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最強魔法師の隠遁計画  作者: イズシロ
第2章 「最強の担い手」
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解き放たれる過去の老兵




 代わりに再度ジャンが口を開くが、それもまた重たいものであった。


「グラム老。おそらく今回ここに集まった者達は、主にこの男が目当てだろうな。元貴族で今は家名がない。正確には剥奪されている」

「穏やかじゃないな」

「そうとも穏やかじゃないね。真面目な話【トロイア】は知ってるだろ?」

「あぁ、直に見たことはないが」


 正式には【トロイア監獄】と呼ばれている。

 イベリスの外界、クレビディートとの排他的領域圏に地下深くに作られ、魔法犯罪の中でも特に重罪に値する罪を犯した者が、幽閉されている。できたのは二十年も前になり、イベリスが主体となり各国協力の元作られた。拠点ではなく、そこはある意味で魔物に発見されればたちまち為す術なく陥落してしまうほど無防備な作りにはなっている。


 監獄の外壁部を覆うプレートは魔力を通しにくいものを使用されているのだ。それでも完璧に魔物から隠れきれるはずもなく、これまで数度魔物の侵攻を受けている。が、最低限の防衛ができる人材が守衛として監獄に常駐しているため、外壁の脆弱性を含めても、監獄が落とされたことはない。


 地下十階にある牢獄では食事の配給が届かないことも珍しくはなかった。死刑に等しい罪、一生陽の目を拝むことができない暗い底。

 各国の魔法重犯罪者は刑が確定後、ここに幽閉される。生存圏内での囚人生活すら許されない者達が、魔法という力を封じられた状態で放り込まれる監獄。両の手足には魔法の構成、魔力の放出を制限する枷が嵌められているため、脱獄したとしても魔物との戦闘は一方的に狩られるだけになる。


 この枷はノワールの首に付いている制御装置と同じものである。

 が、これを知る者は軍関係者だけであり、市井では広く知れ渡っていない。


「俺らは知らないが、グラムは四十代で各国軍管理下の牢獄に幽閉されていたが、生存圏内に重犯罪者を幽閉しておく危険性を考えて、外界に監獄を作ることにしたわけだ。二十年近く生存圏内にある監獄で過ごし、二十年前に作り終えた【トロイア】に移送され今日に至る。刑期を終えて出てきた矢先にシングルの席に就いたわけだ」

「そりゃ、かなり強引な手を使ったな」

「こっちの調査じゃ、出所後はハルカプディアの外界に出ずっぱりだったようだがな」

「――!!」


 すぐさまハルカプディアという名前からアルスは一つの結論に行き着いた。


「ちょっと待て、じゃあバルメスは……」

「あぁ、シングル不在のままだ」


 この問題も前科ありのグラム同様、焦点が当たる。しかし、バルメスには最初からシングルを用立てる動きが一切なかった。当然、各国間でもシングルを用立てる準備については上層部での密な情報交換が行われている。


 今回ルサールカが保有枠をある種、譲渡したのにも理由があるのだ。

 各国が領土拡大に精力的に乗り出すに辺り、共闘関係を結ぶ形を取る。だが、それは各国が個々に目標を達成するためではない。その出発点としてまずは最南端にあるアルファが先陣を切り、徐々に北上していく形を取るのだと推察された。


 実質的には時計回りに進行していくだろうと思われる。そのためにハルカプディアが二枠保有するという事態になったのだろう。



 裏ではグラムのシングル在籍年数を考慮した上での交渉が行われており、老齢であるグラムは長期間シングルに居続けるのは難しい。事実、彼自身もそういった条件でシングルを引き受けていた。裏の事情まではさすがのジャンでも話すことができないのだが。


