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最強魔法師の隠遁計画  作者: イズシロ
第3章 「メメント・モリ」
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興味の相違



 ◇ ◇ ◇



 訓練場に訪れ、アルスの行う訓練を目の当たりにしたメイン、フィオネ、シュルトの三人。だが、メインのただならぬ雰囲気からシュルトは彼を当て馬に一人離れていた。

 当然観戦するためでもある。


 いつもなら、いつもだったなら、この訓練場の観客席は一年生の雑音が入り乱れるはずなのだ。それが今は水を打ったような静寂が舞い降りている。

 息苦しいほどの静けさはシュルトにとって騒音と大差ないのかもしれない。


 彼らはシュルトが来る前に、かの1位の訓練を目に焼き付けているはずなのだ。もっと嬉しそうにしろ、幸運に思え、それに類似する悪態が彼の胸中を満たしていた。

 あろうことか、時間が秒単位で進む度に観戦席にいる生徒の数は減ってきてさえいた。


 ――どいつもこいつも馬鹿だな。頭が悪くて感動すら覚えてくる。現役の魔法師がどういうものであるにせよ。その様は答えとして正しいもののはずなのに。


 階段を上っていくシュルトとは別に俯き気味に下っていく生徒。

 すれ違う生徒に冷ややかな目を向けてシュルトは思う。

 魔法師として何を手本とすべきなのか。それはこの学院にいる教員などではない、何年も外界で生き延び、戦果を挙げたものにのみその術は宿るのだから。


 その境地から得られるものは計り知れず、己の命運すら左右するのだと何故気づけないのかわかりかねる。

 しかも1位といえば、ある意味で見習うべき最高の手本だ。


 自らが思う理想の魔法師が虚構であることなど想定の内だった。シュルトはだからこそ自らの目であるべき姿を焼き付けなければならないと感じたのだ。

 ずっと内側に居続けて魔法師の何を知っているのか、そう自分の中で疑問を膨らませてきたのだ。それは本当に魔法師なのだろうか、と。


 その一端を見たのが7カ国魔法親善大会だ。明らかな異質さは今も網膜に刻みつけられているのかと思えるほど鮮明に思い出せる。生き残るために磨かれた技術はそれだけで人を惹き付けて止まないのだ。

 一目であの技術を、あの力を、あの何とも思わない乾いた心が欲しいと……必要だと直感的に感じた。


 そしてここにも、足がかりとなる実力者がいる。

 シュルトはほとんど生徒がいなくなった観客席をゆっくりと歩きながら目的の人物の下へと向かう。


 最前席というわけではなく、何故か前から四列目の椅子に浅く座り、前の座席に寄りかかるようにし頬杖を付く少女。癖のある真珠色の髪は頬杖をついたために傾けた顔の片側を覆い隠してしまっていた。

 波打つ髪の隙間から引き結ばれた口元が覗いている。


 シュルトが知る彼女の表情は常につまらなさそうでいつも退屈を凌げないか探っているものか、数日前に見た、軋むほど弦を引かれた弓のような狂気じみた笑みの二つ。


「こんにちはノワールさん」

「……勝手に死なれては困るんですの」

「は?」


 こちらに一瞥もくれずにノワールは気だるそうに片手を持ち上げてシュルトを指差す。その指はゆらゆらと振られ、指先に自然とシュルトの視線が引き寄せられる。

 すると誘導するかのようにノワールのほっそりとした指は少しだけずれた。


 釣られてシュルトの視線も五列目の手前で止まり。


「――うおっ!!」


 そこには気付けるはずの大鎌が立てかけられ、五列目から四列目に向かって長大な刃先をシュルトのすぐ目の前に添えていた。

 後半歩前に進んでいたらと思うと、その鋭利な刃先は顎から首元に掛けて裂かれていたかもしれなかった。


 ――いつからあった! こんなもの見落とすはずが……。


 一先ず、触れないように掻い潜り「隣良い?」とまだ収まらない動悸が端的な言葉を選んで発した。


「…………三馬鹿の……雑魚の方……あれ雑魚以外いましたっけ?」

「あなたからすれば全員が雑魚でしょ」


 暴言になんとか耐えたシュルトは無言のまま頬だけを器用に引き攣らせる。もっともノワールは口だけを動かして目は訓練場にいる一人に熱い視線を注がせたままだった。だから、返答など端から期待していないのだろう。


「いつもAWRを持ち歩いているの、か?」

「……さぁ、どうでしょう。あなたみたいに勝手に死なれては困りますの」

「いや、俺は死んでなんかいない!」


 強がりを言っても彼女の警告がなかったら確かに人知れず死んでいたかもしれない。そんな危険を冒してもシュルトは会話になっていることに手応えを感じていた。

 もちろん、アルスとノワールの会話から彼女が学院で起こせる問題はおそらく限度があり、その制約もしっかりと耳に残っていた。どうやらそれは正しいようだ。


 チラリと首元に付けられたチョーカーを盗み見る。あれが魔力の制御装置だと知っても彼女の身体能力だけでおそらくシュルトは手も足も出ない。正しく分析しても勝率は限りなく低いだろう。


