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最強魔法師の隠遁計画  作者: イズシロ
第3章 「巣窟の中で築く」
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陥る過ち




 【森海魚レド・フィッシュ】、地上の魚とそう呼ばれる魔物の身体を見て、アルスは息を呑む。

 魔物特有の黒い体色は薄く、びっしりと敷き詰められた鱗の隙間から微粒子なみの魔力が放出されていた。それを推進力に、大気中に混ざる魔力残滓の中を泳ぎ、浮遊を可能にしているのだろう。


 羅列した牙は膨大な魔力を纏って白く発光しているようにさえ見える。

 上半身部分を引きちぎろうとするかのように身じろぎする【森海魚レド・フィッシュ】によって、牙に挟まれたハンプティーは身体を崩壊させ、大量の血を撒き散らしていた。


 ついにはブチブチと繊維が千切れるような生々しい音を発して、ハンプティーの食いちぎられた下半身が宙を舞う。巨木を揺らし、肉片が地面に落ちた時、まるでガラスが砕け散るように魔力残滓へと還っていった。


 口腔内のハンプティーを呑み込み、続いて低空で泳ぐ【森海魚レド・フィッシュ】の真っ赤に染まった眼光が真下にいる赤毛の少女を捉える。

 しかし――。


「アリス! 頭から血がッ!?」


 アルスの腕の中でぐったりする親友へとただ心配の声をテスフィアは一心に投げる。


「ちっ!? 魔物から目を逸らすなっ!」

「――! え」


 アルスが発した怒声にテスフィアは肩をビクッと震わせる。振り向いた先には軽く一飲できるほどの大口を開けた魔物が迫っていた。口腔が淡く光る牙の奥に覗いた陰が延々続いているように迎え入れている。

 


 何もない、消化さえもしないような不気味な洞窟の暗がりに似ていた。まるでテスフィア自身が自ら望んでそこに入り込もうとするかのように、その暗がりが視界を埋め尽くしていく。


 喉の奥から小さな悲鳴を上げるテスフィアは、為す術がないことを本能的に理解してしまう。いや、方法はいくらでもあったはずだ。少なくとも認識する間はあった。なのに身体が、足が竦んでしまったのは目の前でアリスが負傷したからなのだろう。

 きっとアリスの下へ駆けつけることはできても、目の前の魔物に立ち向かえるだけの正気はなかった。


 呆然と立ち尽くし、自らに降りかかる脅威を他人事のように客観視している気分だった。


「馬鹿がっ!!」


 小言のように吐き出されたアルスの暴言すら、今のテスフィアに届くことはなかった。

 だが、刻一刻と生命が散るにはあまりにも短い時間は差し迫っている。そんな時間の間隙を断絶するように猛々しい声が乾いた空気の中を割くように発せられた。


「【愚かな雷童鎖(シリィムヴェイン)】」


 上位級に位置する捕縛系の魔法。四方から細い雷が森海魚レド・フィッシュを襲い、体内を駆け巡る。すると内部から放電するように雷は近くの物体と対象物を繋ぎ止める。


 電撃は地表や木の幹へと、手を広げるように四方八方に伸びた。内部から創造された雷の鎖が魔物の進行を阻んだのだ。


 絶妙なタイミングで放ったロキの魔法は、状況に則したものである、が――。


 ――それじゃ不十分だ。


 魔物の体表面にある鱗の機能を考えた結果、おそらく魔法に限らず、魔力の良導体として当然噴出口、つまり逃げ道が用意されている。

 案の定、ロキの魔法は一秒と待たずに強引に引き千切られた。体内で魔力を噴出するための置換システムが構築されているのだ。受けた魔法をそのまま逃がす仕組みがあるということ。


 ――これまで野放しにされていた魔物のはずだが、やたら魔法師への適応力が高い。


 一瞬の違和感をアルスは振り払う。アリスを抱えたまま、すでにAWRを抜き、鎖を伸ばして滞空させていた。


「でも、ナイスだ、ロキ!!」


 ほんの僅かでも時間を稼げたことに変わりはなく、アルスにとっては瞬刻ほどで十分であった。

 アイコンタクトでロキはその場を離脱する。瞬間的にフォースを使い、テスフィアを抱えて飛び退くように距離を取った。


 森海魚レド・フィッシュは電撃の鎖から抜け出した直後、進行上にいるアルス目掛けて鱗を羽ばたかせた。魔法の予兆である証拠に鱗から溢れる魔力は、一帯を満たし、肌に纏わりつくような重さを持っていた。

 

「遅いな、【三子の黒角(メメリアント・オルガ)】」


 アリスを抱きかかえるアルスの周囲で、とぐろを巻くように浮遊する鎖を掴んだアルスは、魔法の構成から発現までのプロセスをすでに終えていた。

 魔法名を発したと同時に、地表から生える黒い角。組み上げられた魔法の特徴はその硬度にある。現存する物より強固に定義された角は、あらゆる鉱物を圧縮したような黒く鈍い光を宿していた。


