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最強魔法師の隠遁計画  作者: イズシロ
第3章 「巣窟の中で築く」
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示すのは行動



 ◇ ◇ ◇



 ボルドー大佐の図らいによってハイドランジ軍本部から外界までなんなくと素通りさせてもらった一行。軍内部に協会魔法師とはいえ余所者を招き入れているための配慮だそうだ。

 いらない火種を事前に潰すという意味でも大佐自らが見送ってくれた。


 装備に関しては事前に用意していたため、ハイドランジ軍で使われている信号煙をそれぞれ大佐から手渡されている。


 

  はぁ~、と白い息を吐いてテスフィアは身震いした。気温の確認なのか、白い息に彼女は首をすくめてしっかりとローブを着込む。


「ちょっと、寒くない? というか防護壁なくなったんじゃないの?」

「一々うるさいなお前は、ここが高台だからに決まってるだろ。風が直接吹きつけるんだ。つーか、本格的に外界に入れば、否応なく暑くなる」


 アルスもまた全身が外界を感じるように視線を巡らせて、状況を確認する。


 乾いた空気が吹き荒れ、眼前には無限に広がる異様な森林群。この乾季に負けず、不気味な葉が枝にしがみついているようだった。冬枯れが少ない緑が一面に広がっている。

 新鮮な空気ではあるが、吸い込む度に鼻の奥がツンと刺激される。

 ハイドランジ軍部はアルファと同様に高台に置かれているため、比較的遠望がきくもののそれでも見渡す限りが自然に埋め尽くされているようだった。


 霞がかった稜線は鬱蒼とした多種多様な木々。人知を超えたその壮大な景観は、そこにいる異形の化け物によって奇怪な印象を見る者に与える。もう少し高ければこの不揃いな高さの木々は、苔のように隙間なく敷き詰められているように感じるはずだ。


 次にアルスの視線は空へと向く。絶好の任務日和とはならなかった。

 天候も変わりやすいとはいうが、陽が昇り始める時間帯になってわかる。今日は気分さえも塞ぎ込んでしまいそうな曇天空であった。


 何より防衛ラインにこれだけ近いのに、辺りは異様なほど静まり返っていた。


「ふぅ、さぁ行くか」


 何気ない一言に引き締まった面持ちの頷きが、それぞれ返ってくる。

 先陣を切って外界の領域へと駆けるアルスに三人が続く。


「ロキ、まめに探知を頼む」

「了解しました。目的地までは?」

「最短ルートで向かう。できれば夜を迎えたくないからな。後はあいつら次第だな。時間的にも余裕はあるだろうが……」

「畏まりました。少々厄介なことになりましたね」

「……まぁ、よくあることだ。気がかりはどの程度のレートがどれほどの量近辺にいるかだな」


 テスフィアとアリスに訓練を積んだとはいっても、やはり魔物との戦闘に絶対はない。今回はその辺りも考えて動く必要があるだろう。


「聞いていたな」と肩越しに後ろをついてきている二人に確認する。


「もちろん。任務を最優先、道中は私とアリスで可能ならば迎え撃つ。複数の場合は無理せず指示に従う」


 風音に負けず声を張り上げるテスフィアは赤いポニーテールを揺らしながら何度も確認した魔物遭遇時の対処を改めて口にする。

 それを聞いていたアリスも補足するように一語一語明瞭に紡いだ。


「でも、あくまで状況に合わせて考えることを忘れない、だよね~?」


 頷き返し、おさらいを済ませる。口でいくら想定し、心がけてもまるで最初から知っていたかのように外界はあざ笑う。


 一応アルスとロキの速度についてこれているため、時間的にもかなり余裕が持てるだろう。咄嗟の判断によってテスフィアとアリスは三桁レベルの魔法師と肩を並べられる程度には付いてこれている。初めて外界に出た課外授業の頃を考えれば、想像もつかない程の成長なのだろう――一般的には。

 少なくとも多少足場が悪くとも馬を使うよりは速いだろうか。


 それもいつまで続くかわからないが、このペースならば途中何度か休憩を挟んでも、目的地点まで二人に経験を積ませことができるはずだ。

 今回アルスは助っ人として戦闘を見守るつもりだが、ロキに関していうと探知結果をテスフィアとアリスにまずは報告するように言ってある。


 魔法師はただ魔物の討伐に精を出すだけでは長く続かない。その場その場の状況判断は、生還するために必要な戦略だ。


 薄暗い森林地帯に入って数十分ほど走った辺りで、ロキが速度を落としテスフィアとアリスの間に入る。


「前方に魔物の反応あり、数は四。推定レート【B】が二体とCレート二体と思われます。他には距離は七百。北東に十五体、北西に三十三体の反応もありますが、こちらは結構離れていますね。レート的にもそれほどではないかと。さすがにこの距離でも然程移動する様子はありませんが、どうしますか?」


 ロキは一瞬アルスへと視線を移し、焦ったようにテスフィアとアリスへと向ける。


 与えられた情報を基に、前方を駆けるアルスは指を三本立てた。


「ここでできる選択は三つだな。前方の魔物に専念する、方向を変えて左右どちらかを叩き遠回りするか、ただ素通りはお前らの魔力操作じゃできないからな。あくまでも任務を優先するから……」

