一人の双子
「もぉ、だからさっき一番強い人教えてっていったのにぃ!」
「クスクス――シアンがレアを怒らせたのです」
「こんな時にからかわないでよ。君がレアじゃないか」
双子が故に、惑わすようにレアと呼ばれた少女は名前を入れ替えていた。それでもシアンは時折、どっちがどっちか逡巡することもある。
右目が前髪に隠れていない方がレア、左目が隠れていない方がメア。そうして区別するしかない。それでもレアの方が女性らしい言葉遣いであり、メアの方は天真爛漫で盛んな子供のイメージがシアンにはあった。
それでも見た目上、二人が左右に交差すれば、またこんがらがってしまう程、二人は瓜二つであった。
「せいか~い」
悪戯っぽい微笑を浮かべたのは文句を発したメアであり、彼女もクスクスと子供ながらに口元を艶やかに曲げる。
「ふざけちゃだめです。メア」
「ふざけたのはレアなのにぃ」
「二人共静かにするっていうから連れてきたんだよ。わかってる?」と立場上シアンは二人を窘めた。それで言うことを聞いてくれるかは不明だったようで「「は~い」」と重なった返事は間延びしており、本当にわかってくれたのか、判断が付かない。
一先ず、アルスへの質問に答えを返すべく、二人の茶々に耳を貸さずシアンはアルスへと向き直った。
「失礼しました。この機会に紹介させていただきます。この二人、姉のレア・エイプリルと妹のメア・エイプリルです。二人はバルメスの最高戦力というわけではありませんが、少なくともトップ3には入る実力者です。順位は120位です」
トップ3の魔法師ではなく、実力者という言葉を選んだことに全員が言外の意味を悟る。バルメスは魔法師の数からして少ないが、それでも二桁が皆無ということではない。つまり、それを含めても彼女の達の実力は二桁に勝るとも劣らないものなのだろう。
アルスからのリアクションを待たず、シアンは矢継ぎ早に補足する。それは彼女達の外見による言い訳でもあった。
「軍規上の年齢については重々承知しています。レアとメアの意思を尊重した上で、彼女達を軍人といたしました」
シアンの異に沿わないことであるのは、彼の不安げな表情からも察することができる。
こうした年齢上の問題を解決する一つの手段として、一応レアとメアはシアンと共にバルメスにある第5魔法学院に在籍もしている。彼の場合は単純に勉学の場として知見を深めている。
シアンの学力に合わせて一緒に飛び級してもらってはいるが。
彼女達が登校するのは元首であるシアンが時折出席する時だけである。警護も兼ねているのは確かで、それも一カ月に数える日数程しか出席できない。
レアはシアンと同レベルの成績を収めているが、メアはとことん勉強が得意ではなく、面倒を見ているのはシアンのほうであったりする。
シアンが政務で忙しい時、二人は遊びに出来かけるかのように外界を駆け回る。任務ということもあるが、レアとメアはそれこそ散歩でもするかのように外界を遊び場としている節があった。そもそも彼女達が育った環境を考えれば、やはり外界は庭だったのだろう。
ともあれ、年齢云々を持ち出されては、アルスもロキも本来ならば軍人として認められるはずもなかった。そこに特例という抜け道を作ったのは、彼・彼女に大人を凌ぐ力が備わっていたからだ。
アルスはチラリと元首も含めた全員の顔色を窺い見た。やはり、どれも渋い顔であり、声には出さないが忌避する色が覗く。
珍しいことではあるが、ない話ではない……それだけなのだ。力ある者に大人も子供もない、というのは正確に人類が直面する状況を把握していれば、わからなくもない理屈。
一先ず、強制しているわけでもなく、アルファの魔法師育成プログラムのように復讐心を煽っているわけでもなさそうだ。
それはシアンの顔を見ても一目瞭然であった。少年ながらに彼はレアとメアに心底外界に出て欲しくないと思っているのは明らかなのだから。
事前に出てくると思われる質問を予想したのか、シアンはまたも続ける。
「二人の魔力情報体、えーっと、その基礎ワードが完全に一致しているとかで、順位が混同されてしまうらしいのです」
それで二人いるにも関わらず、順位が一人分しかない、ということなだろう。
アルスとしてはこちらの話題の方が興味はある。
――双子とはいっても基礎ワードが完全一致しているというのは例を見ないな。
