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最強魔法師の隠遁計画  作者: イズシロ
第3章 「巣窟の中で築く」
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無垢な迷子



 アリスを背負ったまま、強行軍が続く。

 ハンプティーの魔力爆発のせいでここら一帯の魔物は続々と集結しつつあった。


 進行上からも複数の魔物が迫り、回避できない状況が続いた。

 これで何体目か数えることすらもできなくなった頃、アルス達の足が鈍る。背後から追ってくる魔物に関しては戦闘を避けて引き離していたのだが、魔物の密集率が異様に高まっており、アルス達が走り出し、木を追い抜く度に魔物が現れる状況であった。


 そしてアルス達の足を遅くさせている最大の原因は、いつの間にか最後尾になっていたテスフィアにあった。連戦に続く連戦で当初のペースは狂い、速度は著しく減速……いや停滞したと言える状況だった。


 おそらく並のBレートでもいつもの彼女ならば十分善戦できただろう。Cレートならば、なおさら苦戦するようなことにはならない、はずだった。その力を彼女は有している。


 しかし、今のテスフィアはCレート単体ですら危うい戦闘を繰り広げていた。倒すにしてもあまりに不手際である。そうこうしている間に魔物は数を増やすばかりだった。


 そんな赤毛の少女をアルスは冷ややかに視界の端で捉える。外の世界に甘えは存在しない。そういう世界で育ったアルスには今の彼女に酷く腹立たしさが湧く。

 守る対象である一方で、彼女達には外界で生き抜く力を付けさせなければならない。


 こんなことはこれまでなかった。胸焼けがするように心臓の辺りに、アルスは違和感を感じた。そう、これまではテスフィアのような魔法師を見捨ててきたのだ。


 アルスは身体だけを魔物を屠るために動かし、頭の中はぼんやりと虚ろに沈んでいた。

 テスフィアは直に動けなくなるだろう。魔物の攻撃を受けるか、魔力が切れるか、はたまた体力がなくなるか、いずれにせよ動けなくなった者に合わせれば部隊はおろか、自分の身さえも危険に晒すだけだ。そこでの判断は生死を大きく分けるだろう――そう決定的に。


 それができない今の状況がアルスの胸を締め付ける。いや、できないのではなく、させない。死なせない。その決意がこれまで培ってきた。正しいと思ってきた行動を迷わせた。


 やはり外界はアルスにとって半生を捧げてきた場所なのだ。そこでの生き方は心得ている。


 ロキにはテスフィアのバックアップを頼んでおいたが、これではジリ貧だ。すでにロキも気づいているだろう、この異常なまでの魔物の数に。

 誤算はある、しかし、珍しいことではない。

 だが、アルスの持つ打開する術はこのメンツでは役に立たないだけの話なのだ。


 テスフィア一人ではDレートすら相手できない状況になっていた。そしてアリスの傷も浅いながら、まだ血は止まっていなかった。頭に入れておいた、いくつかの休憩地点まではだいぶ距離もある。


 現状、アルスとロキの速度にテスフィアはまったく付いてこれず、その速度は魔物を離すに至らない。

 彼女のローブにまで湿った汗、前髪は額に張り付き、声すら絞り出せないだろう。その口は息を吸う事以外に開くことはない。

 意固地になっているようにひたすら刀を振るっていた。弱音を吐かずに、頑張る姿は内側の生存圏内――学院ならばさぞ褒められただろう。


 必死に食らいつこうとするテスフィアにアルスはもう何も感じることはなかった。興味すら失せたようにその目は彼女の状態だけ分析するだけであった。


「ロキ……あれをやる。アリスの止血を頼む」

「――!!」


 足を止めたアルスは巨木の枝に降り立ったロキの傍にアリスを降ろす。銀髪の少女も“あれ”が指し示す力を理解し、それが必要なことも理解する。だが、何よりもそうなったことにロキは唇を少しだけ噛んだ。

 ロキも不効率な連戦にだいぶ体力も魔力も消耗していることも自覚していた。これが後数十分も続けばテスフィアだけでなく自分までも動けなくなるだろう、と。

 それがわかるからこそ彼女は「申し訳ありません」と小さく吐き出した。


 すぐにロキは精神を集中させて、今できる最大範囲の探知を行使する。

 それと同時に最後尾で走ってくるテスフィアの元まで一気に駆け寄り、足をもつれさせながら走る彼女を抱えて跳躍した。


 枝の上に舞い戻った時、交代にアルスは軽やかに飛び降りる。


「アル、周囲2.5km範囲にBレート以下の魔物、総数……七五一体です。魔法師はいません」

「…………」


 一瞬言葉を詰まらせたロキは、正確な魔物の総数を伝える。だが、想定していたよりも魔物の数は多い。


 ――おかしい。あれほど倒したのにどこから湧いて……。


 ロキの報告に返事はなく地面に着地したアルスは何を思っているのか、心の内を探るように薄く目を開けた。

 もう一つの魔力の解放。【捕食】その一点の欲求によって生み出される捕食者。それは以前にも増して濃く、禍々しい。霧のような不定形は明確な形を授けられたかのように、アルスの周囲で狂い舞った。



