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最強魔法師の隠遁計画  作者: イズシロ
第3章 「メメント・モリ」
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あるものをなかったものに




 落ちる血塗れの短剣、その乾いた音が区画内に響き渡った。

 アルスは右手首を押さえて、珍しく疲れたように腰を落とす。


「アル、手を……」

「すまん」

「全くです。フリンさんがいるからなんですよね。じゃなきゃ許しませんから」


 すぐに治せるからこそ傷を負った。自傷行為にも等しいのだから、やはりロキからすれば許せるものではない。しかし、ロキの問いにアルスは無言を貫いた。言葉の通り、彼は申し訳ないと感じていたのだから。


 傷口を握り込むように拳をゆっくりと開かせていく。パックリと割れた傷口から溢れ出る血を見て、ロキは嘆息する。彼の全てを知っているようで、まだまだ距離が遠い。


 こんなに傍にいるのに、彼の心中は読めなかった。それが少し悔しくて、何より神様にでもなったつもりの自分が恥ずかしかった。わかりたいのに、わかってあげたいのに、それが越えられない壁として二人を隔てている。


 それを通り抜けることは無理なのだろうか、してはいけないことなのだろうか。全てをわかってあげることはできないかもしれない。けれど、知ることは難しいことじゃない。

 だから……言葉を用いるのだ。言葉の壁は心の壁よりも随分と薄っぺらいのだから。


「アル、ちょっと深くやりすぎましたね。骨まで到達していますよ。それと……ちゃんと教えてください。でなきゃわからないです」

「本当にそうか?」

「…………?」


 口元に優しげないつもの笑みを貼ってアルスは手を握るロキの顔を肩越しに見た。


 その顔をずるいと思ってしまうのは、いつものことだ。こちらは何も察してあげることができないのに、彼はこちらの心を見透かしてくる。だが、今日はそれで済ますつもりはロキになかった。ただ、一瞬の間が降りたのは確かだ。


「いつもならお前が割って入っただろ? 訓練場とはいえ、不意打ちも良いところだしな」


 ずるいとか、狡猾だとか、そういう話ではない。何が面白いのかアルスは頬を上げたままだった。心配する身にもなって欲しいのだが、とロキは要領を得ない返答にムスッと頬を膨らませる。


「なんとなく、わかったろ。彼女は普通の中の正しさに囚われているんだよ。それで自分を殺してるんだ」

「AWRの魔法式がおかしいのもそういうことでしょうか?」


 コクリとアルスは頷き返す。

 こちらに向かってくるテスフィアとアリスの二人の姿を視界に収めて一緒に説明してしまおうとアルスは考えた。だが、テスフィアの表情は珍しく読みづらい。色々な感情がごちゃまぜになっており、言いたいことが多すぎるといった顔になっている。


 一方のアリスはただ、絶対的な権利を主張する力強い表情。なんとしてもアルスの言動の理由を問いただす気満々だ。普段の二人が入れ替わったような、そんな気さえする。


 アルスは二人が向かってくるついでに落ちているフィオネのAWRを持ってこさせた。


 無言で受け取り、血に染まっていない方の短剣に目を向ける。


「同じ、魔法式だな。というか魔法式の基盤とでもいうべきか。個人のAWRにしては上等なものだが、安もんだな。系統式ですらない。お前らが気づかなかったのは当然か。どういうわけか、このAWRは魔法を構成するための根幹部分しか刻まれていない。AWRとさえいえない不良品だな。彼女もそれはわかっていたはずだ」

「だから、肉体にダメージが……でもフィオネだって訓練は初めてじゃないよ」


 真っ先にアルスの分析に対して疑問を投げたのはアリスだった。

 下級生への手解きをする、とはいってもフィオネの面倒は比較的アリスが見ることが多かったのだ。その時は遅くとも魔法を構成していたはずだった。


「基礎部分でも魔法を構成することができる。そもそもAWRがなくても魔法は構成できるんだからな。同様に彼女の魔力は付与まではされる」

「でも、AWRを覆う魔力の劣化が激しい」


 ロキの補足を得て、アルスは「そうだ」と肯定した。しかし、その最大の原因はAWRにではなく、彼女自身にある。魔力とはその者の情報を色濃く内包している。故に劣化が激しい理由は彼女の方に問題があるのだ。


 彼女がアリスの教えを受けている、というのも何の因果だろうか。これも巡り合わせとして考えれば、アルスは自分の行いに後悔はしないはずだ。彼の知る限り成長を阻む壁というものは本人が乗り越えられる高さになっている。でなければそれは壁ですらなく、道そのものが途絶えているということだ。

 

「正直、俺はもう関わりたくはない。これ以上は何もできないからな。俺が知り得たことをお前たちに言ってやるのは簡単だが、きっと何も解決しないだろう。それでも納得したいなら、そうだな。アリス、フィオネの系統は知っているか?」

「うん、一緒に訓練していたんだから……フィオネは風系統だよ」

「そうか…………じゃ、一つ教えてやる。フィオネの系統は風じゃない」

「えッ!?」


 驚愕の表情を浮かべるアリスを置いて、テスフィアがずいっと詰め寄った。


「ちょっと、どういうことよ! なんでフィオネがそんなことをしなきゃいけないのよ。魔法師を目指す、のに……何で自分の系統じゃないのに磨いて……」


 鬼気迫る表情は次第に思考回路を稼働させ、深く沈んでいく。自分で口に出して気付いたのだ。アルスがフィオネに対して放った言葉が脳裏に蘇ると、テスフィアの口が思い出したように口ずさんだ。


