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最強魔法師の隠遁計画  作者: イズシロ
第2章 「繋がり、負の終着点」
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事後検証

「連中は何?」

「何と聞かれましても賊ではないんですか」


 仕返しのつもりはないが、これぐらいの蛇足を踏まえないと理事長のペースに乗せられてしまうのだ。


「ふざけているの? 私はただの魔法師じゃないって言っているんだけど」

「気付いてたんですか」


 白々しく……っと鋭くなった視線が冗談を許さないものへと変わる。理事長としての立場がそうさせているのだろうか。


「俺もわからないというのが正直なところです。賊は魔法を使いましたか」

「えぇ、光系統をね」

「俺の所に来た賊も同じです」


 アルスは間をおいて考えを巡らせる。それをどう受け取ったのか。


「隠し事はなしよ」

「…………」


 チラリと目を向けると有無を言わせぬ笑顔が向けられていた。


「何かしらの実験体……改造が施されていましたね。首元に痕がありましたし」

「ただの賊じゃないわよね」

「何か目的があって行動しているように思います」


 学院は一般に情報を公開している。国民の了承無くしては成り立たないため、比較的秘匿するべきものはないのだ。

 つまり狙おうとするならば事前に場所など施設の位置情報は仕入れることができる。

 それでも魔法師の群れを相手取る愚か者は皆無のはずだった。


「目的って?」

「そこまではわかりませんよ」

「……でも、貴重なエレメントが五人も襲撃してきたのよ。何かの組織だったりしないかしら」

「どうでしょうね」


 まったくその手の組織が存在しなわけではない。魔法師を排斥しようとする組織はある。

 魔法師よりも魔物こそが上位者であるという理念の下に集っている信奉者もいるぐらいだ。これまでもテロ活動など事件を起こしてきていることもあり理事長はその疑いを持っているのだろう。


 それでもアルスはそれらとは関係ないと考えていた。無論任務の件とを加味したからの結論だが。


「違うと思いますよ」

「なんでそう思うのよ」


 アルスはそこで手を前に突き出して制止した。


「これ以上は総督に掛け合ってください。俺からは言えませんので」


 それだけでも理事長は察した。

 つまり、軍の任務と無関係ではないという提示であり、同時に任務遂行中である証左だ。


「はぁ~……わかったわ」

「では俺はこれで失礼しますよ」

「えぇ、御苦労様」


 アルスは腰を浮かせて。


「理事長も事後処理頑張ってくださいね。今回で警備、防犯システムの穴が見つかったわけですから」


 悪い笑みを惜しげもなく浴びせる。


「そう思うなら手伝ったらどう?」

「それは俺の仕事ではありませんので」


 撒き餌で藪蛇が出てきてはいけないとさっさと部屋を後にする。


 学生も珍しく敷地に出てきて、野次馬とばかりに賊の爪痕を見ている。

 

 誰々先生が医務室に運ばれているなど、恐怖心よりも好奇心のほうが大きいようだ。アルスは聞き耳を立てて威勢だけは良いなと思うのだった。


 そんな場違いな色に当てられながら歩いていると。


「アルスさん」


 女生徒の輪の中から黒髪の生徒が手を振って這い出て来た。

 丁寧にお辞儀をしてアルスへとしとやかに歩くのはフェリネラ二年生だ。


 アルスはそこまでしなくても挨拶だけでいいのにと思いながら、止めたくもない足を仕方なく固定する。


「フェリか」

「お久ぶりです」


 というのも彼女はアルスの研究室に来ると言っておきながら来訪したことがない。

 本人は行きたかったのだが、いつも父の所用に駆り出されてしまうのだ。

 まだ正規の軍人ではないのだが、貴族だからなのか何かある度に仕事の手伝いをさせられているのが原因だ。良い経験になるとのことだったが、最近では手伝いの範囲に収まらないのが気掛かりだったりする。


 フェリネラも貴族としての立場を弁えているため、従事することに疑問はない。

 貴族としての位を示すためにも軍に優秀な魔法師を供給しなければならないのだ。


「大丈夫ですか」

「ん? 何がだ」

「理事長に呼ばれていたみたいでしたので」

「あぁ、尋問を受けて来たところだ」

「なっ――!」


 長い髪が重力に逆らってブワッと持ち上がったような錯覚を起こすと握られた拳がフルフルと震え出した。


「元シングルの分際で」


 キリっとまなじりが釣り上がった。


 少し大げさだったなとすぐに訂正する。


「いや、少し聞かれただけだ」


 あわや大惨事になるのではないかと思われる小火の鎮火に成功したのだろうか。


「そ、そうでしたか……でも年増には出過ぎた真似ですね」


 まだ火は燻っていた。

 

