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最強魔法師の隠遁計画  作者: イズシロ
第4章 「夜会」
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不可解な光景




 ◇ ◇ ◇


 アルス達がハイドランジ軍部に帰還したのは昼を回った直後であった。

 軍本部に近づくに連れて防衛に割く人員の多さが目立つ。見慣れない軍服に身を包んだ魔法師は、すでに伝え聞いているのか、アルス達を快く迎えてくれた。


 とはいっても実際に護送してくれるわけもなく、それでも安全な道を事細かに教えてくれた。


 そこに何かしらの期待のようなものが混じっていることにテスフィアもアリスも気づいただろう。アルスがシングル魔法師という以前に、彼らにはこの戦い慣れたはずの外界が様変わりしたように見えていたのかもしれない。


 魔物の巣窟であろうとも、歩き慣れた道ならば幾分心の支えにもなっていたのだろう。しかし、彼らにとってのハイドランジに広がる外界はすでに彼らの知らない茫漠たる世界へと変貌していたのだ。見知らぬ地に放り出されたような奇妙な恐怖が蔓延していた。


 アルスでさえ感じざるを得ない、外界という漠然とした言葉は同時に生き物でもあるのだろうと。



 人間にとっての天敵は間違いなく【魔物】である。しかし、魔物にとっての天敵は……。

 そこまで考えてアルスは思考を遮断する。


 魔物については多角的な研究が進んでいる一方で、その九割が学会で発表できるほどの確証を得られていない。どんな研究でも成果とは呼べないほどの耐久度しか持っておらず、それは現代では不可能とされるテーマでもある。


 無限に広がる迷路のように推測の域をどうしても出られない。

 そして魔物に関する難題の一つがある。食物連鎖の頂点とされてきた人類、しかし、その言葉の背景には魔物の位置づけが存在する。

 食物連鎖という言葉自体【魔物】には当てはまらないのだろうが、世界の片隅でほそぼそと生きている現状を鑑みるに、今の人類はまるで魔物に飼育されているようにも見えなくもなかった。


 議論として背信的ではあるが、魔物は今も人類より種として劣っていると言えないのではないか。


 ――魔物が人間の魔力を必要としなくなったら……。


 黙々と歩くアルスに続いてテスフィアとアリスの二人も無事に帰ってきたという一時の安堵を抱き、ホッと胸を撫で下ろしたようだった。とはいうものの、危機感的な緊張が解ける一方で、他国の軍部が四人を飲み込むように荘厳な佇まいを前に、忙しなく表情を硬くしていた。


 ――魔物が人間を喰うこと自体、魔物の生存とは無関係だ。過去の歴史を遡っても魔物は種という括りでは進化を遂げてきている。進化とは環境に適したものから、外敵から身を守るものまで様々ある。チッ、遅すぎたのか?


 口に手をやってアルスは深く思考する。自分が見たものは果たして推測の域を出ないのか、この場合は出ないに越したことはないのだろう。思考を飛躍させたアルスは魔物が人間を喰っている内はまだ良かったのかもしれない、とそんな不謹慎な懸念を抱いた。


 いずれにせよ、今回の任務は割に合わない類いの仕事であった。



 ハイドランジ軍本部の正面玄関口には一人の清楚な出で立ちの女性が立っており、四人の到着を確認するや否や、にこやかな笑みで出迎えた。綺麗に束ねられた髪に、薄い化粧、お硬い軍部には相応しくない程のうら若い女性である。

 いっそイメージガールだと言われた方が納得するだろう。


 兎にも角にも、彼女はいつからそこに立って待っていたのか、はたまた待機していたのかわからないが、いずれにしても彼女の様子から探り切ることはできないだろう。


「お疲れ様でした」と深々と一礼する女性は続いて申し訳無そうに「到着そうそう申し訳ないのですが、ボルドー大佐がお待ちです」とそれとなく背後の通路に目を向けた。その通路、というのは言うなれば裏口や脇道といった比較的人通りの少ない通路を指している。


 一休み入れたい気持ちもあったが、アルス達はすぐさま来た時に使った会議室へと通された。

 それほどまでに切迫した状況だということも理解していたため、アルスに異論はない。


 

 会議室にはボルドー大佐だけでなく、彼同様に地位の高い面々が折りたたみ式の簡素な机を囲んでいた。まるで軍の趨勢を左右しかねない問題でも抱えているかのような重苦しい空気で満たされている。

