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最強魔法師の隠遁計画  作者: イズシロ
第4章 「苦悩と想いの果てに」
334/549

不認




 ◇ ◇ ◇



 ――クソッ! クソッ!!


 ぶつくさと憤りを内心に溢す少年は意図せず周囲に敵意を撒き散らしていた。虫の居所が酷く悪いようだ。その原因は至って単純なものであり、かつ少年にとっては許しがたい結果によるもの。


 輪切りにカットされたような気位を感じさせる髪型、その前髪の下で釣り上がった目尻で彼――シュルトは廊下のど真ん中を歩いていた。視野には他の生徒は入らず少年の不機嫌なオーラを察してか、あまり関わらないように避けている。


 ことは一時間ほど前に遡る。本日の授業、最後の科目は実技であった。いくら人付き合いの悪いシュルトであるとはいえ、実技に限っては順位故に一目置かれる存在だった。とはいっても、そのせいで常に彼が相手にするのはメインかフィオネの二人。


 しかし、フィオネはあれ以来AWRを持ってくることはなく、授業にも参加することはなかった。あれほど気に入っていた自前のAWRは毎日欠かさず手入れもしていたのに……。一人蚊帳の外で見学するフィオネに対してシュルトは特に詮索をしなかった。


 誰も好き好んで二人のような低順位を相手にしたかったわけではないのだから。

 ある意味ではただのコネクション作り、しかも二年生でトップクラスのテスフィアとアリスの二人がシングル魔法師と繋がりがある、というだけ。

 あまりにも遠い縁であるが、実際のところ実りはあった――はずだ。


 フィオネが落ち込む理由もなんとなく検討がつく。いや、何があったかまではシュルトが観戦していた場所からでは聞き取ることはできなかった。しかし、あの場で何かあったのは確かだろう。


 二人を捨て駒としてシュルトは観戦に回ったわけだが、そこでノワールに告げられた言葉がまさに現実となり、彼を憤らせている。


 そう、実技の授業でシュルトはメインに追い詰められたのだ。いや、正しくは負かされた。ノワールが言ったように『こう言えば分かりやすいの…………あっちの雑魚よりも早く死ぬ』という言葉が現実となったのだ。


「あんな戦い方が許されるはずがない。本来ならば俺が勝っていたはずなんだ」


 たった一回シングル魔法師に手解きしてもらった程度、もっといえばボコボコにやられただけだ。

 だというのにメインはシュルトが放った無数の魔法の中から避けられるものとを区別した。いわば捨て身の攻撃であったが、魔法自体の威力を調整していたシュルトの狙いはまんまと見抜かれたのだ。


 同時に魔法を無数に発現して、集中砲火する中には確実にダウンを取れるだけの魔力を込めるのがシュルトの常套手段である。魔法の調整――いわば構成の緻密さでいえばシュルトは一年生の中で群を抜いている。入試もトップの成績を収めることだって造作もない。


 何故そんな回りくどい方法を取っているのか、無論、己の魔力総量に応じた戦術であった。他に目眩ましや、意識を分散する方法をシュルトは戦術として取り入れている。しかし、最後の最後ではその緻密な情報量で確実に相手をダウンさせる切り札を残しておくのだ。


 無数の魔法をメインは回避していった。それも時間の問題でいつもはジリ貧になって一方的な展開で終わってしまうのが常である。その後、メインは何度もしつこく挑戦してくるのだ。

 だというのに今回は違った、メインは回避できないと見るや防御するのではなく自分の稚拙な魔法をぶつけて相殺してきたのだ。それだけならばシュルトの勝ちは動かない。


 が、メインはシュルトが温存していた止めの一撃だけに全神経を注がせていたのか、確実に回避したのだ。結局、ダメージを与えてはいるが、決定打にならず、いつの間にかメインはシュルトの懐まで掻い潜ってきていた。


 剣を突き出し首元で止める、そんな屈辱的な幕切れであった。挙げ句の果てにはそれに驚いて尻もちを突いてしまったシュルトは耳まで真っ赤にしたが、その直後メインも限界を迎えたのか剣を取りこぼして蹲った。


 まるで冷たいものを一気に口の中にかき込んだようにコメカミを押さえ込む。


 傍から見た勝敗が引き分けであったのはいうまでもない。ただしシュルト自身は完全に負けたと感じていた。あんな戦い方は魔法師にあるまじき蛮行だ。魔法師は魔法を扱うからこそ魔法師なのだ。

 あれでは……。


 ――あれじゃ……。


 多少の攻撃は受けても己の剣が届く間合いまで詰め寄る戦法。しかし、あれが実際に置換システムのない戦場だったならば確実にシュルトは生命を落としていた。

 もっとも、実戦ならば最後の一太刀がシュルトの喉元に突きつけられるまでにメインは動けなくなっていただろう。


 いや、どれも致命傷は避けていたはずだ。だからこそ頭痛を押しても動くことができたのだろう。何よりも確実に仕留めるつもりで放った一撃を回避されては勝敗はわからない。

 メインが急激に魔法や身体技術が向上したというわけではない。寧ろ以前とほとんど変わっていないのだ。だというのに『頭一つ抜ける』ノワールが言った言葉の通り、勝敗は四桁のシュルトと引き分け。


