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最強魔法師の隠遁計画  作者: イズシロ
第3章 「巣窟の中で築く」
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不明瞭が故の危惧



 ハイドランジ軍本部。

 そこでアルス達は真っ先にとある一室に通された。

 階段を三階分ほど上がり、奇異な視線に晒されながらも受付の女性に先導される。タイトなスカートから覗く細い足は緊張しているのか、乱れた足運びであった。


 そんな彼女に見かねたのか、少ないながらアルスを見るや否や腰を曲げる男性魔法師の一人が交代を買って出た。

 些細な会話の中で、その男はペコペコと頭を下げながらも器用に歩く。用向きに関しては深入りせず、軍部の雰囲気について彼は困り果てたように頬を掻いていた。

 やはり、今のハイドランジ軍はアルファの魔法師に対して感情的に相容れない思いが渦巻いているのだという。


 だが、この男は自国から、それも自国のシングルから犯罪者を出してしまったことを我が事のように詫びた。


「ですが、レハイル様がシングル魔法師となられた今、軍部もすぐに落ち着きを取り戻すでしょう。この国で誰よりも働きものですから」


 そんな憂いのこもった声音は奇妙なことに明るいものでもあった。

 「どうぞ。こちらが第三会議室となります」と男はライセンスを翳して扉を開ける。


 が、そこにはすでに初老の男が一人座っていた。軍服に整然と並ぶ勲章の数々、蓄えた髭は威厳を湛えていた。


「し、失礼しました!!」


 矯正具でも装着しているのかというほど、見事な敬礼をした男はアルス達に向かってもう一度敬礼してから出ていってしまった。


 会議室は完全なまでに防音加工が施されており、正面には外界を一望できるだろう窓を覆い隠すほどのスクリーンが吊るされている。その前で針金のような太さの白髪の男は枯れた声で入室を促す。


「失礼した、アルス殿。今回の依頼は何分我々にとっても初めてのことで、勝手がわからなくてな」


 男はアルスから視線を移して、背後にいる三人の少女を一端視界に収めると、椅子を引いて立ち上がる。


「私はハイドランジ軍、大佐の地位を預かるボルドーだ。して、協会への依頼受注を確認した限りでは二名となっていたが、そちらの人数が少々記載内容と異なっているようだ。お答えいただけるかな」

「もちろんです。ボルドー大佐。この二人は今回の任務に同行させる学生です。無論、一切の責任はこちらで受け持ちます」


 借りてきた猫のようにぎこちなくお辞儀するテスフィアとアリス。

 しかし、そんな二人を見て、ボルドーは髭を撫で付けて眉を潜めた。


「変わっておるな。いや、これはハイドランジに根付いたものの考えかな。もちろんこちらも任務を完遂してくれるならば問題はない。では任務の詳細の話をしよう」


 寛容な態度でボルドーは用意しておいた二つの椅子に加えて、両手で一脚ずつ加える。どこか納得した面持ちだったのは、学生を同行させるが故にシングルが依頼を引き受けたと見たようだ。


「それにしてもシングルがこの程度の報酬で動くのだから、我々にとっては安上がりなものだな」


 歯に衣着せない言い方は上にへつらうだけの上官にはない人格者の傾向でもあり、アルスはこれならば、とあまり気を遣うこともせず本題に入った。

 手渡された資料に目を通さずに真っ先に口を開く。


「一応こちらでも事前に調べさせていただきましたが、いくつか質問を良いでしょうか? 協会への依頼はボルドー大佐が?」

「うむ、今回は我々も全容を把握できておらんのだ。もっといえば不甲斐ないことに他国の力を借りて解明しようという算段だ。そこで協会への依頼を試してみた、という流れになる……他国への協力要請に後ろ向きなのはどこも変わらんだろ?」

「伝え聞いているとは思いますが、それではやっていけませんよ」

「耳が痛い話だ。で、質問とは?」


 アルスの隣では資料に目を通すロキと、足りなかった資料分をボルドーは自分の資料をテスフィアに渡していた。テスフィアとアリスはそれを膝の上において二人寄り添って見ている。


「今回の依頼内容ですが、主に調査とありますがこれだけではなんとも……」

「であろうな」


 困惑気味に語りだすボルドーは真っ先に「夜会」という単語を発した。


「聞いたことはあるだろう。外界における【夜会】がなんなのか、それについて調べてきて欲しい。残念ながら正体がわからないものに部隊の出動すらままならないのが現状だ。すでに三桁を組み込んだ三部隊と二桁を入れた一部隊が帰ってこなんだ」

「夜会ですか。アルファでは聞き慣れない言葉ですね」


 夜会は魔物が活発化する夜に起こる、奇怪な現象の総称であり一例である。通俗的には夜会時は高低関わらず魔物が集結する区域が存在するのだ。

 一夜限りの現象ではあるのだが、それがなんのためにあるのか、何が原因で起こるのかは定かではない。


 ただ、アルファではそういった魔物も含めて討伐対象となっていたこともあり、遠隔での広域殲滅魔法を行使するという方法を取ることもあるにはあるが、一般的ではないだろう。手っ取り早いのは確かだが、同時に自然界への打撃は憂慮される事態であり、攻撃を受けた魔物はその後防衛ラインに向かって侵攻を開始する。その中でも最低限討伐しなければならない魔物の認定はあるのだ。放った魔法が討伐に至らなかった時のリスクは計り知れない。