「まぁ、学院にいる間は理事長に従うのは仕方のないことだ」

「そうは言いましてもですね」

「そんなことより、フェリは何をしてるんだ」


 話題を変えることで転換を図る。


「賊の1人と交戦しまして」

「なるほど、それで捕まっていたわけか」

「えぇ……」


 フェリネラも頬を掻いて苦笑を浮かべる様子から本人もうんざりしていたのだろう。そんな時、アルスが通りかかったものだから彼女からすれば一石二鳥とばかりに声を掛けたのだ。

 実際の所は単にアルスと話したかっただけなのだが。


 立ち話をするだけで周囲の視線は二人に集中してしまった。


 アルスはどこぞで要らぬ別の火が燻る可能性を懸念して歩き始める。

 話の途中だけあって隣をフェリネラが続いて歩く。


「その調子だと怪我はないようだな」

「…………はいっ!」


 何故か恍惚な表情でうっとりと答えるフェリネラ。

 アルスの言葉は実力の評価であって心配・・ではないのだが。

 それでも解釈の齟齬が二人を不幸にすることはない。


「賊は魔法を使ったか?」

「はい……まさかこんな形で動いてくるとは意外でした」

「…………!! 知っていたのか」


 横を歩くフェリネラを眇めて見る。

 その鋭い視線にビクッと驚いたフェリネラ……そしてまさかという顔を浮かべた。

 直後、表情の変化を先読みしたアルスは瞬時に第二の視野を広げた。歩き出す周囲には人の気配はないようだ。


 微細な変化を機敏に感じ取ったフェリネラは一拍間を置いてから切り出す。気持ち小声になっているようでもある、その分距離は縮まっているが。


「まさか、総督から聞いていないのですか?」

「何をだ」

「…………」


 呆気にとられながらもフェリネラは苦笑い気味に噴悶ふんもんした。


「そのですね。今回の件は私も一枚噛んでまして、情報収集を受け持っています」

「そうだったのか」


 素っ気なく言ってみせるが、思いきるなと思う。

 諜報員も相当優秀な人選が求められるのだ。ましてやアルスに回って来るような重要な任務ならばなおさら。


「ヴィザイスト卿が言い出したのか?」


 フェリネラの父は一時、アルスの直属の上司だったのだが、その部隊自体臨時でアルスのために作られた特殊部隊だった。本職は諜報活動、アルスへともたらされる情報は基本的にヴィザイストの部隊によるものなのだ。


「いえ。無理を承知でお願いしてみたんです」


 その結果諜報部隊に参加することになったということだろう。

 

(どんだけ娘に甘いんだ)