 ともすれば、知っていることといえばせいぜいシングルの席に就かせる経緯までである。それ以上のことといえば……。


「【同胞殺しのグラム】と、当時はそう呼ばれていた。罪状はお察しの通りだ」

「何人だ?」

「中隊規模を全滅だ。災厄と呼ばれたクロノスを退けた戦闘を生き延びた……古き老兵だ」

「…………」


 確かに刑期が軽いことも気になったが、いずれにせよ刑期を終えた老兵が前線に復帰するには今の魔法師情勢的に芳しくはない。


「そういうことっす。どういった人物なのか、見定めに来ているってわけっすよ。それと、ハルカプディアが何を言い出すのかを」

「…………」


 実際問題、前科があろうがなかろうが、その力が外に向けられる分には大いに結構な話である。今回、グラムへの心配は主に内側や同胞に対する警戒があるのだろう。


 興味なさげにアルスは一瞥すると、グラムもまた微かに視線を向けてきた。同胞殺しなどしそうにない温和な表情に見えたのは気のせいではあるまい。

 交わった視線は一瞬の出来事であった。


「アル……バルメスがシングル不在ということは」


 神妙な表情でロキは小声で、そう問いかけてくる。


「あぁ、完全に協会頼みだな。バルメスの情勢的に致し方ない部分があるのは確かだ。【背反の忌み子(デミ・アズール)】の際に多くの魔法師を失った過去があるからな、下手にシングルを用立てなかったのは正しい。ま、それだけバルメスは魔法師不足に陥っているということでもあるわけだが」


 由々しき事態ではあるものの、他国との協力もあり防衛は維持できている。

 おそらくだが、協会所属の学生魔法師の初運用地として、バルメスを選んだのかもしれない。


 協会魔法師といえど、可能ならば各国からの引き抜きも現在思案されているはずだ。

 ともあれ、各国で協力関係を築けている時点で、一歩前進しているのだろう。


 大広間に全員が揃ったと見るや、一人の老齢であろう使用人が事務的な声を張る。この古城バロールの一切を取り仕切っているであろう男は円卓の中央に直立した。


「これより7カ国元首会合を執り行わさせていただきます。今回は例外措置により、会合の内容を公開させていただくこととなりました。議事録その他は使用人が務めさせていただきます」


 厳粛とした空気が一気に広まり、円卓から一定の距離を開ける。簡単な防止柵が円卓の更に外周を囲み、元首とシングル魔法師のみが中に踏み入ることを許可される。


 ジャンとレティも当然、自国の元首の下へいかなければならず会合用の仮面を顔に貼って向かっていった。各国元首とシングル魔法師の全員が揃う。

 無論、元首だけが椅子に座り、シングル魔法師は前回同様、背後で直立する。ここでは儀仗兵という大目的立場は変わらないようであった。


 当然、元首会合なのだから肝心要は7カ国の元首にある。


 全員が着席し、これから会合が始まろうというその時――。

 全元首が訝しんだように視線を彷徨わせた。誰かを探しているようにも見えるが、その答えはすぐに出る。


 今回の会合、その一切を取り仕切るであろう老齢の男は流麗な動作で「アルス様もこちらへ」と腕を広げて唯一空席となっている場所を示す。


「アルス・レーギン。お前もこっちだ。今や協会にシングルがおるという事実は、戦力において一国のそれと変わらん」


 豪快に声を張ったのはイベリスの元首、ハオルグであった。逃さんと言わんばかりに、笑みを浮かべていた。そこに異論の声はなく、全員が協会の有用性を正しく理解しているようである。


 ――ちっ、これが嫌でイリイスは俺に押し付けたわけじゃないだろうな。


 協会の代表というその意味において、アルスも全てを理解できていなかった、ということなのだろう。

 しかし、用意された席は座る者を待っており、アルスが座らずして会合が始まることはないだろう。


 逃れられない元首らの圧力にはさすがのアルスも屈さざるを得なかった。


 この場の全てがアルスに注目する中で、彼はロキを伴って人類の最高権力者達の前に入り込む。

 チラリと見回すと、見た顔が並ぶが、当然その中にはアルスも知らない人物がいる。先程ジャンとレティに説明を受けた新シングルはともかくとして、ハイドランジの新元首は初めて見る。


