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最強魔法師の隠遁計画  作者: イズシロ
第4章 「苦悩と想いの果てに」
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不吉な招待状



 それからの数日間、アルスは主にテスフィアとアリスの訓練をより実戦に近いものへと変えた。

 死の淵、その一端を垣間見た二人は攻撃に対する危機感を植え付けられた、ということなのだろう。


 つまるところ、相手の攻撃に対して警鐘を鳴らす。その感度をアルスは引き上げることに成功したのだ。


 訓練場の置換設定値は通常に戻してあるが、一度植え付けられた潜在的恐怖心は常に心の片隅に存在する。防御すべきか、攻撃に転じるべきか、はたまた確実に回避すべきなのか、そういった判断が訓練場の置換に左右されることなく本能的に判断ができつつある。


 訓練場は魔法技術向上や、対人戦の練習には役に立つが、システム上の落とし穴は外界へ出るに当たって弊害にしかならない。

 頭痛程度のダメージならば回避を選択しづらい癖のようなものが染み付いてしまっているのだ。


 一度、訓練場から出れば、その攻撃は確実に生命を掠め取っていくというのに、慣れ親しんだ感覚は判断に致命的な遅延を生じさせる。


 目に見える成果としては……そうアルスとの模擬戦で二人が立っている時間が明らかに以前と比べて長くなったことだろうか。

 即席では連携の訓練は積まず、実戦形式の戦いの中で少しずつ培っていく。彼女達はただ一つ、外界に出るために必要な警戒心を養っている。


 ひとまず、死なないための訓練とでも言えるのかもしれない。


 そして最近では訓練場の観客席は日を追うごとに空席を見つけるのが難しいほど、満員御礼となった。席に優劣があるとすれば同区画内は最前席といったところだろう。

 ちなみ、訓練場でまともに訓練しているのはアルスたちだけだった。


 幸い放課後ということもあり、埋め尽くされる観戦席、その原因を作っているアルスにお咎めはない。シングル魔法師の訓練など大金を積んでも見られるものではないため、生徒たちの眼差しは一層真剣味を増す要因となった。

 【7カ国親善魔法大会】に近い様相を呈していたのはいわずもがな。違いを挙げるとすれば、熱に浮かされた歓声はなく、代わりに厳かとさえいえる静寂が毎回重たく充満している。


 時折、疲れたような溜息が生徒たちの間で重なるのは仕方がないことなのかもしれない。


 兎にも角にも、アルスは着々と二人の教え子に対して外界へ出る準備を進めていた。

 訓練がいつもより早めに終わり、一斉に観客席にいた生徒が蜘蛛の子を散らすように退場していく。無論、根底には気を遣ったというのがある。もっとも心情的には許可を得ているわけではないので、やや後ろめたいからでもあった。


 それに加えて、一年生が働いたという失礼極まりない行いはすでに学院中に知れ渡っていた。きっとそのせいもあるのだろう。彼らは一様に機嫌を損ねないように配慮していたのだ。

 故に校舎内でも話題の生徒に対しては嫌悪感すら抱いていた。シングル魔法師と一学生の間で起きたいざこざは曲解され、かつ善悪の二極に区別されている。


 入学当初のアルスに向けられた不真面目な生徒と学年トップクラスのテスフィアとの間で起きた事件も似たような状況を生んでいたはずだ。つまり、経緯などはまるで問題視にされないのだ。対立が起これば当事者の位によって見方は大きく傾く。

 

 端的にいえば、全校生徒が集まっているようなこの大勢の生徒の中にフィオネやメインの姿は数日の間に一度も見ることはなかった。


 テスフィアやアリスも学院内で何度か見かけたこともあるが、あれ以来どこか余所余所しさを感じていたのだ。メインはなんとか誤解が解け、いつも通りであるが……やはり二人が学院内で浮いてしまうのは仕方のないことだった。


 ひどくショックを受けている様子のフィオネはアルスとの一件以来、暗雲を表情に蟠らせていた。話をする分には問題はない。避けられているということでもないのだが、やはり元気はないようだった。

 テスフィアもアリスも詳しい事情までは知らないが、今、フィオネは学院内で特に孤立していた。


 三人組と括られる中で、やや距離を置く少年は別行動を取っていた。今日も今日とて、訓練場から人混みに紛れて収穫を得た少年が出ていった。




 早めに訓練を切り上げたアルスたち――特にアルスとロキは珍しく二人揃って本校舎へと赴いた。


 アルスとしてはできれば誰にも気づかれずに最上階へと行きたかったが、その可能性は未来永劫叶わないのかもしれない。

 それでも放課後であるため、幾分生徒の数も少ないようだし、向けられる視線の数もやや少なくはある。


 本校舎最上階へ用があるとすれば、目的の人物はたった一人しか思い当たらないだろう。

 できればあまり関わりたくもないのだが、予感的な意味合いでアルスは先んじて理事長室へと向かっているのである。というのもテスフィアとアリスの訓練中、アルスとロキの両名はこの学院に訪れた人物に気付いたからだ。


 その者が理事長室にいるとなると十中八九、アルスも無関係ではない気がしたのだ。


 何よりもその来訪者はおそらくアルスが向かっていることに気づいているだろう。


 注目を集めながら階段を上がっていくアルスの隣で、ロキは従者然とした様子ではあるものの、彼女も気掛かりなのか眉に力が籠もっている。不穏な予感をロキもなんとはなしに感じているかのようだった。