 捻れた角は一瞬で真下から森海魚レド・フィッシュを貫き、宙空に串刺しにする。


 高々とその巨体は空中で磔となった。薄い液体が噴出し、そびえ立つ角の表面を流れ落ちてくる。

 同時に三つの支柱が螺旋状に伸び、森海魚レド・フィッシュの身体を挟みこむ。すると巨体を挟んだまま、支柱は互いに捻れていき、きつく森海魚レド・フィッシュの巨体を挟む。

 稔力によってバキバキと異様な音が上空で鳴り響いた。


 そして一秒と堪えられず、魔物の巨体は支柱によってねじ切られる。


 魔法の耐性が強い魔物には比較的、物理的要素を多く含んだ魔法が効果的だ。特に直前まで森海魚レド・フィッシュが放とうとしていた魔法はおそらく水系統に属するものだと推測される。であるならば、その肉体もまた系統に特化した魔力的傾向を持っているのだろう。


 であるならば、ロキが放った雷系統の魔法は、属性の優劣から見れば、大きなダメージへと繋がるはずだった。それを流す、いわば弱点を克服する肉体というのはこれまでにあまりないものだ。


 それらを考慮したとしてもおそらくアルスの魔力量、魔法の構成密度を考えれば森海魚レド・フィッシュを倒す方法はいくらでもあった。

 ようは、【三子の黒角(メメリアント・オルガ)】という確実性に欠け、かつ、不用意に血を流させる魔法というのは合理的ではなかったのだろう。


 つまり、この選択はアルスの心の状態を反映していたのかもしれない。


 無感情に地に落ちた魔物の肉片を見て、アルスは視線を切る。崩壊が見て取れる以上、魔核を捉えていたようだ。


「……ごめん」


 ロキの借りていた肩から一人よろよろと歩き出したテスフィアは、真っ先に謝罪を口にした。

 自分の非を、不甲斐なさを自覚したことへの謝罪。


 そして彼女の視線は俯きながらもアリスを見て、安堵していた。


「…………」


 一瞥すらくれずにアルスは神経を研ぎ澄ます。大まかな状況を把握、整理してすべき優先順位を自身の中で変更する。


「アル、アリスさんの容態はどうですか? 見たところ軽傷のようですが」

「……あぁ、アリスの傷は浅いから大丈夫だろう。一時的に魔力を乱されたこともあるが、中途半端に暴発した魔力爆発による衝撃で脳震盪を起こしているだけだ。直、目が覚める」


 喋りながら、アルスはここまで辿った方角に視線を向ける。


「少々面倒なことになりましたね」

「すぐにここを離れよう。あれだけ魔力を撒かれれば、さすがに気づくか。アリスは俺がおぶっていく。ロキはそいつ(・・・)と一緒に前をかたせ。ルートは任せる」


 アルスは自分の首にアリスの腕を回して、おぶる。

 その間、テスフィアは青ざめた顔で、拳を握りしめていた。見ることも言い返すこともできなかった。唇を噛みながら堪えるしかできなかった。


 もう興味すら、関心すらなくなったような冷淡な言葉。

 期待を裏切ってしまった自分をテスフィアは酷く責めた。自責なんてものはきっとテスフィアが今、感じる寂しさとは別種のものなのだろう。自分でさえ自分に裏切られたような気分だったのだ。


 ロキと同じようにできると思っていた。

 少なくとも外界で、魔法師として活動できるだけの最低限は備わったと思っていた。


 だからテスフィアは自分に期待していたのだ。アルスの期待に応えられる自分に期待していたのだ。

 なのに……。



 これ以上、自分ができないことを知るのが恐ろしくて、テスフィアの足は場所を考えず動くことを拒んだ。地面の上から動かすことができなくなっていた。

 内心で動けと命じても、心の奥底を見透かしたように足が怯える。


 次第に目元が潤んだ直後――。


「フィアさん、一度深呼吸を……アリスさんの手当も必要です。今は場所を変えることだけに専念してください。大丈夫ですから」


 後ろからゆっくりとテスフィアの背中を押すロキの手は、微かに感じ取れる程度の温かい魔力が込められていた。

 いつものように訓練を思い出して、自分の中の魔力を正確に認識する。それは心を落ち着かせることでもあった。


 ここはテスフィアが育った内側の世界とは違い、子供のように駄々をこねて良い場所ではない。

 押されるがままにテスフィアの足が動き、前につんのめった。

 そして袖で目元を強引に拭ってテスフィアは振り返らず、口だけを開いた。


「うん。ありがとう、ロキ」



 

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― 新着の感想 ―
[一言] まぁ一度の失敗で外界では命を落としたり仲間がなくなったらするんだけど…。
[気になる点] や、圧倒的経験不足なんだからある程度は仕方ないよ。初めからできる人なんていない。みんな初めはできない。(アルスから目を逸らしながら) ロキのようにできるってのは思い上がり甚だしいけど…
[良い点] 調子に乗って状況判断を誤ったか、良い糧になるといいな
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