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最強魔法師の隠遁計画  作者: イズシロ
第3章 「メメント・モリ」
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三人の下級生



 ◇ ◇ ◇



 本校舎、二階廊下。そこに連なる部屋の多くは職員に割り振られており、当然職員室と呼ばれる場所も含まれている。基本的には敬遠しがちなその一角はこの第2魔法学院内における生徒の勤勉さを物語るかのような往来を見せていた。

 職員室や職員の研究室から、生徒が出てきては室内に向かって丁寧なお辞儀が繰り返されている。


 廊下は予習や復習のために直接教員に教えを請う生徒の姿が多く、ひっきりなしに出入りが繰り返されていた。


 毎日のように繰り広げられる光景の中で当然のようにその生徒はいた。先頭を歩く男女は廊下を走らないように、されども焦った調子の歩幅は他の生徒を追い抜いていく。


 焦る原因を作った女生徒、それに付き合わされているのであろう男子生徒は少し呆れ混じりに隣に小言を投げる。


「こんな時にわざわざ先生に直接聞かなくてもいいじゃん。時間がないんだから明日でも良いのに、フィオネはそういうところあるよね」

「もうわかったわよ。だからこうして急いでるんじゃない。ノワールさんがいない今日は溜まっていた疑問を解消するのに良い機会だったんだから、逃すのは惜しいのよ。さすがにこんなに長く説明されるとは私だって思ってもみなかったし」

「だったらよりによって今日訓練場を押さえなくたって……」

「それこそしょうがないじゃない。予約するのだって何日も先なんだから。ホラさっさと歩く歩く」


 誰のせいでこんなことになったのか、とメインは恨めしくフィオネを横目にチラリと見た。一人先に行っていればいいのだが、一人で訓練場の区画を丸々一つ使っているとわかれば注意を受けるかもしれない。

 だから、フィオネの用事が済むまで待っていたのだが、まさかここまで長くなるとは予想もしていなかったことだ。


 訓練場内に上級生がいないことを願うが、おそらくそうは問屋が卸さないことは薄々察していた。基本的には訓練場は上級生優先なのだ。それに加えてこの頃、訓練場を予約した一年生が忘れたり、直前になってキャンセルしたりと問題になりつつある。


 そんなことをするのが同じ学年にいると考えるとメインは憤りすら覚える。だからまさか、同じことをしてしまうとは、メインはひどい頭痛に見舞われた気分だった。一先ずはひたすら謝るしかない。

 そう心に決めて最後尾で焦るでもない様子で溜息を溢した同級生へと申し訳ない顔を向ける。


「ごめんねシュルト君。こんなことに付き合わせて」


 彼も職員室に用事があった口だ。しかし、さも当然のように無理やり合流し、いつものメンバーにフィオネは「この後訓練場に集合」などと強引に彼を引き込んだのだ。

 背後でこちらも頭痛を覚えたらしいシュルトのしかめっ面があった。綺麗に肩の上で切り揃えられた髪が歩調に合わせて揺れるが決して毛先が乱れることはなかった。


 そんな品のある外見とは裏腹にシュルトはメインへと鋭い視線を放った。


「やめろよな、そんな愛想笑い。鼻についてしかたがない。百歩譲って謝るとすればこの女だ!!」

「ごめん。こうシュルト君は気品があるからついね」


 頬を掻くメインは、自らが身分という制度から程遠いごく普通の家庭で育ったため、少し物珍しい目でシュルトを見ていた。


「喧嘩しないの! シュルトだってこんなこと言っていても気取るだけ気取って結局いつも一人なんだから。三人で予約しておいて正解だったわね」


 肩越しにフィオネは含みのある笑みをシュルトに向けた。

 ノワールのお世話役として三人に白羽の矢がたったわけだが、それを機にこうして集まることも珍しくはない。

 シュルトとしてはあえて一緒にいるつもりはないのだが、気がつけば三人揃っているのだ。


 一人は妙にしおらしく偽った顔で接してくる。貴族であるシュルトにとってその拙い装いは逆に腹立たしくもあった。

 そしてもう一人は責任感が強くいつも正しくあろうと必死なフィオネ。彼女はシュルトのように一人隠れて努力するのではなく、周りを巻き込んで貪欲に学ぶスタイル。学内でもっとも勤勉であるのは間違いなく彼女だろう。

 気がつけば勉強をしているし、上級生へも教えを請いに足を運ぶ姿は見飽きた光景だ。すでに上級生の間では彼女の名前は知れ渡っていた。


 順位や出自からしてシュルトは本来二人と距離を置くほど身分の違いがある。それでもこうして流されるままについていってしまうのは現1位と深い関係を持つ上級生との接点がメインとフィオネにあるからだ。


