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最強魔法師の隠遁計画  作者: イズシロ
2部 第1章 「因果」
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過去の解明

 今日は一応登校日になっている。

 端的に言ってしまえば終業式だ。授業は試験前に規定の回数を終えているし、成績表も配布された後なので実際登校するのも馬鹿馬鹿しい。

 理事長が夏休みの過ごし方などを簡潔に述べ、魔法師としての意識を高く持つようになどとつらつら液晶の向こうで言って終わりである。


 掛かった時間と言えば1時間にも満たないのだ。


「来るんじゃなかった」


 欠伸を堪えたアルスが憂鬱な顔でひとりごちた。


「そうですね」


 後ろで可笑しくロキが微笑む。こうして見ると本当に一学生であるかのようで彼女からしてみれば任務以外での一面が一々新鮮に映るのだ。


「今日は調子悪そうだし行くのやめようか? 自室でもできるし」

「いいのよ。どうせ夜更ししてたんでしょ」


 いつの間にか横にいる二人をアルスは辟易した様子で横目に見る。

 ニュアンス的に遊んでたと言っているようなものだが、寝ていないのは事実なのでアルスは反論出来なかった。


「アリス、いつも通りで構わない。お前は帰省するんだろ。こんな所で油を売ってて良いのか?」

「時間はまだあるから急ぐ必要はないのよ」


 舌打ちしたい気持ちを抑えて、研究室へと向かう一行。


 テスフィアとアリスはそのまま通り過ぎ、女子寮へと分かれて行く。


 自室へと入ると待っていたように通信を知らせるアラームがタイミング良く鳴り響いた。


 焦る素振りを一切見せず……寧ろ鳴り止むことを祈るようにたっぷりと時間を掛けて液晶の受話器ボタンを押す。


「ロキ、そのままでいい」


 気を使ったロキが画面から外れようとしたのでその必要はないと許可をする。その代わりに扉にロックを掛けさせた。

 端末を耳に押し当てる電話ではなく、お互いの映像が映し出されての通話。対面している形での通信でもアルスはいつも通りだった。


 しかし、嫌な予感はこの通信回線を知っているのが理事長と軍関係者の一部だけだからだ。それも総督べリックのみだと言ってもよい。


『早く出たまえ』


 呆れ混じりの声は液晶に映し出された初老のものだ。


「失礼しました。終業式でしたので」

『ふむ、学業に励んでいるようでなによりだ』


 本心ではないだろう。

 単位を落としていれば問答無用で復帰させたに違いない。


『ロキ君も無事にパートナーの座を射止めたか、これで心配事が一つ無くなったということだな』


 白々しいとアルスは思った。すでにライセンスにもパートナー登録が済んでいるのだから総督がそれを知らない筈はなかった。


 総督は以前から口を酸っぱくしてアルスにパートナーを選ぶように言っていたのだ。

 無論アルスには必要がないとわかっていたから強制力はなかったのだが。


「それよりも何か? 確認のためのではないでしょう?」


 アルスはさっさと終わらせるべき本題を急かした。


 画面の向こうで皺が濃くなる。総督は難しい顔をして口を開いた。それはアルスの狙い通り本題を切り出すという兆候。


『仕事だ』


 わざわざ連絡を取ってきたということは重要な案件であり優秀な人員を必要としているか、アルスにしかできない仕事のどちらかだった。


 こういう時に所属している身としては嫌気が差す。学院に入れられているものの、未だ軍属のアルスとしては断ることができない。

 それでも――。


「俺は忙しいのですが」

『内容だけでもまずは聞けアルス』


 元々断る気がないので、そのまま先を促すべきつぐんだ。


『ターゲットはグドマ・バーホングという学者だ』

「人間ですか」


 ロキの驚きが少ないのはこれを知ってのことだった。総督がパートナーになる直前に話していたことでもあり、それが条件でもあったのだ。

 無理を通したロキはパートナーになれなければ、一生を軍での任務に捧げることで押し通したのだ。そのつもりはなかったが。



 ターゲットが人間……裏の仕事ということだ。アルスが軍からの縁を切れないもう一つの要因。

 魔物を退ける絶対的な力に加え、国内の凶悪な犯罪者の抹殺をも請け負っていた。

 それはただの犯罪者ではなく軍に関わりの深い事件が多く、おおっぴらにできないものがアルスへと回って来るのだ。


 治安部隊もあるのだが、軍の一形態であるのに対して所属は非魔法師が多い。

 軍が魔物からの国防を任としているのに対して国内の治安を維持する部隊が組織されている。通称【治軍】と呼ばれる組織と対魔物を標的にしている外的脅威排除部隊【外軍】と正式名称として呼ばれる二つに分かたれている。

