決意の共有
今回訓練場を使用するに当たって理事長から一つ条件を提示されている。無論、表向きは学生ということになっているため、本来ならば何も問題はないはずである。もっともアルスとロキの場合、協会魔法師所属になっているというちょっと複雑な事情になっているため、やはり特例という言葉を用いざるを得ない。
というのも正式な魔法師ライセンスとは違うため、他の学院生とは身分が違う。いや、所属というべきか。
協会が始動してまだ日も浅く、その辺りが曖昧になっているという事情もある。学院側の都合、アルファの都合、協会の都合、魔法師、延いては人類の都合上こればかりは避けられないのだろう。
人は一人では生きていけないのと同じように、人は一人になることもできないのかもしれない。そういう意味では絶対にどこかで繋がってしまうのだろう。逃れられないのではない、元々引き合うようにできているのかもしれなかった。
そんな悟りを開いたような現実逃避に思いを馳せながらも、アルスは訓練区画に入っていく。こうして中途半端に投げ出してしまった訓練を再開できるのであればそれもまた良いのだろう。
ただし、「今回から」と付け加えるならば、すでにアルスの順位を秘匿する意味はない。よって理事長から出された条件というのは以前のように訓練区画に暗幕を引かないことであった。学院に残って良いということは、つまるところ学院の評判を下げないだけではなく、生徒にシングルの力を見せる意図も含まれていた。
本来ならばロキもいるため習得魔法の秘匿性の観点から暗幕は引いて然るべきなのだが、彼女に限っていえばアルスが条件を呑んだ段階ですでに答えは決まっていたのだろう。もっともそのせいで訓練に参加できないのではまったくもって不毛だ。
ロキ自身、今の力で満足などしていないのだから。
当然、今やシングル魔法師としてその名を学院内に轟かせているアルスだが、暗幕が降りないことの危険性を彼は予想していた。さすがにテスフィアやアリスが現役シングル魔法師の教えを受けているとなれば、アルスの元に集う生徒の数は増え続けるだろう。不屈の精神を宿した屈強な学徒のことだ、一日中研究室前に張り付かれでもしたら何のために学院に残っているのかわからなくなってしまう。
なお、二人に寄せられる苦情についてはアルスは関知しない腹積もりだ。
そういう意味でもこれからアルスが二人に課す訓練は好都合である。
「さすがに暗幕を敷けないと生徒たちの視線が痛いわね」
テスフィアが両腰に差した刀型AWRの柄尻に手を、休ませるかのように乗せた。訓練をしている一年生はもちろんのこと、少ないながら上級生たちもなんとか訓練の体裁を保っている。その意識は明らかに今入っていた四人の区画に向いていた。
「私だけなら、まだ慣れはしたんだけど……」
二人はアルス達がいない間も訓練場を使用していたため、一年生の視線には慣れつつあった。時間があれば軽く教えたこともしばしば。
だから、さすがのアリスも注目を浴びての訓練に慣れつつあったのだ。それは下級生の模範となるべく努めた結果である。
しかし、今二人が感じるそれはこれまでとは違い、全方位からの熱気に近い視線であった。おそらくは全校生徒の前でスピーチするかの如く、興味を一手に引き受けているような圧迫感さえある。それを二人は意気揚々と無視し続けるだけの根気もない。
それでも今の二人は一年生達の先輩としてではなく、アルスから教えを受ける一生徒然と向けられる視線と同じ類の光を瞳に宿していた。
幸いにも区画の出入り口を閉じてしまえば音は漏れにくい仕様だ。
「ま、気にしても始まらんだろ」
「そうですね。少なくとも魔法を詮索しようという意図はないのでしょうね」
これまでの学院の生徒特有とでも言うべき、好奇心の目。ロキが察したように、そこには遠慮などまるで気にかける様子すらない。テスフィアやアリスといった学院内上位の実力者が受ける訓練に興味を持ってるのだろう。
隙きあらば技術を盗もうと考えているのかもしれない。そうした勉強法は貴重な経験にもなり得るものだ。
