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最強魔法師の隠遁計画  作者: イズシロ
第3章 「メメント・モリ」
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生き残るために魔法師が獲得すべき力



 か細い悲鳴を吐き出したのは、フィオネであった。

 声というよりは喉の奥からせり上がってきた恐怖が一瞬口を吐いた。

 おそらく目の前で繰り広げられたアルスの一連の動作を彼女は何かが横切った程度にしか認識することができなかった。

 それも遅れてやってきた冷たい風がそう彼女に思わせたのだ。


 すぐにメインの元に駆け寄ろうとするが、そんな少女の手は進行方向とは真逆に引かれた。


「だ~め」

「アリス先輩……」


 不安げな視線で振り返るが、アリスはいつもと変わらぬ表情だった。おっとりとした柔和な表情は微笑んでいるわけではない。それでも見る者の不安を取り除くかのようであった。

 それを見た後では強引にアリスの手を振りほどこうとは思えなくなっていた。


「大丈夫だから、私が言うんだから信じて。アルは余計なことに時間を割かない性格なんだよぉ。でも、こうしてわざわざ時間を使うからにはきっと無駄にならないことなんだよ。フィオネたちにとってね」


 それはそうだ、とフィオネは思った。性格云々は抜きにしても1位がこうして知りもしない赤の他人に時間を割くこと自体おかしなことだ。ましてやそれが下級生であり、魔法の道の、それもスタート地点に立ったばかりの雛ならば気の迷いにしても不自然である。


 だから思う、挑発をしたのはメインだ。

 それを買ったのが運悪く1位だった、というだけの話。


 だからこれはアリスがいうような手解きとは違うような気がした。

 受け身すら取れずに吹き飛ばされたメインは、それでも置換システムのおかげすぐに起き上がった。その口元には先程殴られた時よりも威力で勝っていたことを示す紅い筋が流れている。


「血……!?」


 反射的に口をついたフィオネ。

 殴っただけだ。魔力を纏った拳は本来、ただの打撃と威力に大きな変化が表れるものではない。

 だから、ただ、魔力すら纏わない打撃であったならば今の一発で確実にノックアウトしているはずだ。こうしてメインが立ち上がることができた時点で、その掌打には明らかに魔力が通っていたはず。


「やっぱり、何が手加減よ。あれじゃ……」


 フィオネはメインの傷の具合を見て、無意識に吐き出していた。AWRなんか最初から必要としていなかったのだ。そんなものは、下級生相手に抜く必要すら、消費する魔力すら惜しいもの。


 「こんなの間違っている」そう口にしても踏み出す勇気も、止めに入る勇気も彼女は絞り出すことができなかった。今のフィオネにアリスの手を振りほどくことは到底叶わない。それどころか、アリスの台詞を信じたい自分がどこかにいた。


 そんな少女を見て、アリスはどこか危なっかしい子供を放さないように自らの身体まで引き寄せた。先の訓練で足を痛めはしたが、その程度我慢するのは容易い。

 いつもなら抱き寄せて、その頭に手を乗せ、撫で回していたところだ。しかし、今は、彼女を拘束する意図が大部分を占めている。


 何故ならばこれは下級生には到底理解できないことだからだ。アルスがやろうとしていることは目で見て、肌で感じる指導とは大きく異なる。単純に上手く魔法を使えるとか、近接戦闘の訓練ではないのだ。

 だから、それを骨身に感じたアリスとテスフィアにしか理解できないことでもあった。


 本音をいえば恐ろしく怖かったのだ。もちろん、それがアルスだからということもある。普段知る彼が豹変したように恐ろしいものに映った。だが、終わってみて初めて気付かされたのだ。

 彼は自分と同じ場所に導こうとしてくれていると。だから、今のアリスには彼が見ていたものを嫌というほど理解できていた。と同時にやっと心を開いてくれたような気もして、嬉しくもあったのだ。


