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最強魔法師の隠遁計画  作者: イズシロ
第2章 「最強の担い手」
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過激な活劇



 高位魔法師による余興としては上々。

 拍手が静かに湧き立つ様子から、どうやらバルメスに可能性を見出したのだろう。アルスだけでなく、バルメスにとっても良い効果があったようだ。


 そんな称賛の拍手をまるで馬耳東風とばかりに、レアとメアは無視して、不吉な予感を他者に与えるような蠱惑的な笑みを浮かべ合い、そしてシアンに向き……。


「「確認する?」」


 二人は指でスカートの裾を摘み、太ももの辺りまで持ち上げた。

 初心な子供もからかうように「赤くなった」「赤くなったですぅ」とケラケラと笑い出す。


 言葉の通り頬を染めたシアンはバッと弾かれたように顔を背ける。


「何をやってるんだよ!」


 こんなやり取りを見ているとシアンが、これまで元首としての生活に疎かったかを覚える。事実、シアンは王族の血こそ含まれているが、これまではそんな血の恩恵など見る影もない。

 それこそ、魔法学院すら入ることが出来ず、彼は市井の私学に通っていた。王族はもちろんのこと、元首とも無縁の生活を送ってきたのだ。外界のこともろくに理解できず、日々の生活にさえ困窮する毎日であった。


 だから、内側の平和の中で育った感情豊かなシアンを見て、アルスもどこか思い起こすものがある。それがいつか摩耗してしまうものと知りつつも、元首の資質として申し分ないのかもしれない。


 少なくともここに集った元首とはまるで違う。


 バルメスの今後にどこか面白みを覚えさえする。


 ――さて、お膳立ては済んだが。用があるとしたら今か……釣れるかな。


「アルス様、それでバルメスにご助力を……」


 改めて背筋を伸ばして、シアンはアルスへと向き直った。称賛の拍手に扇動されるかのように、自信を讃えるその表情は少し誇らしげである。

 だが、シアンの言葉にアルスはまるで反応を示さなかった。無視したというよりもアルスの意思はもっと別のところへと向いているのだ。


「来たか」

「えっ!?」


 取り巻きに隠れながら、ずっと窺っている気配をアルスはこのバラール城に入ってからその異質な存在に気づいていた。この大広間に到着してからも当然、注意していた存在だ。


 無論、レアとメアの二人と余興に興じていた間もずっと注意を払っていたのだが。


 それが今、動き出す。


 一瞬の内にアルスとシアンの間に出現した男。ちょうどアルスとシアン、そしてレアとメアがおり、菱形のような立ち位置の中心に男が現れたのだ。

 歴戦の猛者を思わせる筋骨隆々な体躯。身長もアルスより20cmほど高いだろうか。

 ガラス玉のような輝きの瞳には宿るべき感情は一切存在していなかった。


 その男は巨木のように突っ立っているでもなく、姿を捉えた時には腰を落として溜めるように腕を胸の前で交差させていた。アルスの目の前で、ギリギリと強靭なバネを引き伸ばすような音が男の腕から聞こえる。

 刹那、腕が弾かれたように左右に突き出された。


 ドンッと衝撃音が広がり、レアとメアは咄嗟に腕をクロスさせて防御したものの凄まじい勢いで吹き飛ばされた。

 吹き飛びながらも彼女達は足を使って床を蹴って勢いを殺すように務める、それでも二人共大広間の端まで吹き飛ばされた。


「レア、メアッ!!」


 咄嗟のことにシアンは二人が攻撃を受けたという事実のみで反射的に声を発した。


 レアは減速した速度のまま壁面に腕と足を突いて衝撃を和らげ、そのまま壁面を蹴って舞い戻ってきた。

 メアはバク転しながら減速を試み、最後に大きく床を蹴って跳躍。華麗に空中で回転し、着地と同時に片足を壁面に当てて停止した。


 二人はゆっくりと間合いを詰めて、お互いに視線を交わす。


「ヒソヒソ……シアンどいて」

「ヒソヒソヒソ……シアン、邪魔です」


 先程の浮かれた調子など微塵も見せず、完全に頭に血が昇ったであろう「ヒソヒソ」というその言葉は潜められることはなく、冷徹な声音だけを発していた。

 だが、シアンはすぐさま動くことなどできずに、二人を交互に見る。一応怪我はないようである。




 ◇ ◇ ◇


 レアとメアが吹き飛ばされたと同時に元首らにも脅威が差し迫っていた。いや、正しくは元首の一人というべきなのだろう。


「何これ?」


 そう、鬼気迫る状況には不釣合いな疑問は誰に向けられたものでもない。

 整った細い眉をひそめてファノンは仏頂面で口をついた。

 