 この場にいない上司に悪態を吐く。若干頬が引き攣ったのをフェリネラは目ざとく見ていた。


「何か不備でも……」

「いや、よく調べられていた」


 が……と指摘しようとしたが、満面の笑みを浮かべるフェリネラにそのまま呑込むのだった。


「で、動いたと言ったな」

「はい、賊はグドマの実験体です」

「そうか……目的は?」

「すみません。そこまではわかりません。ただこの襲撃に意味があるとは思えないんですよね」


 合点がいかないというように顎に指を立てて考える。


「何故だ?」

「グドマは後天的にエレメントを取得させることに成功しているはずなんです。孤児を集めてエレメント魔法師を作るとそれを貴族なんかに売っていますので」

「なるほどな」


 素質のある孤児を養子として迎え入れ、軍に供給するのだろう。

 優秀な素質を初めから持った子供ならば高ランカー魔法師になる可能性が高く家名も守られる。


「あるとすればまだ完全でないかか、研究者にはありがちだな」


 完成の先を追い求める性分とでも言えるほどの妄執。


「どの道、3日後には全て終わる」

「はい」

「それまでに動きがあればフェリが知らせに来てくれるのか?」


 微笑を浮かべ、歩幅が狭くなった。


「アルスさんのお願いならば私から父に掛け合います」

「いや……任せる」


 どっちでも良いと口を開きかけて思い直す。何故か背後に理事長の口ぶりが見え隠れしたからだ。

 何も含んでいないはずの蠱惑的な笑みに苦手意識を持ち始めているのかも、と反射的に迎合してしまった。



 それほど大した距離ではなかったが、気が付けばもうアルスの研究室間近まで来ていた。


「どうする少し寄っていくか」

「大変ありがたいお誘いなのですが……その、この後父に呼ばれておりまして」


 しゅんと項垂れたフェリネラ。


「今回の件なのだろう?」

「えぇ、たぶん……」


 呼び出されている要件は任務についてだろう。

 しかしそれとは別に言いたいことがあるのか、憎々しげに眼を横に流す。


「なんで今なのよ」


 と時間の指定をした父に恨み事を小声で吐き捨てた。


「…………」

「――! いえ……で、ではアルスさん私はこれで失礼します」

「あぁ、ヴィザイスト卿によろしく言っといてくれ」


 研究棟の前でフェリネラと別れると、時刻は陽が傾き、代わりに反対側からは偽物の月が顔を出し始めている頃だった。


 部屋の中は空っぽだ。ロキはアリスを送っているので、まだ戻ってきていないのだろうと、アルスは賊の血液が入った試験管を持って検査機にかける。


 茶で一息吐こうとキッチンに向かう。やはり手慣れていないだけあって何がどこにあるのかがわからなかった。

 もうこの区画はロキのテリトリーと化していたのだ。

 自分で淹れるよりロキの紅茶のほうが断然旨い。だから戻ってきてからにしようと振り返ると、予期していたようにテーブルの隅にポットが口から湯気をあげている。


 蓋を開けると透き通る茶色い液体が豊潤な果実を思わせる香りとともに立ち昇ってきた。


 予知か……と内心で突っ込んでしまうほどの気遣いだ。

 ここまで来ると気が利くなんてレベルではない気がする。

 そんなことを思っても結局カップに注ぐのだ。有り難く頂戴すると感謝をロキに告げ(口には出さないが)、一口含むとだいぶ気持ちが落ち着く。


 今度淹れ方を教わろうかと本気で思うアルスだった。


 一息入れたところで検査にかけていた血液の結果が机の端末に転送されていく。


 受け皿とカップを持ち、徐に覗き込み、予想が的中していたことに肩を竦めた。


「そんなところだろう」


 推測の確証を得たアルスはカップを置いて膨大な魔力の情報体をスクロールしていく。

 新たに開いた画面にも同じ情報が流れるように下に進む。

 二つの画面、新たに開いたのはアリスの魔力情報だ。


 交互に見合わせ、欠損部分に到達すると画面を止め、見比べる。


 賊がエレメントであるのは後天的に取得したものだ。

 情報体には元々の魔力因子を分断するように抹消された痕がある。

 強いて言えば、既存の魔力情報の上からエレメントを取得するための情報を上書きしているようなものだ。


 アルスから見てもこんなもので本当にエレメントの光系統魔法が使えるのかと疑問が出る。

 こんなものは成果と言えない。エレメントだけでなく魔法そのものが使えなくなってしまう。


 しかし、賊はちゃんと光系統の魔法を使用していた。それだけが解消されない。

 血液から得られる情報ではそんなものだろうとアルスが一番気になる項目を探す。


 すでにアリスの魔力基礎ワードは見つけている。


 基礎ワード、魔力の情報は経験によって密になっていくため、情報が変化し続けるのだ。その組み合わせは千差万別。天文学的な数値だ。

 同じものは存在し得ない。それでも遺伝するものはある。親の系統が子に反映されがちなのもDNA内でも一生変化しない部分があるからだ。

 生まれた段階では親の系統が反映される。それから定着するまでは経験によって後天的に変化、影響を受ける。


 数十万種もの文字や記号のロストスペル、文とも呼べない記号の羅列が数百文字。


 これは扉の鍵など魔力で個別認証する際はこの基礎ワードが適用される。


 先天的取得のエレメントはこの基礎ワードに要因があるというのが有力だ。

 だが、その法則を突き止めることはできなかった。一説では法則ではなく、何か遺伝子レベルでの化学反応だと主張する研究者もいるが、これも確かな実証を得られていない。


 この基礎ワードが魔力情報のどこにあるのかも人によって違う。だからこうしてスクロールして画面を見漁っていくしかないのだ。


「……! これか!」


 動きを止め画面に手を触れて目で羅列を追う。




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