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最強魔法師の隠遁計画  作者: イズシロ
第4章 「夜会」
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連帯責任




 一人だけ明らかにトーンの異なる声音が割って入る。「何があった」そう決めつけた言葉は水を打ったような沈黙を降ろす。悪事を見つかった子供のような、そんな息苦しい空気に包まれた。


 一瞬口ごもったロキに代わってアリスは意を決して口を開く。が、声を出すことを制止されるように前をロキに遮られた。

 この時点でアリスは気づいていたのだ。ロキに口止めされはしたものの、それは隠そうとして隠せる類いのものではないことを。

 アルスを前にして“何か”について事実を語れば、必然的に暴かれてしまう。それに気づかないロキではないはずだった。


 不安げにアリスは遮ったロキへと顔を向ける。

 彼女は腕を庇うようにして、ローブの上からグッと掴み、苦い顔を浮かべていた。それは打算や失態といった負い目から隠そうとしたのではない。

 もっと深層的で単純な感情の発露なのだ。魔物がどうとか、そんな話ではなく、ロキ自身が身体に負ったモノをアルスに知られたくないだけなのだろう。


 それはアリスからしてみれば、ひどく女の子らしいことのように思えた。


 だが、それは隠しておいて良いことでもない。アリスは俯きながら苦悩する。

 でも、結局はロキのことを思えば……。

 決心して口を開きかけた時、機先を制するようにロキは自ら明かし始めた。


「すみません。アリスさん」と一度謝罪の声が小さく前方から聞こえてくる。


 するとロキはローブから片腕を出して白日の元に晒した。

 それはアリスが最初に見た時よりも濃く、よりはっきりとロキの腕に現れていた。


「行ったのか」


 アルスの皆まで告げない素っ気ない言葉が、あまりにも事務的でひんやりと彼女を責めているようにも聞こえる。

 ロキはアルスを真っ直ぐ見ることができず、コクリと一度頷いたきり、その陶器のような顔を持ち上げることなく俯いてしまう。


 背後では息を呑むテスフィアがぎゅっと口を引き結ぶ。痛々しいといったものではなく、その刻印のような模様は異質と呼ぶにふさわしい。目を凝らせば鱗のようにも見えるが、その配列や一つ一つの記号のような連なりは確実にとあるものを連想させる。


「魔法式……」ポツリと溢したテスフィアに応答する者はなく、寧ろ同意の沈黙が流れた。誰もが真っ先に思い浮かべるもの……それは魔法式である。よしんば魔法式でなくとも、それが何によって付けられたものなのか、ここが外界であることを考えれば容易に想像ができた。



 それから僅かな間にロキは今朝経験したもの、見たものを包み隠さず話し始めた。アリスを一人残して調査に向かったことも、そしてミスを犯したことも、全て。

 その代償として負った腕に刻まれた刻印。



「なんか、ボロボロだな」


 呆れた口調でアルスは疲れたように吐き出した。アルス自身、魔力の制御ができないという恥ずかしい事態に遭遇してしまったため人のことを言えなかった。

 こんなことはこれまでに一度もなかった経験だ。その原因など恥ずかしくて口にも出せない。魔力は精神や感情と密接な関係にある、ということを改めて痛感させられたのだから。


 テスフィアとアリスの戦い方を見て、アルスが思ったこと、それが如実に現れただけなのだ。更にいえばそんな状態で【暴食なる捕食者(グラ・イーター)】を使ったのが不味かったのだろう。

 寂しかったのか、二人の戦い方に憤りを感じたのか、それとも危うさを感じたのか。解消された今となっては、その時に何を思ったかを思い出すのは困難であった。


 そんなアルスの胸中などお構いなく、ロキは罰を求めた。結果を見れば規律を乱し、仲間を危険に晒したのだから当然の処罰だ。少なくとも彼女が経験した部隊というのはそういう厳格なルールの下に統率されていた。


 ロキの行動は結局のところ私情。アルスのため、彼のためなのだ。任務達成率百%の功績に汚点をつけたくはなかった。アルスならばそうするだろうという予想が、自分に当てはまるはずがないことも承知の上だ。

 それでも何かしたかった。

 何か役に立ちたかった。そんな焦燥感から来る衝動を抑えることができなかった。


 今のロキにはそれぐらいしか彼を繋ぎ止めるための価値が、自分にないとも感じていたのかもしれない。こんなことになるならば、そんな後悔は……彼に言えずにいる秘密がそうさせているのだろうか。


「お咎めは受けます……アリスさんも危険に晒してしまいましたし、私の責任です」


 ちっぽけな嫉妬心なのだろう。それを自覚しているからこそ失敗したのかもしれない。

 

 気落ちし、荒む心の向かうままに思考を沈ませる。

 するとロキのおでこに強烈なデコピンが見舞われ、思わずロキは目を強く瞑った。

 擦りながら涙目になって何事かと、アルスへと顔を上げる。おそらくアルスから受けてきたものの中で一番と言って良いほど痛かった。これまでは誰かに迷惑を掛けるようなミスはなかったのだ。

