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最強魔法師の隠遁計画  作者: イズシロ
2部 第1章 「因果」
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苛めの素質

 6月25日、学院では一年生から三年生まで学期試験週間に入って三日目だ。


 試験の最終日は講義毎の試験と午後からは実技試験になっている。

 実技は試験の中で最も重きが置かれていると言っても過言ではないだろう。というのも実技の授業は週に六コマ分が割り当てられ、単位も通常の三倍貰える仕組みになっている。だからこれを落とすか否かで進級に少なくない影響を与えるのだ。


 アルスが試験の中で唯一苦悩した科目が何を隠そう実技だ。

 その原因は今回理事長が試験官でないことにある。元々異例続きだったためしょうがないことだと言えばそれまでなのだが。


 手加減をするにしてもAWRなしでは自分の無系統を使わない限りどうも手加減が出来ないのがアルスの欠点だ。

 アルスは系統外に特質を持つ。もちろんそれ以外でも高いレベルで魔法を使うことができるのだが、それは自前のAWRがあってこそとも言える。

 使えないことはない。ただ、魔力供給の加減がどうしてもできないのだ。

 繊細云々の話ではなくアルスはこれを系統外ならではの欠損だと思っている。



 元々自我を持つような魔力はアルスの魔法のほとんどを占領している。だからこその系統外でもあるのだが、そのせいで通常の魔法に関して言えばコントロールが出来ない。魔法式をAWRに刻むことで補強しているわけだ。


 この場で自前のAWRを持ち込むのは気が進まない。何かと人目を惹きやすいのもあるが、自前というだけでも奇異な視線に晒されるだろう。物珍しく集られても鬱陶しい。


 だからと言って、思いっきり魔法をぶち込んでも良いというものではない。手加減し過ぎて不発に終われば単位を落とすことは必至だ。


 今試験では仕切りがない。どの魔法を使うかは個人の自由であるからだろう。誰でも使えるような初位級魔法でも強度や威力、正確性は個々の力量によるため、採点の対象は魔法の練度が要求されるというのもアルスを悩ませた。


「まいったな」


 すでに試験は一人、また一人と進行しているのにもかかわらず対策が思い付かない。


 それもまさか仕切りがないなどの生徒が知り得ない事態がそうさせていた。訓練場に踏み入れて事態の深刻さに気が付いたのが今しがた。


「どうなさるのですか」


 ロキが背後で聞こえないように問い掛けた。


「ここにあるAWRじゃ出力に耐えられないだろうしな」


 壁際に陳列されたAWRは市販品の中でもメジャーなものが多いため、癖はないぶんスペックで劣る。刻まれている魔法式も系統基盤のみで、ことアルスに限っては良質程度のAWRではもの足りない。

 無数にある訓練用の粗悪なAWRを一瞥して頭を掻いた。


「私のAWRをお使いになりますか」

「ん~雷系統か。出力に耐えられるだろうがコントロールがなぁ」


 ロキはそんな自信なさ気なアルスを見てクスッと頬を緩める。


「なんだ!」

「いえ、アルス様でも出来ないことがあるんですね」

「当然だ。相手が相手だけにこんな事態は想定していない」

「そうですね」


 弾んだ声でどこか嬉しそうに微笑み、両手を後ろで組む。心配しているのかわからない仕草だ。

 アルスとしてはそれどころではないのだが。


 口に手を当てて微笑むロキに場内の生徒は男女問わず視線を向けた。普段無表情の夢幻的な容姿の彼女が無防備に笑う愛くるしさに生徒の意識はどれほど刈り取られたことだろうか。


 その視線を我に返したのは次の試験にテスフィアの名前が挙がったからだろう。


 そして得意の《アイシクル・ソード》で一際歓声を巻き起こしたことは言うまでもない。


「目立つのが好きなやつだな」


 ロキはそれをチラリと一瞥しただけですぐにアルスへと向き直った。

 それに気付いているアルスの思考は問題を巻き戻す。

 考えている間にロキに順番が回り、指定の位置に着くと、テスフィア同様に……いや、それ以上にクラス全員が固唾を呑んで見守った。


「《ライト二ング・ボルト》」


 魔法名を告げたのは試験時の決まりだからだ。


 攻勢の魔法の場合は真正面にあるサンドバッグ然とした人形に当てることになっている。


 三つの雷光の玉が浮遊する。ロキはそれを指揮棒のようにナイフを振って人形に向かって雷光を放った。


 電界を作り三点を頂点として高速で飛来する。人形に当たると一瞬にしてバチバチと雷鳴を轟かせて人形を黒焦げにした。


 唖然とした場内で口を開いたのは試験官の女性教師だ。


「ロキさんお見事です」

「ありがとうございます」

 

