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最強魔法師の隠遁計画  作者: イズシロ
8部 第1章「新たな守護者」
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魔眼の変化




「えええぇぇぇぇ!!!」

「わぁお!」


 奇声を上げるテスフィアと頓狂な声で口元を覆ったアリス。

 二人はいつも通り学業を終えて、そのままアルスの研究室に訪れていた。


 訪れた、のだが。厳重な扉の先で二人はまさに如何わしい光景を目撃したのだ。

 昼下がり……ではないが、アルスが女性を部屋に連れ込んでいた。フェイスラインに添えた手は艶めかしく、座る女性の顔をクイッと持ち上げ、上から覗き込むように顔を近づけている。


 二人でなくとも、初な彼女達からすればそれはもうアウト判定。刺激的な度合いでいえば咄嗟に声を荒げてしまうほどには強烈な行為だった。


 バタバタと先陣を切って室内に入るテスフィアは眉間に皺を寄せて尊大に指を差した。


「あ、ああああんた、何してるのよ!! そ、そんな綺麗な人部屋に連れ込んで!」

「本当だぁ、凄く綺麗」


 テスフィアは吐息が掛かるアルスとリンネの距離を指摘したが、彼女達が想像することは一切ない。ある程度の身体検査及び、魔力検査などを終えて、今アルスが行っているのは眼球に浮かび上がる魔法式の解析である。

 以前にも会合に向かう道中で見せてもらったことがあるが、その時はほんの僅かな時間だったため今回は念入りに調べているわけだ。


 単眼鏡のような器具をリンネの目に当てるが、これは目の周りの骨にフィットする作りになっており、瞼を押し上げながら、蓋をするように上から見ることができる。


「少し黙ってろ」

「ちょ、私は……」


 集中しているのか、アルスの声音は冷ややかであった。そのせいもあってテスフィアの気勢はごっそり削がれてしまったかのように弱々しい言葉を言い訳がましく紡いだ。


 的外れを言っているのはテスフィアの方で、この場にはロキもいるのだから冷静に考えれば色々とありえない。

 口の前で指を立てたロキが二人に事情を説明するべく足音を殺して近づく。


「今、検査中ですから少し待っていてください」


 呆然と立ち尽くすも、アルスがここまで真剣になる姿はテスフィアもアリスもほとんど見たことがなかった。訓練の合間に研究らしいことをしていても、質問をすれば返事もする。


 ゴクリと窒息してしまいそうな息苦しさがテスフィアの喉を鳴らす。

 検査と言われれば、もしかすると生死に関わる病ということも考えられたからだ。


 アルスは顎の辺りに添えた手を離し、左右の目を順番に覗き込む。器用に指で器具を操作し、連続で眼球の写真を撮る。


「魔法式が変化している…………」

「あ、あのアルス様。それはまずいのでしょうか?」


 器具を離してアルスは考え込みながら椅子に座った。 


「その前に彼女らに紹介してもいいですか? 騒がれても困るんで」

「はい、もちろんです」


 少し目が疲れたのか、潤んだ瞳でリンネは立ち上がった。その際に患者衣の止紐が解けて、向き直った時のリンネの姿は白い下着を露わにしていた。


「ーー!! す、すみません!?」


 完璧なプロポーションをまざまざと見せつけられてはテスフィアであろうと、何も言うことができない。幼児体型とまでは思わないまでも、目の前の女性と比べると魅力は天と地ほどの差がある。

 隣の親友はある一部分が圧倒的に女の子全開であり、自分よりも小柄な銀髪少女はある意味で同じ人間かと疑うほど可愛い。


 対して自分はなんとも中途半端。それなりには自信もあるが、周りがこんなのばかりでは太刀打ちできない。


 姿勢を正してお腹の辺りで手を組むリンネは、誰が見ても好意を寄せてしまうほどの笑みを浮かべていた。警戒心が一切沸き起こらないほどである。

 患者衣が少しばかり違和感を発しているが、それもまた大人の女性を意識させる妖艶なものだった。


「お話は以前からお聞きしております。テスフィアさんとアリスさんですね。私は元首様の侍従をさせていただいております、リンネ・キンメルと申します」

「え、元首!?」


 分かり易い反応をするテスフィアと硬直したアリスのぎこちない笑み。

 リンネの自己紹介はそれで終わってしまったため、アルスは補完するように引き継いだ。


「侍従とはいっても名ばかりだな。実際は元首の命令であればなんでもこなす完璧メイドだ。しかも探位は2位とアルファ内じゃ彼女ほど探知に優れた者はいない」

「アルス様、それは少々言い過ぎかと」


 すかさずリンネがべた褒めするアルスを遮って否定する。実質的には元首の侍従であるため、通常の探位保持者である魔法師ではない。彼女が外界にあまり出れない理由もあって否定したのだろう。