 これに関しての説はどれも確証が得られず、仮説だけでもいくつか存在する。魔物の生態がわからない以上仕方ないことでもあるのだが。


 ともあれ、【夜会】とは不吉の前触れと言われているほどだ。それが本当ならば慎重に行動しなければならない事案でもある。


「その原因を究明すること、と言っては語弊があるな。討伐が目的ではなく、魔物の個体名の確認であり、情報を持ち帰ることが最大の目標である。情報の項目に関してはシングル魔法師相手に説明するまでもないな。こちらで確認できただけでも夜会は十日開かれている。そして今日が十一日目だ。事例から考えてもこれだけの期間確認できるというのも不自然ではある。つまり夜会と呼べるのか定かではない。場所も変わっておるが一応こちらの調べでは資料の五ページ目にある、周辺地点で行われるはずだ。それでは……」


 説明を全て聞き終える前にアルスはガタッと椅子を揺らしてあくまでも冷静に口を挟んだ。


「待ってくれ。それでは俺たちは外界で一夜を過ごすということですか?」

「協会への依頼は一日となっている。さすがに学生を連れていたのでは一晩過ごすのは難しかろう。日が暮れる前に何かしらのアクションがあるはずだ。それだけでも情報を持ち帰ってくれればいい。今回はあくまでも協会の試運転に協力したという名目であるのは確かだ。こちらでも調査隊を編成している最中でもある」

「そういうことなら」


 ボルドーは相好を崩して含むように説明した。


 続いて声を発したのはロキであった。アルスとロキは今回の任務にあたってハイドランジのことを調べている。その中で魔物に関する資料を調べていたのがロキだ。


「私の方からもよろしいでしょうか」と挙手するロキに許可がおり。


「ハイドランジの魔物討伐に報告の不備が多いようですが、今回の任務に障りがあるかもしれませんので、説明をいただければ」


 他国の事情に深入りする言葉は、軍の体制に大きく左右する。だからこそロキはある程度情報を引き出した後に持ち出したのだろう。

 不和が生じるにしても比較的影響が少ない今を好機と見たのかもしれない。


 いずれにせよ、これは魔法師に対しての認識が口を軽くさせる内容である。外界にでる魔法師が生命を懸けるのだから、それには相応の情報提供がなされるのは当然なのだが。

 残念ながら現場を知らない者は魔法師を消耗品か何かと勘違いしている節が往々にしてある。


 一瞬面食らったような顔を作ったボルドーはある意味では、予想していたような顔つきで息をついた。

 そして諦めたように厳格な顔つきに翳りが落ちる。


「報告漏れはない。改竄もない、と思う。だが、いずれにせよ討伐に課せられた義務を我軍は完遂できておらんということは確かだ。今、溜まったツケを払うためにレハイルが外界を奔走している。軍部もそれに続く声が高まっているのも確かだ……だが、そんな矢先に【夜会】などわけもわからん現象に二の足を踏まされているわけだ」


 軍部ではどこもある程度のレート判別をし、それに基づいた部隊編成をする。確実に討伐できる戦力を送り込むのだ。でなければ魔法師は、それこそ消耗品となってしまう。一か八かをするには人の生命は重すぎるのだ。


 少なくともボルドーという軍人がアルスの知る、アルファの軍人と同様である人種なのは好感が持てる情報だ。


「無論、支障がないとはいえん。こちらも外界に十数部隊を出しているが、何かしらの作戦行動に支障が起きた場合は、現場判断に委ねる。報酬もケチらん」

「わかりました。それではこちらも何か起きたときのために、少しは仕事をしておきます。実地訓練を積ませるためにも連れて来たわけですし」


 ニカッと口角を持ち上げたボルドーはこんな朝早くに来た理由がやっとわかったようだった。


「うむ、とすると今が丁度よい出立時だろう。こちらで装備品は用意させてもらったが……不要のようだな。だが、救援用の信号弾は持っていってくれ」


 シングル魔法師であろうと、他国の要人に変わりない。ある種、不敬とさえ捉えられかねないボルドーの言葉は、同時に誰に対しても変えることのない平等を遵守したもののように感じられた。

 外界を知るからこその言葉。シングルを絶対視していない言葉でもあった。


「わかりました」


 それを機にアルス達は会議室を出て行くのであった。

 内容に関しては、その難易度の推定を困難な物にする今回の依頼。だが、概ねアルスがテスフィアとアリスに経験を積ませるという意味では狙い通りでもある。


 問題は【夜会】と呼ばれる現象が、どれほどのものかにもよるだろう。いずれにせよ、討伐を課されたわけではないため、さして心配する必要もない。

 アルス一人ならば魔力操作によって諜報活動もこなせるため、ロキに二人を任せて一人で情報収集にあたれば問題ないだろう。





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― 新着の感想 ―
[一言] モンスターの夜会って聞くと、どうしてもエロ方面しか思い浮かばんのは何でだろうね…( -∀-)
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