「意図的……学院をやめろ……」


 だが、結論を導き出すための情報が後一つ欠けているため、この場ではアルス以外辿り着けない。

 それを言ってしまえば答えを教えるようなものであり、それでは何も解決しない。魔法師を目指す理由は様々だが、特に彼女のような場合、自ら選択しなければ意味がない。


 系統以外の訓練を意図的に行い、彼女はひたむきに、頑ななまでに足掻き続けている。そしてアルスが学院をやめろ、と言った理由は当然ながら感情的になったからでない。寧ろその逆、学院をやめないとフィオネが後悔することを彼は知っているのだ。


「余計なことはすべきじゃない、と言ったところで、お前らはお節介だからな。だからもし何かしようとするなら、そうだな。アリス……お前が聞いてやるといい。」

「ちょっと私は?」

「お前は知らん。フィアは人を引っ張りすぎる。そういう人間は往々にして相手の決断を意図せず誘導する。今回は遠慮しておけ、お前の良いところでもあるが、悪いところでもある。安心しろ、お前だけの美徳だ」

「……ふ、ふ~ん。そうやって誤魔化すんだ。いいわよ、こ、今回はそれで納得してあげる。でもあっちはどう説明するのよ」


 テスフィアは顔を背けて、その先にいる人物を指差した。ほっそりと指が指し示す先にはフリンが額を拭って治癒を終えたところだ。ただテスフィアが言いたいのは、メインのことだろう。


「男なんだ。文句は言わんだろ。やり過ぎかどうかは知らん。治ったんだから良いだろ」


 こちらに向かってくるフリンの耳まで届いていたようで、足音がフリンの感情を表しているかのように感じられたのは気のせいではない。傍まで来ると眉間に皺を寄せて前屈みになり、座ったままのアルスの鼻先に指を突きつけた。


「そうは言っても、腕の方は数日固定して安静にする必要があります、がぁ! それと気を失っていますから、後で運んで貰わないと」


 ロキが簡単な応急処置、もとい止血をしたアルスの手を見て、フリンはコメカミの辺りを小刻みに震えさせた。


「なんだ、完治しなかったのか」

「お婆ちゃんと一緒にしないでください。まだ修行中の身なんですから」

「とはいえ、十分だろ。次は二人を見てやってくれ、俺は最後でいい」

「当然ですッ!! わざわざ傷を負うとかそんなに私に治癒されたいんですか!」

「確かに惚れ惚れする技術ではあるな。一度、近くで見てみたいと思っていたから丁度良い」

「もぉ、知りません!!」


 冗談を混じえながら鼻で笑うアルスにフリンは突き放すように顔を背ける。そしてすぐさまテスフィアの治癒に入った。


 その間にアリスは腰を直接地面に降ろしたアルスの手前まで移動して、一度だけその手の傷に視線を向ける。


「ねぇアル、どうして私ならフィオネの力になれるの?」

「なんだ、力になりたいんじゃないのか」

「そうじゃなくて……私より、アルの方が……」


 フィオネの力にはなりたい。上級生としてもそうだし、知らない仲ではない。しかし、それは最善な方法なのか、アリスには今ひとつピンとこないのだ。


「言ったろ、俺ができることは粗方済んだ。後は本人次第だ。いいか、お前らのように誰もが魔法師になれるわけじゃない。それと同時に魔法師なんてものにならなくたって十分幸せな人生は送れるはずだ。だからこそ自分で決めていくしかないんだ」


 妙に達観したアルスの弁舌にアリスの表情は次第に柔らかく、彼女本来の優しいものへとなっていった。


 それを隣で聞いていたロキもやはり何かしら言いたかったのだろうか。


「では、アルは何故そこまでして彼女に……」


 するとアルスは肩越しにでもわかるほど口端を持ち上げてみせた。


「そりゃ、興味深いからだ。それとフィオネにとって確実に無駄な時間を過ごすことになる。それがわかっているんだから正気を疑うさ。何よりも抗っていることに驚いた。世の中の普通が正しいわけじゃないのにな。それこそ外界を知る者と内側しか知らない者の間には確執ともいうべき認識の違いがある。お前らもわかってるだろ。知らなくて良いことと同時に、それは本質を見失いがちだ。彼女がどちらに居たいかで、その認識や基準は容易く変わる。いってしまえば、その程度のことなんだ」


 つまり彼女は内側を望んでいる。その表れのようにアルスには感じられた。だから魔力を拒む。


 ――それがエレメントとしての業なのかもしれない。


 小首を傾げるアリスと、なんとなくでもアルスの言いたいことを察するロキ。



 更にその奥ではこちらに背を向けてテスフィアが治癒を受けていた。

 「これ、痕になる?」と窺い見るような疑問をフリンは力強く断言する。


「大丈夫です。プライドに懸けても綺麗に治してみせます」

「う、うん……あ、ありがと」


 そんな噛み合わないやり取りをしていた二人にも聞こえるようにアルスの声は響いた。


「とはいえだ。お前らもあいつらに構っていたら本末転倒だ。こっちはこっちで訓練を進めていくからな。今日の訓練が慣れ始めたら…………次は外界だ」

「「…………!!」」




・「最強魔法師の隠遁計画」書籍化のお知らせ

・タイトルは「最強魔法師の隠遁計画 1」

・出版社はホビージャパン、HJ文庫より、2017年3月1日(水)発売予定

・HJ文庫様の公式サイト「読める!HJ文庫」で外伝を掲載させてもらっております。

(http://yomeru-hj.net/novel/saikyomahoushi/)

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