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最強魔法師の隠遁計画  作者: イズシロ
第3章 「メメント・モリ」
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偽る力と自分自身



 ◇ ◇ ◇



 フリンはメインの治癒に専念するが、先程の少女が声を張り上げたのを背中越しに聞いていた。

 治癒魔法は普段から何度もこなしているため、集中が乱されることはないが、耳に届いたその声音にフリンは嫌な予感を抱いて「あれ、修羅場?」と独白せずにはいられなかった。

 いつも間が悪いのは彼女が生まれ持つ運の悪さなのか、はたまたアルスという人物と出会ったからだろうか。



 当事者であるフィオネは勢いに任せて呼び止めてしまったが、次に何を喋ればいいのかすぐには出てこなかった。


「満足ですか……満足しましたか」


 そんな挑発の言葉しか出てこなかった。震える喉でそんな酷い言葉しか選べなかった。

 肩越しに眇めるように向けられたアルスの目にフィオネはビクッと一瞬肩を震わせる。


「そう見えたのか、お前には」

「い、いえ……でも」

「ただの暇潰しだ。あいつらが教えなかったことを教えてやっただけだ」

「それに意味があるのですか!」

「その意味がわかるのは当事者だけだな。そうでなければ外で思い知らされるだけだ。わからなきゃわからないでいい。そこまでしてやる義理はないからな。こんなのは特別で気まぐれだ」

「……気まぐれ…………なら」


 つく口の動きに任せて、フィオネは腕を交差して両腰から短剣を抜いた。


「なら、是非私にもご教授いただきたい」

「…………」


 ――二振りの剣。貸出用というわけじゃないな。


 観戦席の少女は興が削がれたのか、離れていく。それをアルスは少し意外に思っていた。


 であるならば、アルスはうんざりしながらも時計を見る。やはり訓練場の閉館時間までは随分と余裕があるのは事実だ。というか閉館間近のように物静かだが、ほとんど時間の経過はない。陽が落ちるのが早い、この季節だとしてもまだ外は闇に対して陽が抵抗している頃だろう。


 アルスはチラリとテスフィアとアリスに視線を向ける。

 するとこちらに対して両手を合わせるアリスの姿があった。続いてアリスは両手で何かを撫でるようなジェスチャーに切り替える。もちろん、声が届かないほど遠いわけでもないのだが。

 それは彼女がフィオネに気づかれないための気遣いだったのだろう。


 ――手加減しろってか。


 実際問題、男女の差別はないとはいえ、何も感じないわけではない。メインには肉体的なダメージを与えはしたが、目の前の少女はただの女の子だ。テスフィアやアリスのように訓練を積んだわけではない。

 少し、気は引けるが方法はいくつかある。


 要は己の死を最も近い場所で認識することができればいいのだ。


 まずはどれくらいやれるか、なのだが、先程の少年といいあまり期待はできないだろう。


「しょうがない。少しだけ見てやる。全力でこい」

「はい!」


 微かに見える程度の魔力の放出、それはメインと比べるまでもなく酷く淀んだ汚水に近い。あまりにも不格好で不均衡な魔力であった。

 短剣へと注がれる魔力はぎこちなく覆うことすら即座にできない、というあまりにも無様な様だ。

 魔力の放出が弱いとか、魔力としての指向性が未熟などの劣っているが故の無様とは違う。まるで魔力が拒むようにフィオネの身体から剥がれていく。


 生み出されては間を置かずに魔力は絶え間なく劣化していった、


 一心不乱に魔力をコントロールし、短剣の魔法式を輝かせるフィオネ。


 刹那――場の空気がそっくり入れ替えられたように殺意が満ちた。そんな狂気とも取れる殺意にフィオネの意識は恐怖一色に塗り染められ、魔力が霧散する。

 目の前のアルスすら直視することができず、フィオネは短剣の柄に視線を固定するがやっとだ。


「ここまで舐められたのは初めてだ」


 抑揚のない声に全員が凍りついた。

 テスフィアもアリスも、先程の訓練で死というものを身近に感じたはずだが、それとは明らかに異なる予感は全身を粟立たせていた。さっきのは戦闘の中で勝ち目という選択がない、それが死を認識させたのだ。攻撃一つとっても己の力では防ぐことも回避することもできない。その末に死ぬのだと。


 しかし、今は違う。戦闘にすらならない。それこそ小蝿を叩くが如く、小さな生命を感慨もなく刈り取る無機質さが脳裏にこびりつく。


 だが、テスフィアとアリスは一度大きく喉を鳴らし、自然とAWRを握っていた。防衛本能に近いのだろう、それでも訓練が活きたのか小さく呼吸をすることが出来た。十分に肺を満たしているとはいえない、か細い呼吸ではあったが。



