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最強魔法師の隠遁計画  作者: イズシロ
第4章 「苦悩と想いの果てに」
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豪華な懇親会の誘い




 リンネはあくまでも式典として厳粛なものではない、と口では言うが、実際問題シングル魔法師になる者は例外なく癖の強い傾向がある。

 しかし、その必要性も同時に理解できるのだ。元首の意向といえば聞こえは悪いが、システィ然り7カ国が抱える最大の問題が解消された今、国同士の協力は欠かせない。


 【第三のバベル】その存在がもたらす防護壁の効力は旧来の、クロノスを使った【バベル】よりも劣る。これは厳然たる事実だ。これまでは魔物が上位と認めるクロノスの魔力が侵攻を阻んでいたが、今ではアルスの魔力情報体の一部を使うことで同等の成果を挙げているに過ぎない。

 魔物が上位種――高レート――に従う習性を利用したものだ。いわば本能的な恐怖を煽ったという単純な理屈であり、それは諸刃の剣でもある。国内に強力な魔物の部位を消滅させずに持ち帰るのだから。


 魔物へと変貌したラティファの存在が最もクロノスに近いことを考えれば【バベル】と同等以上の物を作り出すことは理論的に不可能なのだ。



 ついては、今回の会合――リンネ曰く懇親会――はある種、協定の趣が強いのだろうとアルスは推測した。おそらく正式な手続きはなく、寧ろ国内の情報交換などが主な目的なのだろう。その上で国内最大の戦力たるシングル魔法師を手土産に暗黙の内に結ぶ協定……【7カ国連携協定】、そんなところだろう。


 手始めにこれまで秘匿性の高かったシングル魔法師が国家間で情報共有されるということだ。本来ならば【7カ国会合】、親善魔法大会の承認時に集められる元首とシングル魔法師の会合がその役目を果たしていたはずである。今回はシングルが決まった時期の問題なのだろう。


 中身を見ずにアルスは招待状を眺める。そう、気掛かりなのはアルスが呼ばれるということだ。

 それに加えて……信書の封蝋には見慣れない金の印が押されている。


 リンネが持ってきたものだからてっきり送り主はアルファ元首であるシセルニアだと思っていたが、どうやら違ったようだ。

 眉間に皺を作るアルスの疑問に答えるようにリンネは補足説明を加えた。


「そちらの送り主はイリイス会長になります。アルス様はアルファの学生でもありますので、シセルニア様がお渡しするよう、お預かりしておりました」


 実際、協会会長たるイリイスとシセルニアは一度会っている。いや、それはアルファの元首に限ったことではないのだが。

 そこで交わされた交渉や取り決めの中でシセルニアはいくつかの成果を得ていた。その一つがこの招待状である。イリイスとシセルニアの間でのみ取り決められた密約……その第一歩がアルスへの招待状をシセルニア経由で渡すことだった。


「ではこれはイリイスからということでいいですか?」


 指で挟んだ招待状をアルスはぞんざいに掲げて問う。


「はい、そちらに押されているのは新たな組織を7カ国が正式に認めた証としての王印になります。とはいいましてもすでに王印の意味の多くは失われておりますが」


 王印とはいわば旧バベルのアクセスキーである。今となっては元首の認印のようなものだ。

 しかし、これが持つ意味は大きい。他国への不干渉、中立を掲げる協会にとってその力は早くも一国に匹敵するものであると7カ国が認めたことにある。無論、その最大の要因はシングル魔法師の頂点に君臨するアルスの存在があるのは確かだ。


 であるならば、今回のような会合にアルスが呼ばれるのは必然。もっともイリイス自身が出席するのは確かに憚られる面もあった。彼女自身、表現を捻じ曲げられたこの懇親会をそのままの意味で捉えていないはずだ。


 だからこそ、アルスだけでも出席させなければならない、と判断したのだろう。協会の立場としては不介入を貫かなければならず、実際問題としてやることがないのだ。せいぜいがシングルの戦力を大まかにでも知る程度……わざわざ時間を割いてまでいく意味を見出だせなかったのだ。


 それに協会所属とはいえ、シングル魔法師であるアルスが出ないわけにもいかない。であるならば、協会の方針や中枢、意思決定に関与していないアルスならば送り出しても問題はないのだろう。


「ふぅ~そういうことか」


 招待状を懐に仕舞い込んだところで――。


「アル……そのぉ」


 言い難そうにしてロキは仕舞い込んだ招待状の位置を見る。

 何を言わんとしているのか、アルスにはすぐにわかった。確か以前の会合の時も同じようなやり取りがあったはずだ。


「リンネさん、同伴は?」


 アルスの問いかけにリンネは微笑を浮かべて答え、視界の中に嫌が応にも入り込んでくるシスティの勘ぐるような厭らしい笑み。


「それについては問題ございません。イリイス会長は出席されないようですし、付き添いも大勢でなければ許可されております。そういう意味でも懇親会なのです。あまり他国同士で情報を交換する場というのはこれまでありませんでしたから」