 だからシュルトはそれらしい理由を自分に言い聞かせて今日も後に続いた。


「俺は一人でなんでもできるんだ。自分で考えもせず、安直に他人に聞くお前の気が知れない。恥ずかしいとは思わないのか、考えもせず楽して回答を貰おうなど」

「良く言うわ。シュルトだって職員室から出てきたじゃない。それに誰だって早く順位を上げて認められたいものなの」

「俺は頼まれ事を……ちょっと待て、お前はいつから君付けをやめたんだよ」

「同い年だし、同じクラスなんだから、それに君をつけるのもなんか呼びづらいし、お前呼ばわりする人にとやかく言われるほどのことでもないと思うんですけど。それに友達っぽいから気を遣ってあげたんだから」

「俺に友達がいないような言い方をするな!」

「ふ~ん、あ、AWRが友達とかなしだからね。お昼にどっかいっちゃうシュルト

「…………お、俺は一緒には行かないぞ。お前らと一緒にされたくないからな。それにほとんど怒られにいくようなものじゃないか」


 へそを曲げたように突如立ち尽くすシュルトはそっぽを向いて関わりたくないと主張する。

 しかし、そんなことはお構いなしにその手をフィオネが取り、背後に回って背中を押すメイン。


「ここまで来て何言ってるのよ。私知ってるんだからね。いつも訓練場の外でチラチラ中を窺ってるの」

「ちょ、やめろ! 俺はたんに見るに値するかを窺っているだけで……」

「少し時間過ぎちゃったし、怒られるだろうけど、まだ閉場まで時間もあるから訓練は十分できるんだから」


 訓練できるだけの時間を十分残しているとメインは告げて、少しでも参加する意欲を促す。

 事実、シュルトはこの学院に来てからというもの授業以外でまともに魔法を行使した訓練ができていなかった。もちろん本人としては魔法の詮索や妙なプライドから積極性に欠けているせいか、観戦すらままならない状況であった。

 当然、予約というシステム上一人でできるはずもない。


 そんなわけで常に論文やそういった知識に偏った勉強だけをしていたのだ。実力試験で使った未完成な【不死鳥フェニックス】ですら満足な練習もできていなかった。それでも知識の上では何百回と復習していたのだが。


「俺は俺の実力に見合った奴と練習したいんだ。お前らのように7万、8万位台の順位の奴なんかと対等な練習ができるはずもない」


 協会の設立によって順位の分母自体が大幅に増えているのは確かだ。シュルトも入学時は安泰の四桁だったのに日に日に五桁へと近づいている。だから二人が六桁間近だとしてもそれがそのまま未熟であることに直結しない。人々にとっては魔法師の数が増えることは喜ばしいことでもあるのだから。


「あら、学年トップ、主席様は言うことが違うわね。でもアリス先輩もテスフィア先輩もあまり順位にとらわれるのは良くないって言っていたわよ」

「うんうん、テスフィア先輩も謙遜かもしれないけど、確かにそう言っていたね。あれだけの高順位の人がいうんだから。ましてや僕たちは一年生だし、これからじゃないかな」


 焚き付けるフィオネの言葉はシュルトの言い草が学院上位の先輩と真っ向から対立していることを指摘した。そして続くメインも加勢するかのように言葉を並べ立てる。もっともメインに関しては尊敬する先輩の言葉をお告げの如く教えとして絶対視している節もあった。


 だが、結果として言葉に詰まったシュルトは。


「うッ……それはそれだ。否定するつもりはないさ」

「日和ったわね。そんなことなら最初から行くって素直に言えばいいのに」


 感情的な反発はあるがシュルトがそう感じるのも、実は過去に何度か実習授業で二人と組んだことがあるからだ。だから訓練場で練習するにしても時間が勿体無いと感じてしまう。


「うるさいな。どうせメインは負けてもしつこいばかりだし、フィオネは魔法に時間が掛かり過ぎて結局訓練にならないじゃないか」

「だから練習するんじゃない」


 無理やり引っ張られるシュルトは、少し身勝手な正論に眉間を寄せるのであった。模擬戦なんてやろうものならば本当に無駄な時間を取られる。

 だからどうせ訓練をするならば自分だけは端で魔法の反復練習に時間を割こうと、不承不承重たい足を動かす。


 この場にノワールがいるならばシュルトも文句を言いつつも内心快く参加したのだろう。彼が学ぶべき技術をノワールは持っている。プライドなんて安売りしても余りある経験になると直感的に悟っていた。


 シュルトが今の順位――9000位台ではあるが四桁――にいるのは単純に貴族だからというだけではなかった。無論、本人の資質が伴ってこそだ。その中で他者と比較して突出してる才能、それは自分にとって必要なものを相手が持っているか判断する目であった。自分に足りないものを確実に得られることができる師を見つけるというものだ。

 だからシュルトはもっとも効率よく必要なものだけを身につけてきた。


 彼からすればメインやフィオネから学ぶべきものはなにもない。しかし、ノワールは別格である。アルスを【7カ国魔法親善大会】で見た時もそうだが、全身が痺れるような出会いといえる。


