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最強魔法師の隠遁計画  作者: イズシロ
第2章 「繋がり、負の終着点」
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ドール~5人の刺客~

「どこの馬鹿だ」


 アルスは窓から外を睥睨した。


「賊は五人ですね」

「賊ッ!!」


 探知の結果をロキが伝えた。それは同じ部屋にいるアリスの耳にも届く。

 聞き慣れない単語に狼狽したようにアリスが反芻した。


 それも人類共通の敵は魔物であって人間同士の争いほど無益なものはない。凶悪な犯罪者は軍の情報操作で隠されるのが常だ。

 魔物だけに脅威を絞ることで共通の敵に向かって人類が手を取るための措置である。国内でも犯罪が横行すれば魔物どころではない。優秀な魔法師を国内にも配備しなければならなくなることは国にとっても痛手だろう。


 爆発音が近くで鳴り、建物を揺らした。


「休みで校内に誰もいないとでも思ったか、馬鹿な連中だ」


 元シングル魔法師の理事長も含めればたかだが五人の賊など瞬殺同然だろう。

 ましてや高ランクの教師も常駐しているのだから、目的がよくわからないというのがアルスの見解だ。

 窓に近寄り辟易した様子でアルスは眼下に見る。

 そこには賊の一人が研究棟の付近で教員と対峙している光景がすでに広がっていた。真黒なローブを着こみ、フードを目深に被っている。まるでそこらへんにでもいるゴロツキのような格好だ。

 対峙と言っても教員は宥めるように一方的に警告を投げつけているようだった。

 しっかりとその手はAWRに添えられているが。


「馬鹿が! 話なら無力化してからにしろ」


 ゴミでも見るように教員の手際の悪さを嘆く。


「どうしますか」

「いや、理事長にでも任せよう。どうせ……!」


 指示を出す直前に教師と対峙していた賊が腰から引き抜いた短剣のAWRで魔法を放つ。

 光球が刃先から生まれ教員に向かって放たれた。


「――――!」


 先手を取られた教師は瞬時に地面を盛り上げて防壁を作り身を守る。

 直後、放たれた光球は土の壁に触れると光を膨張させて破裂した。


 その衝撃に土の壁は容易く弾き飛ばされ教員は衝撃で壁面にぶつかりぐったりと動かなくなる。


(今のは光系統!)


 見下ろすアルス――教員をのした賊が上を仰ぎ見た。

 視線が交わったのはほんの刹那。

 賊はそのまま研究棟へと迷わず入ってきた。


「来るぞ。ロキ、お前がやれ……ただし殺さずに無力化してみせろ。少し気になることがある」

「わかりました」


 アルスは壁にもたれ掛かりながら指示を出す。その指示は今度の任務で必要になる覚悟の確認でもあった。

 それがわかっているのだろうロキの表情は臨戦態勢のものへと変わる。


 同時にローブの賊は昨日街でやりあった連中かもしれないと脳裏を過ったが、それは後回しにしたほうがいいと判断する。


「アリスは……そうだな取り敢えずこっちに来てろ」


 手招きして呼び寄せると、アリスはおっかなびっくりに入口をチラチラ見ながら足を動かした。

 確かに悪い奴はいるが、だいたいは犯行を未然に防いでいるため、賊やテロと呼ばれる連中との遭遇は稀だ。


「ロキちゃん一人で大丈夫? 私も手伝うよ」

「いや、お前は見ていろ」


 裏の事情までアリスに話すわけにはいかないため、ぞんざいな物言いになってしまったが、彼女も少なからず恐怖があるのかそれ以上口を開かずに不安そうに頷く。


「まぁ、何かあれば俺が割って入るから安心しろ」

「うん……」


 扉のロックを外し部屋に招き入れる準備――お膳立て――を済ませるとロキはナイフを構えて待つ。


「来るぞ!」


 隣のアリスが喉を鳴らすのと賊の姿を捉えたのは同時だった。


「アルス様を狙うとは身の程知らず」

「ごろ……殺し、1位……つか……まえる。そ、素体……も?」


 首がカクカクと傾くと機械じみた口調で不気味に口の端が上がる。

 短剣を翳しながら目の前のロキへと一気に切迫する。初動もまた機械じみていてタイミングが取りづらい。


「なるほどイカれているのですね。納得です」


 遅れることなくロキも両手に四本ずつ挟んで応戦する。


 ロキのナイフには電流が流れ、触れるだけでもダメージに繋がるエンチャント付きだ。

 だというのに賊はお構いなしに短剣を振り下ろした。

 金属がぶつかる高音が両者の間で火花を――電気を散らす。

 当然のように電流はナイフを伝い賊の体を這っていく。


「――――!!」


 その顔からは痛みや痺れなどの苦痛はない。神経があるのかというほどに涼しく克ち合い、せめぎ合う刃の力が強まった。

 

