会合の良からぬ気配は前科から
「こういう時には早起きできるんだな」
皮肉を込めたアルスの言葉。早起きとは言っても普段の登校時間より一時間ほど早いだけなのだが。
テスフィアとアリスは制服で学院の正門で、これから出掛ける三人の見送りにきていた。
それほど急ぐわけでもなく、ロキも研究室に忘れ物を取りに行っているところでもある。何故こんな早朝なのかというとそれはリンネの都合が優先されたからだ。当然のことながらアルスやロキに異論はない。
彼女はこの後元首の送迎も控えているため、早めにアルスとロキを送り届けたいとのことだった。残念ながらバベル近辺の聖域と呼ばれる丘へは特定のコードがなければ行くことができないため仕方のないことでもある。研究のために付き合わせたことを考えれば多少早めに着いたとしても文句はない。
正門辺りは比較的人目も少なく、何人かすれ違った程度に見覚えのある教員が見えた。アルスが目を向ければペコペコと頭を下げるため、極力無視することにする。
それでも以前の会合時に走った時に言ったアルスの言葉をリンネはしっかりと留めていたようで、正門前には黒塗りの魔導車が停車しており、貴族でも持てないほどの高級車である。これだけでも十分人目を引く。
目元を擦ったテスフィアが眠気を強引に跳ね除けようと語調を強くする。
「リンネさんの見送りよ。あんたはどうせすぐに帰ってくるんでしょ」
「それもそうだな。というよりお前らはお前らで準備しておけよ。帰ってきたらすぐに発つからな」
なんだかんだ、女子寮の門限ギリギリまでテスフィアとアリスはリンネと話し込んでいたのだから、いい迷惑だ。余談だが、リンネは研究室で一夜を過ごした。
こちらでもロキとの会話が弾んだようで、二人が寝静まったのは魔眼について一通りの解析が出揃った深夜辺りだ。
「でも良いわよね。新しく一桁魔法師になった人に会えるんだから、どんな凄い魔法師なのかしら」
「だね~。レティさんにもまた会いたいよね」
テスフィアが一端の魔法師として高揚を押さえきれずに鼻息を荒くし、アリスは7カ国親善魔法大会中の大浴場で偶然出会ったアルファのシングル魔法師を思い出す。
裸の付き合いのおかげなのか、レティに対した感情は畏敬というよりも憧れのお姉さん的な存在へと変わっていたのだ。
事実、レティの普段の性格を考えれば割と取っ付き易く、アルスも軍にいた頃は随分と付き纏われたものだ。彼女も参加を強制されていることだろう。しかし、アリスが思いを馳せるような楽しい一時で終わるはずはない。
実際各国のシングル魔法師は今回の会合後、全世界に向けて正式に発表されるはずだ。今回のシングル魔法師加入の発表は元首を混じえた他国の重鎮も多く出席するとのこと。
「お勧めはせんが、お前の家の力なら潜り込めるだろ。懇親会とも聞くし……」
「アルス様、今回に関しては軍関係者や元首に近しい者、国の中枢人物のみとなっております。それでも警備も含めて相当数が集まりますが」
ロキが戻ってくる間もあってリンネもまだ魔導車に乗り込んではおらず、諸々から難しいと忠告してくる。
けれども、一つ方法があるとすれば、とでも言いたげに方法の提示も欠かさない。
「ただし、アルス様の同伴者としてなら今からでも、もちろん手配させていただきますよ」
「……ダメだな」
会合で起きた一切の責任をアルスが被るならば……。その言外に告げられた意図にアルスは渋面を作ってから却下する。
「ちょっと! 少しぐらい考えなさいよ。これ以上ないぐらい着飾っちゃるわよ。振る舞いもパーフェクトを約束するわ」
胸に手を添えてテスフィアは一歩踏み出して仰々しく訴えかける。
なんとも胡散臭いことこの上ないが。
「私も少しだけ行ってみたいかな~。ダ、メ、かなぁ?」
あざとさが残るものの唇の少し下に指を当てて首を傾げて訊く。もちろん、アリスも同意の方向で意思表明した。彼女的には振る舞いに関してはよくわかっていないので、本当に見学程度のつもりのようだ。