 目指すべきもの、魔法師に必要とされるもの、そういった求められる全てがそこに詰め込まれていた。ノワールからは圧倒的な戦闘技術、センスともいえるが、きっと盗めるものは多い。

 ここの教師などはただ知識を分けてくれるだけの本でしかない、と彼は考えている。ただ、それ以外の――知識以外の技術や能力は誰かに学ぶ必要がある。盗む必要があるのだ。


 もっとも効率良く学ぶには手本がいるのだ。

 だからシュルトはこの不毛な予感しかしない訓練にイレギュラーが起きないかと期待しながら足を動かした。


「さすがに訓練着に着替える時間も勿体無いから、今日は制服のままにしない?」

「僕は構わないけど」

「俺もそれでいい、どうせ汗もかかないだろうし」

「またそんなこと言って」


 フィオネの提案は本来ならば好ましくない。とはいえ、昨今では上級生も制服で訓練をする生徒もいるのであまり口煩くは言われないだろう。性能的には大差ないのだから。

 無論、メインも異論はない。そしてシュルトはまともに運動すら出来ないだろうと予想して、着替える手間を省いた。



 だが、そんなシュルトの予想を裏切る気配が、張り詰めるような緊迫感を三人に感じさせた。本来ならば区別すらできないほどの音が混じり、そこに観戦席から降る感嘆の声が入り込んでくるものだ。しかし、訓練場内は、そう、唖然とした異様な静寂で満ちていた。初めて見る訓練場内の様子に何事かと三人は互いの顔を見合わせる。


「いったいなんだ?」


 違和感からそう発したシュルトに反応したのはメインとフィオネ。

 小首を傾げるメインと「なんだろう」と同じ疑問を手振りで示すフィオネは一先ず視認できるところまで移動した。


 一区画を一時間以上も放置したため、入ってすぐ誰かに咎められるだろうと予想していたため、こんな展開は思ってもみなかったことだ。

 怒られないのならばそれは構わないが、その原因に三人は興味を持つ。

 誰に聞くでもなく、三人の視線は訓練場内で唯一、訓練の最中である区画へと誘われるように向かった。


「うそっ!? アルス様!」


 少し裏返った声を発したフィオネは、しかし、跳ねる声とは対照的に大きく目を見開いて瞬く間に高揚したように視線を釘付けにした。

 無論、彼女がアルスを視界に捉えられたのは僅かな間だけであったが。


「様?」


 メインの訝しんだ疑問に、即座にシュルトが「いや、様だろ」と続けた。

 現役1位である魔法師に対して同格以下は皆敬称をつけて然るべきだ。そのあたりはまだメインにも自覚がなく、実感の湧かないことでもある。

 いや、メインの疑問はフィオネの急過ぎる変化に対してのものだったのかもしれない。


 だが、今の訓練場は本来正しいはずのフィオネの反応とはまったく異なる様相であった。

 その理由を三人は即座に理解する。

 こんなものは訓練ではない、と。ただのいじめだ。それこそいつ間違いが起きてもおかしくはない。三人が見て思ったことは当然、この場の全員と一致していた――声が消えてしまったように立ち竦むことしかできなかったのだから。


 微かに聞こえる声は教員への報告を急かすものがほとんどだ。そして入ってきた三人とは逆に出ていく生徒も多い。いくら訓練場でも看過できるものではなかったのだ。


 理解と同時に動き出したのはフィオネにも劣らない小柄なメインであった。彼が動き出す寸前でシュルトはチラリとその表情に表れた感情を読み取り、あえて黙した。

 そして彼は観戦席の隅っこで件の人物を見つけ、先の展開に興奮を覚えたように輪から離れる。メインは普段大人しいが、人一倍正義感だけは強い。


 だからシュルトはメインを捨て石として声を掛けなかったのだ。


 メインがアルス達のいる区画に歩み寄っていることにフィオネはギリギリまで気づかなかった。夢中というよりも、一方的な暴力に足は竦み、見た光景を正常に脳が理解しようと高速で処理していたからだ。そのため、メインが視界に映ってもそれに気づくことができなかった。


 区画の中ではテスフィアが抱え上げられているが、その身体には訓練とは思えない傷が僅かに滲んでいる。学院でも上位にあたる先輩の瞳からは痛みによる雫が流れていた。少なくとも見ていた者はそう感じる光景であった。



 だから当然、メインが腹に据えかねるだろうというのは予想できるのだが、フィオネが振り絞って発した制止は奇しくも間に合わなかった。


「待ってメイン!」

「おい!!」



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― 新着の感想 ―
[気になる点] 死闘ってか死線をくぐらないと、か [一言] 死闘ってか死線をくぐらないと、か
[気になる点] 正直死闘を経験しないとどこまでいってもお花畑になるし平和ボケっていうか、お話にならないよね。
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