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最強魔法師の隠遁計画  作者: イズシロ
第4章 「苦悩と想いの果てに」
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甘すぎる魔法師の存在




 間違っていなかった。自分の直感――説明できない感覚――を信じたのは、間違いではなかった。

 親善魔法大会でも、学園祭での模擬戦もアルスの力、それを目の当たりにした時の言いようのない高揚と渇望は本物だった。


 バツの悪い顔で最強と呼ばれる魔法師は今の言葉を撤回する気など微塵も感じさせない本心を語ってくれたのだ。目標にしているからだとか、尊敬していたからだとか、そんな単純な理由からではなかった――胸に刻み込まれる教えの重み。


 人間など容易く擦り切れていく、それを強いられる外界で戦い続けた彼の言葉はシュルトに疑問を挟む余地を与えない。それほどすんなりと刻み込まれた。

 同時に「死にやすい」と語ったアルスの表情はどこか自分を――その行いの正しさに目が眩んでいるようにも見えた。


 と、同時にわかったこともある。シュルトは自分も同じ道を辿るべきだと考えてきたが、それは間違いなのかもしれない。1位に君臨してもなお、アルスは探し続けているのだ。後戻りができない道の先を手探りで探しているのだろう。


 長い道のりなのだろうとシュルトは嘆息することなく、歩き続ける決意をした。


「ありがとうございます!!」


 自然と口から溢れた力強い感謝。

 貴族としての振る舞いなど忘れてしまったかのように深く下げられた頭。聞けてよかった、本心からそう思ったのだ。ただそれだけのこと。

 答えは見つからないが、答え自体がどういうものであるのかが薄っすらとわかる。ぼんやりと輪郭を浮かび上がらせた胸の内に潜んだ魔法師像が自分そのものの存在意義と近しいものであることがわかった。そして、その正体ははっきりしないけれど、自分だけの正しさは確信できる。


 そんなシュルトの憑き物が取れたような表情にアルスは悟ったように呆れて口を開く。


「フィアといい、アリスといい、わざわざ困難な道を好き好んで選ぶ奴の気がしれん」


 暗に苦労するぞ、という言葉をアルスは眩しそうに発した。


 ロキから言わせれば、その道の先頭にいるのはアルスなのだが。

 そんなアルスに引きづられてしまうのは仕方がない、ロキでさえ彼を求めてその背中を追う者であるのだから。


「では、これで失礼いたします」


 再度深く感謝を告げたシュルトは地面に映る足がそのまま動かないことに、ふと顔を上げる。


「そう急ぐな。お前から頼み込んできたことだぞ。そう時間も掛からんから一発で覚えろよ」


 口を挟まずにシュルトは喉を鳴らした。メインが急激な成長を遂げたその指導を自分も受けられるかもしれないのだ。

 だが、アルスは少し困ったように「とはいったもののどうしたものか」などと拳を口元にあてがった。


 死を実感させる方法、本能的な危機感知能力を強制的に引き出すにも誰でも良いというわけではない。当然、適性があるし、実力もなければならない。

 ましてやシュルトが自分に向ける目は今回に限っては弊害にしかならない。それに対して殺意を剥き出しては彼の魔法師としての資質を損なう可能性すらある。


 頼まれたのだからその後については責任もないのだろうが、かといってメインのように芯が折れない確証はない。

 どちらかといえば、先程の質問といいシュルトは内に秘めた想いが脆弱な気配がある。迷い続けて信じれる何かがまだ欠けている。貫き通す信念のようなものが定まっていないのだ。

 無防備な赤子に殺意の塊をぶつければ往々にして崩壊してしまうだろう。


「そうだな、ロキやってみろ」

「――!! 私がですか?」


 彼女の器用さを誰よりも知っているアルスからすれば丁度いいのだ。


「構わないだろ? 俺よりロキのほうがお前の場合はためになるはずだしな」

「は、はい! お願いします」


 直立不動でシュルトは背筋を伸ばす。手の中は少しの落胆のせいか軽く解れて湿った掌を乾かしていく。


 それもアルスとロキではシュルトにとって尊敬の度合いは天と地ほどの差がある。確かにシングル魔法師のパートナーはそれだけで一目置かれる存在だ。二桁魔法師よりも重要な存在とする見方もあるにはある。