 それでも魔物を相手にする外軍に重きが置かれており、実施的にはその位置づけとして差があるのは事実だ。最終的な決定権は総督に一任されている。

 今回の魔物以外の任務は基本的に治軍の担当なのだ。


 それでも手を焼くほどの重犯罪者ということなのだろう。

 

 画面の隅に顔写真が表示された。

 次々にプロフィールが出される。

 歳は40間近だが、映し出されたのは当時の写真なのだろう30代ということだ。

 細身で縁無しの眼鏡、髪も短いがその顔つきはやはり学者特有の細面で狡猾そうな印象で、瞳の奥に貪欲な光をアルスは見た。


『人体実験を行った罪として指名手配していたのだが、雲隠れされて居場所がずっと掴めずにいたのだ』

「それで今になって尻尾を掴んだと」

『あぁ、奴はどういうわけか子供を集めていた』


 なるほどとアルスは納得と二つの疑問を浮かべた。それで足が付いたのかと。


「何故今なのです?」

『そこまではわからんが、奴は今まで実験を続けていたのではないかとみている。それが実ったのではとな』


 もう一つの疑問。


「で、なんで俺なんですか?」


 話を聞く限りでは早急に手を打ちたい人物だろう。だが、肝心なことを蔑ろにされたまま引き受けるのは癪というものだ。


 べリックは溜息を吐いた。それは苦虫を噛み潰したような顔で吐かれた。


『相変わらずだな』

「どうも」

『表には出せん』

「つまりは人体実験が発覚した時、軍は内々に処理したということですか。それが今になって明るみに出れば言及は避けられないと……要はミスっただけでしょ」

『そうだ。言い訳はせん。あの時はそうするしかなかったが、迂闊だったと思ってるよ。それでも……』


 総督が言い訳がましく言うのも相手がアルスだからだろう。お互いにこれでも長い付き合いだ。


『今、軍の権威を失墜させるわけにはいかんのだ』

「でしょうね」

『他人事じゃないぞ。そうなればお前とて復帰せざるを得なくなる』

「…………」


 よく言うとアルスは思った。何かあればすぐに復帰させる気満々のくせしてと。

 尻拭いだとしても不利益を被るのはアルスも同じだ。

 今の場所も言ってしまえばべリックが総督だからこその配慮でもある。


『資料は全てそちらに送っておいた』


 アルスは別の画面でそれを広げた。

 ざっと目を通す。


「――――! わかりました」

『助かる。指定の日時は遵守、方法は任せるが……』


 アルスはその後を聞かずとも頷いて首肯した。

 いつものことだ。暗殺しろということだ。


 それだけでも相当手を焼いているなとアルスは悪い笑みを浮かべた。


『健闘を祈る』


 と通信がフッと途絶える。


「思ってもないことを」


 それよりも、とアルスは開いた資料をもう一度見返した。


(エレメント因子分離化、か)


「どこまでも勝手な」


 横でロキが憤慨するように言った。黙って聞いていた彼女だが、かなり我慢していたようだ。


「そう言うな今に始まったことじゃない」

「ですが……」

「総督に貸しを作るにはちょうど良い。それに研究者としてこいつにも少し興味がある」


 正確には研究データにだが。



 ♢ ♢ ♢ ♢ ♢



 アリスが来たのはお昼に差しかかってからのことだった。


「アルも来ればよかったのに」

「たかだか一週間程度の帰省で見送りなんて大げさなんだ」


 アリスはテスフィアの見送り後に研究室へと赴いていた。


 とは言え、アルスはしみじみとこの静けさを満喫している。一人五月蝿いのがいないだけでこうも気が楽だとは思っていなかったのだ……今度からスケジュールを組もうかと悩むのだった。

