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最強魔法師の隠遁計画  作者: イズシロ
第2章 「最強の担い手」
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奪還計画




 進行役である老齢の男はそっと手を掲げ、大広間内に響き続ける拍手の波を制止させる。静粛な場に整ったと見るや、男は「ハルカプディア元首、フウロン様よりご説明がございます」と続けた。


 指名を受け、全ての視線を集めながら最年長である元首は徐に語りだす。

 グラムのシングル入りに疑問を示す者も多い中で、フウロンは粛々とことの経緯を説明した。


 まず、グラムの罪状について。

 これは前元首とグラムの密約によって彼は罪人として幽閉されるに至ったという。全てを事細かに語り尽くすにはあまりにも時間は短い。

 それでもフウロンはグラムの罪、その一切を咎める言葉は一言も発さなかった。結局のところ彼が外界で中隊規模の部隊を壊滅させた事実は疑いようがない。


 しかし、それも組織だった反旗によるものであったのだ。今となっては確かめようもないが、グラムは兼ねてよりハイドランジのある男を警戒し、進言したこともあった。


「その男の名は、クロケル・イフェルタス」


 人類を破滅へと導かんと画策した首謀者、大罪人の名を挙げたことで、場内はうねりを上げるようなどよめきで満たされた。

 当時、シングル魔法師でもなかったクロケルに何故警鐘を鳴らしたか、という意味でもグラムという人間の人類に対する忠誠心は窺えた。

 だが、彼はまんまと嵌められ、当時のハルカプディア元首との間で交わされた密約によって投獄される。これが裏で動いたと思われるクロケルによる犯行である、とフウロンは推測した。証拠もないためにグラムへの罪を晴らすことができなかったのも事実。


 グラムの力を警戒したであろう、クロケルは早々に彼を始末したいはずだったのだ。それを回避するべく、グラムは身を隠すことになった。


 罪なき罪を被り、身を捧げた老兵。

 力を蓄え、来るべき時に備えてグラムはトロイアの底に沈む。


「これはハルカプディアの汚点である。前元首、我が父の崩御によって彼に関する情報は近年まで明かされることがなかった。我が一族の不徳だ」

「これは私が、お約束したこと。そしてこの身を人類の繁栄に捧げた者として、その時が訪れなかったことは素直に喜ばしいことでございます」


 どちらも老い先に長くないのかもしれない。それでもグラムは一片の憂いもなく、口元を緩めて見せた。


「ですが、この力、次代への道標となるべく、ご活用いただく機会を得られましたこと……老人にはもったいなき栄誉。最後に一花咲かせられるとは思いもしませんで。フウロン様には感謝しかございません」

「おおおおぉ、グラム!!」


 棺桶に片足を突っ込んだような老いた男の泣きっ面に、いつしかアルスは渋面を作っていた。

 グラムの隣にいるガルギニスは……というと、図体に見合わず、瞳を湿らせている。


「見てらんないっすね」


 ポツリと溢したレティの一言をアルスは聞き逃さなかった。見苦しいのだろうか、とチラリと一瞥すると彼女もまんざらではないように目元に優しげな呆れの色を浮かべていた。


 この辺りは個人差がでるのだろう。事実、反応を示したファノンは苦虫を噛み潰したように、舌を出していた。


 それ以外にはせいぜいが納得顔、シングル魔法師でもヴァジェットなどは特段興味なさげに沈黙を貫いている。


 会談はその後も続く。

 無論、そのどれもが協会が関与できるはずもない議題ばかりであり、さすがのアルスも退屈を禁じ得なかった。ともすれば、終始背筋を張ったままのロキの肩に手を乗せ退屈を凌いでみる。


 体面上、ロキの姿勢は完璧だし、むさ苦しい男どもが多い中では一際目を引くのが、この場には彼女も含めて女性は三人いる。

 華のある顔ぶれではあるが、その表情は僅かな隙も見せない厳しいものに見えた。そう感じたのはアルスが政治の舞台があまり得意ではないからだろう。外面を見破れるほど、密な関係を築けているわけでもない。