一般的には……というよりも通常、魔法師を志す者は誰だって頂点にいる九人の魔法師は尊敬している。人格者であることとは別に、魔法の腕において一桁の位に上り詰められるのはそれだけで尊崇に値するということだ。
しかし――。
「ダメだ。お前らは外界に出る準備をしてお、け……」
懇願するようにアルスへと詰め寄る二人。
出席した場合、当然のように講義を欠席するつもりなのだろう。二人に限った話ではないのだろうが。
すでにアルスの中では二人を連れて行く選択肢は存在していなかった。実際二人のお守りを込みで連れて行ったとしたら女を侍らせていると見られる上に、それを見過ごさない輩は確実にいるはずだ。
面倒ではある……だが、それだけで彼女を引き下がらせることは難しい。
事実、アルスが二人を連れて行かないのには真っ当な理由があった。
一つ大きく溜息をついたアルスは二人の前に手を突き出して一度突っぱねた。彼女らの背後からちょうど銀髪の少女も戻ってきたようだ。
「お待たせしました」というロキの声に返答はなく、彼女は現状を把握すべく口を閉ざす。
「いいか、さっきは懇親会みたいなものと言ったが、実際は探り合いだ。物見遊山で行くには怪我をするかもしれない。俺にその気はないが、他のシングルは他国の最高戦力を把握するためにちょっかいを出しかねない。さすがに何事もなく終わるとは思ってないからな」
「現に去年はアルス様がやらかしたとシセルニア様から聞き及んでおります」
「なっ――!?」
リンネの余計な一言によって、じーっとロキも加わった三人の失礼な視線がアルスを突き刺す。
7カ国親善魔法大会前の会合はあまりアルスに非はないはずだが、おそらくそのことだけではないのだろう。
反論すると余計な爆弾が投下されそうな気がする。当時の自国元首に殺気を向けたなどとある意味では極刑物だ。
「ともかく」っとアルスは強引に話を戻す。
「シングル魔法師はお前らが思ってるほどまともじゃないってことだ。頭のネジが緩むどころか何本も抜け落ちてる連中のことを言うんだ。その点レティはまだマシな部類だがな」
「さすがにそれは言いすぎじゃない?」
すかさずテスフィアが失礼過ぎるアルスの物言いを突っぱねた。
シングル魔法師とはいわば国の要、人類の最終兵器なのだ。生命を懸けて職務に従事する。それは褒められこそすれ、揶揄されるような存在ではないはず――。
だが、今回に関してはリンネはアルス側に付いた。
「アルス様の言い方はちょっと問題ですが、実際に一癖も二癖もあるような方々なのは確かです。アルス様への参加を促すために懇親会とは申しましたが、そうならない予感もあります。とはいっても元首の手前大事が起こることはないはずですが、なにせ…………前科がありますから」
テスフィアとアリスにわかるよう、リンネは最後だけチラリとアルスへ視線を移した。それに気づかないわけではないが、言い返せない事情も時にはある。
分かり易い例を出されたことで、テスフィアは手を叩きそうな勢いで納得し、アリスも「あぁ~」と小さく唸った。
「リンネさん、頑張ってください」
「え、は、はい……」
何故かテスフィアに激励され、リンネはよくわからないまま苦笑で応えた。
なんとか納得してくれたようだが、正直いってアルスは釈然としない。
「そういうことなら仕方ないねぇ。でもあまり揉め事はダメだよアル」
「俺が元凶みたいな言い方をするな」
釘でも打つかのようにアリスは冗談めかした笑みで発した。様になってないが、他愛のないやり取りである。いずれにせよ、アリスやテスフィアにとってのアルスとは常に何かしらの問題事を抱えているという側面を持っていた。
言ってしまえば事あるごとに何かに巻き込まれていたりしているのだ。口では面倒ごとを嫌っていても、彼を周囲が放っておかないのは1位だからこそなのかもしれない。結局は自分に納得のいく理由を見つけ出してしまうのだから、彼を知れば知るほどお人好しなのだと感じてしまうのは仕方のないことなのだろう。
「何事もなければ明日には帰る」
「何事もね~」
喉に何かが詰まったようにテスフィアは反芻するが、この場の全員が同じような不穏な予感を抱いていた。