 延いては次の段階までは勝手にやってもらうという方向で。


「さて、何はともあれあのじゃじゃ馬がいなくなったのは好都合だ」

「アルも大概ひどいよね」


 冗談の類でお互いにそれがわかっているから、ムキになることはない。

 アリスも慣れたのか呆れの色が濃かった。


「いや、都合が良いのはお前のほうだぞ」

「えっ!」


 アルスは射影機のような機材を広げ、


「ロキ、悪いが席を外してくれ」

「……!」


 アルスの一言に驚きを示したのはアリスだ。ロキはわかっていたように目で了承の意を伝えると部屋を出た。


「…………」


 何かを察したのかアリスは喉を鳴らして出ていくロキを見ていたが、すぐに顔を戻すと立ち竦んだ。


 アルスがしなければならないのは確認だ――研究を進めるための。


「魔力を解析していて気付いたことがある。もちろん契約の通り詮索するつもりはないが、続けるには報告しなければならんというだけだ。原因や心当たりがあるんなら知っておいて損はないがな」


 さすがにそこまで無理強いすることは出来なかった。

 仮想に投影されたキーボードを叩き、アリスの横にスクリーンが表れる、そこに魔力の文字列が凄い勢いで流れていてく。

 何万という文字が過ぎ去った辺りでピタリと停止する。


「……!?」


 アリスにもそれが何を意味するのか分からずとも不自然なのは理解できたのだろう。


 アルスはスクリーンの前まで来ると行を示した。

 それは文字がぼやけたり、塗り潰されたり、空白になっていた。


「本来どんな形であれ、魔力の情報は文字や記号で表される」

「うん……」

「この部分に関して言えば変換出来ていない。つまり欠損があると考えるのが妥当だ」


 情報体の劣化ではなく、欠損。


「心当たりは?」

「…………」


 いつの間にかアリスの視線は下に向いていた。顔色も優れないようだ。


 アリスに心当たりは……ある。

 口を開くことが出来なかったのは、人体実験を受けた経歴があるからではなく、それによって両親のことを思い出したからだ。


 アルスも今の彼女を見て察せないほど鈍感ではない。


「最初にも言ったが詮索するつもりはない」

 

 心当たりがないのならば知らせておかなければならないということだ。


「欠損があるってことは魔法師としても……」


 哀愁を漂わせたアリスが僅かに開いた口から紡いだのは魔法師生命を危ぶむものだった。


「いや、気にするほどのものでもない。まったく影響がないわけではないがな」

「良かった」


 一先ずの安堵を示したアリスだが、まったくでない部分は明かさなければならない。


「少ない影響についてだが、情報の欠損は魔法の持続時間に影響をもたらす。幸い古いこともあって他人と比較しても明らかな差がでるわけではない。元々劣化については訓練でどうこうなるものじゃないしな。ただ内的な情報は年齢とともに密になるがアリスの場合は欠損が邪魔をしてそれより以前の情報を辿れない」


 それほど差がないと言った辺りでアリスはホッと胸を撫で下ろした。その後については聞いていても理解できたかは怪しい。


「まぁ簡単に言えば魔力が若いってことだな」


 かなり雑な例えだが、実際深刻に考えるほどのことでもない。


「若い……」


 この単語に頬を綻ばせるのは若くない女性だけだろう。

 だが、アリスも少なからず深く考えずに済んだと言えた。


 簡単に説明したものの、アルスの気が優れないのはこの欠損が人為的なものだったからだ。

 普通に生きていれば欠損なんてことにはならない。

 そしてアリスの体に手術痕があるのは体をスキャンした時点でわかっていたことだ。

 それ自体は珍しいことじゃないが、現代医学で治癒魔法と呼ばれるものは存在している。


 何が言いたいか……自己治癒能力を促進する程度のものだが、跡が残ることはない。


 さらに言えば自己申告でもしない限り外見ではわからないのだ。


 


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