「くっ……」


 その均衡を破ったのは賊のほうだった。刃が離れ、続けざまに薙ぎ払われる。投擲用のナイフでは接近戦では不利だろう。


 ロキは上体を反らしてそのままバク転で回避。

 その際に賊の足元にナイフを数本投擲する。


 ナイフは上手く賊の足を床に張り付けた。血が滴り、瞬く間に床を紅く染めているが、苦悶の表情すら浮かべない賊にロキもアリスも得体のしれない怖気が走った。


 痛みを感じさせない動き、ナイフが刺さっているのに鬱陶しげに足をジタバタと動かして傷を悪化させているのだから常軌を逸している。


 ロキは着地してすぐに床を蹴った。勢いをそのままに小柄ながらも鋭い膝が賊の胸を打つ。ミシッと骨が砕ける音を感触で悟るとすぐにその後を確認する。


 勢いに吹き飛び、突き刺さったナイフが強引に抜けて扉のすぐ横の壁に激突した。肺から空気の洩れる声にならない声を上げてずるりと床に落ちて項垂れる賊は死人を相手していたような奇怪さを残した。


 床に倒れ、ピクリとも動かない姿に決着と見たロキがアルスへと振り返るのと同時――


「ごろす、殺し……」


 掠れた声で賊が床に手を突き魔法式を発光させた。


「――!!」


 ロキがしまったといった顔で振り返った時、賊の腕は何かに潰されたようにひしゃげていた。

 ナイフが手からこぼれ落ちたのは握ることが出来ないほどだったからだ。指はあらぬ方向を向き、手首からぶら下がったように垂れている。

 続いて賊の体が地面に押し潰されるように床にうつ伏せに倒れた。床もろともミシミシと一定の範囲に負荷が掛かっているのだ。

 それが極限まで達した時、吐血し白目を剥いて賊は意識を失った。


「油断するな」


 アルスは空間に干渉して圧縮を掛けたのだ。重力をも支配する異能。空間干渉魔法、無論その応用であり劣化版のため魔法名はない。

 元となる魔法の難度は最上位級魔法にあたる。


「すみません」

 

 視線を下げ俯いたロキに反省の翳りが降りた。

 

「まぁ、初めてにしては上出来だ」


 賊に向かって歩を進めるアルスはロキとすれ違い様に頭に手を乗せて労う。結果としてアルスが止めを刺す形になった。あの圧縮では全身の骨は砕けている、少なくとも生涯歩くことは不可能だろう。腕や脚は掛けた圧縮の範囲から外れている。それが逆に全体よりも局所的な負荷を掛けたはずだ。


 あまりアリスには見せたい光景ではなかった。


 実戦経験があるからだろう。こういうときのロキの切り替えの早さは何を優先すべきか理解しているということだ。


「それにしてもこの者何も感じないような節が……痛覚がないのでしょうか」

「あぁ、ただの人間じゃないな」


 アルスは傍まで寄ると躊躇いなくローブを剥く。歳は二十前後だろうか。焦げ茶色の髪は手入れが行き届いていない、それでも受ける印象は若く見える女性だった。

 体に張り付くような服は対魔法素材で出来ているようだ。

 