「そ、それにロキさんも探知としては十分十本の指に入るのでは? そもそも探位保持者は戦闘を得意としない分、ロキさんは探位と順位の両方で異彩を放つ存在です」

「…………」

「ロキの探知範囲は3kmまで広がりましたが、十本の指というなら5kmは必要でしょうね。確かに戦闘ができる分、探知魔法師特有のお荷物感はなくなりますかね。実際部隊に同行するだけで戦闘に参加できないのは、場合によっては機動力に少なくない影響がありますから」


 探知範囲の拡大をこの短期間で達成したことについては十分賞賛に値するが、アルスと伴に外界へと出る最低条件でもあった。

 実際リンネも遠距離での支援を可能としているし、世界各国で探知魔法師へ要求される能力が見直されつつあるのも確かだ。

 アルスの傍に居るが故に、ロキが強くなることを強制されるのは仕方ないことだ。そして強くならなければロキのパートナーとしての役割はなくなる。


 探位に関してはライセンスを持っていれば反映される、というものではない。


 簡単な自己紹介を終えて、話題を戻す前にテスフィアとアリスに黙秘を強制する。


「近いうち、外界にも出るからお前らにも一応教えておくが、これから話す内容に関しては他言できないからな。墓まで持っていってもらう。でなければ俺、というより元首の指先一つで消し飛ぶ覚悟しとけ」


 確認をリンネに取り、アルスは深く椅子に座りなおす。これまでひた隠しにしてきた全て……これで自分に関するほぼ全ての隠し事がなくなる。


「さて、リンネさん。まず俺の異能については知ってますね?」

「バルメスでの戦闘の折に……」

「どうやらあの異能は俺の魔眼によるものだと推測されます」

「ーー!!」


 少し離れたところでテスフィアとアリスの二人が互いに顔を見合わせて「魔眼?」と小首を傾げていた。

 一般の生徒が魔眼についての知識を仕入れるのは不可能である。聞きなれない名前であるのは各国がその情報を抹消してしまったからだ。一部残ってはいるものの、軍の最高機密とされているのも確か。


 魔眼の曰くが所以であろうが、事実軍が主導で行った魔眼研究が非道を極めたのも確かだし、市民や魔法師に不安を生じさせないために禁句としたのだろう。

 魔眼を感染症という医師もいるため、即座に軍の下で隔離されることからあまり公にされてこなかったのだ。


 水面下で動いているのかもしれないが、近年ではめっきり聞かない名前である。


 すでにロキには一通り話しているため、驚きはない。


 魔眼とは7カ国統合以前より伝えられている異能の一つである。魔法的要素が含まれていることは目に浮かぶ魔法式を見れば一目瞭然だ。つまり魔法の起源とも考えられる異能でもある。


「とはいっても魔眼のような異能は独自に自我のようなものを持つ。リンネさんの魔眼が身体の一部として機能しているのは疑いない。魔眼についての研究がほとんどなされていないのは、発現時に魔眼の暴走やそれに伴う魔力の過剰消費、精神的な苦痛などで大半の被験者が死んでしまうからだ」


