛けた高官が徐に口を開いた。日焼けしたような硬い皮膚には取り去ることが不可能な程深い皺が刻まれている。

 この年老いた男の一声はボルドーが発するそれより、周囲に緊張感を持たせた。この中で最も地位が高いことが今の返答でわかってしまうほど。


 アルスはその老人の眼鏡の奥にある達観したような瞳を見返して、頷く。


 ロキ、と軽く指示を出すと、彼女はアルスに代わって説明しだす。


「【轍の蛇(クチナワ)】は取り立てて珍しい魔物でもありませんが、ハイドランジの討伐記録を遡っても報告はありません……目撃報告はあるのに。それと同時に【闇夜の徘徊者(ナイト・ウォーカー)】の報告が一カ月程前から急増していますね」


 淡々と事務的に説明するロキは含むように落ち度を指摘して口を閉ざした。


 それに関しては大佐側にも言い分はあるのだろうが、アルスが言いたいこととは全くの無関係なため間を置かずに引き継いだ。


「ここまで高レートが頻出するのは不自然です。ま、それは良いでしょう。問題は彼女が見た魔物が【轍の蛇(クチナワ)】と酷似していた点にあります」


 大きく目を見開くボルドーはすぐさま、問い返す。


「アルス殿が直に見たわけではなく、それは予想の話では? 【轍の蛇(クチナワ)】とした場合いくらなんでもSSレートというのは」

「まっ、予想の話ですね。ただ、ロキ……彼女の話を聞く限りではSレートと判断しない方が、あなた方にとっても我々にとっても対処を見誤らないで済む、というだけの話です」

「……そうか」


 何人かは取り憑かれたように仮想キーボードをすぐさま起ち上げて、狂ったように何かを作成していた。


「残念ですが、大佐、話しはこれで終わりじゃない。寧ろこれからが本題です」

「なんだ」

「【闇夜の徘徊者(ナイト・ウォーカー)】の動き、いやそれだけじゃないな」

「要領を得んな。私は私見であろうとアルス殿の言葉には一定の信用をしているつもりだ。シングル魔法師というだけでなく、研究者としての成果を知らないとでも? この場にいる者は誰一人としてシングル魔法師の言葉を軽んじたりはしない」

「では、おそらく【夜会】は共食いの儀式みたいなものだと考えるべきだと思われます。夜会が行われた跡を見てきましたが、推測を裏付ける」

「その証拠は……」

「綺麗サッパリ何も残っていなかった」


 首を振るアルスに向かって両側に座っていた何人かの男が椅子を鳴らして立ち上がった。


「それではやはり推測の域を出ないのでは?」と類する追求が次々にアルスを集中砲火し始めた。


 が、当のアルスは表情一つ変えずに不敵な笑みを濃くする。まるで不可解な現象に合理的理屈をつけることに喜びでも見出したかのように。


「何も残っていない、何故それをゼロと考える。何も残っていないことは立派な答えだ。夜会の晩、そこに集結した魔物の数は千にも及んだはずだ。確かに魔物の移動速度などを考慮すれば、俺が見に行った時間は遅すぎる。でも、それだけの数が一箇所に集まって作戦会議か? 酒宴か? 違うとするならばなんだ?」


 問いかけるアルスは返答を待たずにクイッと口角を持ち上げてみせた。


「魔物がすることと言えば昔から変わらない。喰うことだ。誰を? そこに人間がいなければ……残るは同族だろう」


 【夜会】という現象を元に考えるならば【名もなき無存在(ノーフェイス)】という魔物も、どこか【闇夜の徘徊者(ナイト・ウォーカー)】の形質を継承しているようにも思えてくる。ここまでを踏まえるならば、おそらく間違いないだろう。


 そう、ハイドランジ軍が取り逃してきた魔物はより強力に、独自の進化を遂げたのだ。【悪食】とは違った、個体による異常性ではなく、れっきとした種としての進化。その方法を魔物は見つけたのだ。

 いや、これまでもその兆候はあったし、常に誰かが警鐘を鳴らす程には危惧していたことだ。つまり、変異体がその兆候である。人間を捕食し、取り入れた魔力情報体によっての変異ではなく、同族喰らい、共食いによる強制的な変異。


 そう仮定すればロキが見たとする大蛇の姿をした魔物も理屈が通る。共食いに至る過程は動物や虫などを捕食することと同義である。そのため、原始的な因子が最終的な形状の変化に影響をもたらした、と考えることもできる。