 そして議題は今回、会合の目的の一つでもある奪還計画について変わる。

 クラマという最大、最悪の毒が人類の体内から消えたことで、憂いなく外界に専念できるというわけだ。


 円卓中央で、進行役の男は姿勢を正し、分厚い羊皮紙であろう議定書の内容を読み上げる。

 その趣旨は7カ国がそれぞれ現在領土から外界部においての領土の奪還、その計画目標を示したものだ。


 各国は二年を目処に生存域の拡大を明確に指標した。

 詳細は後々文書として各国に通達されるとのことで、ここでは大きな指標のみが述べられた。


「各国は領土の拡大、大凡30kmを目指し地の清浄化を図るべく、共闘することを宣言する」


 声を張り上げて断言する老人に、周囲は動揺を隠せなかった。二年という月日はあまりにも短すぎるからだ。協会の運用が軌道に乗ったところで外界への反撃は大きく変化するものではない。


 この距離の中には当然ミスリルが採掘できる鉱床も含まれており、仮に奪還できた場合、人類への恩恵は計り知れないものになるだろう。

 生きるために侵略しなければならない。侵略し返さなければならないのだ。


「中々にハードな目標だな」


 聞かれない程度に小声で呟いたアルス。

 口にすることすら楽ではない道のりである。反撃の狼煙は大言壮語ともとれる願望に等しいものだ。しかし、それだけ今の生存域ではままならない事態に直面しているとも取れる。

 それは主に魔鉱石といったAWRや軍用品に使われる鉱物の枯渇もあるのだろう。信号弾などの魔石も魔鉱石の一種であるが、その採掘場所は限定的であり、有限なのだから。


 どこ吹く風とばかりに聞き流しているアルスだったが、どうやら彼がここにいる意味がここで明かされる。


「さて、ここで一つ問題があるわ」


 隣の席に座っているシセルニアは話題を掻っ攫うようにして問題を提起した。あえて彼女である必要はなかったのだろうが、切り口としては円滑な運びであった。


「今回の奪還計画は協会の協力が必要不可欠……」


 アルスはチラリと横顔しか望めない絶世の美女を目の端に捉える。

 協会の内部事情を全て把握しているわけではないアルスが、イリイスの代わりに出席した理由わけ……それは協会の創設者であるが故に、大きな方針が委ねられるからなのかもしれない。


 議定書にはこれから王印が押されるはずだ。しかし、アルスの、延いては協会の協力がどういった形であるにせよ、取り付けられなければ奪還計画は白紙に戻るだろう。


 いつしか各国元首はアルスの一挙一動に注目していた。


 目の前のロキも気を引き締めたように身体に力が籠もる。全世界の、その頂点に君臨する指導者達がアルスの次の言動を見澄ます。


 ――これは大きく出たな。賭けにしては、これまでなかった攻勢的姿勢だ。はて、協会の戦力について、俺は把握できていないんだが……いや……。


 協力といっても協会の現状を正確に把握しているのはイリイスであって、アルスではない。しかし、そうではなかった。そのことに思い巡らせたアルスは白けたような目を向ける。


 ――俺の力を頼りにしてる、ということか。いや、ロキもだな。


 協会設立に至って、会長にイリイスを据えたのも元を正せばアルスの指示があったからだ。


 ――裏の事情までを察した上で、話を進めるか、それともあえて額面通りに話を進めるか。


 そんな思案の僅かな時間に、挙手して発言を申し出る元首がいた。その手は小さく、手を伸ばしたところで、隣にいるハオルグの頭の高さと同じくらいだった。


「いいでしょうか。我が国、バルメスは協会に防衛の支援を要請したいと考えています」


 声変わりすらまだ来ていない澄んだ高い声。

 金髪の髪は油気を感じさせず、サラサラと揺れ、育ちの良さそうな出で立ちである。あるのだが、彼の顔にはこういった場での交渉に不慣れな感がありありと見て取れた。


 バルメス国の元首、シアン・ヴィデリッチ。歳は十二歳であり、前元首ホルタルとは違い、彼のヴィデリッチ家は元は王族の血筋にあたる。が、それも薄れ、王族とは言ってもその継承権は何代も前に断たれている。故にシアンは貴族であっても平民に近い生活を送っていたのだ。