「詮索しようにも、魔法の評価基準が変わったからな。そう簡単に魔法式が開示されるものでもない。安心しろ、お前ら程度が使える魔法はすでに出回った物だ」
「実際使えるようになっても効果や燃費とかもあるから、腕が追いつかないことには役に立たないわよ」
赤い髪の少女は両手の掌を返してフルフルと顔を振ってみせた。テスフィアも最上位級魔法である【永久凍結界】の一端にまでは手を掛けてはいるが、それは大全に収録されているものには及ばない。
彼女は身を以て実感したのだろう。それでも独自に工夫して僅かな範囲でも影響下に置いたのだから、足掛かりは十分だ。
「それで今日はどんな訓練? いつもみたいに模擬戦かな?」
まるで急かされるような視線にアリスが口火を切る。ケースから金槍を抜き、いつでも万全だといつにも増して主張するような輝きを放っていた。
しかし、アルスは血気盛んな二名をスッと持ち上げた手で制す。
「その前にお前たちに少し話しておくことがある」
「何よ改まっちゃって…………心配を掛けたことはもう良いわよ。うん、許す」
「誰がお前の許しなんかいるか! 訓練を始める前の確認事項と今後についての報告といったところだ」
テスフィアの茶々を一蹴したアルスは少しばかり神妙な顔つきへと意図的に変えた。それを察したであろうロキはテスフィアとアリスに一つ頷く。
「な、何よ……」
「あまり怖いなのはなし、だよ?」
脅すつもりは今のところはない。それでもアルスはやはり確認しなければならない。直接彼女達の口から聞かなければならないことがあった。
「そうだな、怖い話ではないが、お前らには俺について少し知っておいて貰いたいと思ったまでだ。だからそれを聞いた上で答えを聞かせろ。それでも続けるのかを……」
この訓練を、とまでは声に出すことはなかった。
しかし、続く言葉などテスフィアとアリスにはすぐに察せられた。明らかな表情の変化と強く硬い意志が目に表れる。
彼女たちとルサールカで戦った段階で答えは出ている。それでも実際にアルスは彼女たちの口から聞く必要性を感じていた。いや、声に出さないとわからない、伝わらないということもあるのだとアルス自身思い知らされたのだから。
「アリスはフィアから聞いたか? …………そ、その……あれを」
「……あれ?」
「どれ?」
アリスに続いてテスフィアまでも拍子抜けしたように頭上に疑問符をくっきりと浮かべた。察しが悪いというよりもアルスの歯切れがあまりにも悪かった結果だ。
よって。
「アルがその調子では逆に二人が困ってしまうのも頷けます。声高にいうことでもない内容かとは思いますが、そこは二人を信用するべきではないかと」
ムスッと眉根が寄りそうになるのをアルスは必死に抑え込んだ。ロキが自分を「何番目でもいい」とまで言ったのはアルスの中で二人の存在が大きくなっていることを知らせるためだ。
それはアルスもわかっていた。ただの教え子というだけではなくなっていることを。
それでも縁を断つ機会はこれまでも多くあったはずだ。だからこそ今、この場が最後の分岐点となる。その問いを自分が詰まらせているのでは公平ではない。
アルスは大きく息を吸い込み、初めて感じる類の恐怖を無理やり撥ね退けた。繋がった、今も繋がり続けたこの関係を手放したくないという利己的な感情。自分勝手で、情けない弱い心。それでも足りない物を埋めることは、きっと弱さではないとわかったから。
「俺は多くの人間を手に掛けた。そうしなければならなかった。そうする必要がなかったにも関わらず殺め続けた。落とせないほど汚れた俺の手はすでに人のものじゃない。お前も見ただろ? あれが俺の底にある物だ。今更変えられるようなものじゃない」
「でもアルは意に沿わない殺しはしません。もっとも命令といった例外はあります。本質がどうであれ私たちは幼い頃から如何にして自分を守るか。それだけを叩き込まれてきました。もっとも単純な方法で、自分を守りたければ相手を殺すしかない。ただ……アルの場合はこの国が抱える事情……裏の部分を引き受けざるを得ない力を有しておりました。ですよね?」