 席を一つ開けて座るシュルトはノワールの横顔をチラリと見て。


「今日は休みだと思ったんだけど、違ったのか」

「随分とお喋りですの…………今日は、そうですねぇ、学院に今来たところですけど、本当にタイミングは良いみたいですの」


 まるで身震いするかのように語るノワールの口元はいつもより大きく開かれていた。


 やはりノワールという人物は掴めないところが多すぎる、とシュルトは改めて感じた。たまに学院に訪れていないようだし、病気かと思えば、その日の内に顔を出すこともある。ズル休みなのかもしれないが、日々に退屈してる彼女の食指を動かすものがあるのだろうか、とふと興味が湧いた。


「そうみたい、だ」


 シュルトはノワールとの間に一つ分席を開けているとはいえ、肌に感じる粘り気のある圧迫感を抱いていた。ゴクリと喉を鳴らした。それは先程、というよりここ一帯だけが異様に空気を重たく感じたからだ。

 その原因は隣にいる少女以外にありえない。


 まるでその魔力は感情の高まりに応じて波打っているかのようだった。ロキにメインが吹き飛ばされた時の高まりは魔力とさえ呼べないほど強烈なプレッシャーを周囲に撒き散らした。

 だが、その威圧的とも取れるし、好戦的とも取れる魔力は一瞬の後に綺麗に霧散していた。


 シュルトの視線は今まさに二回目となるメインの吹き飛ばされる姿を憐れみの目で見ていた。

 しかし、その注目は当然メインではなく、彼を吹き飛ばしたアルスに対してである。


「速い!! あれが本気……つかメイン死んだか」

「つまらないの」

「えっ!」


 まるで対極にあるほどの温度差を感じる声がノワールの口からポツリと溢れた。

 彼女はアルスとの対戦を望んでいるというシュルトの推測は間違いない。彼女ならば今すぐにでも乱入するかもしれない、とすら予想していたほどだ。

 だからこの言葉はシュルトの予想の斜め上をいくものだった。


 ふいに立ち上がり寝起きのように大きく両手を挙げて身体を伸ばすノワール。シュルトの目の前で捲れる上着から楕円に伸ばされたヘソがチラついた。


「んん~……はぁ~」


 欠伸を噛み殺すような間延びした声を吐き出し、ノワールは呆れたように顔だけを訓練場に向けた。

 そして目の前でなんの恥じらいもなく曝け出す肌を見て、シュルトも同時に訓練場を目の逃げ道に使った。


「あれが本気というあなたに私は正気? と返して上げますの。ただの茶番でしかない、だからつまらないし、疼かない」

「お前何を言って」


 軽快なステップで一段座席を飛び越えて五段目にいくと、ノワールはシュルトの頭上を通り過ぎ大鎌を手に取った。


「ビビリな雑魚に良いことを教えて上げましょ~か」


 ニヤリと嗜虐的な口元とまるで一致しない空虚な瞳は、焦点こそシュルトに合わせているものの彼などまるで見ていない――そんな目で。


「あの場にいる雑魚はこれを機に頭一つ抜けるの。あれはそういうものだから。雑魚なりに見て模倣するつもりなのでしょうけど、あそこに立つことでしかわからないことがありますの……フフッ、なぁ~にその顔」


 意図も容易く見抜かれたシュルトは顔を真っ赤にしていた。羞恥と怒りが同時に押し寄せてきたかのようだ。心の中だけは常に最善を模索していたつもりだった。外面こそ冷静なイメージを取り繕っているが、胸の内は常に得られるものを探していたのだ。


 それを稚拙なものだと貶める言葉に聞こえた。

 シュルトは反射的に立ち上がり、ノワールを見上げる。


「なんで俺があいつに抜かれるなんてことが言えるんだ!! メインの順位は一年の中でも下位だぞ。それに比べて俺は……上位、その開きは桁だって違う」


 勢いに任せた言葉は一瞬、学内1位と口をつきそうになったが、目の前の少女は更に順位が高いため思い直す。それでもノワールが言ったメインに抜かれるというのだけは看過できない。


「あ~そうでしたの。失言でした」

「……ふん」

「こう言えば分かりやすいの…………あっちの雑魚よりも早く死ぬ」


 歪んだ表情を向けられてシュルトは何も言い返すことができなかった。

 正しくは、ノワールの顔は自分に向けられたものでなかったのだろう。背後からフィオネの大声が届いた時、ノワールの顔は普通の生徒らしい――もっと言えば実に人間らしい苛立ちを端正な顔一杯に表わしていたのだ。


「イライラしますの」

「……ちょ、待って……うっ!?」


 ノワールの視線はシュルトの奥、訓練場へと向かっていた。

 すぐさま、視線を切り、大鎌を軽く一振りしてみせたノワールはそのまま背を向けて歩き出した。そして忽然と大鎌はシュルトの視界内から消えていった。それこそ霧がかったように消失したのだ。


 気がつけば観戦席にはシュルトを含めて数えるほどしか生徒は残っていなかった。

 立ち竦むシュルトは、悠然と歩くノワールの背中を見続けた。ここで逸らせば彼女に言い負かされたようなものだ。しかし、そのほっそりとした背中はシュルトの感情を掻き乱すだけだった。


 ――くそっ! なんだってんだよ。


 一度落ち着くために視線を再度訓練場に戻す。あの声はフィオネだ。彼女が怒気を発したのは初めてのことだが、聞き間違えるはずはない。


 ――ノワールの言ったことが事実だとしたらフィオネも……。


 湧き上がる焦燥感を自覚しないままに、シュルトはその絡繰りを見抜くべく全神経を集中する。




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