か弱き者の反撃
魔法師同士はとりわけ仲が良いということでもない限りは、他の魔法師と接触を図ろうとはしないものだ。現にヴァジェット・オラゴラムは片隅でずっと目を閉じ、会合が始まるその時をじっと待っている。
ファノン・トルーパーも貴婦人のようなドレスを纏い仲間内で話しているようだった。
そういう意味で言えば、レティはその性格ゆえに、あまりその辺りを意識しないのだろう。彼女からしてみればアルスは戦友でもあるのだから。
そんなアルスの見解を聞いてレティは「様子見っすね」とどこか他人事のように呟いた。
「で、レティの方は最近どうなんだ?」
「アルくんは今はもう協会の人なんで、本当は情報漏洩なんすけど、まぁアルくんなら問題ないっすね。たぶんすけど、総督も隠すつもりはないっすよ」
「だろうな。深く知りすぎたのは確かだな。実際は俺への指示が協会からの依頼という形になっただけだし、シセルニア様もそれを見越したんだろうな。それでバナリス奪還後は確か、整備して……」
「そうっすよ。ルサールカとの共同作戦すよ。両国間で準備を進めているところっすね」
話の続きを引き継いだレティはあからさまに嫌な顔で告げる。バナリスは土地柄両国の排他的領域内に近いため、奪還作戦は確実に共同作戦になる。バナリスは位置的にも十分補給地にもなるし、整備後すぐならば高レートの魔物が巣食う心配もないはずだ。
となれば、わざわざシングルが出張る必要もないのだが、もしかするとそこは両国間の誠意を示すために、最高戦力を投入することも考えられた。
あまり深入りすべきではないと考えたアルスはすぐに適当な相槌を打つ。ルサールカといえばレティが毛嫌いするシングル魔法師が一人……。
――噂をすればなんとやら、か。
逸早く気づいたアルスは、背後で人垣が割れる気配を感じた。ボソリと囁かれる名前は当然アルスの耳にも届いていた。
その人物は真っ直ぐにこちらに向かって近づいてきた。
「一段と綺麗になったね、ロキさん。ドレスもよく似合っている。君が外界で可憐に戦う姿を想像できる者はきっとここにはいないだろうね。アルスには勿体無いほどだ」
真っ先にロキの下へと向かい、開口一番で金髪の好青年は紳士的な立ち振舞いで彼女を褒めちぎった。爽やかな微笑は嘘偽りなき本音を主張するかのようである。彼ほど善意を善意として他者に認識させる術を持っている者はいないだろう。
もちろん、アルスにも異論はなく、寧ろ同意ではある――ここでは口に出さないが。
「滅相もありません。ジャン様にお褒めいただく程では……」
「おや、それはアルスの役目だったかな。こうしてまた会えて嬉しいよ、アルス、ロキさん。何せルサールカも今は何かと忙しい時期でね。正直二年は動けなさそうだと思っていたんだ」
「はい。あの時はお助け頂きありがとうござい……ま、す?」
何の気なしに手を差し伸べたジャンの手をロキが取ろうとした直後、ぐいっと引き寄せられ、手が遠のいたのだ。
「油断も隙もあったもんじゃない。そういうところは変わらないっすね、相変わらず」
「レティさんも久しぶり。握手くらいは普通なことだとは思うんだけどなぁ」
「私の目の黒いうちはロキちゃんに指一本触れさせないっすよ」
我が子を守る獣のように威嚇するレティは戸惑うロキを強引に抱きしめる。
仕方なく手を引っ込めたジャンは後頭部に手をやって「レティさんも相変わらず手厳しいですね」と笑みを崩さない。
そう、レティが一方的にジャンに敵対心を抱いているだけで、実際ジャンの方はそれほど気にしていないのだ。もしかすると嫌われているという自覚すらないのかもしれない返答だった。
呆然と等身大人形と化したロキはされるがまま、それはそれで面白いのでアルスは傍観することにした。
「それは残念だな。俺はロキさんとも是非仲良くしたいと考えているんだけど。アルスのパートナーではなくね。今や人類の中で主戦力として数えられるほどの実力者だ。君にとってあまり大きな意味を持たないのだろうけど、現在二桁魔法師の間では新星として注目を浴びるほどにはね。それぐらいは知っておいても損はないよ」
「知ってたか」
さすがのアルスもロキがそろそろ認知されるだろうことは承知していた。無論、アルスのパートナーというだけではなく、一魔法師として。外界で露払いをしていた数ヵ月の間にロキの順位は二桁目前となっており、二桁台は時間の問題でもあった。
何よりも三桁台での上げ幅は異常な上昇値であったのも確かだ。
そして彼女が修得した【雷霆の八角位】の魔法は雷系統の中でも特に修得難度が高いものだ。現在魔法師の中で【伏雷】を使えるものは皆無。適性や才能もそうだが、ロキの魔力をソナーに変換できる技術が修得に繋がっているのは確かだ。
「そうなのですか?」
本当に興味がないのか、ロキは相槌程度に聞き返した。
仕方なく頷き返すアルスだが、彼女は自分の順位を知っているはずである。しかし、その認識は少しずれているようだった。外界に出る魔法師はあまり順位に固執しないため、彼女も例に漏れず気にしてはいないようだ。それもアルスと共にライセンスを返却する程度の意味しかないのだろう。
