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最強魔法師の隠遁計画  作者: イズシロ
第4章 「苦悩と想いの果てに」
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無知と冗談



 ◇ ◇ ◇



 研究棟最上階。

 【研究】という尊大な言葉とは裏腹に、今となっては無秩序で自由な空間になりつつあるのは致し方ないのだろう。


 テスフィアとアリスの両名は女子寮と研究室、どちらが自室なのすらもわからないほど自由に出入りし、その頻度は学び舎としての学院へ通うのと大差ない。


「これは? これは?」


 主にアルスの執務机の目の前で広げられた二つの箱。一つは協会からの物で、もう一つはベリックからの物である。軍事物資なので箱と言っても厳重で強固な材質だ。

 どこで嗅ぎつけたのか、これ見よがしに送られてきたものだ。それでもこうして有難く思ってしまうアルスがいた。これをベリックからの物だと断定するのは送り主を見れば容易い。


 中に入っている物にはアリス宛の物資もあるため、個人的な贈り物なのだろう。


 そして目を輝かせながら荷解きするテスフィアとアリスは見慣れない物資を手にとってはアルスとロキに聞いている状況がすでに一時間。無論、学院でも習う物なのだが、アルスが取り寄せた装備品は一般的な物資とは異なり、形状からして旧来の物と違う。


「信号煙ですね。そちらは救難信号用で、魔力を付与し五秒後に煙が噴出します。そっちは部隊内用です、色は部隊内で決められるように全色ありますね……えっとそれは……」


 コインの束を何本か掲げたテスフィアの質問をアルスに代わってロキが一つ一つ丁寧に答える。しかし、二人はひっきりなしに箱の中身を外へと散らかしていく。

 その中には本来自分で揃えなければならないポーチや信号煙を装備できるようなベルトに引っ掛ける金具まで入っている。各種重ねるようにコインを金具に嵌めることができ、指を滑らせると一枚ずつ抜き取れるような仕組みになっている。


「ロキちゃん、こっちの巾着袋みたいなのは?」

「中身は何ですか?」


 袋の両端を拡げて不用心に中へ手を入れるアリス。手を抜いて拡げて見ると、そこに小さいながらもカッティングされた結晶がいくつも入っていた。


 面白そうに掌を覗き込むテスフィアは指の隙間から漏れる光に胸を踊らせて、中身を確認し、真っ先に思いついた言葉を口にする。


「――!! 宝石? ってことは賄賂?」

「おいッ! 物騒なこというな。魔力結晶だろうが」

「うぅ……」


「でもアル、講義で聞いたものはもっと粉っぽいと思ったんだけど」

「本来は粉末タイプの物を使うが、結晶タイプの方が以前の物より効果的だからな。長時間魔力残滓を吸収してくれるし、魔力を流し込めばデコイとしても使える。少し前なら魔力残滓を散らすためもう一つ持たなきゃいけなかったんだが、それなら一つで二役だ」

「へぇ~じゃあこれは毎回持っていかないとだね」

「あればそれに越したことはないが、言っとくが高価なものだからな。軍でも二桁などの魔法師に優先的に支給されるが、通常は粉末タイプの物を使う。それが嫌なら自腹を切って買うしかないな」

「お、おいくら?」


 恐る恐る訊ねたのはテスフィアだった。


「十万……」

「「――!!」」


 そっと元の位置に戻すアリス。しっかりと口から溢れないようにきつく縛っていた。


 目の端で捉えていたロキはため息を溢しながらアルスの言葉を引き継ぐ。


「外界では生死を分かつ場面が多くあります。正直いって一度でもそんな場面に自らの身を置いたものは大金とは考えないものです。部隊とはぐれた場合はいかに魔物に見つからないか、そういう意味でも魔力は自らの力であり枷にも成り得るものです」