 だからなのだろう、その衝撃は心にまで響いた気がした。


 薄っすらと涙が滲む。すぐに赤くなったおでこを両手で押さえ、陰になった腕で顔を隠した。このデコピンは赤くなった以上の痛みをもたらしている。

 

 そして腕の隙間からアルスを窺い見たロキは、予想外な光景に痛みを忘れてただ呆然と立ち竦む。


「ホラ、次はお前だ」

「…………」


 彼女の目の前には前髪を手で上げたアルスが前屈みにおでこを突き出している。


「俺もヘマをした。お互い様だ」

「アル……」


 甘んじて受け入れようとするアルスは焦らされる間を快く思うはずもなく「早くしろ」と急かす。


「いいんですか?」

「二度言わすな。全力だからな」

「わかりました」


 おでこに触れるか触れないか、という至近距離でロキは指先を曲げ、弦がはち切れそうな程引かれた矢のように力が籠もる。

 「行きますよ」そう前置きをしてからロキは指を弾いた。それはデコピンというには物々しい鈍い音を響かせた。肌を叩いた、というよりも薄皮の奥にある骨を砕くような、そんな恐ろしく重い衝撃。


 思わずテスフィアもアリスも音だけで身体を強張らせた程である。


「がはっ!!」


 悪役が成敗された時のような叫び声を上げて、アルスは仰向けに倒れた。

 目がチカチカする。手加減するな、と言ったが一瞬意識が飛びかけていた。


 後から襲ってくる痛みはまさに芯に響く。

 とはいえ、もがき苦しむような醜態は晒せず、我慢して立ち上がる。アルスは少しの隙間もなく、おでこを掌で押さえつける。下手をすると流血している恐れすらあった。


「お、おあいこだ。おあいこだよな?」

「は、はい。大丈夫ですか、アル?」

「問題ない、たぶん」


 ロキにしてもこれで多少はしこりを残さずに済んだだろう。結局のところ正しい選択などわかるはずもない。結果だけをいえばロキが調査に向かったことで、手に負えない事態にまで発展してしまっただけなのだ。こんなことは外界ではよくあることだ。回避しようとして回避できるものでもない。


「よし、じゃあ次は私ね」


 まさかの伏兵にアルスはぎょっとして、腕まくりするテスフィアを見る。確かに一理はあるし権利もあるのかもしれない。それでもアルスが支払う代償はあまりにも大きい。


「ちょっと待て! お前は許さんぞ」


「なんでよぉ、こういうことは一度リセットする意味もあるんだし、ね」

「フィアがやるんだったら、私も一回だけ挑戦してみようかな」

「お前ら、言っとくけど俺もやり返すからな」


 そんな脅しが通用するはずもなく、結局この後アルスは一箇所にデコピンを集中的に受けるはめになるのであった。




 やっとのことで仕切り直すも、アルスのおでこは煙が出そうなほど赤い。

 再始動。

 部隊として新たに始動する。そんなアルスの背中にロキはぼそっと投げかけた。


「アルだったら、調査は断念しましたか?」


 その疑問はロキにとって大きな意味を持つ。正しい判断を求めているのではなく、彼ならではの行動を知りたかったのだ。


 薄々ではあるが期待を織り交ぜた予想にアルスは一拍置いて答えた。


「状況次第だが、断念したかもな」


 振り向かずにアルスはそう答えた。そして見透かしたように「今の俺なら、だが」と付け加えられる。

 ロキだから調査に乗り出したが、アリスが言ったようにアルスは断念し、彼女らを優先する選択をする。


 それが聞けただけでもロキは胸がすく思いだった。わかっていたことだが、ロキが知る昔のアルスのままなのだ。人間味は増していても根底の部分では変わりはしないのだろう。

 本人は違うというかもしれない。

 彼の昔を知る魔法師も同じことを言うかもしれない。

 または学院生活を経て、見違えたように変わったと言うだろう。


 でも、ロキにとってのアルスはあの日から何も変わらないことだけは確かなようだった。

 小さなロキにとってそれは大きな意味を持つ。そしてそれに気づいたアリスもまた彼を知り始めている。


 また一歩、ロキにはアルスが遠くへ行ってしまったように思えた――彼だけが、彼女達を導いて先へ行ってしまう気がした。それは事実なのだろう。


 ロキの中では、得体の知れない焦りが膨らんできていた。


「待って、置いていかないでください!」


 心の叫びとも取れる不意の声がロキの口を動かしていた。遠くへ行くどころか、アルスとの距離はそれこそ数メートル程度しかない。それでも目の前で反転する彼の仕草がロキの口を開かせたのだ。


 「ッ! い、いえなんでもありません」と自嘲気味に乾いた笑みを作る。


 挙動がおかしいロキに、アルスは疑問を浮かべて肩を竦める。やれやれ、とロキの手を取った。


「一度【夜会】があった場所を見ておきたい。案内を頼む、ロキ」

「……はい」


 漠然とした怖れから顔を背けるように、ロキはできるだけ明るく振る舞おうとぎこちない微笑を向けるのであった。




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