「真正面一点突破ね!」


 アルスの言葉を遮り、不敵な笑みを浮かべるテスフィアははためくローブの隙間からAWRを覗かせた。


「正直防衛ラインの警備でもない限りはBレート程度で、足踏みさせられるのは非効率だからな」


 Bレートなどは任務中にも遭遇する可能性が高いレートの魔物だ。この辺りまでは比較的数も多く、捕食行為によってレートが上がりやすい。


「問題はBレートだ。ここで手こずると突破する意味がなくなる……」

「アル、正面の低レートがこちらに向かって距離を少しずつ詰めてきます」

「気づかれたか」

「いえ、単なる移動かと思います。速度もそれほどではありません」

「好都合だ。Bレートから離れてくれるならな。まずは定石として雑魚から狩る、いいな」


 アルスによって作戦が伝えられ、その役目が二人に与えられた。


「「了解!」」


 それぞれにテスフィアは刀を抜き、アリスは金槍の刃先を後方に向け臨戦態勢に移った。

 走る速度も維持されており、魔力も至って平常通り。それは一瞬の魔力操作を意識した待機状態である。


 雑魚を討伐するのに一々立ち止まっているわけにもいかない。その程度は一瞬で始末できる程には訓練してきたつもりだ。

 最低限の魔力操作とは魔物を斬るための刃の構築であると同時に、ギリギリまで魔物に感知されないために必要な術でもある。


「目視まで三十秒切りました」


 ロキの合図は遭遇までの時間を正確に示し、十秒を切ったところで。


「お手並み拝見だな。ビビるなよ」


 先頭を走っていたアルスは進行上に盛り上がる巨木の根を飛び越え、そのまま枝に掴まり減速。

 その脇をテスフィアとアリスがAWRを構えて更に速度を増して抜けていった。


「ちゃんと見てなさいよ」

「行ってくるね~」


 視界さえも遮ってしまう根を飛び越えて、着地した瞬間――二人は視界に飛び込んできた魔物の姿を確認し標的を絞る。

 躊躇いは一切ない、魔物が気づく前に二人は一直線に疾走する。比較的平らな地面であったのが幸いしたのか、彼女達の速度は一気に最高速度まで上がる。



「Cレート【小猿人《ノーマン》】と断定。ハイドランジの固有種とされている魔物です」


 魔物は独特の薄黒い皮膚・外殻を持つとされている。だが、それとは少々異なり、この魔物は日に焼けたような褐色の体色をしていた。子供のような低身長の一方で、その身体は細く筋肉質である。小型の猿人とはいうが、その腕は枝から枝を行き来するための機能はなく、寧ろ、地を駆けるために足が進化していた。


 個体名としてはどこの外界でも見ない魔物ではない。しかし、ハイドランジの【小猿人《ノーマン》】は明らかに他の同種とは異なる点が備わっている。


 それは――。


 ――銛か。魔物が人間の扱う武器を持っているというのは過去ない話じゃないが……猿が随分と虚仮にしてくれるじゃないか。


 魔物の外殻と同じ材質でできたやや短い銛を【小猿人《ノーマン》】は携えていた。炭で作ったような黒い銛は、魔物の外殻構造を考えるならば……それはAWRと同様の性能を有することになる。

 そして人類が未だ魔法本来の力を発揮できないことを考えるならば、その銛はいかなるAWRをも凌駕するものなのかもしれない。


 本来必要のない武器なのだろう。それでも敵意の表れなのか、進化の過程でハイドランジの【小猿人《ノーマン》】は武器を一緒に生成するのだという。


 一般的な魔物と異なるところで本来ならば十分警戒に値するのだろう。

 だが、その警戒も今の二人ならば――。



 アルスとロキが見る先で、やっとのことで気づいた【ノーマン】は弾かれたように真っ先に威嚇する。喉を震わせるような奇っ怪な連続音を二体同時に発した。


 その威嚇を向かってくるテスフィアとアリスに向けた直後。

 二人は互いに弾かれたように左右に飛び、両側の木の幹を蹴って角度をつけた。


 テスフィアは斜めから魔物へと入り込む、愛用の刀は鞘から微かに浮き、ローブをはためかせながら回転する。遠心力によって刃先の速度は微かに見える程度の銀光を放つ。


 魔物が次のアクションを取ることはできなかっただろう。それが仮に迎撃であれ、回避であれ、結果は変わらなかったはずだ。何故ならばその足は地面と一体化してしまったかのように、氷漬けにされていたのだから。


 刀の擦過音はテスフィアが【ノーマン】の脇を抜けて地面に半円を描いて着地した時には止んでいた。

 頭部から腰までを輪切りにされた魔物は大きく赤黒い目を見開いて立ち尽くした。いきり立った威嚇の音は生命の終わりに向かってフェードアウトしていく。



 一方、アリスの方は、というと。


「ちょっと大袈裟だったかな。多分魔核を捉えた感触はあったんだけど」


 こちらもほぼ同時に魔物の討伐を果たしていた。小さな体躯は完全に両断されており、威嚇音すら発せず絶命している。【シャイルレイス】の斬撃は地面までも切り裂いた跡を残した。


 凄惨な光景ではあったが、アリスはそれを努めて意識しないように口をついた。

 魔核さえ粉砕してしまえば、魔物の身体は塵へと崩壊していくため、なんとか割り切ったようである。彼女の性格を考えればやはり引け腰になりがちなのだが、その心配は一先ずしなくて良いのだろう。


 課外授業の時もそうだったが、アリスはしっかりとすべきことの折り合いをつけることができる。それもアルスと魔物相手に戦ったからなのかもしれないが。


 ともあれ、二人が魔物を置き去りに刀を、槍をヒュンと振るった頃には魔物は倒れ、身体の崩壊が始まっていた。


 そしてどこか気の抜けた会心の笑みをお互いに浮かべ合うのであった。






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― 新着の感想 ―
[気になる点] 索敵って大事だね…。 通常魔法師と探知の人とどれくらい索敵に差があるかによるけど戦える探知使い1人いるだけで部隊の生存確率ぐんとあがりそう…。
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