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最強魔法師の隠遁計画  作者: イズシロ
第2章 「最強の担い手」
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最強足りうる存在



 姿を現した主役達に一瞬、大広間は激しい動揺が広がった。

 ここに集う参列者は軍関係者、または貴族も含まれているが、今回新たに加わるシングルの素性を知らない者はいない。


 それぐらいの調査力は持っていて当たり前であり、その意味でいえばアルスとロキは何の情報もまだ得ていないことになる。

 それでも彼らの登場は人類の次なる一歩を踏み出す力を生み出し、希望を抱かせる。期待も大きいが、その一方でシングル魔法師による不始末、それにともなう欠番を出さないことも必要なのだ。それ故に全員が気を揉むのは当然のことでもある。



 先頭を歩くのはおよそ魔法師とは呼べない程の老人であった――ある種、現代魔法というよりも、空想上の無から有さえも生み出してしまう、そんな魔法使いを連想させた。

 杖を突いているが、その足取りは杖を不要なもののように見た者に思わせた。肩まで延びた髪は余すことなく白く染まり、麻縄の繊維のような細い毛が毛先を跳ねさせている。


 更にはピンと伸びた背中、その体躯は脂肪を削いだように凝縮されているように感じられた。肉体の衰えを顧みず、ひたすら自らの身体を絞り続け、酷使し続けた結果であるのは明らかだった。


 故に瑞々しい枯れ木とでも表現していまいたくなる。


 外見的に見れば齢八十に到達しているだろうか。何より彼が主役の一人であると判断するのはアルスにとって至極当然のことのように感じられ、疑念すら抱く余地がなかった。それほどまでに卓越した雰囲気……魔法師としての貫禄を漂わせている。


 遅れて後に続く男女。

 女性は勇ましく白色で統一された軍服を身に纏い、羽織るようにマントを靡かせていた。軍靴を鳴らして歩く姿からは勇ましさが感じられる。

 襟についた毛皮の上を流れるブロンドの髪は、綿のように軽やかな揺れを見せていた。


 何より、その女性の片目には黒の眼帯が巻かれており、戦場帰りであるような厳かな気配を室内に呼び寄せた。


「これは揃いも揃って無能ばかりが集まったか」


 その女性は持っていたキセルを口にやって、溜息をつくかのように紫煙を撒き散らす。


「コホッコホッ……この場には元首様もおられるのですよ。そういった嗜好品は自重すべきかと。我々は試されているのですから…………それはこちらも同じですが」


 小洒落たスーツ姿で女性の隣を歩く男は、切れ長の目に煙が染みたのか、潤んだ瞳を向け、咳き込みながら注意を投げかけた。

 男は三十代手前ぐらいだと思われる。病室から抜け出してきたような異様に白い肌。陽の光を生涯浴びてこなかったのかと思うほどに、透き通る肌をしていた。

 しかし、女性がそれを見ても羨む気は起きないだろう。それほどまでに白すぎた。


 無論、彼からは今にも倒れてしまいそうな気配は少しもしないのだから、病的に近くとも病人ではないことは確かなようだ。



 三人に一瞬だけ視線を向けたのはこの場では正しい選択なのだろう。アルスに習わずともロキは目の端で微かに三人を捉えていた。

 だが、ジャンもレティも一瞬だけ意識を向ける。既知としていたのだろうか、それから大した興味もないと言わんばかりに目の前に意識を戻した。


 ジャンとレティには、取り立てて新たなシングルに気を遣う様子は見られなかった。そして、どこか親切を押し売りするかのようにレティは説明のために口を開く。少しだけ彼女が解説する出番を待っていたように見えたのは気のせいではないだろう。

 しかし、折り悪く先に声を発したのはジャンであった。


 出鼻をくじかれたレティはコメカミをピクピクと反応させ、指の関節を鳴らす。例えるならば、キーマンとして登場した舞台で、脇役がアドリブで見せ場を掻っ攫っていったような気分であった。


「上等っすね」

「レ、レティ様、少し落ち着いてください! ここで荒事はダメです!!」

「……こいつが悪いんすよ? いつもいつも肝心なところで邪魔をしてくるんすから。喧嘩というか、戦争っすね」


 子供じみた威嚇を向けるも、時間を確認するジャンに断りの愛想笑いを向けられていた。火に油を注ぐ行為であるのは確かだが、すぐさまロキがレティの腰に手を回す。


 ――あまり皺を付けたくないんですけどおぉぉ。


 内心で盛大な泣き言を吐いて、ロキは精一杯レティを宥める。せっかくのドレスだが、事が事だけに無視できないのも確かである。そうした板挟みの中でロキは止めに入るべきだと判断したのだ。

 とはいえ、ジャンの説明が始まると同時にレティも状況を理解してか、茶番の幕をあっさりと閉じて耳を傾けることにしたようだった。

 もちろん、ロキにも聞き逃せない内容になるはずである。が、相手がシングルであるレティなだけに、冗談では済まされないというのは一つ学んだことだった。



 徐に切り出したジャンは必要な情報だけを掻い摘んで語りだす。

 事前情報を得ていないアルスでも、会合時には彼らの名前ぐらいは聞けるだろうが、そこまでだ。更に深い情報はきっと明かされない、それを見越してジャンはいくつかの知り得る情報だけを抽出する。