 ――一体何をしたんだよ。まさかフィオネまで……いや、それは考えすぎだ。クソッ……クソ……。


「クソッ!!」


 気付いた時にはシュルトは感情任せに壁に拳をぶつけていた。またしてもノワールに言われた『ビビリ』という言葉が脳裏を過ぎった。

 魔法師としての順位は隔絶するほどの開きがある。だというのに勝敗がわからないなんてシャレにもならない。笑い飛ばすにはあまりにも情けない自分がいた。


 自傷行為をヤバいやつだとでも思ったのか、廊下にはポツンとシュルトを残して人の気配が消えていた。


 気落ちするままに俯くシュルトは「もう帰ろう」と階段へと向かった直後――。



 曲がり角で不運にも反対側から来た者と肩がぶつかる。それは軽くぶつかったというには程遠く、シュルトは二・三歩足を引かされた。

 虫の居所が悪かったシュルトは咄嗟に謝罪の言葉が出てこなかった。こういう時は往々として自分に有利な解釈がされて、キィッと自分に非はないとばかりに睨みつける。


「――――!!」

「悪かったな。少し考え事していた」


 自分に向けて放たれた謝罪の言葉にシュルトは喉を詰まらせて、目を見開いた。


「アルス、さ……ん」


 掠れて出た自らの声にシュルトは驚愕した。以前フィオネが敬称を付けて呼んでいたせいか少し抵抗があったようだ。いや、もっといえば敬称を付けることで自ら距離を空けているように感じたのかもしれない。どちらにせよ前もって練習していた呼び方ではなかった。


「アル、ちゃんと前を見て歩かないと……すみません」


 隣から顔を覗かせた銀髪の少女にシュルトはまたしても息を呑む。シングル魔法師のパートナーという情報は前もって仕入れていたが、どこか信じられずにいたのだ。

 シングルのパートナーなど軍の中でも相応の実力者でなければならないと聞く。探知魔法師の中でも国内最高クラスが選ばれるのだ。


 それが学年で一つ上だというのだから、シュルトからすればロキもまた規格外。 


 ――シングルともなると、妾がいてもおかしくはないとは思うけど。


 やや幼く見えてしまう少女にシュルトは「だ、大丈夫です! こちらこそ失礼しました」と腰を低くして頭を下げた。

 彼女はシュルトが認めるノワールと対等に渡り合える実力者なのだ。ならばその順位は押し知るべくもない。


 ロキに小言を投げられて渋い顔を作ったアルスはチラリと懐にしまった招待状に視線を落とした。


 持ち前の洞察眼でシュルトは何かしらの懸念故にぼんやりしていたのだろう、と邪推してみる。こういう時の技術はやはり貴族として必須能力だ。曲がり角の先には階段があり、降りてきたのだろう、と予想できる。大凡の検討としては理事長に用事でもあったのかもしれない。


 仮初の社交スマイルで取り繕い。


「私の方こそ、申し訳ございません。お詫びといっては何ですが、今度家にご招待させてください」


 まともに交わした挨拶にしてはシュルトは自分に合格点をあげたいほどの出来だった。もちろん、それは貴族としてであり、個人としては些か他人行儀感が鼻につく。


「あぁ~そういうのは結構だ。キリがないしな」

「そ、そうですか。そうですよね。不躾なことを言いました」


 断られるだろうと予想していたとはいえシュルトの落胆は少なくなかった。そう、自分は、自分だけが一方的に知っていて、相手からしてみればその他大勢の内の一人にしか過ぎないのだ。


 歩き始めたアルスの一歩後ろに続くロキが小さく会釈してシュルトから離れていく。


 ――何だよ……俺はそんなことが言いたかったんじゃないのに。


 自分の不甲斐なさに傷一つない拳が作られた。


「ま、待ってください!! メインに一体何をしたんですかっ!! 私にも……俺にもどうかご教授いただけませんか……お願いします」


 必死の訴えが、酷く愚かな願いであることをシュルトは紡ぎながら自覚した。でも、見て真似て、という方法だけでは越えられないものがある。


 第一声、それを紡ぎ出す理由はただの意地だったのかもしれない。ビビリ、なんて誹りを打破したかっただけなのかもしれない。

 だが――。


 まるで興味を抱かず、呆れたようにアルスは肩越しに視線を向ける。


「嫌だ。というか誰だお前」

「――!!」


 ビクッと肩を震わせたシュルトは小動物のように身体を強張らせる。

 そんな下級生を可哀想に思ったのか。


「アル、一度会ったことあるじゃないですか。ノワールといた」


 ロキの説明はシュルトにとってまさに助け舟であった。泥の船でもなく、木を組み合わせた筏でもない。その時は何よりも頼もしいと思えてしまう一声であった。


「あぁ、あいつらをシゴイていた時にノワールと観戦していた奴か」

「えぇ、その後も度々見ているようでしたよ。コソコソしながらですが」

「…………」


 実際、コソコソと盗み見るようにしていたのは事実なのだが、問題は初対面の時ではないことだ。人類の英雄とさえ呼ばれたその張本人が学院に戻り、一時騒然となった。それから数日しか経っていないのだからまだ記憶に新しい。


 その初対面ではなく、シュルトとしては二度目。メインを捨て石に使った訓練場でのことを言っていたのだ。というよりも気づかれていたことがシュルトとしては非常に恥ずかしい。

 シュルトは前髪で視線を遮るように俯く。



 

・「最強魔法師の隠遁計画」書籍化のお知らせ

・タイトルは「最強魔法師の隠遁計画 1」

・出版社はホビージャパン、HJ文庫より、2017年3月1日(水)発売予定

・三巻は2017年8月1日 発売予定

・HJ文庫様の公式サイト「読める!HJ文庫」で外伝を掲載させてもらっております。

(http://yomeru-hj.net/novel/saikyomahoushi/)

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― 新着の感想 ―
[良い点] 嫌だ。誰だお前って…w ちょっといい気味。 無数の魔法と本命攻撃の同時攻撃とか意識を逸らす魔法戦術はいいと思う。けどいかんせん性格が…。 ノワールも存外優しいね
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