「そういうわけだ。生活もままならないんじゃ話にならんが、これぐらいの備えはある種当たり前だな」


 などと言ってもアルスがこの結晶から始まり、基本的に物資を持ち歩かないのは有名な話だ。彼が一度動き出せば、長引くことはなく、迅速な任務の遂行が約束される。

 ある時は周辺地域へ近寄らないようにと全部隊に指示が言い渡されたこともあった。


「うわっ、アリス見て見て~」

「ちょっとモコモコしてるね」


 拡げてみせるのは厚手のフード付きローブ。

 これまで生存域内では気温調整がなされており、必要以上に厚着をしている者は少ない。そもそもそういった衣類は売ってすらいないのだ。


 生存圏内とはある種、世界から切り離された理を異にする隔離世界。そこにある当たり前や常識は外界では容易く覆る。


 外界の寒さは正直新米には堪える。魔物に見つかることを厭わないアルスならば常に一定量の魔力を放出し冷気を凌ぐこともできる。

 それも膨大な魔力量あっての無駄遣いといえるのかもしれない。


 全員分のローブが用意されており、その背中には協会の紋章が入っていた。だが、それは協会からの荷物ではなくベリックから届いた荷物から出てきたものだ。


 色々とお節介を焼きたいのだろう、と努めて無視するがやはり顔を出すぐらいのことは近々したほうが良さそうだとアルスは項を撫でた。


「で、外界に行くって言ってたけどどこに行くの? やっぱりアルファ近郊?」


 自分のサイズのローブを羽織ってご満悦な表情の緩みを隠さず、テスフィアは小首をかしげる。


 感想はなく、どこかピクニック前の子供を見るような目でアルスはテスフィアを見た。子供に渡すにはあまりにも上質過ぎるローブ。現在作れる最高の物であるのは一目でわかった。


「いいや、協会の任務欄から俺が選んでおいた。お前らは付添いだ。協会の依頼じゃ、まだ学生は外界へは出られないからな。場所はハイドランジ、依頼難度は星四つだ。内容についてはお前らは気にしなくていい。一先ず外界に出ることが目的だからな」

「ふ~ん。で、でっ――いつ行くの!」

「こっちも用事があるからな。明後日の休み前にはここを発ちたいな」


 爛々と表情を明るくするテスフィアと隠しきれない高揚を紛らわすように箱の中を覗き込むアリス。

 なお、アリスはすでにローブを着用済みである。大概胸元を気にするイメージが強いアリスだったが、不自然なほどにローブはピッタリと身体のサイズに合っているようだった。


 ――一応任務については情報を集めておくか。


 一度ロキに目配せをしたアルスは受けた依頼の内容を思い返す。

 ハイドランジから北に30km、そこでは活発なはずの魔物の活動が見られないという。その原因を調査する依頼内容だった。もちろん一般受注なため、成功報酬というよりも情報収集が目的の依頼のようだ。


 ハイドランジも先の事件で弱体化しているため、各国からも魔法師の派兵を受けており、近々、原因解明に軍を動かすのだろう。そのための情報収集を協会に依頼したという流れだとアルスは見ている。


 本来の協会の役割としては正しいし、こうあるべきなのだが、自国から出たことのないアルスにしてみれば未知と言わざるを得なかった。知識としては生息する魔物の種類や特性・傾向は把握しているが、これまでとはやはり勝手が違う。


 依頼内容のまま赴くのは無警戒に過ぎるのかもしれない。


 ――協会側ももう少し事前情報を載せてくれると助かるんだがな。ま、今後の課題か。


 依頼については受注後そのまま始めるのではなく、依頼主である相手側とのコンタクトが原則となっている。そのため正確な情報というのは当日まで知り得ないことが予想された。


「おいっ! 散らかしたらちゃんと戻しておけよ。それと装備品に関しては何を持っていくかロキに教えてもらえ。頼めるか?」

「はい。さすがに不安が残りますので」

「俺もだ、嫌な予感しかしない」


 テスフィアが手に持っている物をアルスは冷ややかな目で指摘する。


「ほほう、お前は外界で悠長に椅子に座れると思ってるのか」

「えッ、だってこれ見てよ!」


 幾何学的な小箱の側面のボタンを押したテスフィアは説明書を見ながらひょいっとスペースに放る。すると一瞬にして椅子に変形し小さめのレジャーチェアへと早変わり。


「どう? カッコよくない?」

「いらんものまで総督が詰め込んだだけだろうから、一々反応すんな。外界で椅子といえば根っこか岩だ! ――おいそこ!! お前は何をおっぱじめるつもりだよ」

「ふぇ?」


 今度はアリスが箱から大量に取り出したのは調理器具一式。


「りょ、料理?」


 不思議そうな顔でアリスは新品の調理器具を全部取り出していた。包丁からまな板、コンロに土鍋諸々。


 アルスは現実逃避をするように天井を仰ぎ見た。ため息すら出てこず、これをロキに丸投げするのは正直罪悪感しかなかった。かといって自分が面倒を見るのも相当に骨が折れそうだ。


 遠くで「冗談だから」とか「真に受けないでよ」とか必死の弁解が聞こえてくるが、今のアルスは現実から遠いところにいた。


 ――いっそ、身一つで放り出すか。


 

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