表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
最強魔法師の隠遁計画  作者: イズシロ
第3章 「巣窟の中で築く」
369/549

準備の途



 テスフィアとアリスのポーチを除いた荷物一式が、あえなく校門前の受付に預けられた。

 結局、持ち物に関してはアルスの選別に委ねられる結果となった。


 信号煙に魔力残滓を散らすための結晶。俗に魔石と呼ばれる魔力良導体の鉱石である。これらを少量ずつ持たせた。


「少し早く集合しておいて正解だったな」


 誰に発したわけでもないが、それがテスフィアとアリスの二人を指してのことであるのは明らかだった。

 調査任務であり、今回は遠征をするわけでもない。そのため任務の遂行時間は早いほうが良く、この場合夜だけは避けなければならなかった。


 外界で一夜を過ごすというのはそれだけ神経がすり減ることでもあり、魔物の感覚はより鋭くなる。魔力操作も未熟な二人では夜を乗り切るのは難しい。


 調子が狂うが任務に向かうために一度ハイドランジに寄る必要性があり、そのためいくつも転移門を経由している道中。

 緊張した面持ちでテスフィアがふと口を開く。


「それにしてもハイドランジなんて初めてだから、ちょっとドキドキするわね」

「私達も結局会長の依頼でルサールカにいったことがあるだけだしねぇ。フィアなら色々行ったことあるでしょ? ハイドランジには?」

「う~ん、それだって小さい頃の話だし、ほとんど覚えてないもの。それにハイドランジは行ったことないわよ。それに貴族同士の交流会程度なんだからそれで行ったことがあるってのいうのも違う気がするわね」


 記憶の断片を掘り返すようにテスフィアは唸ったが、その記憶はすでに経年劣化してしまったのか、薄ぼんやりと彼女に思い出させる程度だった。おそらく幼少期に母に連れられて他国の要人と会食をした記憶もあれば、社交界や舞踏会にお呼ばれされた記憶もあるにある。のだが、それだけで知った顔をすることはできない。


 呑気な会話が交わされる中で、アルスは二人の前から肩越しに視線をやった。


「実際、俺も国外へはここ最近行く機会もあったがハイドランジはないな。聞いた話じゃ、長閑な風土だとも聞くが……それはあくまで内側の話だ。軍部はどこも似たようなものだろうな」

「だと思います。各国はこれまで閉鎖的であったため知り得ていたとしても上層部だけでしょう。そもそも一兵卒程度では知る由もないことでしたが……」


 アルスに次いでロキも言葉を混じえる。魔法師は自国のことが手一杯で、それはアルスが最前線に出ていた時期ですら変わらなかった。

 アルファ周辺ですら年々どこから集まっているのか、魔物の数が増え続けているのだ。一方で優秀な魔法師は早々育たないという状況もあり、これらの情報を持っている上層部は国の死を予見することができたはずだ。未来永劫続く繁栄は妄想だとしても、このまま何もしなければその終焉の日は数えられる程度には差し迫っていたのかもしれない。


 その意味でもアルスが国外の情報を得るよりも、外界でその圧倒的な力を振るってもらうほうが軍、延いては人類にとって有益となる。


 それも魔法師を活用するためのマネジメントと言ってしまえば、それまでなのだが。


「軍の体制や仕組みは各国それぞれだが、実情は定かじゃない」


 軍の体制とはすなわち魔物の侵攻、脅威度に直結し変化を求められる。アルファが特別であったのは、他国のように防衛に徹していないことだ。専守防衛が基礎となっていることは間違いない。


 大々的に魔物を討伐することはあっても、そこに拠点を作ることまではどの国も積極的ではなかったのだ。正しくは、そこに多くの魔法師を割くことができなかったわけだ。

 区域の奪還はできても、アルファのような広大な面積での奪還はない。つまりは、いつでも捨てられるような作りの拠点ばかりなのだ。


「ふ~ん、どこも大変なのね。というか、アルの話じゃアルファとかルサールカのような、南に面している国の方が魔物の侵攻が激しいんでしょ? それってつまりは最北のハイドランジは比較的平和ってこと?」

「んなわけあるか! とはいってもアルファのように……」


 ふいにアルスは言葉を切った。確認した資料だけが全てではないため、一般的には魔物の推定総数自体はアルファほどではないとされているが、それもどこまで信用できるものか疑わしかったからだ。

 それをここ数日で、十分理解したロキも同じく口を噤む。


「授業でもあったねぇ。魔物は南から発生したわけだから……あれ? そうなると……」


 タイミング良くアリスが投げかけた新たな疑問は、研究者としてのアルスの食指を動かすに足るものであった。


「良いところに気がついたな。南から魔物が発生したという根拠は実は乏しいんだ。通説では南からとされているがな。要は人間の多くが逃げてきた経路が南からとされている、という程度なんだ」

