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最強魔法師の隠遁計画  作者: イズシロ
第3章 「メメント・モリ」
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見る人の信念



 後輩の謝罪を前にテスフィアが間に割って入った。もちろんフィオネの事情を汲んだわけではなく、その言葉は仲裁というよりも軽い冗談だとでもいいたげであった。

 しかも、その仲裁はまず、殴り飛ばした銀髪少女へ対して告げられた。


「ほら、ロキももういいでしょ。メインも反省しているみたいだし。アルも、ね。私たちもちょっと厳しくできなかったのもあったわ。だからこれからその辺もちゃんと教えるから」


 テスフィアは隠すように傷を押さえる。彼女が捻り出した空元気を見ればアルスもこれ以上の皮肉を飲み込まざるを得なかった。ロキに関しては、あの目を反省と捉えられるわけもなく、アルスの制止がなければいつでも突っかかれる準備をしていただろう。


 アルスはロキの感情を宥めるかのようにもう一度頭の上に手を置いた。


「外界でもないんだから、そういきり立つな。俺のためであるのはわかっている。感情に素直なところは俺も見習わないとな」

「いえ、そんなつもりは……」


 魔法師として感情のみで動くことは愚行に等しい、しかし、人としてそれは至極当たり前のような気がして、アルスは自分の抜け落ちた部分を毎回思い知らされる。だから代わりに怒ってくれるロキはそうしたあって然るべき人間らしさをアルスに教えてくれるのだ。


「ところでフィア、許すもなにも俺はそこまで関知するつもりはない」

「う、うん……それならいいんだけど、なんか引っかかる言い方ね」

「俺も割ける時間には限りがある。これ以上の博打は打ちたくないんでな。見るからに早死しそうな奴に割く手間はない」

「減らない口ね。何が博打よ、認めたばかりのくせに」

「…………まぁ、一先ず怪我を治す方を優先するのはあのガキの言う通りだな。一応……」


 続く言葉はアルスの言を遮るように響き渡った。


「誰がすぐに死ぬか! たとえ1位であろうとあなたにそんなことを言われる筋合いはない!」


 ズカズカとメインはフィオネの制止を振り切って真っ直ぐアルスへと歩み寄ってくる。

 未熟な雛が何を言い出すのか、アルスは興味すら抱いていた。関心はないが、1位と知ってもなお思いの丈をぶつけてくる者は今のところ周りに数人程度しかいない。


 その意味でいえば昔のテスフィアなどは懐かしくもあり、今思い出すだけでも可哀想なものを見る目を向けてしまいそうだ。


「あなたが全て正しいわけじゃない! 僕だっていずれはあなたを追い抜くつもりです!! あなたのやり方は先輩たちを傷つけるだけだ……だから僕は負けない」

「…………!!」


 それこそ言葉に詰まったようにアルスは軽く目を細めた。無言の驚きは本当に想起される光景だったからだ。

 どうして自分の周りには汚れのない真っ直ぐな目をするものが多いのだろうと、改めて思わされる。

 未熟で無知で愚かで、それでいて折れない芯の通った意志。

 外界では絶対に通用しない芯である。しかし、それでも、そう、何度も過酷な世界で、もがき苦しむ者たちは仲間を最後まで見捨てたりはしなかった。


 その行為は軍という規律正しい場所では疎まれるのかもしれない。けれども、彼らは皆生きたいと願い、助けたいと最後まで足掻く。

 涙を決して枯らさない者たちだ。人として美しくすらある。

 アルスはそんな彼らを見捨ててきた側の人間だ。だから美しいと感じる心すらも捨て去ったはずだ。

 だが、こうして思い起こされる同じ目はやはりアルスに脆い美しさを向けてくる。


 足らない自分を恨むことすらなく、ただ悲しみに暮れる者たち。彼らに共通して足らないものは力なのだ。知識や心の隙、技術や能力が足らない。決して訓練を怠ったわけでもなく最善を尽くしてきた者たちでも必ず直面するのが外界という場所だ。


 もっとも今の少年にそんな崇高な志などないのだろう。何故ならば彼の瞳は真っ直ぐアルスを捉え、赤毛の少女を捉えていたのだから。

 