 アルスは調べるように露わになっている肌を見渡す。ボサボサの髪を掻き上げ首の裏を確認する。

 そこには何か縫われたような痕が残っていた。


「アル、死んでるの?」


 アリスもロキの背後から窺い見るように顔を覗かせている。


「いや、殺してはいない。動ける状態じゃないけどな」

「そうなんだ」


 変な忌避感を感じたアルスは遠巻きに「殺していない」と言ったが、数分も持たないほどには虫の息だ。

 アリスが確認したところで何が変わるわけでもないが、見慣れない生死に聞かずにはいられなかったのだ。


 賊の眼前で腰を降ろしたアリスはその顔をじっと見つめた。


「死んでないんだ……よね」


 それでも不用意に近づくものではないのだが。


「えっ……!!」


 顔を覗き見ていたアリスが悲鳴じみた声を上げた。

 それも白目を剥いていた目がグルンとアリスを見返したからだ。


 アルスは確認せず、アリスの反応だけでその手を引いて引き寄せた。

 眼球はアリスを追うことはなく、真正面へと向けられている。


「ロキ、避けろ!」


 その言葉を待たずしてロキは横に跳び退いていた。

 賊はバタバタと這いずり、倒れそうな前傾姿勢で窓を突き破って跳び込む。


 その後をロキが追おうとしたが、アルスが制止させるとそのまま窓際で賊を見下ろした。

 四肢で着地すると学院の外へと凄いスピードで逃げて行く後ろ姿だけを捉える。


「どうも普通じゃないな」


 アルスの腕に抱かれた形のアリスは恐怖と言うよりビックリしたようにしがみついていた。


「悪かったなアリス」

「えっ……うん、大丈夫」


 我に返ったアリスは自分の足で窓へと向かってロキと二人で周囲を窺う。賊は一人ではないからだ。


 その隙――アリスが背を向けている間――にアルスは試験管に床の血を掬って採取した。


「アルス様、賊がまだ二名いますが」

「見誤ったか。ロキ、悪いが加勢に向かってくれないか」

「畏まりました」


 魔法師としては大したことないと思っていたが、対人戦闘では教師でもやられかねない。倒したと思っていた敵が平然としていれば、必ず意表を突かれるだろう。

 そのまま窓の縁に足を掛けたロキにアルスは補足を加える。


「今度は確実に殺すしかないな、心臓か、頭か、どうやらそれぐらいしないとダメなようだ……コツは人間だと思わないことだ」


 言い淀みながらも、アルスは助言する。本来、本職であるアルスが向かわなければならないのだが、今後、ロキがアルスの傍で共に戦う場面があった時、一度経験があるのとないのとでは生死を分かつ可能性は大いにある。


 取り逃がした賊をアルスが追いかけて殺すこともできたが、すでに欲しい物はすでに確保できた。あんな小物を相手にしてはきりがない。

 あえて回避したのは賊が何かしらの改造を示唆したからだ。であるならばこちらの手の内を明かせば、どういった形で持ち帰られるか検討もつかなかった。作戦行動前にできるだけ懸念材料を残しておきたくはない。


「畏まりました」


 即答するロキの顔には同じ過ちを繰り返さない決意があった。できれば褒めたくないと思いつつも、アルスはロキの才覚を認めなければならない。たった一度で冷徹な判断を下されるということは感情を切り離す術を心得ているということだ。


 それと同時に意味するのはまだ力不足だということ。殺すことよりも無力化するほうが圧倒的に困難なため、今のロキでは逆に足元を掬われかねない。アルスの助言はそういった判断でもあった。

 


 ♢ ♢ ♢ 




 大凡の状況がわかるまでそれほど時間を要さなかった。その情報は戻ったロキがもたらしたものだ。

 部屋を出たロキは結局一戦も交えなかった。着いた頃にはすでに逃亡した後だった。


 それも早々に理事長が出張ったことにある。どうやら賊は理事長室にも向かったようでその時の異常な賊に理事長が出てくる事態になったのだと言う。


 被害は教員が2名に学生が10名程度でどれも軽傷とのことだ。

 学生への被害を食い止められなかった教員の能力が疑われる場面だが、それも教員の制止を振り切った血気盛んな学生の自業自得というものだろう。

 幸いにも若気の至りで済んだのは学院にとっても救いだ。


 とは言え軽傷で済んだのは賊が相手をしなかったためだ。アルスの所に来た賊も最初から狙って来たのではないかというほどに各々に使命があったかのような意思を感じた。


 強い魔法師を狙っているような……。


 侵入してきた5名の賊に全て逃げ仰せられたということだ。

 こういう事態を招かないように警備員がいるのにその目すら擦り抜けたということは管理責任が問われるのが誰なのか想像に難くない。

 