 それを満身創痍のテスフィアが一心不乱に見下ろす。掠れる程の荒い息を吐いて、テスフィアはまた己の無力を悔いて、歯を食いしばった。


「暴食なる捕食者……」


 そう口をつくロキの声をテスフィアは無感情に聞き流す。吸い寄せられるような混沌とした魔力の塊。両手を左右に広げたアルスを覆う魔力は、自我さえも窺える動きで、蛇のような頭部をいくつも伸ばした。

 何百という蛇の大群に群がられるような、ともすればそれは決して宿主であるアルスを攻撃することがないように思われた。


 魔法でもなく、純粋な魔力でもない。

 見れば見るほど魂が吸い取られるような感覚に見舞われる――意識が希薄になるような気がしてくる。


 だが、その禍々しさはテスフィアにとって、いつかの冷徹なアルスの姿、その根幹部のようにさえ見える。あれがあるせいで、アルスに二面性のような裏と表があるのだと。


 次第に膨れ上がるその蛇群を飼いならすようにアルスは手首を返して前方へと突き出した。


「喰らえ【暴食なる捕食者(グラ・イーター)】」


 喰らえという言葉に敏感に反応するかのように鎌首をもたげる異様な魔力は、餌を見つけたように一気に走り出す。なりふり構わず、最短で標的目掛けて捕食者が解き放たれる。

 それはアルスを中心とした全方位に走る。


 今、テスフィアとアリス、ロキの下で起こった現象を表現するには、まさに真っ黒な濁流という他ないのだろう。

 木々を掻い潜り、無数に走る黒い蛇のような群れは偏に縄のようだった。いくつもの頭部を持つそれは蠕動するが如く、ひたすら伸びていく。


 今も絶え間なく生み出される、その勢いは衰えることはなかった。

 膨大な魔力の奔流が形を伴い、大口を開けて獲物を一呑みにする。一瞬で全ての魔力を食い尽くす異能。


 ロキは探知しながら凄まじい速度で魔物の数が減っていくのを察知する。

 だが、それは唐突に起きた。いや、ロキだからこそ気づけたのかもしれない。


 魔力の奔流、その勢いは増す一方なのだ。どこまでも、魔力が持つまで広がり続けるように思われたのだ。

 それがアルスの意思ならばロキも気づかなかったはずだ。

 しかし、腕を掲げるのアルスの腕、そこに纏わりつく【暴食なる捕食者(グラ・イーター)】の波長が著しく乱れた。


 ロキの心配をよそに、アルスは全ての【暴食なる捕食者(グラ・イーター)】を引き戻す。

 ロキの心配は当たっていたのかもしれない。彼女が探知し、把握する魔物の数は減ってこそいるものの全滅には至っていなかったのだ。


 それはアルスですらも感知できなかった範囲だったのかもしれないが。


 枝の上にひとっ飛びで舞い戻ってきたアルスは止血されたアリスの様子を見る。

 頭の傷は重症に見えるが、元々傷自体は深いものではない。その分、血は結構でるのだが。


「時間は稼げたな。場所を移そう。ロキ、態勢を一度整える。このままじゃ日が暮れる」

「はい、では当初決めておいた休息地に移しましょう。任務の【夜会】予測位置から少し離れますが、ここからなら一番近いです」


 アルスは中腰になってアリスを背負う。


「待ってください、アル。一番距離が近いとはいえ、今のフィアさんでは少しペースを落とした方が良いかと」

「大丈夫よ、ロキ。ちゃんと付いていくわ」

「ですが……」


 誰が見ても、テスフィアの疲労はピークに達している。アルスが一掃した僅かな時間程度では到底回復できるはずもない。

 ロキは説得する言葉を呑み込み、アルスの指示を仰ぐように顔を戻す――その目は不安げでもあった。


 アリスを背負った状態で背を向けるアルスは……。


「好きにしろ」

「――!!」


 その言葉に一番驚いたのはロキ自身であり、アルスの言葉を察する。ロキもわかっていたことだ。今のテスフィアは……それでもいつものアルスではないのだろう。


 感情のこもらない乾いた声が冷徹にテスフィアを刺す。

 彼女は目を見開いてうつむく。無力な自分を悔いて、それでもがむしゃらに頑張ってみた。なのに彼は失望したように冷たい言葉を向けてくる。

 テスフィアは右手で左腕を掴み、強く握った。





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― 新着の感想 ―
[気になる点] んー、これもうアリスとフィアには帰ってもらってその上でアルス(とついてくるであろうロキ)だけで任務やった方が良いんじゃ…。下手したらみんな死ぬよ?
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