 順位で言えばロキのほうが上だが学院の立場としては教師のほうが上だからだろう。一応の体裁を取っていた。

 

「すげ~!」

「一瞬で!!」

「あんなの喰らったら魔物なんか瞬殺だろ」


 などなど口々に言い合い、試験場内は一時騒然となる。

 涼しい顔で戻るロキは少し誇らし気に気持ち膨らみ始めた胸を反らしている気がした。


 アルスの前まで来ると何かを要求するような瞳。


「安定しているな、腕を上げたんじゃないか」と一先ずは褒める。内心ではロキも大概顕示欲が強いななどと思っていた。

 嬉々満悦といった顔……普段、無表情なロキはアルスの前では豊かに顔を変えるのだ。


「ありがとうございます」


 続いてアルスの名前が呼ばれる。


 結局対策は何も思い浮かばなかった。

 クラスメイトの視線は様々だ。そのほとんどが値踏みするように見守っている。一部の男子生徒からは侮蔑の目。


「ロキ、1本貸して貰えないか」

「もちろんです」


 すぐ腰に手が回った。そして前に持って来た手の中には十本以上のナイフが乗っかっている。


「これにしましょう。いえ、これがいいですね。これしかありません」


 その中からこれぞという一品が向けられた。

 アルスからすればどれも変わりないのだが、お気に入りか何かがロキの中ではあるのかもしれない。


「あぁ、ありがとう」


 そして指定の位置。

 すでに黒焦げになった人形は新しいものへと替えられている。


「それでは始めてください」


 普段魔法を使うのにこれほど気を使ったことのないアルスはいつにも増して緊張していた。


(ゆっくり、丁寧に構成をなぞれば問題はない)


 指に挟んだナイフに魔力が流れ、魔法式を発光させる。アルスの脳内で初位級魔法の構成段階が一つずつ展開されていく。

 威力、形状、指向とこれ以上ないほど丁寧に……全てをクリアした時、それはコンマ数秒の間だった。


「雷矢《ライト二ング・アロー》」


 淀みない口調で紡がれた魔法は初歩の初歩だ。

 それを聞いたクラスメイト達は失笑を以て肩の荷を下ろした。それは実力の計り知れない未知のアルスに対しての評価が下ったということだ。


 しかし――


 魔力の過剰供給によって初位級魔法は限界まで魔力を圧縮したようにバチバチと不安定に停滞する。


「あっ――」


 アルスが失敗したとでも言う声を上げると同時に矢は限界まで引き絞られたように一瞬で姿を消した。


 そして焦げた臭い。

 一拍遅れて全員の視線は人形に向いた。


 それは中心に焼け跡を残し、穴を穿って奥の景色を透かしている。 


 壁面には弾けたように電気が迸っており、幸い訓練場の壁面だけあり魔力に強い材質のようだ。

 ロキのナイフにも未だに雷光が帯電していた。


「すみません。失敗してしまいました。あの程度の魔法も使いこなせずお恥ずかしい」


 アルスは白々しく向き直って事故だとでも言うように自分の不手際をわざわざ露呈ろていした。


「そ……そうね。少し不安定ね」


 アルスは一礼して戻る。


 隠しようもない事態であるのは理解していた。あの教師ならば今の現象がどうしてなったのか理解できたかもしれない。しかし、考える間を与えなかったのでこの場ではやり過ごせただろう。


 クラスメイトの声は……。


「やっぱり失敗か」と全員がこの調子ならばどんなに助かったことだろう。


「でも、お前失敗して貫通できるか……つ~か失敗って何だ」


 自分でも言っている疑問がわからないと言うように整理できていない生徒もいる。

 結局全体を見渡した結果、やっぱり変な奴という保留に落ち着いたように見えた。いや、落ち着いてはいない、不気味がられているというのが正直なところだろう。


 彼らの言う失敗とは魔法が発現しないことだ。この場合は制御が出来ていなかっただけで、実質彼等の知る初位級魔法では成しえない威力を誇っていた。


 何人目かの生徒が名前を呼ばれていく中、最後の一人の名前が挙がる。

 