現代の機械などは基本的には魔力を参照し、識別を図るものだ。魔力情報の観点からでは彼女達を識別することは不可能ということになる。二人を一人として認識してしまうのだ。
偶発的な事象ではあるのだろうが、基礎ワードの一致という確率は天文学的な数値にまで及ぶことだろう。
「軍規で定められている年齢については言及しません。そもそも言及できる立場にはありませんし、あくまでも倫理的に思わしくないというだけですから」
自分の立場も生い立ちも含めて、アルスはシアンのこれ以上の説明を遮った。
だからこそ本人の自由意志が尊重される。無論、魔法師として資質が魔法学院の学生程度ならば受け入れられることもないのだろう。アルファが犯した過去の過ちについては今更だ。
だが、通常の枠に収まらない能力を有した子供には、選択肢が一つ増えるというだけの話。大人と同じ環境下に身を投じ、生命をゴミ屑同然に散らせてしまう戦場で狂騒曲を耳に、踊り狂う――一部の選ばれた者にのみ軍は寛容である。
「事情は各国それぞれにある。問題は秩序を乱すか、という点だけだ。アルス・レーギン、お前が納得しないことには我々は奪還計画書に押印ができない」
軍人上がりのハオルグは何を言いたいのか、これ以上ない程明確に顔に貼り付けていた。
「少し付き合ってやれんのか?」
いつかのガルギニス同様、アルスにもちょっかい出してみろと言わんばかりの顔である。
ここにいる元首は少なからずバルメス元首であるシアンが連れてきた二人の少女に興味が湧いているのは確かなようだ。
子供だからということではない、肝の据わった神経。
それに乗っかるようにしては隣のシセルニアが、これ見よがしに口元を歪めているのがアルスの視界に入った。
場の空気が一変し、シングルの最高位に君臨するアルスの力の一端が見えるかもしれない。それは少なくない期待と高揚を大広間に集う全員に伝播していた。これが各国のシングル魔法師ならば少し事情も変わってくるのだろうが、協会は各国にそれぞれ平等であり、背中を守る存在。
体よく言ってしまえば、隠し立てする理由が何もないのだ。そしてあってもならない。
「アル、私が……」
すかさず立ち上がろうとするロキの両肩をアルスは溜息とともに押さえつけた。
「お前はいい。こんなことも覚悟はしていたさ……それにお前の服装じゃろくに動けないだろ」
「ですが……」
「せっかくだ、これぐらいじゃないと俺のかっこもつかない」
語尾は、アルスにしては珍しい小声であった。なんとか聞き取れたロキは頬に薄っすらと淡い喜色を乗せて、コクンと視線を落として頷く。
そしてレアとメアはどこか嬉しそうにお互いの顔を近づけ、手で口元を隠す。
「ヒソヒソ……」
「ヒソヒソヒソ……」
「遊んでくれるんですって、メア」
「何して遊ぼうか、レア」
自ら「ヒソヒソ」と発した二人、その声音は小声にすらなっていなかった。
「なんでこうなるの……二人共、迷惑はかけちゃダメだよ」
シアンの忠告などまったく無視して彼女達の目は爛々と輝きを増す。無邪気な高揚感が表情にありありと見て取れた。
アルスとしては可能ならば誰かに代わってもらいたいところである。と、唯一その可能性を秘めているであろう隣にいる馴染みのシングルへと顔を向けた。彼女は何かと面倒見もいいはずである。
「レティは好きだろ、ああいうの」
「…………いいっすか、アルくん。私だって好みはあるっすよ。彼女達も可愛いは可愛いっすけど……あれは完全に染まってるすよ」
「ふぅ、だろうな」
「あっ! ロキちゃんは違うっすよ。内と外で揺れてる感じが堪らないっすから……内側の人も魔法師も本当は何も変わらないっすよ。悩んでこそっす!」
「はぁ……」
わかるようで、わからない抽象的な言葉にロキは曖昧な返事をした。それもまたレティの琴線に触れたのか、彼女は微笑まし気に見返す。
なにはともあれ、レティが発した「染まっている」という言葉はアルスが二人に抱く印象を言い表している。まるで彼女達にとっては外界と呼ぶ、魔物の世界こそが内側であるような感覚を引き起こしたのだ。
しかし、付き合えと言われてもこんなところで何をすればいいのか、そう悩んだ矢先。
レアとメアは手を繋いで、ステップでも踏むかのように進行役の男を素通りし、アルスとロキの前まで駆け寄る。
仲の良い姉妹に見える調子で、レアとメアは相好を崩して手を差し出した。
「鬼ごっこしよ」
「鬼ごっこがいいです」




