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最強魔法師の隠遁計画  作者: イズシロ
第3章 「巣窟の中で築く」
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外界の魔法師



 二人の戦闘にアルスは及第点を与えて、その先を見据えた――前方、数百メートルにいる魔物を。

 それと同時にロキも臨戦態勢に移行しながらテスフィアとアリスのすぐ後ろに移動する。


「気づきましたね。Bレート級が二体、一体先行して来ます」

「ここからだな。相手によっては場所を変えるが、まぁここなら孤立することもないだろう」


 多少なりとも開けた場所であれば、十分戦いやすい。もっとも中隊規模ならば分散し、それぞれで各個撃破するのが常套手段だ。

 この場合は、アルスとロキが助っ人に入りやすいということも考慮されていた。


 鬱蒼と立ち並ぶ木々は視界を遮るように雑然と生え広がっている。その奥から明らかに何かが近づく地鳴り。


「実際お前らでもBレートを二体同時は手こずる。ロキを含めた三人で迎え撃て。もう一体は……お前ら次第だ。時間が掛かるようなら俺が出る」

「いいわよ! どっちも私とアリスで倒すから」

「まずは目の前の魔物に専念だねぇ」

「今のうちに虚勢でも吐いてろ。魔法だけに囚われるなよ、身体の形状から攻撃パターンを想定しろ」


 彼女達が実際に魔物をその目に収めるのは数えるほど。

 外の世界のどんな魔物も彼女達の想像を絶する。魔力の質、形状、その全てが人間が想像する域を凌駕する。

 生き物の形すらなさない“モノ”が人間を捕食する姿は言葉では言い表せない恐怖を植え付ける。


「換えは持ってきてないんだ。ちびるなよ」

「ひどッ!? つ~かデリカシー」


 すかさず振り返ったテスフィアが目尻を釣り上げてアルスに向かって舌を出す。


「ははっ……だ、大丈夫! たぶん」


 自信なさげにアリスはギュッと金槍を握り直した。


 「ホラ、来るぞ」とアルスが顎で示す先で、それは一気に全貌を現した。

 ずんぐりとした球体状の体躯。それについた短い腕と足を使い、巨大な風船のような黒い物体が幹にぶつかりながら猛進してくる。

 短い足は身体を左右に揺らし、まるでステップを踏むが如く走っていた。その身体は優に三メートルはあり、風船のような身体は黒ずんだ鈍色。


「ちょっデカ!?」

「個体名【ハンプティー】。アルファではやはり見ないタイプの魔物です」


 ロキの報告を耳にしたと同時に、落石のような黒い身体が勢い良くテスフィアとアリス、ロキの頭上から倒れ込んでくる。そうしてやっと天辺に頭らしき突起があることに気がつく。

 重量を感じさせる地面の沈下。しかし、それとは別に爆発したような衝撃が波紋を広げるように三人を襲う。


 グンッと身体を揺さぶられる感覚は、魔力を乱すものだ。Bレートクラスの魔力量はその身に纏うだけでも衝撃をともなう場合が多い。

 身体の構造から衝撃を広く伝えるように、内部で増幅することができるのだろう。


 実際、この程度ならば大したこともないが、耐性もなく自身の魔力を上手く制御できなければ、肉体に影響をもたらす。これだけでも嘔吐する者が多い中で――。


 ――フィアもアリスも堪えたか。


 即座に左右に飛び退いたテスフィアは片手で耳を押さえて顔を振っていた。

 アリスも木の根の上で大きく深呼吸しており、自分達が何を受けたのかを理解し、対処できている。


 魔力操作は制御の面でも大いに必要な技術だ。それができなければ満足に魔物と戦うことができなかっただろう。


 ――しかし、まだ防衛ラインからそれほど離れていないはずだが、良く出くわすものだ。


 どこか面白みを覚えつつも本来の役目を忘れない。


「今のでわかったろ。魔力を多少なりとも乱すぞ。至近距離だと魔力の構成を強固に定義しないと発現しないからな、気をつけろ。まぁ、あの訓練棒で訓練してきたんだから……なんとかしろ」

「言われなくても」

「それならなんとかなりそうかも」


 テスフィアとアリスがどこか納得したように地を蹴った。

 が、到底起き上がれないだろう短い肢体は彼女達の目の前で膨れ上がった身体に収納されていく。そして腕と足は立っている状態で新たに生えた。


 この魔物には上下どころか前後すらないのだ。気づけば頭も倒れた身体の天辺に移動している。

 穴が開いた光を伴わない目は、真っ直ぐアルスだけに向けられていた。


「――!?」


 体勢が戻った魔物にテスフィアとアリスは驚愕したものの、動き出した攻撃の手を止めるには距離が近すぎた。

 そして魔物は真っ直ぐアルスだけを見据えたまま、短い腕を水平に伸ばすとピョンっと数センチほどジャンプした。その身体は一瞬の内に高速で回転したまま滞空し、辺りの風を吸い寄せた。奇しくもそれはアルスも使ったことのある【異極引アシルド】と酷似した魔法であった。