そんな今にも震えそうな声音で発するロキは近くで見てきたからこそ……強く感じる理不尽さが心を締めつけていた。
同時に僅かに残ったアルスの心が根底にあることもロキは誰よりも知っている。彼が変わるきっかけ、その小さな何かを大きくしたきっかけが学院に入ってからだということも。
今の彼が全てで良い。今アルスは内にある小さな何かを自覚し始めている。彼という本質は何も変わってなどいないことをロキは誰よりも知っている。アルスよりアルスを知っているのだ。そう信じているのだ。
だが、そこまでテスフィアやアリスに教えることは無粋以外の何物でもないのだろう。それは誰のためにもならないはずだ。だから彼女たちにはロキとは違った形で自ら答えを導き出さなければならない。このまま傍に居続けるなら。
「あ~はいはい。それも済んだから大丈夫よ」
「…………」
少し呆気に取られるアルスをどこか面白そうにテスフィアが片目を瞑って答えた。
「私もアリスもとっくに決まってるもの。じゃなきゃ訓練なんか続けないわよ。さすがにアルが人を千切っては投げ、千切っては投げしてたのはショッキングではあったわね。あんたのせいで数日は何も喉を通らなかったんだから責任を取りなさいッ!! 一先ずは私達が一人前の魔法師になれるよう鍛えて。自分で自分の道を選べるように、ね」
「…………だそうだが、アリスはどうだ?」
「ちょっと決め台詞。今の私のとっておきいぃぃ!!」
軽く流されたことにテスフィアは顔を真っ赤にして抗議の声を上げた。そうでもしなければ耐えられそうになかったのだ。本音を口にすることの恥ずかしさと改めて感じる決意が確かなものであったこと。
一方でアリスはテスフィアとは真逆に真っ直ぐアルスを見つめる。あれほど意気込んで握った金槍は今や抱き締めるように彼女の胸の隙間に埋まっていた。
「私はね。アルがしたことを直に見たわけじゃないけど、それがどういうことなのか理解しているつもりだよ。強がりかもしれないけど、私はアルが言うようにアルをそんなふうに思えないと思う。上手く言えないんだけどね、たぶんね、アルが思っている以上に私は、それでも一緒にいたいと思えていると思うの。だから、これからもよろしくお願いします」
金槍を降ろして強引にアリスは頭を下げた。上手く言葉で言い表せないからこそ、彼女はもっともシンプルな行動を取ったのかもしれない。全てを受け入れることは難しいし、現実を自分は知らないのかもしれない。
それでも今を後悔しないために、彼女は自ら選んで進む。いや、彼女達はアルスが辿った道を自分なりの方法で進むことを選んだ。そのための歩き方から、指針の決め方。足の動かし方から、手の振り方……どこまでも見えない背中を追うことができる力を欲したのだ。
「後悔するなよ」
「誰がよ」
「後悔をしないための選択だよ、アル」
二人の魔法師が明確な目標を持って先を見据えた。それにアルスは応えることだけに専念しなければならないのだろう。
――望むところだ。そう簡単には死なない力を付けさせてやるさ。道半ばで折れてしまう力なんて半端なものじゃない。もっと上等な物を……俺は二人に与えてやらなければならないな。
内心でアルスも決意する、その一瞬の間。
ロキは学院で唯一向けてきた微笑みの中に二人の存在を含めていた。
彼女達はきっとアルスを理解してくれる。いいや、理解しようとしてくれた、それだけでも何故か嬉しかったのだ。彼が閉じこもった殻を少しずつ崩してくれる存在であることが……彼の輪の中に勇気を持って踏み出してくれたことが。
ロキは、今だけは喜々として受け入れていた。
・「最強魔法師の隠遁計画」書籍化のお知らせ
・タイトルは「最強魔法師の隠遁計画 1」
・出版社はホビージャパン、HJ文庫より、2017年3月1日(水)発売予定
・HJ文庫様の公式サイト「読める!HJ文庫」で外伝を掲載させてもらっております。
(http://yomeru-hj.net/novel/saikyomahoushi/)




