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最強魔法師の隠遁計画  作者: イズシロ
第4章 「苦悩と想いの果てに」
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また見る夢の続き




 物資の説明を終え、必要最低限の荷物を二人に渡す。

 装備品に関しては戦闘着やアタッチメントなど個々人の扱い易い場所に装備する必要がある。さすがにないとは思うが、いざ外界に出てどこに何があるのか把握していないということでは目も当てられない。

 魔物を前に慌てふためくなんて事態は避けたいし、そこまではアルスでも面倒を見きれなかった。


 今日の訓練は主に物資などの選定にあるため、早めに切り上げて二人で考えてもらうつもりである。他にも理由はあるのだが……。


 最終的にはアルスが判断を下すのことになるが、物資を選ばせるというのはそれだけで危機的状況を想定することに等しい。その上で実体験を経て学んでいくのだ。


 さすがに新人魔法師ならばそのリスクは跳ね上がるが、今回はアルスとロキが同行するため多少荷物が増えてもバックアップはできるだろう。というか事前にチェックするつもりではある。



 四人で女子寮に向かっているのはまだまだ質問があるような顔をしていたので帰路の間だけ付き合っているわけだ。アルスとしてはいずれにせよ、研究室から出る用事があったので黙ってテスフィアとアリスの後に続いているわけだ。

 放課後の学院内ではまばらに熱心な生徒が見受けられる。以前のようにまじまじと不躾な視線を感じることはないが、それでもチラチラと窺い見るような気配は相変わらずだった。


「持っていく物資についてはお前らが選んで決めろ。必需品として信号煙と魔力結晶があればなんとかなるしな。緊急時の合図などは後々決める。すぐ忘れそうな奴もいるしな」

「え、私? それって私だよね、私のことかなアルス君?」

「察しが良いじゃないか」


 袖を捲くろうと意気込むが、慣れない冷気のせいかため息として鬱憤を吐き出す。それに今言われてもたぶん混乱するだろうから、あながち忘れそうだと言われても仕方がない気がした。

 

「はぁ~。もうなんでもいいわよ。というか、全部持っていくのはダメなんだよね?」


 気分を一新するためか、クルッと振り返ったテスフィアがポニーテールを揺らして言い難そうに訊ねてきた。

 説明時に論外だと言い放った時と同じ質問である。ただし、一蹴するだけの根拠の大半にはアルスの主観が含まれていた。


「正直いえば、物資を目一杯持っていく魔法師は少なからずいるし、部隊によっては非戦闘員としてある程度の物資をもたせた輜重兵を同行させる場合もある。基本的には中隊規模の作戦が主だがな」


 輜重兵とはいっても小隊規模で後方支援は外界ではありえない。部隊からはぐれた者を狙うのは外界の摂理として自然なことだからだ。小利口な魔物ほど狡猾さが増す、部隊を分断するような行動を取る魔物もいるという話は近頃聞く。そう、近頃――。


 人間が魔物を倒すべく知恵を絞れば、魔法師を捕食した魔物にも僅かながら血肉に変わる。そういった魔力情報を読み取られるからこそ人類は駆逐に至れないのかもしれない。


「基本的に俺は身軽さを重視するから一先ずは持っていく物は絞れ」


 物資を多く持っていくことの背景には恐怖がある。だからどんな状況も想定しようと最大限生きる術を模索する。だが、魔法師が外界で死ぬ要因のほとんどは戦闘によるものだ。

 本末転倒だと、アルスは思っているが、こればかりは一長一短であるが故に強制はできないのだろう。それでも部隊長の命令を無視できるものでないのも確かだ。


 だからアルスが今回は絞れというのならば、それに従うのが隊員の役目であり義務だ。


 先程からチラチラと窺い見る視線の中に何故かアリスのものが加わっていた。その意味ではチラチラというにはあまりに至近距離過ぎるのだが。

 ともあれ……。


「アリスはそんなに料理がしたかったのか?」


 どこか意外感を拭えないアルスの問い。研究室でアリスが調理器具を念入りに見ては唸る姿を目撃していたためだ。本人は冗談だと言っていたが、食事の心配でもしているのだろうか。


「外界の料理といえば手の込んだ物はまず無理ですよ。火を使うのですら用心しなければなりません……ですが」


 と補足するロキは一度真横のアルスへと視線を移し。


「如何に外界とはいえ偏った栄養では先が持ちませんから」

「チューブ型の非常食もあるにはあるが基本的には現地調達が基本だしな。どちらにしても今回は日帰りだぞ」


 お世話をするという意味でいえばロキにも不安はある。できることならば外界であろうと食事は手を抜きたくないのだ。だが、それが許されない場所だというのはロキ自身嫌というほど理解していた。