 二人は無言で理事長室前に到着すると同時に扉が開く。


 アルスもロキも特に驚きはしなかった。


「お久しぶりですアルス様、ロキさん」


 従者然という言葉とは別にこちらは間違いなく従者である。トレードマークのメイド服、その上からアルファの象徴たる国旗入りのガウンを着ており、特使のような高級感が漂っていた。

 夜会巻きの髪型は艶やかに項を曝け出していた。


 扉を開けて真っ先に彼女のアルカイックスマイルに出迎えられれば悪い気はしないのだろう。それほど洗練された笑み、それほど他意のない微笑。

 言わずもがな、リンネ・キンメルその人である。彼女ほどの礼儀作法を身に付けた者を前にその振る舞いからは何も探ることはできないだろう。


 誘導するように入室を許可する聞き慣れた声がリンネの奥から鳴った。

 「手間が省けたわね」とそんなアルスの予想を裏付ける声も添えられていたのは実にシスティらしいのかもしれない。 


 あまり踏み入れたくない領域なのだが、仰々しく腕を広げたリンネは入室を促す……何より抗い難い強制力は感じることすらできない。極自然にアルスの足が動き出すのは彼女が持つ技術の極致なのだろうか。

 魔法でもないのに、不思議と誘導されていた。


 すでにアウェイ感が理事長室から漂い。これが仮にゲームであるならば覆しようもないほどの点差を付けられている気分である――それも始まる前から。


 背後でロキが一礼してから続き、カチャッとリンネによって扉が閉められた。それは最小限にまで抑えられた音を微かに室内に響かせた。


「俺に用があったふうな口ぶりですね」


 アルスの単刀直入な言葉に対して返事をしたのは背後のリンネだった。彼女は対になったソファー前のアルスを追い越して、執務机に座る理事長とアルスの間に立つ。


「はい。今回はシスティ理事長ではなく、アルス様へのご用向きだと考えていただければ」


 軽く目を伏せるリンネからはやはり何も探ることはできなかった。柔らかい目元は彼女がこれから語る内容について大凡の予想すらさせないものだ。単純な依頼であるとか、式典の参加の打診だとか、はたまた警告の類いなのか、そういった内容の傾向すら抱かせない。


 学院の生徒であったならば教師の顔色一つで叱られるのか、程度の察しは付くものだ。

 なのでアルスは一先ずシスティの顔色を窺う。そう、歳の割には表情に出やすい彼女から内容を汲み取ろうというのだ。もっとも【魔女】の異名を持つシスティであるからして、意図的に表情に出しているのかもしれないが。


「人の顔をジロジロ見て、失礼ね。皺なんて一つもないわよ」


 指先で目尻の皺らしきものを伸ばして見せるが、実際変な顔になっているだけ、本当にないものは伸ばせなかった。


「…………いや、それはそれで歳を考えれば無い方がおかしいかと」

「永遠の美貌を保つ秘訣……知りたい?」


 男のアルスには全くもって魅力のない言葉だ。そもそも永遠という言葉ほど信用ならないものもないだろう。ただ、システィの年齢と容姿があまりにも大きな隔たりがあるのは事実だ。その絡繰りまではアルスでも検討がつかない。

 話があらぬ方向に脱線しようとしているので付き合わないように「結構です」と言おうとした直後――。


「「はい!!」」


 アルスの斜向いにいる元首側近と、背後の銀髪少女から迷いない言葉が同時に飛んだ。

 どちらも皺だなんだと気にするには若いはずだが、美貌という言葉には女性を虜にするだけの威力があったようだ。


「……それは今じゃなくてもよくないか?」

「…………」


 ある種、本能的な脊髄反射に近い返答だったらしく、我に返ったロキとリンネは一度だけ視線を交わらせてから頷く。

 システィの若さ溢れる外見は魔法師界隈では最大クラスの謎とされていた。正直なところ女性に限っていえば、極意的なものがあるならばそれは目からウロコである。

 さしもの聖女ネクソリスでさえ老化を食い止めることはできなかったのだから。


 二人の間で交わされた視線の意図は大凡、要件が済んだらということらしい。


 仕切り直すため、意図的にリンネは「コホン」と取り乱したことを詫びる意味も込めて空咳を一度鳴らした。


「研究室の方へ一度伺ってみたのですが、不在でしたのでシスティ理事長にご挨拶も兼ねて」


 リンネが学院に来ていることを知ったのは彼女からのコンタクトがあったからだ。魔眼による異質な視線の使い方としては間違っているような気がするが。

 さすがにシングル魔法師などの魔力の漏れや、異常性を感じない限り逸早く察するのはアルスでも難しい。


 一度、向きをアルスへと変えてリンネは居住まいを正す。


「今回のご用件ですが……空席だったシングルの席が全て確定いたしましたことをご報告いたします。それにともない、会合の開催をお伝えに参りました」


 軽く会釈するリンネはその招待状を両手に乗せて差し出す。

 ニッコリと微笑んだ彼女は。


「懇親会だと思っていただければ……」とそう付け加えてアルスの出席を促すのであった。



 

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