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最強魔法師の隠遁計画  作者: イズシロ
第3章 「巣窟の中で築く」
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少女は外界の片隅で



 ◇ ◇ ◇



 涙で濡れた視界でテスフィアは覚束ない足取りのままひたすら走った。あれほど疲弊していたのに、今は逃げ出したい気持ちしかなく、突き動かすように走り続けることができた。


 なんでこんなにも悲しいのか、情けないのか……どうして涙が止まらないのか、その原因など考えられないほどゴチャゴチャに思考がかき乱される。

 水底から水面を見るように視界は不規則に揺らめくばかりだった。


 悲しいのか、悔しいのか、自分に落胆したのか、どれもが少しずつ混ざりあった感情が結果として涙を流させているのだろう。だから、いくら拭っても次から次へと溢れるばかり……。


 文句の一つでも言い返せてたらきっと楽になれたのだ。

 いつものように言い返せたら、溝が深まることもなかったはずなのだ。それができないのはきっとアルスだから……アルスでなければ意地でも言い返していたかもしれない。ここが外界でなく、それこそ学院ならば、とテスフィアは過る後悔を振り切るように足を動かす。


 躓きながらもテスフィアは小川を上って行った。

 どれほど走っただろうか、小走りではあったが時間にして随分と経っていたのかもしれない。彼女がそう感じたのは空に時折、覗く月が隠れた頃だった。


 見渡すことができない程、夜に沈む外界。小川の寒々しい音だけが鼓膜を震わせ、辺りは静かな夜色に染まっていた。いつの間に渓流から外れたのか、テスフィアがいるそこは、小川から少し逸れた緩やかな傾斜の上であった。


 木々を分け入った記憶はなく、しかし、テスフィアは明らかに道に迷っていた。それでも小川の音からそれほど離れていないため、彼女に焦りは感じられなかった。

 顔を振っても、気は重く、逃げてきた道を戻ることに対してテスフィアの足は酷く重たかった。


 頬の突っ張るような傷みが、尾を引くように彼女をその場に踏み留まらせていたのだ。


 前に進むことも、そして後ろに進むこともできなくなったテスフィアは、迷子の子供のように蹲った。


「どうしよう……」


 更に冷え込んだ外気に、テスフィアは身をすくめ、膝の上で組んだ腕に顎を乗せた。そこから吐き出された、行き場のない言葉が白い息を伴って宙を漂う。

 最後に目元を拭ってからテスフィアは自嘲するように小さく口を開く。


「本当、私子供ね……でも、あいつもあいつよ。何も叩かなくったって…………痛い……痛いじゃないのよ」


 染み入るような痛みが本当に頬からのものなのか、それとも心の方なのかは彼女にもわからない。ただただ、ズキリと痛むのであった。

 そして言葉にして痛みを再確認した頃、同時に睫毛も濡れていった。


 縮こまった身体に這うような冷気が体温を奪っていくのが、強く実感できる。そして、その寒さにさえ堪えようとしてしまう自分がどうしようもなくちっぽけに思えた。意固地になっているわけでもないが、頭も身体も迷子のように立ち呆けてしまっていた。


 そんなテスフィアの塞ぎ込んだ意識を攫っていったのは、それを見た時に、もしや、という期待があったからだろう。

 目の端にポツンと灯った小さな明かり、それが自分を迎えに来てくれたものだと思ったのだ。


 見られても良いように、最低限目元の雫は拭う。

 そうして顔を向けた先でテスフィアは強烈な違和感に襲われた。アルスやロキであろうと、薄暗くなった外を出歩くには明かりを持ち歩くだろう。当然、人工的なライトのようなものは携行していないはず。


 魔法によるものなのだろう、炎のような小さな明かりが微かに揺らめいているようだった。

 距離的にもまだ遠く、その場所というのは今テスフィアがいるであろう渓谷の向かい側であった。鬱蒼とした森の中で見え隠れする火の玉のようにも見える。


 が、問題はその明かりが小川を沿って来ていないことだった。もっといえばアルス達が迎えに来てくれたとしても何故あんな方向からなのか……。


「何……」


 小さな疑念を晴らすべく、テスフィアは急いで高い場所まで傾斜を登っていく。チラチラとその明かりを見失わないようにしながら、一気に駆け上がり、崖の天辺まで辿り着く。

 息を整えながら木の肌に手を突いて、テスフィアは顔を上げた。


「――!?」


 一つだと思っていた小さな明かりは森を彩るように、無数に森林を照らし出していた。その数は百では到底利かないほどで、徐々にこちらに向かってきているようにさえ見える。


 いや、間違いなく動いていた。明かりが灯る一帯が、地面ごと移動しているかのような圧迫感にテスフィアは腰が抜けそうになった。

 ここにきて、あれが人為的なものでないことがわかったのだ。であるならば、残る可能性はただ一つ。


「魔物――」


 目を凝らせば、凝らすほど、揺らめく明かりに目が眩みそうになる。小さな明かりの粒がぞっとするほど周囲を覆っていた。果たしてその明かりはどこまで続いているのか、それを考えるだけでも足が竦み上がる。


 ――これが【夜会】なの……?