 テスフィアはそんな中でロキを見た。

 彼女は軽く目を伏せて切なそうな表情を浮かべている。閉ざされた口は声を発してしまわないように強く引き結ばれているようだった。

 ロキはアルスが何に怒っているのか、何となく察していた。アルスの元で魔力というものについて知識を深めるのもそうだが、実際にアルスが魔力に対しての造詣が深いのも確かだ。


 そんな生活の中で蓄えたロキの知識が、フィオネの魔力を見て不自然さを抱いたのだ。おそらくアルスは一目で見抜いたはず、だからこそ彼女の行動が逆鱗に触れたのだろう。



 なお、遠くのフリンは一瞥もくれずに治癒魔法に専念していた。もちろん背中に感じるものはある。だが、彼女が優先すべきは人を治すことだけだ。それ以外のことはとんと興味がなかった。だから、機微に感じることができなかったのかもしれない。

 治癒魔法師として外界で死線を潜ったわけでもなく、常に生存圏内で過ごしていたフリンにとって致命的とも言える危機感知能力の欠如でもあった。無論、治癒魔法師に求められるものではないのだが。

 もっとも面と向かっていたら流石に治癒どころではなかっただろう。



 その脅威に直に晒されているフィオネは動悸が早くなる感覚だけに意識が占有されていた。何も考えられなかったのだ。

 だが、それも本当に僅かな間だった。重苦しく、直接心臓を圧迫してくるような威圧感は気付いた時には綺麗に消失していた。構えた短剣は握っている感覚すらないことに、今になってやっと気づく。左手の短剣はいつの間に落としたのか、地面に刺さり、少し傾いている。


「やめだ……時間を無駄にした。ここまで酷いのがいるとは思わなかった」


 メインに対した「酷い」という言葉はある種、挑発も含まれていた。威勢は良いが順位や力がまったく追いついていない。とはいうが、アルスが一年の時にも同じような連中はいたものだ。

 だが、眼前の少女はそれとは一線を画するものだった。


「帰るぞロキ。こいつは致命的過ぎる」

「わかりました。けど……」

「構うな。こいつは意図的だ。何より最悪な人間だ。こういう奴は恥ずかしげもなく正義を振りかざす奴よりタチが悪い」

「ま、待って! なんで私だけ……なんでそんなことを言われなきゃ……」

「は? 俺が気づかないと思ってるのか」

「――ッ!!」

「あぁ、そうそう。一つアドバイスをしてやる」

「…………!」

「学院をやめろ」

「なっ――!」


 冷淡に吐き出すアルスにフィオネは絶句し、次第に目の端に雫を浮かべた。カタカタと震える短剣は怯えではなく、理不尽な台詞に対しての怒りだったのかもしれない。感情の渦で打ち震えることしかできなかった。


「アルッ!!」


 この状況下で叱責の声を上げたのはテスフィアだった。その悲しげな顔は何を言いたいのか一目でわかってしまうほど明瞭である。

 隣のアリスは呆然自失となっていたが、テスフィアの声に我に返り、アルスへと疑問の視線を投げた。腹いせにそんなことを言う彼ではないという確信めいた予感が疑問の形を取った。


「はぁ~そういきり立つな。少し省略し過ぎたな、簡潔に言う。フィオネだったな、後悔しないために決めて(・・・)おけ」

「…………何でょ」


 前髪で顔を隠すように俯いたフィオネは、その奥から涙を数滴落とした。

 実力が追いつかないのは自分にだってわかっている。魔法師としての才能だってないのかもしれない。それでも毎日、毎日、来る日も、来る日も練習を続け、勉強し続けてきた。

 それは誰に咎められるまでもなく正しい道のはずだ。


 今度こそアルスはフィオネに背を向けて歩き出した。その進行先ではロキが直立して待っていた。

 こちらも何か言いたそうだな、とアルスは溜息を溢したくなる。余計なことに構うからこういう事態になるのだろう、とはわかってはいるのだ。


 直後、背後から迫る気配にアルスは即座に振り返った。

 そこにはフィオネが短剣をしっかりと握り、胸の前でその切っ先をアルスへと向けて突き出していた。いや、走ったまま固定された短剣はただ押し込むだけで十分な凶器だ。


「なんで私なのよ!」


 ドンッとフィオネが構えた刃先は確かに押し込まれた。

 そして彼女は涙で濡れた、その瞳でしっかりと起こった予想外の事態を見る。


「えっ――!? なんで……」



・「最強魔法師の隠遁計画」書籍化のお知らせ

・タイトルは「最強魔法師の隠遁計画 1」

・出版社はホビージャパン、HJ文庫より、2017年3月1日(水)発売予定

・HJ文庫様の公式サイト「読める!HJ文庫」で外伝を掲載させてもらっております。

(http://yomeru-hj.net/novel/saikyomahoushi/)

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