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最強魔法師の隠遁計画  作者: イズシロ
2部 第1章 「因果」
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憂鬱は頭痛

 一度頭に手を置き、何をされたのか改めて確認でもしたのだろう。真っ赤になった顔でアルスを凝視する。


 その隣で順番待ちでもしているようにアリスが成績表を抱え込んでいた。


「ちょ、ちょ……調子に乗らないでよね」

「お前が言い出したことだぞ」


 正論を翳して押し黙らせる。


 さすがに成績優秀者上位三人が一堂に会せばどこからともなく生徒達が集まり出すのは必然だろう。三桁魔法師に一年生でも羨望の対象である二人、そこに場違いな実力の振るわない男子生徒、人目を引くには十分過ぎる材料が揃っている二段構えだ。

 一先ずこの場から逃げるようにアルスは歩きだした。


 もちろん二人を置き去りにするつもりだったが、何も言わずとも勝手に着いてくるのだから厄介なことだ。


 アリスとしては自分の番がまだですよ~と言った具合に期待を膨らませていたが、その期待が実ることはなかった。


 なんとか校舎を出た辺りだったか。


「お前はいつ帰るんだ」

「やめてくれる。早く帰れみたいに言うの」


 アルスとしてはそう言ったつもりだったが、それを明かせばまた一悶着だろう。


「いつでも構わんが訓練は続けとけよ」

「わかってるわよ」


 助け舟のつもりだったアリスの言葉はアルスの問いを解消するものになる。


「確か明日から1週間だったよね」

「うん。予定ではそのつもりだけど……どうなるか……」


 明後日の方向を見て吐露する彼女は予定が崩される可能性を示唆していた。


「まぁフィアのお母さんは厳しいからね」

「はぁ~」


 憂鬱を吐き出すテスフィアを横目にアルスは表情の起伏が激しい奴だなと改めて思っていた。


「アリスは知ってるのか?」

「うん。何回かお邪魔してるからね」


 何かを想起させたのだろう、アリスの顔が引き攣った。


「あのときはごめん」


 突然の謝罪はテスフィアにとっても申し訳ないものだったからだろう。


「いいって、ためにはなったしね」


 その意味あり気な言葉に誘われたようにアルスが何の気なしに乗せられた。


「何があったんだ?」


 アルスの脇で目を伏せ、知らぬ顔で歩いていたロキが片目だけを開けて彼女の言葉を待つ。


「遊びに行った筈だったんだけど、テスフィアのお母さんにシゴかれたの」

 

 苦笑は精一杯な笑みだった。

 それは詳細を省かれたぞんざいな説明だったが、アルスと聞き耳を立てていたであろうロキにはすぐわかった。


 怒られたとかではなく、二人揃って教授を賜ったのだろう。


「それは逞しいお母様だな」


 皮肉ではなく、素直な感嘆だ。


「母さんは現役時代に指導教官をしていたこともあってね。退役・・してからもまだ関わってるみたいだし」


 アルスは聞き逃さなかった、つまり元軍人だ。貴族と言うからには相当な地位に就いていたのだろう。


「そうか、じゃあ帰省してシゴかれてくるわけだな」

「う……」


 良い成績だっただけに嬉しさと不安の半々といった顔を作った。

 これはシゴかれるというワードが引き金となったことで思い出されたからだろう。テスフィア自身指導を受けることにはあまり抵抗ないのだ。幼い頃より日課として課せられていただけに苦にはならない。


 成績に関しても十分褒められるものだ。実際に褒められるかは期待薄だが、怒られるようなひどい結果ではないはずだ……なのだが、帰れば必ず魔法の腕を試される。それが唯一憂鬱に感じるのだ。


(きっと怒られる)


 どんなに上達した所で母を納得させることはできないのだ。《アイシクル・ソード》をマスターした時でさえ「出来て当然だ」と言われたほどだ。

 テスフィアは二回目の溜息を溢すことで避けられないことだと諦めた。


「今日は明日の荷作りをしなきゃだから、先に始めてて」


 そう言って一人駆け足で寮へと離脱していく。


「うん。また後でね」


 決して軽快ではない足取りのテスフィアに向かって手を振ったアリスはどこか羨ましそうな顔を浮かべた。


「前もって準備しとけ」というアルスの呟きは独り言に終わった。




 