 メインがアルスの脇を通り過ぎていく時「フッ」と小さな笑みがアルスの口元に浮かんだ。


「気が変わった」


 ふいに漏れ出た小さな呟きは誰に対してのものではなく、それこそ本当にアルスの気が変わったことの証左だった。


 真っ先に反応したロキはアルスの口元を見て、黙することを決めたようだ。腹に据えかねる物はあるが、ロキは彼のするお節介に従うまで。


「なら証明をしてみせろ。魔法師ならば口じゃなく、力で示すんだな」

「どういうことですか……」


 アルスの一言にメインはピタリと足を止めた。あれほどの啖呵を切り、熱も冷めやらぬ間の挑発。到底無視できるはずもなく、彼の口はやはり滑るべくして滑ったのだろう。

 問い返した時点でアルスの手の内である。


「力の伴わない弱者の威勢なんぞ虫も食いやしない。せめて威勢に見合うだけの覚悟を見せてみろ。これで意味はわかったか? 幸い時間はある」


 肩越しにアルスは冷めた目を少年に向けた。  

 その挑発に答えたのは少年ではなく、テスフィアだった。


「何言ってるのよ!! メインはまだ一年生で、順位だって……」

「わかってるさ。そのあたりも大凡検討はついている。だから覚悟を聞いているんだ。悪いが、どうやらお前にはわからないことかもしれない……決めるのはこいつだ」


 アルスは少年に譲れない意地を見たのかもしれない。これはきっと女性であるテスフィアにはよくわからないことだ。ロキにだってアリスにだって、ピンと来るものではない。

 男だからこそわかる意地なのかもしれない。


 この少年はアルスのよく知る戦友に似ている。力がないとわかっているのに意図も容易く譲れない物のためならばどんな無謀もやってのける、そんな人物に。

 きっとそれができる人間にアルスは憧れているのかもしれない。何故ならば肝心な時に動けない人間にはなりたくないのだ。足が竦むのではない、考えてしまうのだ。もっとも合理的な判断を自らに下してしまうのだ。


「いいですよ」


 メインは一度だけテスフィアへと視線を逸らしてすぐに回答を発した。


「アルス様ちょっと待って下さい。この馬鹿は後先考えないんです」


 声を上げる少女、フィオネはなんとか結果のわかりきった戦いを止めようと声を張る。本来ならば1位と試合ができるのであれば跳んで喜ぶところだ。

 しかし、これまでの一触即発なやり取り――主にメインだけだが――のせいか、フィオネは断るべきだと感じていた。


「安心しろ。十分手加減はしてやる。AWRも、いらないな」


 そういうとアルスは腰から鞘を外し、すぐさま近寄るロキの手の上に乗せた。そのやり取りの際、ロキは小さく溜息を吐いた気がした。


 手加減、という言葉にメインは眉尻を反射的に反応させた。結局手加減については反発しなかった。実力の差は図るまでもなく、メインも自覚している。

 だからこそ悔しいが口は固く引き結ばれた。


「ルールは簡単だ。俺に掠るだけでも攻撃を当てられたらそっちの勝ち。逆にそっちは降参するまで……」

「なっ……!!」


 フィオネは反射的に喉から声を漏らした。それもそのはずだ。覚悟を見るとは良く言ったもので、メインの性格上そのひたむきなまでの負けず嫌いが裏目に出るルールだった。すでにフィオネの力では1位の提案を引き下げさせるだけの言葉が見つからない。

 願わくは早く終わって欲しかった。


 親指を立て背後の二人、テスフィアとアリスに向けて、さも忘れていたというようにアルスは追加の説明に入った。


「そうだった、ここの置換システムはこいつらと同様に最低値にしてある。お前がさっき言ったように怪我が怖ければ最大値にしてもいいぞ。魔法師になっても学院に残り続けるならば、だが」

「……構いません」


 まるでメインの覚悟を問うような後付の説明に彼は鋭い目つきで頷く。

 あんな憂さ晴らしのようなものが訓練だと認めるわけにはいかない。メインはフィオネに号令の合図を頼み距離を取った。


 その足取りはまるで己の正しさを言い聞かせるように踏み出された。

 さすがのメインでも相手の順位や周囲で囁かれる1位という位階に何も感じないわけではない。自分などどこにでもある家庭で育った平民だ。

 吹けば簡単に飛んでしまうほど小さな存在なのだろう。軍や人類にとってアルスとはなくてはならない魔法師だ。それに比べてメインになど誰一人として頼りはしない、それほどちっぽけな力。

 だから、1位の申し出を断ることはできないし、それは意地でもしたくなかった。


「さて、お前らも……っとそうだったな」


 アルスは試合としての場を整えるために全員が距離を置くのを待ったが、この場には手傷を負った少女もいたのだ。

 テスフィアの前まで近寄り、痕がつくほど傷の上を強く締め付ける手をアルスはゆっくりと引き剥がす。


「イタッ! …‥ッ」


 歯を食いしばって傷から手をどけた。血は未だジクジクと傷口を痛ましく彩っている。

 さすがのアルスも手加減したとはいえ罪悪感がまったくないわけではない。手加減をし、神経を研ぎ澄ましても避けられなかったことだ。


「お前はすぐに治せ。一応優秀な治癒魔法師を手配しておいたから、痕は残らんだろ」

「いや! 傷は大丈夫だから。それよりもわかっているの? メインの順位は……」

「もちろん加味している。だがな、それだけが魔法師じゃない。それはお前にもわかってるだろ」


 不敵な笑みをその口元に見て、テスフィアは口を閉ざし、再度傷口を手で覆う。

 