 そこで入室したアルス達に目を向けたのは真正面で一人立っていたボルドーだけだった。


 明らかに萎縮するテスフィアとアリスへとボルドーは気さくに気遣った声を掛けた。


「すまないすまない。君達もいたのだったな。厳しい顔をしたものが多いが許してくれ。何分皺をこさえるのが仕事のようなものだからな。野菜か何かとでも思ってくれ」

「そ、そうは言いましても……」


 テスフィアは困惑する同志であるアリスへと目を向ける。

 さすがに大佐クラスの面々がこれだけ集った場所ではとてつもなく居心地が悪く、一睨みでもされようものならば一列にアルスの背後に隠れてしまうだろう。


「報告は俺とロキがいれば良いから、お前らは下がれ」

「そうさせてもらうね」


 小声で助け舟を出されたテスフィアとアリスは失礼のないように一先ず部屋を出る。退室までの挙動は息を止めているように、心なしか急ぎ足であったのは言うまでもない。


「それほどまでに事態を重く見ている、ということですか」


 完全にテスフィアとアリスの姿が消えたのを確認し、率直にアルスは切り出した。

 残ったロキも重く見ている、という言葉以上に重い現実に身を引き締めた。


「正しくは重く見ている者がここにいる、ということだアルス殿。他国軍の体制とは少し違いハイドランジでは総督の一声で軍部全体が動くようにはできていないのだ。数十部隊を纏める上官の下、作戦の根幹となる目標が立てられる。総督が管轄するシングル魔法師の部隊を中心にそれぞれ下から上げられた提案に沿って部隊の振り分け、許可が降りるのだ。無論、それにも優先順位が存在し、低ければ棄却される」


 知らず知らず、巻き込まれていく予感を抱きながらアルスは面々を視界に入れた。

 ここに集っているのは胸の勲章の数だけではなく、軍服からしてもボルドー大佐の部下というわけではないだろう。歳だけでいえば彼の一回りも二回りも上の者もいた。


 間違いなくこの会議室は不釣り合いな感が否めない。彼らが普段会議に用いる部屋というには、この場所は魔法師の作戦室に近い簡素な雰囲気を持っている。

 組み立て式の簡易机や、何時間も座っていられないであろう硬い椅子しかなかった。

 せいぜいが湾曲した正面嵌め殺しのガラス窓から入る昼間の光が雰囲気を和らげている程度だ。が、それも何も映さないスクリーンがカーテンのように遮っているせいで、十分とはいえなかった。


 とはいえ、ここに集った面々の人数からアルスもなんとなく意図が読め始めてきていた。

 優先順位という言葉にはそれに関わる信頼度や重要性が含まれる。

 その優先順位をつける判断材料とは……。


「支持ですか……」

「その通り。総督に上申する上申書は佐官以上の署名によって客観的重要案件として方針に大きく関わってくる。最終的には総督の判断だが、無下にされることはない」

「なるほど」


 軍に悪い虫が寄生していなければこういった方法が有効に働くのだろう。

 前元首ラフセナルが軍部への介入を一切してこなかったため、軍は軍で独自に機能することができていた。その後ろにはラフセナルと二分する勢力であった現元首ローランがいたことも確かだ。

 当時総督の任免権を持っていたラフセナルの権威を掻い潜るために、総督の権限を分散し、多数決原理の下に軍の方針が決められる。


 そうした地盤作りがハイドランジ軍ではすでにできていた。


「つまり、今回の一件、任務についての大まかな脅威を確認する必要がある、そういうことですか」


 頷きが返ってくるが、アルスは怪訝に眉を顰める。

 ボルドーもこちらが気づいたと見たのか、即座に腕を突き出した。


「全てを語るのは後だ。いずれ耳に入るだろうが、まずは報告を聞かせてもらう」


 真摯な目つきでボルドーは髭を震わせて曲げない意思の下、そう発した。

 ロキもすでに気づいた。

 誰に目配せすることなく、ロキはこの状況自体がそもそも違和感だらけだと目を細める。もっといえば、その違和感を隠そうとしないことが解せなかった。


 それも任務出立前と後で、この変わりようだ。

 そもそも改めて確認する必要などないはずなのだ。アルス達に課せられた任務は然程重要ではなく、同時に期待されていなかったもの。

 何よりハイドランジの現状から考えるに新たなシングル魔法師を迎え、これからという時の不可解な現象に二の足を踏まされているだけで、やることは最初から変わらないはずなのだ。これまでのツケを払うべく魔物の一掃に乗り出す、この一点だったはず……。


 ロキは不安げに少し前に立つアルスを見た。


 アルスもロキも行き着いた答えは同じである。それは夜会という現象の解消、この前提が崩れたことにある。つまり、軍の総意として全会一致になるはずの事案と並び立つ出来事が起こっている。それもアルス達が外界に出ている間に。


 だからこそ上申し、優先課題として認識されるように支持を集めているのだ。





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