「ありがとうございます」


 礼を述べたのはロキであった。彼女が懸念していた置いてけぼりは解消された。


「では、アルス様はご出席ということで」


 屈託ない笑みは誘導されているような気すらアルスに抱かせる。今更不参加とも反骨精神を発揮するわけにもいかず「気は進みませんが」と言うのがやっとだった。

 それすらも見透かされたような微笑で返される。


「では俺はそろそろお暇させていただきます」

「わざわざご足労いただきありがとうございます」

「手間が省けて何よりです」


 軽く溜息をついたアルスはそのまま出ていこうとしたが、ふとその足が止まり振り返る。


「理事長、そろそろ二人を外界に連れて行こうと思うのですが」

「へぇ~もうそんなところまでいったの?」


 素直な驚愕で返すシスティは実際、軍と同じように外界に出すのは早いと思っていたのだ――精神的な意味でも。

 二人という言葉は理事長やロキには伝わるが、この場のリンネにはピンと来なかった。それもそうだろう、まさかアルスが生徒を教育しているなど夢にも思っていないはずだ。


 だが――。

 小首を一瞬だけかしげたリンネは。


「そういえばアルス様は教え子をお持ちでしたね」

「…………えぇ」


 どこでその情報を仕入れたのか、アルスが思っている以上に広まっているようだ。学院内然り、押し付けた張本人である理事長然り、あえて隠す必要などないのかもしれないが。

 すでにテスフィアとアリスは【7カ国親善魔法大会】で有名なのだから。

 アルスの知らないところで、すなわち他学院では第2魔法学院の代名詞的な存在となっているのだ。


「私としては生徒に無茶なことはさせられないけど、軍は許可を出さないんじゃない?」

「いえ、その辺りは協会の依頼を受けるつもりです」

「なるほどね。でも、協会のテスト運用である、調査依頼はまだ終わってないわよ。あれは生徒を外界へ出すためのテストだったと思っているんだけど」

「そのはずです。なので、正確には二人を依頼に組み込むことはできませんよ。俺とロキが受ける依頼に彼女達を同行させるんです。そんな抜け道も本来なら使えませんがね」


 アルスに許された特権、もしくはシングルに許された黙認とでも言うのだろうか。どのみち、二人を連れて行く条件として報告書の提出が協会側から求められている。学院の生徒でも外界に出るだけの力を示すことだけが目的ではない。

 起こりうる問題点を事前に察知できるのであればそれに越したことはないし、いずれにしろサンプルモデルは多いほどいいのだ。ただ、そのためのリスクヘッジにかかる費用は馬鹿にならない。


 理事長の許可さえあれば後は、何も問題はない。


「今年の一年生は課外授業を出来なかったから、正式に学生でも外界で依頼を受けることができれば補填もできそうね。課外授業をやり直すという手段もあるけど行事とかぶるのよね。ま、そんなわけだから、ちょっと課外授業の現地視察もお願い出来ないかしら?」


 言葉のニュアンスや表情、それらを総合的に判断すると決定事項のようにも聞こえる。もっとも、課外授業が行えなかった最大の原因はアルスの一連の事件があったからだ。

 さすがのアルスも頬を引き攣らせつつ頷く。これで許可みたいなものが下りたと思えば……。実際は駆け引きにすらならず一方的に丸め込まれただけなのだが。


「わかりました。依頼の都合上、アルファ近郊ということでもないので、それは別件として請け負います」

「無償で?」

「有料です。料金設定は正規魔法師と同額で構いませんから。それとできれば協会に依頼の発注をしていただけると助かるのですが。一応協会所属魔法師ということになりますので」

「わかったわ」


 理事長の含んだ笑みをアルスは細めた目で見返す。システィの方が世の中を渡る上で一枚も二枚も上であり、その差が縮まるのはもっと先のことだろう、アルスに思わせた。


 一方でそのやり取りを眺めていたリンネは「私がこんなことを言うの変かもしれませんが、大変そうですね」と当惑したような苦笑が口元に浮かぶ。


「それをいうのでしたら、是非その目を調べさせていただけると俺の気も晴れるのですが」

「あ、え~っと……会合までは少し立て込んでおりまして」


 墓穴を掘ってしまったというふうに、視線を逸らすリンネは咄嗟に思いついた理由を防壁代わりに並べた。


「とはいえ約束は約束ですからね。忘れていないのならば結構ですよ」

「も、もちろんです! シセルニア様とのお約束ですから私が反故にするわけには……アルス様……できれば痛くしないでいただけると……」


 歯医者を怖がる子供みたいにリンネはもぞもぞと身動ぎしながら頼む。


「ただのデータ取りだけですよ」


 一抹の不安を残しつつも、ホッと胸を撫で下ろすリンネであった。

 



 

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