 精神的な苦痛とは魔眼の種類にもよるだろうが、プロビレベンスの眼は多くの視覚情報が一瞬の内に駆け巡るため、脳があまりの情報量に壊れてしまうのだ。

 魔眼についての説明を簡単に終えた直後、待っていたかのようにリンネは詰め寄った。


「アルス様! 差し支え無ければ何の魔眼か教えていただけないでしょうか?」


 リンネ自身も魔眼については相当造詣が深く、未だに調べたりもしているほどだ。


「もちろんです。さすがに俺だけ隠していてはフェアじゃありませんし……【イーゼフォルエ】といえばわかりますね」

「黒斑、意志の闇、漆眼……死を宿した眼ですか……アルス様はその魔眼保持者だったと」

「確実ではありませんが、先日の件で【ヘクアトラの碧眼】保持者の方に教えていただきました。一応俺の方でも心当たりがないわけではありません」


 先日の件、についてはリンネもすぐに主犯であるクロケル・イフェルタスの名を思い出す。表沙汰にはなっていないが、彼も魔眼保持者であることは知っている。


「では話を戻しましょう。リンネさんの魔眼【プロビレベンスの眼】が以前見た時と比べて明らかな変化が見て取れます。浮かび上がる魔法式はおそらく状況に応じて組み替えているのでしょう」


 この辺りは魔眼を制御しているイリイスに聞くのが良い。魔眼とはそのほとんどが全くの未知数であり、アルスといえど研究はまだ初期段階でしかないのだ。


 いくつか仮説は立てられる。


「身体に異常はなさそうなので、特にこれまでと比べて何か害があるようなものではないです。かなりの魔法式を研究してきた見地から言わせてもらえれば、次の段階に変化してきている、といえるのかもしれませんね」


 魔眼としての最大の特徴は固有能力とさえいえる、人間には成し得ない魔法の構築だ。

 生命を生み出すとされるイリイスの魔眼、【セーラムの隻眼】最大の特徴は【レヴィアタン】の召喚にあると見ているし、クロケルの【紡ぐレンビト・アレガ】もまた魔眼による力だろう。魔法とは一線を画する能力。


 強張りつつあるリンネの表情を察してアルスはもう少し噛み砕いて説明した。

 リンネはシセルニアの傍に居てよいのか、という葛藤を抱いていたのだ。


「リンネさん、もっとシンプルに考えましょう。これまで探知の方法は魔眼に依存した多角的な視覚によるものでしたよね」

「はい。私は【無限の視覚】と呼んでおりますが」

「それに加えて新たな力、能力が解放されたと見るべきでしょう、この場合……」


 ただ……とアルスはこの先にある予想までは口に出さなかった。そう、魔眼が順応、もしくは身体に適合し交わり、最終的にはどうなってしまうのか。

 それは誰にもわからないことだ。イリイスのように人間としての肉体を持てなくなる可能性すらある。


 眼球とはいっても魔眼のそれは通常の瞳とは大きく異なる。人間の器官として見れば、眼球は正常と言わざるをえない。しかし、魔力や魔法の一部として見た場合、魔眼は肉体の深層部分と深く交わり過ぎていた。

 身体の一部などではない、ある意味では魔力の生成器である心臓と同等といえる。


 アルスの見立ててでは魔眼の行使は体内に流れる魔力、というよりも生成器である心臓から直接供給される。

 開眼時に即座に目を潰すという事例はその後の生活に支障がないこともわかっている。心臓と同様に重要な器官として魔力との密接が弱いためだ。が、果たしてそれも完全に目覚めたアルスやリンネのように深く魔力情報と結びついてしまっては難しいのだろう。


 兎にも角にも、あくまで仮説。イリイスの不死の身体についてもセーラムという生命をも生み出すことのできる魔眼だからかもしれない。

 いずれにせよ、本格的な研究は始まったばかりであり、何もわかっていないのだ。


「能力ですか……確かに魔眼の性能は向上したように思えますが……」


 リンネには心当たりがあるのか、少し考えて曖昧に誤魔化す。無論、アルスもそこまでは詮索しようとは思わない。性能が向上したという事実だけわかればいいのだ。


「使い方次第です。自我や自律という意味でいえばまだ【プロビレベンス】は制御しやすそうですし……上手く共存していく他ありませんよ」


 アルスの異能のように魔力を喰らうためだけに制御から離れようとする魔力【暴食なる捕食者グラ・イーター】もあるのだ。

 しかし、今回で分かったこともある。


 ――魔眼は変化する。


「とはいっても後は解析待ちですね。お疲れ様でした」

「いえ、ありがとうございます。アルス様」


 丁寧過ぎるほど深々と頭を下げたリンネは少しだけ胸を撫で下ろしていた。





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