 それを何も知らぬ彼女達に上手く説明するのは難しい。

 でも、今、アルスは自分達が下級生に教える上で不足しているものを補おうとしてくれている。技術や上辺だけの知識を教えた代償はことアルスに限っていえば、不十分なのだ。

 直接指導をしてもらったからこそ、テスフィアもアリスも足らないことを承知していたはず。


 だというのに実際にそれを彼らに上手く伝えられず、現実を教えることを躊躇ってしまったのだ。それは価値観を変えてしまうことでもあるのだから。


 特に今回の新入生は外界での課外授業を受けていない。

 だからせめてアリスはこの指導が終わるまではフィオネに手出しはさせてはならないのだと思った。それは彼女達に伝えきれなかったことへの償いだったのかもしれない。


 いつの間にかフィオネを抱く力が必要以上に強かったこともアリスは気づかなかった。


「まったくお節介というか。気絶ぐらいはさせておくべきでしたか」

「ハハハッ……ロキちゃん、それはさすがに」

「だって、本来ならば私が訓練を見てもらう予定だったんですよ?」

「まぁ、外界でさんざん訓練してきたんでしょ?」

「そうですが、主に魔物相手ですし、やはり訓練場でしか出せない物もあるんです!」


 そんなロキへと乾いた返事をするアリス。二人のやり取りでさえ、腕の牢屋に囚われた少女は聞いてすらいなかった。

 落胆の陰りを濃くしたロキは諦めたように視線をアルスへと戻す。


 ――物好きと言いますか、気まぐれといいますか……いえ、ただのお節介でしたね。もしかして、それは男としての、でしょうか?


 そう胸中で疑問を浮かべたロキは、そんなアルスを好ましく思ってしまう自分がいることに気づいた。今更であると知りながら。

 それでいて小さな嫉妬が心地よく胸の奥で疼くのを感じた。

 それは時間を奪われたとか、よく知りもしない下級生にわざわざ手解きするとか、そんなことではない。


 何故ならばロキでさえメインと呼ばれた少年が抱く、慕う感情を読み取れたからだ――その向かう先も。それにアルスが気づき、お節介を焼いたのかもしれない。

 そう考えれば嫉妬の一つや二つ、ロキの中にいづいても何もおかしなことではないのだろう。



 ◇ ◇ ◇



 吹き飛ばされ、すぐさま起き上がってきたメイン。

 彼はその勢いの中で意識を保ち、衝撃に抗い、ついにはAWRを手放さなかった。


 口元に違和感に覚えたのか、一度袖で拭い、乗り移った自らの血を一瞥する。それでもメインはしっかりと剣を持ち直し、確固たる意志で構え直す。


 ――少し手を抜きすぎたか。


 最低値とはいえ、アルスは魔法の加減ではなく魔力の加減に注力しなければならなかった。それも造作のないことではあるが、少々勝手が違う技術で、置換の度合い見定める必要があったのだ。

 そして改めてメインという魔法師の雛を見る。


 ――とはいえ、あれでも魔力に乱れはない。流れも変わらないか。


 テスフィア達が教えたため、魔力付与自体は当時の彼女達より幾分マシなようだった。それだけで魔法師として合格ラインに立てる素質なのだろう――何も知らない無知な少年であるが故に。

 テスフィアがそうであったように、何者にも屈さない心に魔力は従順だ。

 それでも。


 ――いいとこ五桁だな。


 メインと呼ばれた少年の体捌きや、魔力の流動、それらから総合して推測する順位。正直それ以上はさすがのアルスでも見分けがつかない。寧ろ六桁だと言われても不思議ではないのだ。

 ともあれ、アルスからすれば四桁より下位などどれも区別などつきようもないものでもある。


 やや、ふらつくメインの足取りは一歩踏み出したと同時に、力強く前へと駆ける力に変わった。

 大きく肩に担ぐようにして振り被られた剣は、予想違わず一直線に振り下ろされた。


 渾身の一撃。

 そんな全力が注がれた一太刀は。


「――――!!」


 直視すらしないアルスの手の甲で、小蝿でも払うかのように弾かれてしまったのだ。

 アルスの動作だけを見るならば、まるでノックでもするかのように手首をスナップさせただけだ。それなのに、メインが振り下ろした全力の剣は引っ張られるようにして直角に弾かれた。



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