 だから「残念ながら……」と調理器具を持っていけないことを心残りであるかのように言う。


「あ、料理は別に……でもちょっと腕が鳴るよねロキちゃん」

「それは同感です。日用品としても使えますからよかったら今度持っていってください。研究室には十分揃っておりますので」

「ありがとう…………」

「お前は何を言いたそうにしてるんだ」


 表情に出ていたことを知るも、アリスはより引き締めた面持ちで声を絞り出した。


「ねぇアル?」


 これまでの話の流れを断ち切るようにアリスは意を決して口を開く。直接訊くことを躊躇うかのようにアリスは不安げな顔を向けていた。

 それはきっとアルスがどんな反応を見せるか、アリスは気掛かりだったのだ。


「もうフィオネは大丈夫、だから……許してあげて」

「聞いたのか?」


 無言で頷くアリスの横をアルスは通り過ぎて行く。

 先日、泣き止むフィオネを抱きしめ、そのまま自室で落ち着かせたのだ。その際に彼女は全てをアリスとテスフィアに語ったのだ。


 アルスの足取りは変わらない、何も変わらず意に介さない。

 空気を読んだテスフィアも口を閉ざして二人の会話に耳を傾ける。


「フィオネの本当の系統は闇。だからなんでしょ?」


 それを押し殺して生徒の輪に混ざる彼女は後の罪から目を逸らしている。だからアルスは許せなかったのだろう、とアリスは思っていた。


「許すも何も、それは彼女が決めることだ」

「じゃ、なんでAWRを没収したのよ?」


 先程からロキが持っている二対の短剣を指差すテスフィア。単にフィオネが置いていっただけならばアルスが持ち帰る必要はなかったはずなのだ。


「いずれにせよ、決めればいいだけのことだ。受け入れるも拒絶するも彼女次第。AWRがあれば縋りたくもなる。とはいっても答えを俺自身が聞きたいのもあるな」


 AWRは魔法師のための武器。魔法師として生き残るための拠り所でもある。

 さすがにいつまでも持っているわけにもいかないので丁度返しておくよう、二人に頼むつもりだったのだ。


「魔力は個人を示す最も確実性のある情報ではある。だがな、系統だけは何にも縛られるものじゃないんだ。だから本人が縛られる必要なんて微塵もない」


 それでも闇系統を迫害視する傾向はある。闇系統を持つ人間が犯罪やそれに類する行為を好む、もしくは衝動を抑えられないのは過去の例からも明らかだ。だが、全てがそうとは限らない。

 世間の風潮は光と闇では大きな隔たりがある。闇系統による犯罪で軍が隠しきれず、民衆に深く印象づけた事件もあるほどだ。


 猟奇的な事件の背景にはやはり闇系統を持つ者が絡んでいるケースは多い。


「そっかぁ~」


 まるでステップでもしそうな勢いでアリスは歩き出す。後ろ手に指を引っ掛け物資の詰まった袋を持つ。カツカツと地面を蹴る音と彼女の裏腿に当たる荷物の音が心境を反映して弾む。

 ドッと息を漏らしたテスフィアも肩を竦めてアルスの背中を追いかけた。


「じゃ、フィオネに返しておこうか?」


 腰を折って買って出るテスフィアは俗っぽい笑みをこれ見よがしに突きつけてくる。口元に添えられた手は溢れる笑みを隠しきれていなかった。


「お前に頼むと問題にしかならなそうだからすまん。壊されてもかなわんし」

「誰がそんなミスをするかッ! AWR壊すって陰険にもほどがあるわ!!」

「じゃ、私がフィオネに返しておこうか?」


 アリスならばテスフィアと比べて安心して託すことができるのだろう。


「いや、もうその必要はなくなった。これは俺から返しておくよ」

「うん、それがいいかも」


 凄く納得した顔でアリスは微笑む。アリスは自分で返すのはきっと野暮だったのかもしれない、と思い直した。同時にアルスがまだフィオネを気にかけていたことがわかったのだから、もう何も心配する必要はないのだろう。


 「さてと」そう不意に漏らしたアルスは女子寮が遠目に見えてきた辺りで足を止めた。




 振り返り最後尾で黙々と付いて来ていたロキへと視線を向ける。あまりに唐突だったせいかロキは一瞬心臓が跳ねた気がした。

 それはこんなやり取りがまた戻ってきたことへの喜色と一抹の寂しさを覚えたからだ。


 三人を遠くに見ているような気持ちが疎外感をロキに抱かせていた。変わらないようでいて変わらないはずがないのだ。ならば自分は変われたのだろうか、そんな取り残された気持ちが心を駆り立てている。


 だというのにそこに加わることがロキには遠いことのように思えた。

 二対の短剣を持つ手は知らずのうちに力が入っていたのか、少し掌が湿っているようだった。


 大丈夫、そう言い聞かせる自分。アルスが目の前からいなくなろうと……この世界からいなくなろうとしたあの時。彼が一命を取り留めたあの日からロキは「何もいらない」と決意したのだ。

 だから、彼の回りに誰がいようと彼が誰にお節介を焼こうとも何も思わないし、それは良いことなのだとわかっている。


 ただ時折、自分は同じではないのだろうと――あの二人とは同じにはなれないのだろうと諦めてしまう。


 そんな時にアルスは目ざとく自分を見つけてくるのだからロキの心臓は正直な反応を示すのだ。


「俺らはちょっと用があるからここまでだ。お前らも他人のことばかりじゃなく自分のことを心配しろ。課外授業の時に思い知ったろ」


 言葉通り、刺された釘は冷淡に紡いだ言葉を重くする。思い起こされる現実の純然さ、その言葉を受け止めるテスフィアとアリスは喉を鳴らして力強く頷いた。

 如何に魔法の腕を鍛えようと外界では一瞬の内に無に帰す。どれだけ頑張っても全てが終わるのは一瞬。

だから緩めて良い神経など一つもないのだ。


「経験でしか知り得ないこともあるからな、今はせいぜい考えろ。じゃ、行くかロキ」

「はい……」


 方向を変えたアルスの後をロキはちょこちょこと小走りで追いかける――見つけてくれた彼の背中を追いかけて、傍にいることだけを望んで……どこへ行こうともその軌跡を歩んでいく。

 だから遠くとも自分は見失わないように……彼だけを追いかけ続けるのだ。僅かなキズをその小さな胸に内包しながら。



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