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最強魔法師の隠遁計画  作者: イズシロ
第3章 「メメント・モリ」
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何者にもなることができない少女



 ◇ ◇ ◇


 誰にもわかるはずがない。血の滲むような努力は頭の中を空っぽにできるからであり、いつかは認めてもらいたいからだ。

 そしてまた一緒に……いいや、もう戻ることなどできないのだろう。

 本当はわかっているのだ、あの親は彼女を捨てる時になんと言ったか。あぁ、そうだ。必死に泣きながら許してと懇願する少女に「気持ち悪い」たった一言、蔑んだ目で我が子に言い放ったのだった。


 酷いでしょ? 憐れでしょ? 惨めでしょ?


 記憶では7歳までは可愛がってもらったような気がする。だが、とある検査で少女の特性が判明してからというもの母も父も、穏やかな笑みを絶やさなかった表情を裏返したように口角を下げたままになった。


 それが我が子に対するものであるはずがない。それでも少女は認められたくて、一緒にいたくて……ただそれだけなのだ。

 どうせ戻ることなどできない。何故ならば、その親は少女が捨ててから八年一度も孤児院に顔を見せなかったのだから。


 それでも必死に両親の居場所を探して、やっと見つけたその場所はアルファから離れたハイドランジだった。

 少女はあの名門、第2魔法学院への入学を果たした。それが嬉しくてきっと認めてもらえる。そう思って待ち侘びた再会に胸を踊らせていたのだ。


 ほとぼりも冷め、大きく成長した今なら……そう、普通の子供より真面目で、誉れ高い魔法学院への入学も許可された。優秀な方ではないけれど、孤児院の先生はみんな喜んでくれたのだ。お祝いもしてくれた。学院の女子寮に入らなければいけないため、盛大にお別れ会もした。


 だからきっと、今なら笑顔で受け入れてくれるはず……同じように喜んでくれるはず。


 過ぎてしまえばあっという間だったが、その間自分は親の顔をこの八年一度も忘れたことはなかった。今も変わりない笑みが記憶に残っているのだ。忘れていても自分を見ればすぐに思い出せるだろう。

 そして入学の報告をすればきっと見直してくれるはずだ。


 そして街の郊外の一軒家。調べた通り、赤い屋根の家があった。大きくもなく小さくもない。二階建てのどこにでもある家だった。ただ少女が知る家でなかったのは確かだ。

 インターホンを押す直前で、芝のある綺麗な庭の奥で声がした。彼女は心の準備をしてゆっくりと回り込む。


 八年間、あの日から捨てられた今日までの間ずっと考えてきた。

 両親が自分を手放してしまう仕方ない理由というものを。自分でも納得せざるを得ないどうしようもない理由というものを。きっとあの時、自分には酷い感染症があったとか、魔力異常が認められたとか……子供を育てるだけの収入がなかったとか…‥。

 それこそありとあらゆる仕方ない可能性を考えた。何度も泣きながら、愛する子供手放した、両親のそうせざるを得なかった理由を嗚咽を吐きながら考えた。でも、いつかはまた微かに記憶に残る幸せな日々に戻れると信じていた。



 そして彼女が見たものは少し老けた父母と……二人の子供。幸せそうに、あの頃自分に向けていた笑顔は今、その子供に注がれていた。

 八年の間に変わってしまったことは少ない。本当に少ないのだ。だって、そこに自分がいないだけで少女が欲した物は全てそこにあったのだから。



 でも……その時、思ってしまったのだ。親が自分を捨てたことは確かに正解だったと。

 何故なら、その光景を見た少女の心は酷く黒ずんだ汚濁で渦巻いていたのだから。


 学院に入ってもこうして真面目に、必死に、馬鹿みたいに頑張っているのは、その黒く汚い心を浄化するためだったのだろう。そしてどこかで可能性にしがみつこうとしている自分が惨めで仕方がない。