「ほぇ~、ってことはだよ? ハイドランジだからって……」

「当然安全なわけないよな~?」


 誰に問うかはアルスの細められた視線の先を追っていけばおのずと辿りつけるわけだ。

 そんな見るからに、ギクッと反応を示した赤毛の少女は言葉を濁すように話題の転換を図った。


「そ、それはそうと今回の任務ってなんなのよ。それがわかってたら、もう少し持っていく物も選別できたかもしれないんだからね」


 語尾に向かって弱々しい口調は、少しでも先程の汚名をすすぎたかったからなのかもしれない。

 しかし、それに答えたのは同じく多少なりとも罪悪感を感じているロキであった。

 一度だけ溜息をつくが、それは彼女らに向けられたものではない。


「それなのです。アルでも今回の任務の詳細については聞かされていないのです。というよりも協会の任務を受けるにあたり、外界調査としか知らされていないのです」

「ま~今回に関しては協会側の依頼受注時の調査が不足していたというだけだから、改善していけばいいんだが……それも含めて俺らは一度ハイドランジの軍本部に向かわなきゃいけないわけだ」


 国境を跨ぐ転移門に四人が乗り込み、事前に発行されたアクセスコードを認識させる。

 すると、酔ってしまいそうなほど景色が一変する。


 国境付近はまだ近代化が進んでいないような、それこそ長閑な町並みが一望できた。くすんだ色の下草は頭を垂れており、それは同時に舗装されていない証でもあった。

 そのせいもあって寒空の乾燥した空気の中に、腐葉土に近い土の香りが混ざっている。


 国境側ということもあり、おそらく小さな町程度があるぐらいで、首都と呼ばれる大都市はまだ遠いようだった。

 が――。


「これ本当に大丈夫?」


 アルファと比べても気温が低いため、テスフィアはローブを巻き込むように握りしめて身震いしながらそう言った。

 当然、慣れているアルスとロキは特別何をするでもなく無言を貫いた。これもある種魔力操作ではあるのだが、根拠のない悪態が飛んできそうだったので聞き流す。


「少し寒いね~」


 賛同の声は唐突に隣の少女から上がる。「少し?」と疑問を浮かべたテスフィアは訝しげにアリスの身体を見るや否や。


「そ、そうかしら。私、寒いとは一言も言ってないわよ」


 丸めていた背中をピンと伸ばしたテスフィアは、歩き始めたアルスとロキを泰然と追いかける。そんな彼女の不思議な言動にアリスは疑問符を浮かべながらも続くのであった。


 アルスを先頭に三人がハイドランジに入国し、幾つかの転移門を潜る。その頃にはまだ見えないはずの太陽の光芒が7カ国全土を照らし始めていた。

 転移門を経由する度に強まる肌を刺すような寒風に、テスフィアもさすがのアリスも風が入り込まないようローブを押さえる。


「さすがに軍本部は立派なものだな」


 早朝であろうともまばらに窺える人の出入り。

 アルファの湾曲した本部とは違い、巨大な箱のような構造である。転移門から直通の通路が走っており、その左右には二棟ずつ高層建築物が並んでいた。


 圧巻というには見慣れたような光景ではあるが、やはりテスフィアもアリスも頭上を仰ぎ見て立ち止まっている。


 ――さすがに余所者への警戒心は強いな。


 と感じる程には注意を向ける視線が四人に浴びせられていた。早朝ということもあり、それほどではないが、それでもあまり良い気分はしないだろう。


「アル……」とロキは気づかれないように小さめの声で発した。その意味は当然彼らの不躾な視線のことだけではない。


「あぁ、ちょっと予想はしていたが……」


 と返すのも見かける軍人はAWRの携帯からも魔法師であることがわかる。だが、この場にいる者の多くは単純な警戒をアルスらに向けているわけでもないようだ。一種の余所者に対する排他性をも感じられた。

 機微に触れる感覚はわかり易いほどの憤り、受け付けない感情のしこりを残している。


「先のテレサとハイドランジ軍との衝突が原因だろうな。先導したのがクラマのオルネウスだったらしいが、戦闘に参加させられた魔法師達は何も知らされていなかったようだからな」

「つまりは……」

「無駄な血を流させられたわけだ」


 それが当時の元首、ラフセナルに姿を変えたメクフィスの指示であったことも知れ渡っている。それでも結果的に多くのハイドランジ軍人がアルファのテレサ率いる部隊によって殺された。無論、そこにはルサールカの元首直属暗殺部隊、星雲ネヴィラも含まれていた。

 どちらも無傷ではなく、不毛な、誰も報われない結果しか生まなかった戦い。


 つまり悪人がわかっても、理屈はわかっても、感情だけが受け入れられないのだ。彼らの視線は、アルスであるとわかった上で向けられたものなのだから。

 そんな行き場のない無念が乗せられた感情は同時に、彼らをより排他的に変えてしまったのかもしれない。いや、余所者を受け付けないという意味では、より結束力が変な方向に増したのだろう。


 一歩踏み出し、ハイドランジ軍本部へと向かうアルス。


「余所者はどこへ行っても変わらないか……」


 そんな自虐的な台詞をボソリと溢したアルスに、ロキは淋しげな目を向ける。自国でどれだけ功績を残そうとも、アルスは結局軍内部でさえ余所者同然の扱いだったのだ。

 それでも今は違う。もう何もかもが良い意味で違う。


 ロキは一瞬口を開きかけて……そしてすぐに閉じた。

 その理由は、まだアルスが言葉を続けたからだ。


「だが、これから先はそれじゃダメだ。7カ国に余所者はいない」

「……! はい」






評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