 歳はジャンやレティと同じぐらいだろうか、中肉中背であり運動を得意としないであろう身体つきである。見るからに大人しそうではある。しかし、初めて参加するであろう会合にも関わらず、彼の目には気後れの類いは感じ取れなかった。


 ――分かり易いほどの正義面だな。


 そんな一発で不敬罪になる感想をアルスは胸の内に吐き出す。


 実際ハイドランジ前元首ラフセナル・コージョドアは、クラマとの関係が明るみに出たことで、一族全てが次代元首としての資格を失っている。しかし、ラフセナルには腹違いの弟がおり、名をローラン・コージョドア。この兄弟の間には派閥もあった。


 内外政に一切の興味を持たず、既得権益を貪るラフセナルとは対極にいたのがローランであった。ハイドランジで二分する勢力でもある。それがラフセナルの死去によって弟であるローランを押し上げたのは偏に国民の支持があったからだ。


 これに対して各国元首もまた無視できない事態になり、異例中の異例として彼の元首就任を黙認した。


 アルスとロキは円卓を半周ほど周り、用意された席へと向かう。

 が、椅子を引いたのはアルスであった。


「疲れたろ。ロキが座れ」

「――!! アル、それはさすがに不味いかと」

「構わんだろ。シングルは儀仗兵が通例だ。参加するんだ、文句は言われんだろ」


 慣れないヒールで確かにロキは疲れを感じてはいたが、元首と同格とも取れる席に着くのは心臓に悪かった。逆に疲れそうであるため、全力で首を振る。


 話を聞いているだけなのだから、誰が座ろうと変わりない気はする。アルスは参加を促したハオルグに視線を向ける。


「どっちでも構わん。あくまで代表者はアルス・レーギンだが」

「それで結構です」


 肩を掴まれたロキはそのまま誘導されて、椅子に座らされた。自然と背筋が延びてしまうのは並ぶ面々の豪華さが故に仕方がない。


「よろしくね、ロキちゃん」


 隣からそんな軽快な挨拶をしたのはシセルニアだった。幾分気が軽くなったのは彼女も同じようだ。


 協会の代表だからといって何かを覆せるわけでもないだろう。参加しているということ事態に意味があるように感じられる。各国が協会をそれだけ重要視している、ということを広める意味での参加だろうとアルスは見ていた。


 いずれにせよ今日はシングルが勢揃いであることを考えれば、1位のアルスが混ざらないわけにもいかないだろう。


「それではこれより元首会合を始めさせていただきます。議題の前にこの空席だった一桁シングルが決まり、それに伴い順位の変動がありましたので、ここでご紹介させていただきます」


 これは主に対外的な意味での紹介である。何より正式に各国がそれを認めたことの証。

 たっぷりと間を置いて、円卓の中央で老人は一人一人、名を読み上げた。


「第9位、ハルカプディア所属、グラム」

「第8位、ハイドランジ所属、レハイル・カークトゥース」

「第7位、アルファ所属、テレサ・ネフィーザリ」

「第6位、ハルカプディア所属、ガルギニス・テオトルト」

「第5位、アルファ所属、レティ・クルトゥンカ」

「第4位、クレビディート所属、ファノン・トルーパー」

「第3位、ルサールカ所属、ジャン・ルンブルズ」

「第2位、イベリス所属、ヴァジェット・オラゴラム」

「第1位、協会所属、アルス・レーギン」

 

 紹介に伴い、盛大な拍手が湧いた。一部問題は抱えているものの、一先ず、シングルが不在という危機的事態は免れたという意味で、この場の全員が称賛を送った。





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― 新着の感想 ―
[良い点] 思ってたより力合ったな。魔術師達の底力とかなんというか。そーいう意味でいうと元シングルとか戦力自体はまだまだありそう。
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