 身の毛もよだつ予想にテスフィアはゆっくりと振り返った。どこまでも続く明かりを視線で追いかけ続けたのだ。それは渓谷を跨いでテスフィアがいる陸までを真っ赤に染め上げていたのだ。


 彼女の場所からでは後ろ側にどれほど魔物がいるのかすらも木々が邪魔して確認できなかった。


 ヒッ、そう出掛かった口を咄嗟に押さえたテスフィアはそれ以上、悲鳴であろうと音を出さないように塞ぐ。木々の合間から微かに視界を横切る明かり、それは遠方に望む小さな火の玉とは違い、十分視認できるほどの距離で揺らめいていた。


 それも一つではなく、刻々と時間が過ぎていくその直後に不気味な火の玉は数を増やしていく。この距離では身動き一つで気づかれてしまうだろう。

 そう思った直後、荒い息が喉を震わせ始めた。


 徐々に近づいてくるそれに戦う気力も、力も残されていない彼女ではただただ見つかるのを待つことしかできなかった。


 その刹那、火の玉とは別に、予期しないほど近くの茂みがカサリと音を立て、何かがテスフィア目掛けて迫った。

 悲鳴を堪えていた手は諦めたように垂れ下がり、強張った身体が反射的に声を絞り出した。


 キャッ……その甲高い悲鳴は即座にくぐもった音を彼女の耳に伝える。

 そう、押し付けるように口を塞がれたのだ。背中を幹にぶつけるほど強引に押し付けられた手は、密着感をテスフィアに抱かせた。


 ぐっと目を瞑って暴れるが口に加えて、腕を掴まれ、密着するほど覆い被さられたら貧弱な今の彼女には抗うことなどできなかった。


「んんん……」

「うるさい。ちょっと黙れ、でもって暴れるな」


 恐る恐る目を開くとそこには見慣れた顔が、呆れた目をテスフィアに向けていた。

 幹に押し付けるようにして、テスフィアの口を手で塞いだのはアルスであった。その額には走ってきたのだろうか、汗の粒が浮かび、身体は熱を発していた。


「お前は本当に面倒なことが大好きだな。それにしても……」


 潜めた声がテスフィアの耳元で呟かれた。

 ここまで魔物の群れを巧みにすり抜けてきたアルスは、この場所に至って改めて視界に収めた。


「ちっ……【闇夜の徘徊者(ナイト・ウォーカー)】とはな。それにしてもこの数は何だ。突然湧いてくるわで頭が痛くなるな」


 ここまでの道中でアルスは【闇夜の徘徊者(ナイト・ウォーカー)】しか魔物の姿を確認していない。つまりは、他の魔物は【闇夜の徘徊者(ナイト・ウォーカー)】には接触せず身を潜めるのだ。

 が、この魔物は外界で遭遇したら逃げ切れないとまで言われていたこともあり、追尾に長けた性質を持っている。


「悪いがもうしばらく黙ってろよ。発見されたら相当厄介なことになる」


 この暗さでもアルスの目を至近距離で見返すテスフィアは、先程向けられた冷たい印象を受けず、それこそいつもの彼が見せる小憎たらしい瞳を見た。

 言われるがままに、テスフィアは頷いた。


「よく聞け、【闇夜の徘徊者(ナイト・ウォーカー)】は魔力を探知する。一度探知されれば奴らから逃げ切るのは難しい。だから、自然と漏れ出る魔力を意識的に止めろ。落ち着けよ、お前ならできる」


 彼女が持つ小太刀【雪姫】は、この漏洩した魔力を収集し蓄えるものだが、残念ながら一度体外へと漏れ出るため探知されてしまう。


 真っ直ぐ見つめるアルスの目に、テスフィアも小さく頷く。

 軽く目を閉じ、心を落ち着かせる。魔力操作の訓練と同じだ、魔力を意識的に留め、体外へと漏れ出ないように押さえつけるだけ。


 アルスの手の隙間から漏れる息が一定のリズムを刻み始める。

 

 次に彼女がその長い睫毛の目を開いた時、テスフィアの身体から常時漏れ出ていた魔力が集束しだす。




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― 新着の感想 ―
[気になる点] そもそも意識が内側気分…!学院ならって何…!今いるのは外界…。
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