 ファノンのすぐ傍には自国の元首であるクローフがおり、彼は眉一つ動かさずただただ目の前で起きていることに対して無感情に見つめる。

 ビリビリとクローフの眼前では一人の妙齢の女性が拳を突き出しており、瞬時に構築されたファノンの対物障壁によって防がれている状況であった。


 不作法にも円卓に乗っかり、振り下ろすように突き出された拳はあろうことか、障壁を打ち破らんと拮抗している。

 黒のグローブで纏われた女性らしい小さな拳。

 しかし、その拳はファノンの障壁に対して圧倒的な威力で放たれている。アルス側に現れた男も似たような服装をしており、仲間だろうと思われた。


 派手に現れた女性は長身であり、スラリと伸びた肢体。軍服に似た格好であり、身体内部から今も何かしらの駆動音のようなものが微かに聞こえてくる。

 色が抜けたような飴色の髪。前髪は無造作に目元で揺れ、サイドはほっそりとした顎まで伸び、そして後ろ髪は末広がりに腰辺りまで真っ直ぐ伸びていた。

 そしてアルス側の男同様、その瞳はガラス細工のような無機物感を湛えている。湿ったような光沢のある眼球は工芸品の如き、作り物めいた繊細さが覗く。


 強襲を受けても、まるでわかっていたように表情を変えないクローフの顔に、突如として冷たい物が宿る。


「はい、これで服屋さん一軒買い占め決定」

「うっ……」


 耳元で囁かれた確定事項にクローフは頬を引きつらせて、喉から悲鳴まがいの唸り声が漏れた。


「ファノンさん、今月は入り用でして、来月ではダメでしょうか? 私のお財布にも限界が……」

「ダメ~。帰ったらすぐね。いつもの贔屓にしているお店だから」

「は、はい」


 項垂れるクローフに反して、満面の笑みを浮かべるファノンであったが……。


「……は? これを素手で割るの!?」


 ファノンが展開した障壁をあろうことか、その女性は素手だけで罅を入れ始めた。いくらAWRを使っていないからといって初位級のような低レベルな魔法ではない。

 多少の情報的な密度は低いが、それでも魔法もなしに……。


「ちッ!!」


 一瞬目を見張り舌を打ったのは、これが魔法によるものだったからだ。対物障壁ではなく、対魔法障壁でなければならなかった。相手の拳に宿るのは魔法的な情報改変が顕著に見て取れたのだから。


 ――付与ね!


 が、実際ファノンに焦りは微塵もなかった。対応を間違えはしたものの、現実的な脅威度は先程から何一つ変わらない。

 笑窪を作るほど笑みを深くしたファノンは、手を広げて腕を正面に押し出す。


「ど~ん」


 見た目通り、というか、外見的年齢通りの無邪気な声を発声するファノン。

 腕と連動するように一枚目の障壁が粉々に砕かれ、その下から新たな障壁が突き上げる。拳を振るっていた女性は新たな障壁に腕を弾かれ、そのまま後ろに飛び退いた。

 その隙にファノンは呆れたような口調でボソッと溢す「エクセレス」と。


 着地するや否や、今度はその標的を一人の少女へと変える。


 顔を向けるでもなく、最初から決めていたかのように女性は瞬間的にロキまで切迫した。


 が、ロキは微動だにせず。

 彼女は真っ直ぐ臆することなくその女性を見つめ返す。

 ロキは何一つ心配していない。「何もしなくていい」、そう言われたアルスの言葉を少しも疑っていないのだ。


 当然、他のシングル魔法師も何もしないわけではなかった。自国の元首を守る務めを果たしつつ、襲撃してきた二人に対しての不自然さを抱いている。誰もがそもそも大広間の異様な雰囲気を訝しんでいたのだ。


 ジャンは乱入してきた女性に対して、逸早く動きを見せたが、その時、ふと違和感に襲われる。

 標的となったロキの直ぐ傍にいるシセルニア、彼女の警護も務めるテレサが全く動じない様子であった。寧ろ退屈そうに直立したままである。


 それは新たに加わったグラム老も同じ。


 が、ジャンは「ここまでされて見過ごすわけにもいかないな」と口をつく。

 狼藉者というには些か度が過ぎているようだ。


 身体ごと乗り出そうとしたジャンはすぐにその行動を思い直す。

 元々シングルが集うこの場で侵入者に何かできるはずがないのだ。そう思い直したのはやはり最強たる存在の力を垣間見たからだった。


 腕を引いてロキへと振り下ろす女性は刹那、腹部を長方形の空間が突き上げる。身体をくの字に折り曲げ、女性は瞬く間に天井目掛けて上昇した。そして頭上からも微かに揺れる空間が差し迫る。

 プレスされるようかという直後、女性は体勢を巧みに移動し、無色透明の空間を蹴り上げた。正しくは蹴りで切り裂いたのだ。


 そして無表情のまま女性は円卓中央へと降り立つ。


「そこまでです、レハイル様」

「さすがに探位1位のあなたの目は盗めませんでしたか。エクセレス・リリューセム」


 小さく降参の合図として両手を上げるレハイルは意識を背後の女性へと向けた。

 そこには大広間内で使われていたフォークがレハイルの首筋の突きつけられている。



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