 その様子を見てアルスはテスフィアのおでこを指でちょこんと突いた。


「言ったろ、優秀なのを手配しているから問題ないと。痕になっても知らんからな、それとも俺が付けたという目印にするか?」

「何よ、自分で優秀な治癒魔法師を呼んだっていったじゃない。それじゃ似非にも程があるわね」

「確かにな、とはいえ、俺が付けた傷で痕に残ったら、それはそれで自分のものだって言っているようなものだな」


 皮肉気な口調でアルスは薄い笑みを浮かべた。しかし、その言葉は赤毛の少女の顔を真赤にさせていた。傷口よりも紅いのかもしれない。


 まるで自分の物、そんなアルスの台詞にテスフィアは目に見えて動揺し、いったいどこからそんな話しになったのか思考がショートしかけていた。


「え、えと、えっと……え~っと、だ、誰が自分の物よ」

「お前……」


 怪我を負っているにも関わらず、テスフィアの頬はそれどころではなくなっていた。意思に反して頬が蕩けていく。だらしなく口が開いてしまう。


 ただの例えであるのだが、これ以上何もないのならばアルスは治癒について強要するつもりはなかった。もちろん、下級生を心配してのことだろう。


「アリスはどうする?」

「私は大丈夫だよ。大きな怪我はないし、唾を付けておけば治る程度だし」

「そうか、じゃ唾を付けておけ」

「ほえ? そういうこと言うの? ハハァ~ン、そうですかぁ。今、口の中カラッカラなんだよね。舐める?」


 アリスは扱いの差から、後ろに黒いものを背負って歪な笑みを作る口でそう発した――意図的に、ではあるが。

 差し出す手の甲は擦り傷があった。

 もちろん、アルスはその扱いについての差を理解することなかったが、少なくとも自分の台詞に対して今、カウンターを受けていることだけはわかった。


「す、すまん。患部は綺麗にしておけって意味、だから」


 「はぁ~い」ハツラツと手を上げて了解の意を示すアリス。

 この手のアリスとのやり取りで、過去アルスに軍配が上がったことがあるのか、ふと疑問が浮かぶ。以前と比べアリスは……。


 ――アリスも変わったな。距離が近くなった、いや、遠慮しなくなったというのか。


 どこか怯えている姿を想像するも、今のアリスはやはり以前とは内側で大きく変わったのだろう。それがこの訓練にも表れていた。

 彼女は知っていたのかもしれない。いや、知っているのだ。アリスの過去がそうさせているのかはわからないが。死というものを確かに理解しているのだ。


「じゃ、始めるか」


 少年へと振り返った時、アルスの神経は別の意味で戦闘体勢へと移行していた。


 中央で両者の準備を伺うフィオネはどこか怯えた小動物のようだ。しかし、覚悟を決めたのか、彼女は片手を軽く持ち上げ。


 「始め!」と勢い良く振り下ろした。

 しかし、フィオネはそう声を発したと同時に目の前を風が切ったのを肌で感じ「えッ!」とか細い悲鳴を鳴らす。


 貸出し用の剣型AWRを身体の中心に一致するように構える少年は全力で魔力を流し込む。

 一時も視線を相手から外さず、未熟である自覚を越えて戦いへの意気込みをその剣に乗せた。


 だが、開始の合図と同時にメインは顔に衝撃を感じて吹き飛んだ。顔はその衝撃に跳ね上げ、鈍痛は一気に脳を抜けていく。


 開始と同時にアルスは一瞬でメインとの距離を詰め、無防備な顔面に掌打を打ったのだ。

 メインの視界内から僅かも外れること無く、それは突然襲ってきた。

 真正面から一直線。最短でアルスは少年に容赦ない打撃を打ったのだ。それはいかに身構えていようともアルス相手にまったく意味のないものだった。


 少年は開始から一秒にも満たない時間で激しく吹き飛ばされた。


「…………!!」


 たとえAWRがなかろうとアルスとメインの力量差は少しも埋まりはしないのだ。それを再認識したのはこの場の全員であり、それを観戦席から見届ける者も変わりなかった。




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― 新着の感想 ―
[気になる点] 大層なこと言うのは外界で1年くらい任務漬けになってから言ってほしい…。そんな無知蒙昧なことは絶対に言えなくなる。まぁその前に死にそーだけど。 でもアルスがやるのはそれこそ弱いものいじ…
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