 だって、あの子供たちが居場所を奪ったというのに、少女はそこに姉として図々しく入り込もうと考えていたのだから。


 仲良くできるだろうか、加わることのない輪に自分を見て……夢を見る――滑稽な夢を思い描いていた。

 学院へ入るために勉強も魔法も時間という時間、全てを費やした。


 それでも……少女、フィオネ・ワグダリテは……何者にもなれなかった。それを今、目の前で思い知らされた。



「これでわかったか」


 耳朶を乾いた声音が叩き、「これ」の真意が何を示しているか……いや、目に見えるものだけがたった一つの事実なのだ。


「なんで……なんで……」


 短剣はそれ以上押すことも引くこともできなかった。その理由は単純だ。がっちりと刃を素手で掴まれていたのだから、それも凄く強い力で。

 込められた力が短剣を震わせる。その感情をフィオネは怒りに近いものだと感じた。


 問題視すべきはその刃を鮮血が染めていることだった。ポタポタと真っ赤な斑点が地面に広がっている。


 鮮紅色の液体を見て、その原因が自らにあると知ったフィオネは……恐怖から短剣を押すことも引くこともできなくなっていた。


 だって、それはあまりにもおかしな現象だ。この訓練場内ではありえない光景なのだ。

 限界まで見開いたフィオネの目は焦燥しきっているようでもあった。


 訓練場内はすべからく魔力を元としているいかなる攻撃は、精神ダメージへと置換される。アルスがテスフィアやアリス、更にはメインに肉体的ダメージを負わせられたのはその置換システムの上限を越えたからだ。上限をも凌駕する力があるからだ。


 ならば新入生であるフィオネがそれを可能にできるはずがなかった。



 ロキはアルスの傍で成り行きに任せたことを後悔し、彼の行動に違和感を持った。彼が血を流す選択を取ったのは明らかに意図的だ。であるならば、どこにそこまでする理由があるというのだろうか。

 本来ならば歯牙にもかけず、関わろうともしないはずなのだ。


 正直、ロキはやり過ぎだと、感じていた。目をかけ過ぎる、手心を加えすぎる。

 彼には少女がどう見えているのだろうか。


 ――あのフィオネって子……。


 ロキは硬直したままのフィオネを見て、目を細めた。やはり何かがおかしい、歪な存在だ。

 魔法師を目指す雛をこの学院で嫌というほど見て来たのだから、何かが引っかかる。それがおそらくアルスに肉体的ダメージを与えているのだろう。


 視界の端にいるテスフィアとアリスは全く事態が読めていないようだ。

 同じ疑問――血が流れるわけ――についてその理由に思い至っていない。一番混乱しているのは当事者であるフィオネであろう。


 アルスの視線をロキは一瞬も見逃さなかった。

 彼の視線はふと握る短剣に向けられたのだ。真っ赤な血が絶え間なく流れ、赤で縁取られたように刃を伝っていった。


「――!!」


 ――そういうことですか! アルのいうようにこれは……酷いの、かもしれませんね。


 その真意までは掴めないが、彼女が持つ短剣はおそらくAWRではない。正しくはAWRとして完成されていない。ただ、それだけでは彼の行動理由としては弱い。まだ何かがあるのだろうか。



 事態が動き出したのは、動かせたのはやはりアルスしかいなかった。


「それがお前だ。立ち止まったまま動くこともままならないだろ。それで良く学院の門を叩いたな……わからなきゃ、はっきり言ってやる。友達を殺したくなければ、決めろ――去るか、決断するか」

「――ッ!!」


 嗚咽を堪えるようにフィオネは強く口を引き結んだ。唇を巻き込んで、湧き上がってくる悔しさを口から出さないために、それでも報われない努力や願いが根底から崩れ去っていた。頑張っていればという幻想が、ただの幻想であることをまざまざと思い知らされた。


 出口を求めた言いようのない虚無感が眼からその滴を溢れさせる。慌ててフィオネは短剣から手を離し、拒むように目を拭う。


「なんで、どうして、私……私は間違ってなんか……ヒグッ、ヒックヒック……」


 しゃくり上げるような啜り泣き、フィオネは言葉を紡ぐのをやめて溢れてくる涙を必死に手の甲で食い止める。


「間違ってないさ。魔法師でなければな……」

「…………ぐっ!!」


 するとフィオネは何も返さず、アルスとロキの脇を抜けて訓練場を飛び出していった。




・「最強魔法師の隠遁計画」書籍化のお知らせ

・タイトルは「最強魔法師の隠遁計画 1」

・出版社はホビージャパン、HJ文庫より、2017年3月1日(水)発売予定

・HJ文庫様の公式サイト「読める!HJ文庫」で外伝を掲載させてもらっております。

(http://yomeru-hj.net/novel/saikyomahoushi/)

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