 これらの話が一つ、筋が通っているとするならば、その根拠は……。


「ロキ……」

「……はい」


 アルスの掛け声にロキは隣に立ち、ローブの隙間からするりと片腕を突き出した。

 黒くインクのようなもので描かれた模様は、しっかりと皮膚に定着してしまっている。幾何学的、もっといえば人工的なデザインでもある。見る者が見れば、この模様をアートだというのかもしれない。

 目を凝らせば、それはインクというよりも、どちらかというと刻印に近く、押し付けられてできた痕にも見える。


「――!!」

「それは!?」

「…………」


 口々に驚愕の声を連ねていく。もっとも彼女の腕に刻まれた奇妙な印がなんであるのか、即座に思いついたのはボルドー大佐ぐらいのものだったが。


「もう良いぞ」とそっと背中に手を押し当てると、アルスはそのまま結論を導いた。


「大佐はお気づきのようですが、これは彼女が目撃したという蛇のSSレートによって付けられたものですね。見た限りではおそらくマーキングに近いものでしょう。害があるわけではありませんが、まず間違いなくその魔物はロキがどこにいるか把握できることでしょう」

「アルス殿……つまりその印は、【轍の蛇(クチナワ)】の特性の一つと酷似している」

「えぇ、幸いにもこれは魔法式の配列に似ています。我々が【失われた文字(ロスト・スペル)】というものの原型で間違いないでしょう」


 いわば【失われた文字(ロスト・スペル)】とはこの象形文字のような記号を解読したものであり、問題はその過程を記した資料が存在しないことにあるのだが。

 アルスが知っている知識の中でも最古に分類されるのは確かだろう。


「【轍の蛇(クチナワ)】と呼ばれるのは直接皮膚と接触することで付けられる痕が轍のような形だからだ。もっとも【轍の蛇(クチナワ)】は蛇の鱗の痕だが」


 無論、魔法師にマーキングをつける魔物はその他にも存在する。その目的は大きく分けて二通りあり、追跡などに用いられるものと、戦いの場において相手を無力化、もしくは制限を掛けるためのものだ。

 ロキに付けられた模様は、いわば獲物を逃さないための印に近いとアルスは見ていた。



「ロキの印についてはこちらで対処します。一先ず報告は以上です」

「しかと受け取った」


 その後、アルスとロキを前に大佐はすぐさま全員に指示を飛ばし、上申書の作成に取り掛からせた。そして何人かの名前を告げて賛同者を募るようにと檄を飛ばす。

 国の一大事であり、大佐を残して慌ただしく部屋を出て行く高官達。その最後尾で、唯一将官クラスと目される年老いた男が横切る際にアルスとロキは目礼する。


 アルスが一緒に部屋を出ていかなかったのは、単に許可が降りていないからではなかった。

 彼らが知っていて、アルス達が知らない情報を明かしてもらうためだ。その言質は大佐自身からも貰っている。


「では、お聞かせいただきましょうか。そういう話だったはずです」


 アルスの声にボルドー大佐は難しい顔で顎を数回擦って、今回初めて席に着いた。


「これは全国、軍部に走った通達だ。アルス殿も知っての通り各国が掲げた目標に向かって、各国はすでに調査を始め、魔物を精力的に狩り始めている」

「特にイベリスや、ハルカプディア、ルサールカはその軍事力的にもことを急ぐ必要がありますけど」

「当然アルファもだがな……そこで昨晩軍部に激震が走った。まだ魔法師達にも知られてはいない。上層部でなんとか情報の整理をしている段階だ」

「それほどですか」

「あぁ最悪と言わざるを得んな。イベリスでSSレートと目される魔物が発見された」

「それはそれは災難続きですね。ですがあそこには第2位のヴァジェット・オラゴラムがいたはずですが」

「……それが問題なのだ」


 仮想液晶を起動させた大佐はその画面を二つに分けてアルスにも見えるよう反転させる。

 片方は暗号化されていて、即座に読み解くことはできなかった。

 そしてもう一方には解読された内容が細かく画面を埋め尽くしている。


 それを読もうとするよりも先に、大佐自ら説明し出した。


「イベリスは第2位を筆頭に精鋭部隊で進軍していたらしい。そして三日目、発見した旧都市内部に探知魔法師が魔力反応を確認したようだ。姿形は不明、それでも1kmまで接近したヴァジェットは一切の戦闘を許可せず、撤退した。部隊は一気に領土拡大ライン限界まで進軍する予定だった、とのことだ」

「…………」


 その判断は難しいとアルスは考えた。一般的に考えれば戦力の不足、勝ち目のない戦いと判断したのだろう。少なくとも各国はそう判断するはずだ。


「これは忙しくなりそうだ」


 


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― 新着の感想 ―
[一言] ロキの状態が分かるまでの話しの長さが無駄に感じられる。
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