 この日は成績表の受け取りだけで終わったため、時刻はまだ昼にもなっていない。

 当然手ぶらで向かったこともあり、アリスはそのまま研究室へと来ていた。


 訓練はテスフィアが来てから始めるとして、アリスには被検体になってもらう。

 薄い布一枚の検査着に着替えてもらうと、軍から支給された最新機器で調べ尽くす。


 最後に血液を採取するとき、それは起こった。


「ま、待って……」


 突然手で遮ったのだ。

 注射針が怖いのかとも思ったが、アリスの表情は異常なほど真っ青になっていた。


「大丈夫か」

「ごめん……少しだけ怖くって」


 とてもそんなレベルの話ではない。今にも気を失ってしまいそうな程だ。


 しかし、アルスも研究をする上で血液サンプルが無いことには進められない。

 本来ならば骨髄を採取したほうが確実なのだが、それほど大がかりなことまではできない。何よりも現代の魔法研究では血液だけで十分に事足りる情報を解析できる機器が開発されている。だから血液は欠かすことができないのだが。


  

「痛いのがか?」

「ううん……」


 首を横に振って否定するアリス。

 針によって恐怖を引き起こす。もしくは針自体に恐怖があるか。

 

「どうするやめるか」


 無論本人が望まないのであればアルスとて強要はしない。

 しかし――


「大丈夫、続けて」


 そうは言っても気絶しかねない顔色だ。


「ロキ、目に手を置いといてくれ」

「わかりました」

「へっ?」

「見ないほうがいい。自分で目を伏せるよりは人に押さえてもらったほうが楽になる」


 とは言ってもロキの手からはしっかりと魔力が流れている。纏っているだけだ。これをアリスに流せば異色の魔力同士で反発する。

 しかし、ただ覆っただけの手だけであれば多少の温かみがあるだけだ。

 意味があるかと言われればあまりないのだろう。少なくとも医学的な効果はない。


「――終わった」

「え!」


 ロキの手がアリスの目を隠した時点ですでに針は刺さっていたのだ。


 そうしてお昼になる頃には解析待ちの状態になった。


「一応、必要なものは揃ったから、後はこっちの仕事だ」


 テーブルに着いた二人、ロキは昼食の支度中だ。

 アリスも買って出たが、彼女には説明のために座ってもらっている。


「魔力から抽出される情報だが、これは記号の羅列だけだからそこから個人情報がばれることはないから安心しろ」

「うん」


 これは研究をする上での倫理的問題を引き起こさないための説明だ。


「それらの諸データは厳重に保管、その上で目標となる光系統魔法に役立つものに絞って研究する。目標の達成が見られた時点で関する全てのデータを抹消する。お前が途中でやめたくなったらその場で研究データを含めたデータの抹消を約束する」

「…………」


 滔々と説明するアルスに口を開け放ったままのアリス。


「どうした? それでいいならこれにサインしろ」

「……わかったけど、随分大げさなんだね」

「何を言っている、当然の義務だ」


 安心したというよりも感心しているように微笑を浮かべたアリス。


 医療における重要な手術などは魔法の発達によって確実性の高いものになっている。それでも患者の承諾をなくしてはその意義がなくなる。魔法研究が年々進化を遂げる上でより整備された法規制だ。それは研究にも言えることで被験者を必要とする研究には本人の承諾を得なければ違法となる場合もある。個人情報の漏洩にも厳罰が科せられるのだ。


 失敗したときのためではなく。研究をするための了承だ。無論、全ての研究過程を本人に報告する義務もある。


 どこまで忠実に守るかは研究者によって違いはあるが、職業倫理に反する一線は引いているはずだ。

 アルスに限ればそれは徹底していたと言えた。




 昼食が運ばれた辺りでテスフィアが加わり図々しくもロキの手料理に舌鼓を打って、午後の訓練へと切り替わる。



「明日の準備は終わったの?」

「えぇ、とはいってもあまり持っていくものはないのよね」


 日々続けている訓練。魔力を押し留める技術もコツを掴み始めた二人は魔力を散らしながらも続けていた。それでも魔力を消費するために合間に休憩を挟んでいる。


 当然ロキも二人と同じく訓練をしているわけだ。少し前から始めている探知範囲の拡大を目標にして……こちらは中々成果が見られないが、二人とは別種の訓練のため、早々に成果が出るとはアルスも思っていない。