 両親を失って、貴族として家名を守ることができなかったところを、バルメス新総督ニルヒネ・クウォードルが見つけ出したのだ。


 血筋からして元首としての資格を持つ、バルメス唯一の生き残り。


 相当勉強や、礼儀作法を身につけてきたのか、気後れはあるもののはっきりとシアンは断言した。


 彼一人でバルメスが協会に支援要請をしたとは考えづらい。背後にはバルメスの現状を正しく理解し、打開するために恥も外聞も気にせず、救援を願い出る姿勢。

 わかってはいたことでもある。


 ――バルメスには今、リンデルフ大佐が行っていたか。


 背後で知恵を授けたとされる、かつての同僚の影がちらつくようだった。

 各国が外界に目を向けだしたら、バルメスへと今行っている部隊が引き上げてしまうことも考えられる。いや、数は減るだろう。


 そこで協会に支援を要請するのは至極当然なことだ。

 アルスは小さな元首の名前をなんとか思い出す。以前にシスティが内側の情報を提供してくれた際についでに言っていたような気がした。


「シアン様、協会は支援を目的として作られております。しかし、協会は各国へ平等的な人員の分配・戦力の提供をさせていただいております。一国の軍事力に影響を齎すことは協会の望むところではありません」

「それは良く理解しているつもりです……」

「とはいってもこれは、理念のようなものです。一先ずお話をお聞かせ願いますでしょうか。つきましては如何程の支援をお望みでしょうか」


 一国の元首とはいえ、まだ子供であることを考慮してアルスは威圧的にならないように苦慮する。まだまだ元首が板についていない、と思われるその不慣れな様子から順を追って問う。


 ――さて、どう出るか。


 実際、バルメスへの支援は仕方がない部分があるため、おそらくこの場に協会関係者がいたとしても即首を縦に振らざるを得ない。


 するとシアンは金の前髪の下で、申し訳なさそうに指を四本立てた。


「……4、協会の戦力の40%をバルメスに……これは単純に数と言い換えて頂いても大丈夫……なのですが……ダメでしょうか?」

「――!!」


 あどけない顔で大それた提案をする少年。

 この数字に驚いたのはアルスとロキだけであった。すでに各国では、この数字が共有されているのだろう。


 ――なるほどな。バルメスも奪還計画に向けて動き出すためか、内側の防衛を協会の魔法師のみで補填するつもりか。


 ぶっ飛んだ提案にアルスは面白みさえも覚えていた。後ろで見え隠れする憎たらしい顔が、実にアルス好みの提案を吹っかけてくる。それだけの魔法師を雇えるか、という問題に関しては、バルメスが今後ミスリルの採掘が可能となれば十分賄えるだろう。


 しかし、一度冷静に考えれば、40%というのは常軌を逸している。各国もある程度は合意の上なのだろうが、肝心の協会に40%という数字で、且つ使える魔法師がいかほどいるのか、アルスには判断できなかった。


 ただ、判断材料はある。先程ハオルグは協会の戦力は一国に匹敵するとも漏らしていた。つまりは数だけではなく、戦力としてもアルスやイリイスを抜いて十分展開できるだけの人員が揃っているという示唆でもある。


 それが彼によって示された情報であるのは、やや釈然としないが。


「一つよろしいでしょうか。シアン様……」

「なんでしょうか。アルス様」


 なんとも様付けの応酬というのは不思議な感覚に見舞われる。ここでそれを訂正させるのは時間の浪費にしかならないので、一先ず無視する。


「協会は全面的にバルメスへの支援を惜しむつもりはございません。ですが、それによってバルメスが奪還目標を達成できるとは考えづらい。その下準備はできているのでしょうけど、にわかには信じ難いのです。今、バルメスには如何程の魔法師がいるのでしょうか。そこにいる二人がバルメスでの最高戦力と思って良いのでしょうか?」


 先程から気になるシアンの背後にいる儀仗兵として付き添っている二人の少女。

 もちろん、シングル魔法師であるはずはない。その歳はロキよりも更に若く、シアンと同年代だと思われた。


 瓜二つの顔。

 双子であろう少女。

 全体的に肩につくかという長さの黒髪で、片側だけが少し長く伸ばされている。片目を塞ぐように段々と下がる髪型で、後ろは短くさっぱりとしていた。

 鏡写しのような二人の少女は右目と左目にそれぞれ涙ホクロがある。


 膝までのワンピースにはスリットが入っており、二人の少女は右腕、左腕にそれぞれアームグローブを付けていた。何よりも彼女達が一つ動く度に、足元でカランと音を立てる下駄が奇妙な印象を与える。

 

 シングルが集うこの場で、緊張どころか遊び盛りの子供のような落ち着きの無さがあった。


 アルスに指名された二人の少女は、示し合わせたように口元だけを無邪気に持ち上げた。




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