「後ろを歩く二人、色白の男はレハイル・カークトゥース。新たに加わったハイドランジの一桁だ。元は二桁だった男で、取り立てて目立った功績はなかったはずなんだが……どうやらクロケルが外界にほとんど出ていなかった分、彼の部隊は相当苛烈な任務が長く続いたと聞く。三人一組スリーマンセルで結束も高いことで有名だったようだな。他国に名声が広まることはなかったようだが、陰で支えてきた力ある者だよ」

「どこも似たようなもんだろ。シングルの威光に陰ってしまうのは仕方ないことだ。何よりシングルが功績を挙げられるのは多くの優秀な魔法師のおかげだからな」


 事実として返事をしたアルスにジャンはチラリと最強の少年を目の端に捉え、心底同意するように小さな笑みを浮かべて「あぁ」と答えた。

 そして今日まで抱いていたちょっとした疑問がジャンの口をつく。


「俺の聞いた話だと、レハイルはどんな任務であろうと個人での活動を頑なに拒んできたという話だ。それでも一度彼の部隊が任務に出れば、たった三人で完遂して帰還してくるという。三人とも二桁だったはずだ」


 長いこと部隊を共にするということは血縁以上の結束を生む。アルスには理解できないが、事実として高い結束力は任務の完遂率を引き上げる――情とともに。

 どちらかというと、軍に身を置いていた時のアルスとは真逆の思考であるのだろう。


 さすがに二桁を一部隊に組み込んでしまうというのは少々非効率ではあるが、クロケルの穴を埋めるためと考えればわからなくもない構成だ。つまりハイドランジ軍はシングルと同等の働きを期待した部隊を作っていたとも取れる。


「理に適っているが……」とアルスは隣のロキが視線で訴えかけてくる内容を察して続けた。


「今度、ハイドランジ側の外界に依頼で出る予定なんだが、こっちの調べだと随分と杜撰な、褒められるような活動内容じゃなかったぞ」

「だからだ、その辺りはこっちも調べたさ。レハイルの討伐歴はここ二ヶ月程前までに一年以上の空白がある」


 話を進めるためか、ジャンはアルスのいう依頼については特段追求しなかった。それでも内心では幾分驚きはあったが。


「多少の疑問はあるがここで話しても埒が明かない。次はっと、その隣はお前も知っての通り……」


 と言われたところで、レハイルの隣にいる女性をアルスは予想しているだけで確証は得られていない。


「テレサ・ネフィーザリっすね。フローゼさんの元副官、ゼントレイ拠点作りの功績は大きいっすね。あそこを数年にわたり守り続けられたのはテレサさんの力が大きいっす。もちろんアルくんが抜けた穴を埋めるために彼女を推薦したみたいっすけど、先日の事件、クラマの幹部であるオルネウスを単騎で撃破したことでその実力が買われたっすね。これまで力を隠していた、というのが正しいっすね」


 自分の土壌が回ってきた説明役をレティは買ってでた。

 オルネウスがクラマの幹部としてシングルに匹敵するほどの実力者であることは、その場に居合わせた者が確認しており、それが彼女を一気にシングルへと押し上げた。


 テレサがこれまで三桁に留まっていたのは彼女がそれを意図的に操作していたからだった。順位が実力に見合っていないことは良くあることだ。が、彼女の場合はそれを故意に行っていたため、実力が三桁程度という評価を新たに見直されたのだ。


 何故そんなことをしていたか、ゼントレイで抱えた多くの隊員のためかは定かではない。いずれにせよ、シングル相当の魔法師だったならばゼントレイに長期間留まることはできなかった、ということは確かである。


 今度はジャンも情報収集に回ったようでレティの言葉に耳を傾ける。


「あぁ、あれがテレサ准将か。噂通り、癖の強そうな人だな」

「まさか、アルファにまだ隠し玉があったとはルサールカでも想定外だった」


 意識せずアルスがテレサに鋭い視線を飛ばしてしまったのは、フェリネラの一件があったからだろうか。噂通りだとするならば、彼女は自分の部隊員に名誉ある死を与えるために戦場を駆け巡るという。ゼントレイの守護もその実、魔物の討伐を精力的に行っていたようだった。


 諦めを込めたジャンの台詞を聞いてアルスは察する。二人はハイドランジとアルファに加わるシングル魔法師となる。つまり、暗黙のルールに従えば残りはバルメスということになるのだ。要はルサールカの保有枠が一つになくなったことを意味した。

 これはアルスが協会に所属しておきながら1位の座にいることが原因なのだが。


「私はテレサさんのやり方は基本的には好きじゃないっすからね。この男の前でいうのもあれっすけど、軍部では相当揉めた事案っす。それでもオルネウスとの戦闘で、テレサさんに大きな越権行為がなかったために総督の一声で順位を押し上げたというところっすね」

「だろうな。好きか嫌いかは置いといても軍人として優秀なのは確か、か」


 貴族の裁定(テンブラム)でオルネウスの力を直に体感したアルスとしては倒した、というテレサの実力を疑う余地はない。


 ――彼女の実力は確か、か。


 一旦、アルスはテレサをシングルに足り得ると評価した。問題は御せるか、というところだが、それを言い出したら自分に返ってきそうな気がするので声には出さなかった。


 残す解説を待つのは一名である。だが、途端にレティは難しい顔で口を閉ざしてしまった。

 


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