順位はあくまで序列であり、力ではないのだから。
一方で国や人類という規模で見た場合、二桁の価値はシングルと同様に高くなる。領土の奪還や防衛で絶対的な力を発揮するシングルとは違い、二桁はもっとも身近な最高戦力としてある。
シングルが遊撃隊という形態を取れるのも二桁の存在があるからだ。アルファで二桁といえばレティの部隊にいる二人が思い浮かぶ。彼らの戦闘能力は場合によっては国防の一翼を担うこともできる存在でもあるのだ。
国力はシングルに左右されるとはいっても、同時に二桁魔法師の存在も軽視できるものではなくなっている。AWRや魔法技術の進展もあるため一概には言えないが、数十年前のシングルは今の二桁に劣るともいわれているのだから。
いずれにしても、ロキの戦闘力はすでに二桁に匹敵しており、全魔法師に認知されるに足る実力者なのだ。
「だからじゃないっすか。可愛くて強い、たまにはうちの部隊に遊びに来てもらうっすから」
「えっ! レティ様、それは初耳なのですけど」
「ロキちゃんなら大歓迎っすよ」
取ってつけたような理由であるが、レティは本心から問題がないと告げる。実際部隊の編成までも隊長である彼女に一任されているのだから、一つ頷けばそれがまかり通ってしまう。
男性には踏み入れない聖域を作り出したレティ。
そんな様子を変わらない調子でジャンは仕方ないとばかりに諦めた。挨拶だけで終わってしまっては、本末転倒だということだ。なにぶん時間も差し迫っている状況ということもあり、ジャンは話し相手をアルスに移す。
「後でわかることだが、今回の会合、なにも新シングルの顔見せだけが目的じゃないことは知ってるか?」
サラリと談笑するかのような口ぶりでジャンは話を振った。
「さすがに元首が一堂に会するんだ。せっかくなら議題の一つぐらいは上がってもおかしくはない、程度には思っていたが……」
「アルスが作った協会が齎す効果は予想以上だったということだな。直に発表されるが、各国は来年度目標として生存域の拡大を掲げる」
「……つまりは領土の奪還か」
「そういうこと。各国は新シングルを迎え入れ、精力的に魔物を狩り出す方針を立てた。アルスも予想してたんだろ? じゃなきゃ第三のバベルを可動式にしなかったはずだ」
これまでも各国共に外界へは魔物討伐に打って出ていたが、アルファのような大陸の奪還や、橋頭堡の構築までには至っていない。そもそも、奪還が目的ではないのだ。あくまでも防衛手段として魔物の脅威を排除しているだけである。
レティが制圧したバナリスのように多くの魔法師が常駐させ、軍本部との連絡経路を確保している、というのはそれほど多くない。実際は外壁の構築までを完成させた状態で、基地を空けてしまうのだ。バベルのような防護壁がないため、常駐しているだけで魔物の標的となるからだ。
そうした空き基地は各国でいくつか作られてはいる。
拠点とするために、今後はアルスが奪還したゼントレイも含め、早ければ第三のバベルが近々設置されるだろう。
「いずれは、そのつもりだっただけだ。第二のバベルよりもだいぶコストを抑えられたが、それでも馬鹿にならない代物だからな。そうホイホイ作れるようなものじゃない。だからこそ、可動式としてレールを敷けるようにしておいただけだ」
アルスの予想ではこれほど早く外界に目が向くとは思っていなかったのだ。目を向けたところで現実的には防衛が手一杯だと踏んでいたのだ。今回新たに加わるシングルは奪還に必要不可欠な戦力であることを裏付けるようでもあった。
いずれにせよ協会の運用が軌道に乗り出せば防衛に割く人員を補填することだってできる。
そしてアルスにはもう一つ気掛かりな点があった。おそらくジャンは気づいていないだろうが。
――天然資源の枯渇か。
おそらく今すぐのことではないだろうが、先々のことを考えれば限られた資源を得るためには、領土の奪還しか選択肢が残されていないのだ。水も然り、いくら魔法が万能であるからといって御伽話に出てくるようななんでも願いを叶えられるようなものではないのだ。
「それでまずはアルファとルサールカで、ということか」
一人溢すように呟いたアルスはロキを抱きしめながらしっかりと聞き耳を立てているレティを見やった。
まるで働き者を労うような視線ではあるが、どこか自分とは関係ないことのように「ご苦労なことだな」と小声で発する。
大国であるアルファとルサールカが先頭に立って、まずは二国間で領土を広げるつもりなのだろう。
本当に他人事で良かった、と安堵した直後。
示し合わせたようにこの場にいるアルスを含める四人――もっといえば腕に覚えのある者は逸早く気付いた。
「本命の到着か」
緊迫感を察知したのか、まだ何も起きていない……登場してすらいないにも関わらず、不思議と大広間は静まり返った。
注目を集めた扉が静かに、ゆっくりと開いていく。
その奥からはカツカツと杖で床を叩くような鈍い音が響き渡った。




