晒された行為
茫然自失から抜け出すように紡ぎ出したロキの叫びは乾いた音を発した。それは外界にはそぐわない私情を多分に含んでいた。
洞窟に向けて発せられた声は、テスフィアを目覚めさせ、彼女はゆっくりと身体を起こす。一度目を擦り、寒さからかその手にはしっかりと掛け布団と化したローブが握られていた。
何も身につけていないことを示す両肩を、テスフィアはローブから露出させていた。
胸部に向けて肝心な部位を隠すローブなど、あってないようなものだが、風よけ程度の役割はあるだろうか。
テスフィアは微かに差し込む朝日に目を細め、一拍置いてから冷静に記憶を呼び起こす。腰の辺りに触れる感触、そこに視線を落としてすかさずこめかみを指で押し込んだ。隣に裸の男が寝ているとなれば行き着く答えを導き出すのに一秒と掛からない――が、客観視した結果とでは大きく異なるのも事実である。
この状況はひどい誤解を生み、現在進行形でそれは確定付けられようとしていた。
「ハッ……ちがあぁぁぁう!!」
ロキの叫びに負けず劣らず、テスフィアも声を張り上げた。
朝だというのに、赤く染まった顔で断固として否定する。彼女の血行は調子良さそうだ。
「朝からうるさい奴だな」
耳を押さえながらだるそうにアルスも身体を起こす。一日で癒えるはずもない生傷がアルスの上半身に見て取れた。
それを見て、ハッと何かを悟ったロキが追求の声を咄嗟にねじ込んだ。
「アル、昨日は一体何があったんですか?」
「ロキか、そうだな一度状況を確認しておくか」
何があったか、そこに含まれる二通りの意味をこの場合、アルスは正しく理解したのだろう。少なくとも違う意味で受け取ったテスフィアはもぞもぞと膝を擦り合わせているようだった。
ともかく、アルスは自分の身体がいつも通り動くことを確認しながら、チラリとロキとアリスを一瞥した。
身体の調子、というよりも魔力の調子と言った方がいいだろう。右手が多少痺れているが、それはテスフィアが頭を乗せていたためだろう。
それにしても……。
「癪だが、こいつに助けられたな」
ポスンと真っ赤に熟れた果実のようなテスフィアの頭に優しくアルスの手が乗せられた
そんな手の重みなどまるで感じていないように、赤毛の少女は穏やかな目で得意げに見上げる。
「もっと感謝してもいいのよ。本当に大変だったんだから」
はにかんだ笑みを見せるテスフィアは同時に安堵の笑みをも覗かせた。今の彼女はポニーテールではなく、髪を下ろしており、いつになく大人びて見える。
ざっと辺りを確認したアルスは溢れそうになる溜息を飲み込んだ。
火を熾すのは魔物に気づかれやすいのだが、水浸しの状態では外敵以上に生命維持が難しくなる。テスフィアが直接身体を温めてくれたのだから、今はそれだけで感謝しなければならないだろう。途中から完全に記憶がないが、現状を見る限りでは間違いないだろう。
長い間、外界で任務をこなしていたアルスでさえ、この有様だ。不甲斐なく思う一方で、彼女が頼もしく思えてしまう。
下着のみのアルスは引っ掛けてある服を指で掬い上げて着替えだした。乾いているとはいっても気温が気温だけに冷たい。
上着を着ている間にふとテスフィアへと目を向けていたアルス。その見惚れていたとも取れる間に対して、テスフィアは訝しげに――。
「な、何よ」
仏頂面でローブを肩まで持ち上げるテスフィア。
何故いつまでもそんな誤解を生む格好のままなのか、そう疑問に思い。
「お前もさっさと服を着ろ」
「じゃあ、出ていってもらってもいいかしら?」
頬を引き攣らせてテスフィアは“あっち”とローブの端から指だけを出して外を指し示していた。
気の利かないアルスに対しての怒りを押し留めた笑み。
社交的な表情だが、その実友好的とは言い難い雰囲気がある。
少ししてからテスフィアは髪を結びながら出てきた。
彼女が出てきてまず、初めに聞いた会話は大いに自分が関係しているものであった。
「それはそうと、本当に何もなかったんですか?」
「何もない、とは思うが……」
まじまじと詰め寄るロキに、アルスは言葉に詰まりながら思い返す。何もなかった、と断言するには川に落ちて以降の記憶がまったくと言っていいほどない。
が、ロキはアルスから視線をずらして奥から出てきたテスフィアをじっと見つめた。実際何かがあった場合、ロキの知る彼女が巧妙な嘘などつけるはずがなかった。
テスフィアほど嘘が下手くそな人間もそうはいないだろう。
はぁ~っと大きく息をついたロキは、平然としているテスフィアを見て、なんとも言えない気分になる。
複雑なのだ。
モヤモヤしたものが胸の中を占領しておきながら、どこかで分けて考えている自分がいる――理解しようとする自分がいた。これはきっと順序が逆なのだろう。
これがテスフィアであれ、アリスであれ、フェリネラであれ、きっと喜ばしいことなのだ。だからこのモヤモヤはただの勘違いなのだと言い聞かせることにする。
それにしても――だ。
「時と場所を考えてください!!」
「あの、ロキ。だから何もなかったんだって、私はアルを助けるために…………ぬ、脱いで……肌で」
尻すぼみに弱々しくなる声に、テスフィアは頬を隠すように両手で顔を挟む。
「ほ、本能ですか! 本能に従っちゃったんですかッ!?」
「フィア大胆だね。あわよくばってやつ?」
ロキに負けじと無粋さを張り合うアリス。彼女は頬を赤らめながらも興味津々といった具合で目元を厭らしく歪めていた。
緊張感が緩んだ姦しい光景は、ロキ達も似たような境遇に晒されたからかもしれない。だからこそ堰を切ったように言葉をついて感情を抑制する。
そんな虚勢の中にロキが混じっていることが、アルスには些細な疑問に感じられた。
意外感といえばいいのだろうか。
妙に引っかかりのある行動は短くない時間を彼女と伴に過ごしてきたからこそ気づけたものだ。
それにアリスのぎこちない仕草もそれを裏付けている。どうにもアルスの周りには隠し事があまり上手くない人間が多いようだった。
そしてことロキに限ってはなまじ血生臭い経験を経ているだけに、芳しいとはいえないと予想できる。
だから、アルスはそれとなく核心に触れる。
「……何があった」