 もっともその中心にいる【ハンプティー】に触れれば粉々になりそうだが。


 高速で回転する魔物に自ら向かっていたテスフィアとアリスは突然起きた竜巻のような現象に刀と槍を慌てて地面に突き立て踏ん張った。

 気を抜けば足が浮いてしまう。


 が、その吸引が更に加速する前に――。


「【大轟雷ライトニング・レイ】」


 いつの間にか回転する魔物の頭上に飛び上がっていたロキは、真下の頭頂部に向かって雷を落とす。

 バリバリッと耳を劈く音がロキのナイフに誘導されるように魔物の全身を覆う。


 ゆっくりと回転が止まり、シュゥゥと白煙が魔物の身体から立ち昇った。

 

「さすがにBレート。ダメージは小さいです!」


 手応えから雷がそのまま地面に流され、分散されたのを覚って、ロキはすぐに警告の声を下に向けて飛ばす。


 当然その心配は杞憂に終わる。すでにアリスはAWRに魔力を通して、アルスの忠告通り念入りに魔法を構成していた。


「でもって魔核は腹部の中心にあります」とロキは魔物ののっぺりとした頭に着地して告げる。


 そして先行してテスフィアは魔物の真横まで駆け寄り、大きく飛び退くその僅かな隙に小太刀【雪姫】をチャキッと鞘から浮かせる。


「【永久凍結界ニブルヘイム】」


 囁く様に紡がれた魔法。未熟な彼女の事象改変範囲は狭く限定される、効果もまた短いものだ。

 しかし、その僅かであろう時間がこの場では有効に働く。

 パキパキと魔物の魔力を押さえ込み、置換していく証拠として腹部の半分までを一瞬で凍結させる。


 テスフィアが大きく飛び退いたのと同時にアリスは金槍を引き、光の粒子を纏った穂先一糸乱れぬ動作で突き出した。


「【光神貫撃シリスレイト】!」


 この距離は【光神貫撃シリスレイト】の威力を十分に発揮する。空気の中を光の突きが魔物の腹部を狙い違わず直撃する――が、貫通するには至らなかった。

 即座にロキが飛び退いたことからも結果のほどは想像するまでもない。


 そう……。


「範囲が広すぎる。もっと集束させるんだったな」


 距離を保って見守っていたアルスは次回に繋がるように助言をする。


 ぶつぶつと蒸発するような魔物の腹部。大穴を穿ったことは間違いない。しかし、足らなかったのだ。魔力もその構成密度も……。

 抉ったような魔物の体内から微かに覗く菱形の核。後一歩届かない――いや、本来ならば届いたはずだった。いつも通りならば。


 しかし、いつも通りに実力を発揮できるわけもない。外界という場で正常でいられるはずもなかったのだ。そこには緊張や自分すら気づかない恐怖があるからこそアルスも叱責の声を上げることはなかった。


「ダメなら次だ」


 アルスの声にハッと我に返ったアリスの目の前で、身動きできなかったはずの魔物が動き出す。それも修復最中にはっきりと見とれる挙動。

 薄気味悪い血液を流し続けながら、黒い肉が開いた穴を埋めていく。


 ハンプティーの身体は、完全に完治しないまま倍近くも膨れ上がった。血を撒き散らし、それでも膨張する。


 その時「アルッ!!」とロキのひりつく声が空気を割って響いた。全てを伝えずともアルスは何を言いたいのかを覚る。


「もう一体くるぞ」

「嘘ッ!! こんな状態でなんて……アリス、早く引いて!!」


 焦ったテスフィアの声と同時にアリスもバックステップで後退した、その時。

 ハンプティーが来た方面から新たな影が抜け出てきる。そう、テスフィアとロキが認識した時、誰もが予想しなかった事態が起きた。


 それはテスフィアの視線すら追いつかない速度で、真横を通過し、膨張したハンプティーの身体に牙を突き立てたのだ。

 巨大な顎に挟まれ、膨大な血液が溢れた刹那、破裂したような音が駆け抜ける。小規模の魔力爆発である。


 アリスが回避した直後の出来事であり、至近距離での魔力爆発はアリスの魔力を大きく乱す。アリスは吹き飛ばされた空中で意識を失っていた。


 テスフィアもまたなんとか魔力の制御に努めるだけで精一杯である。


 巨木に激突しそうなアリスの身体を、アルスは受け止めて、頭上を仰ぎ見た。空中を泳ぐ魔物の巨大な牙に捕まったハンプティーはすでにその身体を崩壊させ始めていた。


 数多ある乱立する木々をすり抜けるように蛇行して泳ぐ地上の魚。その速度は地を駆ける魔物よりも遥かに素早い。森林内を浮いて泳ぐため、その魔物はこう名付けられている。


「【森海魚レド・フィッシュ】」








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― 新着の感想 ―
[一言] Bランク強…! あと一歩で倒せたんだから戦えてはいる、けど経験足りなくて未熟って感じかな。早期撃破できなかったんだからもう1匹がくるのは当たり前。あとは仕留めきれなかった時点で追撃するか下…
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