 防犯システムも校舎付近にはあまり配備されていないのが仇となったわけだ。


 校内放送で理事長が賊の脅威が去ったと告げたのは数分後のことだった。詳細は省かれていたが……その代わりか、ついでなのか、アルスに理事長室への出頭命令が下る。


 予期していただけに驚きはないが、面倒なのは事実だ。

 一先ず頭の隅にポンッと放って、現状を確認する。


「で……これを片さなきゃいけないのか」


 部屋内を見渡せば、資料が舞い、ガラス片が散乱している。幸い機器が壊れることはなかったが……荒らすだけ荒らして逃げやがったというのがアルスの感想だ。

 無論得るものはあったが。

 後ろ手に持った試験管が爪に当たりカチンと鳴った。


「お任せください」

「これぐらいならすぐだよ」


 袖を捲くった二人。

 アルスは二人の清掃スキルを知っているせいで、つい確かにと思いながら、「さっさとかたすか」と片づけの口火を切る。




 資料の類はロキ、どこまで把握しているのかわからないが整頓されていく。もちろん見られて困る物は保管して……いるが問題はないだろう。

 アリスは床の掃除と幅広く片づけ始めた。相変わらずの主婦顔負けの手際の良さだ。


 このツートップが居れば必然アルスのやることはなくなる。わかっていたことだ。


 そしてあっという間に片づけが終わる。新たに散らかった所だけでなく、明らかに以前より綺麗になっているのは喜ばしいことだろう。特に何かしたわけではないのが情けなくもあるのだが。


「悪いな」


 とは清掃スキルの高さに感心させられての言葉と何もしていない罪悪感から出たものだ。

 アルスがしたことと言えばぶち破られた窓に転がっていた板を取り付けただけなのだからそれも仕方がない。


 その後はロキの紅茶で一息すれば、本当に何もなかったのではと思うほどいつもの光景がそこにあった。


「アルス様、理事長室に行かなくてよいのですか? もう放送があってからかれこれ30分は経ってますが」

「構わないだろう。理事長も事後処理がある筈だしな」


 と適当な理由を付けて回避…………とはいかなかった。


 パンポ~ンという放送の前置き音が鳴り、


『アルス・レーギン…………至急理事長室に来なさい。さもないと取得単位を取り消しますよ』

 

 どこか苛立ちの籠った声音の放送は全校生徒に聞こえたことだろう。


「おいっ!」


 思わず声を上げてしまった。職権乱用どころか好き放題な振る舞いだ。


 今日一番の溜息を吐いて、紅茶を啜る。

 呑んでも落ち着かないのは単位取得の危機だからだろうか。その原因は二人の視線がジ~っとアルスを凝視しているからだった。

 何を言いたいのかだいたい想像が付くと言うものだ。


 そんな目を向けずとも呑み終わったら行くつもり……そこまで天の邪鬼ではない。


「アルス様……」

「アルぅぅ……」

「行くって」


 コトっとカップを置いて立ち上がる。


「何時になるかわからないから、アリスは訓練が終わったらロキに送ってもらえ」

「うん。お願いね」

「わかりました」


 ロキはアリスの謝辞を華麗にスルーしてアルスに対して頷いた。





 アルスの面倒くさがりは今に始まったことではないが、今回に限れば早く採取した血液を調べたいという欲求が占めていたはずだ。


(エレメントか)


 光系統はエレメントと呼ばれる特殊な系統だ。

 それが今回の任務と関係があるのかはわからないが、無関係と切って捨てるには早計に感じた。


 本校舎に着くと数か所が崩れていた。戦闘の跡が見て取れる。


 理事長室の前でアルスはノックを数回。今日は理事長が呼びだしたのだから先約がいるはずない……と思う。


「入りますよ」

 

 机の前で資料が積み重なり、その隙間から顔を覗かせるシスティ理事長。

 完全に不機嫌ですよ、と公言している顔だ。


「遅い!」

「こっちもやることがあるんです」

「理事長命令は何に置いても優先されるのぉ」


 プクっと膨らませた頬があざとい文句を垂れた。


「はぁ~」


 アルスは付き合い切れんと言及せずに切り替える。


「それは?」と積み重なる資料を指差す。


「被害とか犯人の情報とかまとめたものよ。まだ遭遇者の報告だけだから纏まってるってほどじゃないけど」 


 不平を洩らしつつ、面倒だと紙の束を突く。

 学院での事件は上に報告しなければならないため、必要な作業だろう。


「で、俺になんの用なんですか? 先に言っておきますが手伝いませんよ」

「あっそ……」


 本当に手伝わせるために呼んだのかと思わせる節があるのが、一瞬落胆した表情でわかってしまう。


「帰りますよ!?」

「まぁ座りなさいな」


 話が噛み合わないがこれが理事長のやり方だ。

 一々腹を立てていたらキリがないのは学習済み。


 理事長も机から立ち上がり反対側に腰を落ち着けて神妙な顔で本題を切り出した。

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