 普段はアルスの世話に精を出すロキだが、今回は研究が研究だけにロキにも易々と見せるわけにはいかないのだ。


 目を伏せているロキの顔も最初こそ涼しげだったが、だんだんと眉間にしわが寄って来る。


「ロキも少し休め」


 頃合いを見計らってアルスがそう命令・・する。

 ここで「休んだらどうだ」と選択する余地を与えれば間違いなく続けるからだ。本人にも焦りが見られる以上、有意義な訓練とはならない。


「はい」


 それに合わせてアルスも液晶画面をディスプレイに戻して休憩する。

 ロキの休憩は紅茶を入れたりと世話を焼くことがわかっている。

 だから紅茶の注文をして、人数分のカップを運んだ後で一息吐くのだ。

 ほっこりするテスフィアとアリス。

 アルスも礼を述べて一口啜る。それを確認したロキが後に続いた。


 離れてテーブルに着くのを目の端で確認すると画面を解析データが埋め尽くした。


 紅茶を片手に文字の羅列をスクロールさせていく。遡り、遡る。


(おそらく遺伝子の中に組み込まれた情報が原因だな。これが光系統が先天と言われる所以か)


 これは確認だ、すでに先達の研究によって遺伝子配列が親のDNAを受け継ぎ、混合される過程で発生するとされているのだ。

 だが、統一性がなくどうすれば光系統の引き金となるのかまではわかっていない。

 研究事例が少ないこともあって信憑性に欠けるのだ。


 次に血液から魔力を分析する。魔力はそもそも魔力球と呼ばれる血液に含まれるものが発生させている。魔力球を供給するのは心臓であり、なんの皮肉かそれは魔物の心臓と呼ばれる魔核と同じ原理である。故に魔法が一部で邪道であると揶揄されるのもこれが原因だったりする。


(アリスの魔力が無系統に反応した原因をまずは探るか)



 ♢ ♢ ♢ ♢ ♢



 その日の夜、正確には深夜。

 すでに二人は帰宅し、ロキも途中まで訓練をして待っていてくれたのだが、ウトウトしてきた辺りで先に寝てもらったのだ。


 映し出され、次々に切り替わるように文字列が流れていく。

 画面を見据えていたアルスは目だけを左右に忙しなく動かし続けていた。


「――――!!」


 気になる一文というよりもあまりの不自然さに度肝を抜かれたアルスは仮想キーボードを叩き、過ぎ去った画面を巻き戻す。


(なんだこれは……)


 魔力に内包される情報は全てが記号化される。だからこそすぐにわかった。空白と記号で表せない塗りつぶしたような数行。


 アルスはすぐにその原因を探った。

 アリスの身体情報を呼び起こし、スキャンした内部情報。

 それらの解析値にも目を向けた。


 その作業だけで朝方まで掛かったが、その甲斐あったと言える。


「そういうことか」


 その結果、アリスの魔力が無系統の魔法式を反応させた原因がわかった。

 疑問の解消は本来スッキリするはずのものだ。しかし、アルスの中では苦々しいものが積もるだけ。


 解析の結果は推測だが、文字列がそれを物語っていた――裏付けていたのだ。


(気が滅入るな)


 独りごちたアルスの頭から睡魔が離れ、今日は寝ることを諦めるのだった。

 詮索はよくないとわかっても確認しなければならない事案だけに頭痛を覚える。


 ロキが起床したのは五時になって間もない時間だった。


「おはようございます」

「おはよう」


 こんなに早くに起きていたのかと感心する。

 目を擦るロキ。眠たさからなのかわからない眇められた視線で、


「まさか寝ていないのですか!!」

「あぁ」


 呆れた声だったのは確かだ。


「ダメです、すぐにでも寝てください。今日は私が代行しますので」

「いや、今日は寝れそうになくてな」

「……わかりました。でしたら珈琲がいいですね」

「悪いな」


 アルスも一度手を止めて、眉間を摘んでテーブルへと着く。少し頭痛がするが些細なことだろう。


 ロキによって開け放たれた窓からはいつものように温かい日差しが顔を出していた。涼しい風が花のような爽やかな香りを運んでくるが、気持ちが優れることはなかった。




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