 やはり問題はアリスだった。

 試験に使用する魔法は火系統の火矢ファイアー・アローだ。

 光系統の初位級魔法にアローは存在しないのが原因だだろう。当然自分の特性でない魔法は威力も弱ければ、魔力が安定していない状態だった。


 教師も彼女の系統を理解しているのか、口を挟まず「お疲れ様」と一声掛けただけに止める。

 アリスの顔色は優れない。それもそうだろう、彼女の放った魔法は五桁にも見劣りするモノだったのだから。


 試験は少なからず盛り上がった? のだろう。試験としての様相は呈していたが、筆記とは違い少し緊張感に欠けた。




 ♢ ♢ ♢ 



 試験後は連休になっている。試験休みとも呼ばれる休日は科目がないだけであって生徒達は自主的に勉学に励んでいる。

 だが、採点期間のため本校舎への出入りは禁止されているのだ。

 事前にこの日の訓練場を抑えておいたため、テスフィア・アリス・ロキの三人と朝からきているわけだ。


 今日の訓練メニューは魔法の行使。テスフィアならば出来もしない《ミストロテイン》に注力しているわけだ。


 無論それに時間を使い切ることはしない。


 アリスとロキは交互にアルスとの模擬戦を繰り返していた。


 訓練場内は当然仕切りがあり、普通ならば周りからの視線に晒されること請け合いなのだが、三桁魔法師のロキのおかげで仕切りには中がわからないように黒く塗りつぶされている。

 というのも三桁魔法師の魔法は隠匿が許可されているためだ。四桁魔法師の魔法は大概周知するもので隠すほどではない。


 一方三桁ともなると競争性が高い順位のため所持魔法の公表をする者は少ない。そのため学院でも訓練時などでの黒幕の許可が降りているのだ。



「はあああぁぁぁぁ!!」


 アリスとの剣戟をあしらいながらアルスは人目を気にすることなく柄に蹴りを入れて、アリスの手から薙刀を払った。

 

「あっ!!」


 一瞬の隙が生まれる。

 そして続けざまに回し蹴りを腹部に叩き込む。


 アリスは大きく吹き飛ばされながらも片膝を突いて着地した。


「武器がなくなっても手を止めるな」

「はい!」


 力強い返事は何か焦燥感を漂わせている。


 アルス相手ではリフレクションも意味をなさない。まだ実力が劣っているのだ。そのため、リフレクションの範囲外である刃の隙間を狙われる。


 この時のアリスはもっと魔法の種類さえあれば戦略を組み立てることができるのにと歯噛みしていた。


「次、ロキ」


 開始の合図もなく、待機していたロキが駆け出す。

 両手を後ろに引き、スピードにモノを言わせて翻弄するように縦横無尽に走る。

 死角からの投擲をアルスは見もせずにかわす。


 アルスのAWRは貸し出し用の粗悪品だが、魔法を使うわけではないのでこれで十分だった。

 壁面を足場にアルスの真上に高々と跳躍するとその周囲に五本のナイフが突き立つ。


 アルスを基軸にした魔法陣が浮き上がり、電気が取り巻いた。


 空中のロキを見据えたまま、手に持った剣を放つ。無論ロキにではない。魔法陣を構成する一角――ナイフを剣で弾き魔法陣を無効化する。


「――――!」


 動揺は一瞬、すぐにロキは空中でナイフを真下に向かって放つ。


 アルスは予想通りの展開だというようにあっさりと指に挟んで受け止めると、以前のように投擲し返した。


「――っ!!」


 案の定ロキは空中で逃げ場がなく、防ぐことしかできなかった。それも無傷とはいかず軌道を逸らすにしても肩に突き刺さる。


 チクリとした精神的ダメージに顔を歪めながらロキは反対の壁に着き、踏み出すことができずに地面に向かって方向転換する。


 着地と同時――。


「むやみに空中に飛ぶもんじゃないぞ。どうせなら三手先まで読むんだったな」

「参りました」


 ロキの背後ではアルスが投擲した筈の剣を構えていた。


「さすが三桁だね」


 回復したアリスが決着と見て感嘆の声を上げる。


「いえ、まだまだパートナーとしては力不足です」

「まぁ、すぐには強くなれんからな」


 向かいのアリスに対して言ったものだが、はたして効果のほどは、


「そうだ……よね」


 自分には確実に足らないものを自覚しているアリスは一瞬瞳が揺らいだ。


「あまり魔法に偏り過ぎるのは良くない……あいつみたいにな」


 一点を指差した。

 テスフィアが壁に向かって魔法を連発している姿は無駄打ちを繰り返しているだけで進展はないようだ。


 アリスは苦笑いを浮かべ、ロキは見向きもしなかった。


「魔力の枯渇は死に直結するから、どの道最後は接近戦がモノを言う場面が来るもんだ。無尽蔵に魔力があるわけじゃないんだ、体捌きも含めて欠かせない技術は必ずある。要はどちらも必要ということだ」


 慰めのつもりはなかった。ただの事実だ。


「うん……」

「だが、魔法があれば戦況は全然違ったものになるのも事実だ。今のアリスでは……言わなくてもわかってるか」


 苦笑で顔を上げるが、やはり思いつめている節がある。



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