 単純に一桁シングルのパートナーにはその国で最高の探知魔法師が就くからだ。


 しかし……シュルトは視線を一度下げる。


 目の前の銀髪少女はその容姿に見合うほどの地位を得て、かつアルスとともに戦場を乗り越えてきた猛者だ。頭ではわかっていてもその体躯は自分よりも小さく、愛くるしい瞳が戦闘とは無縁なようにも思えてしまう。


「お前は動くな、それだけでいい」


 頷いて了承したシュルトは言われるがままに直立する。

 続いてアルスから耳打ちされたロキは徐にナイフ型AWRを腰から引き抜いた。怜悧な切っ先が真っ直ぐ自分の眉間に狙いを定めた直後、シュルトは全身の毛穴が開いたような感覚に見舞われた。


 微かに纏った魔力はただただ凶器としてのナイフの精度を高めている。

 それは全身の感覚が視覚に集約されたように他所が希薄になる。気を抜けば立っていることさえも意識の泥濘に沈んでいくようだった。



 ◇ ◇ ◇



 真っ暗闇の寒空の下、シュルトはあれから小一時間も座り込んでいた。いや、正しくは腰が抜けて立てなかったのだ。

 アルスは最後に門限前には帰れ、とだけ告げて研究棟の中へと入っていった。


 その指導が行われた時間は一分にも満たなかっただろう。


 首がくっついているのかを確かめるために何度も何度も擦った。安心しては、自分の感覚が正しいのかを擦ってまた確かめる。

 その繰り返しだ。今もあれは何だったのか、不思議に思って首がくっついていることを確かめるために念入りに擦ってみる。


 ロキが突き出したナイフはゆっくりと真っ直ぐ自分へと向かってきたのだ。

 極寒のように気配が一変し、全身が拒むように震えだした。一定の速度で眉間を貫かんとするナイフに抗う術はなかった。


 荒く、不規則な呼吸が視界の中のナイフを揺らしていた。

 だが、重たい空気は切っ先が近づくにつれて増していく。ナイフの奥にある少女の目は虚無的で生命を奪うことに一切の関心がないようだった。


 そして眉間に触れようかという刹那、シュルトの手は反射的に腰に差していた短剣型AWRの柄を握っていた。

 だが、その柄を引き抜くことは叶わなかった。引き抜こうとした直後、首元で何かが切れた気がしたのだ。するりと刃が首を裂いていくのを実感した。

 死んだ、そう思った時、シュルトは膝を折って首元に手を押し付けた。溢れ出す血を止めるために。


 しかし、結果的に首元には傷一つ付いていなかったのだ。

 それから呼吸を整えるまでの間、一方的にアルスは「柄を握った時の感覚を忘れるな」とだけ言い放った。生命が掠め取られることの恐れとして、その行動はまさに恐怖の象徴。


 感謝の言葉すら紡ぎ出せなかったシュルトは一言も発さずに視線を地面に落とした。


「あんな感じでよかったでしょうか」


 やや疑問調に訊ねるロキにアルスは「あぁ、上出来だ」と宙に溶けませるように放った。

 この手の殺気や殺意を相手に自覚させるだけ放てる、というのは実際問題練習では身につくものではない。つまり彼女も相応の経験をしてきたのだ。


 わかっていたことだが、どうしても掛け値なしに褒めることを躊躇ってしまう。


 研究棟へと向かうアルスとロキの会話に意識を割く余裕のないシュルトが動き出したのは門限を少し回った後のことだった。

 走る気力もない、が、確かにわかったこともある。外界というものがどういった場所なのか、そこで死地を駆ける魔法師がどういった存在なのか。


 全身に掻いた冷や汗がじっとりと服を張り付かせていた。冷気を中に入れるためにシュルトはよろよろと歩きながら服を摘む。


「……学院で習うことだけじゃ、ぬるすぎる」


 ポツリと溢したシュルトは遥か遠くの外界へと目を向けた。そして偶然にもその視界に人影が映り込んだ。


「フィオネ……こんな時間に何やって」


 自分と同様に憂鬱な少女がベンチに座っていた。当然のことながら女子寮の門限も過ぎているはずだ。

 お互いにこんな状態では顔を突き合わせることも抵抗がある。できれば蒼白となった顔をシュルトは誰にも見られたくなかったのだ。


 とりわけ仲が良いというわけでもないので、シュルトは静かに男子寮へと歩を進めた。

 

 

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