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最強魔法師の隠遁計画  作者: イズシロ
1部  第1章 「早期の不運」
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偽装の模擬戦


二限目から昼食までは模擬戦形式の訓練となっている。各々更衣室で学校指定の訓練着へと着替えるが……男子更衣室の中はアルスを敵対視するクラスメイトで埋め尽くされていた。


「ちっ、やる気のねぇ奴はとっととやめてくれねぇかな」

 

 そんなことを大口を開けて話し合うがアルスは居心地の悪ささえ感じていなかった。幼少の頃から軍役に就いて最速で誰よりも戦果を上げた彼にとっては日常茶飯事だ。無論功績を積み重ねるにつれ――順位を上げるにつれ――揶揄は鳴りを潜めた。そのときは何もしないのが最良だったが、今は彼等に興味すら湧かない。それどころか懐かしさすら覚えるほどだ。


 手早く着替え終えると、今度は小さめの本を片手に更衣室を出た。


 ドーム状の訓練場では魔法による身体的ダメージは心的ダメージへと変換されるため、気絶することはあっても肉体にダメージが反映されることはない。この指定された区画内における全ての魔法が対象となっている。

 

 軍にいた時にも同じような訓練施設はあった。


 模擬戦とは体術や武器、魔法などの使用を含めた戦闘だ。対戦相手はドームの中央にあるパネルに映し出される。

 教師もいるにはいるのだが、基本的に真面目な生徒しかいない魔法学院で模擬戦の授業では教師も監視員としての役目ぐらいしかすることがない。


 教師がシャッフルボタンを押すと名前が次々と表示されていく。

 一クラス四十名の生徒は一度に十組の模擬戦が組まれる。

 衝突を避けるために魔法による防壁が訓練場を分割していった。


 訓練場では武器の使用も可能である。もちろん魔力が施された武器に限るが、これらの武器は魔法師の魔力伝導効率を上げ、魔法本来の性能を取り戻すための補助武器として、AWR(assist weapon recovery)通称《アウラ》と呼ばれている。

 ただの鉄でできた剣や斧なんかは硬い外殻を持つ魔物相手に無意味であるため、愛用している魔法師はまずいない。逆にそんなものを持つ理由は対人用だと、己が魔法師でないと喧伝しているようなものだ。


 訓練場にも学校が用意した様々な形状の武器が揃えられている。まだ新入生の段階では自分専用のAWRアウラを所持している生徒は少ないはずだ。いるとすれば、入学前から魔法師になるための訓練を積んできた者ぐらいだろう。

 もちろんアルスもその一人だ。だが、今手にしているのは実技に関係のない一冊の本のみ。


「さすが貴族だけあるな」


 誰かがそんな感嘆を洩らした。

 生徒達が取り囲む中心にはテスフィアがおり、腰には刀が下げられている。


(また古風な……)


 軍で様々な武器を見てきたアルスですら刀をAWRアウラにしている魔法師は少なかったと記憶している。片刃の刀よりも両刃のほうが何かと使い勝手が良く、主流となっている。


「家に代々伝わる業物なのよ。ずっと使ってたから一番馴染むのよね」


 自前のAWRを所持しているのはテスフィアだけだ。クラスでただ一人、もしかすると学年でただ一人かもしれない。これから魔法師となる生徒は今後、自分の魔法特性を見出し、どういった武器が一番良いかを模索することになるだろう。そうして卒業する頃には皆愛用のAWRを持つことになる。それほどまでに魔力の伝導率を上げるということには意味がある。


 炎や水を生み出すにしても武器を通したほうが魔力の漏洩も少なく、一々トリガーとなる呪文を唱える必要もない。

 実は魔法の体系化以前に着手されたのがこのAWRだ。全くと言ってよいほど銃火器や刃物は魔物に対して無力だった。堅い外皮を傷つけるだけで致命傷には遠く及ばない。そこでどうすれば魔物を切り刻み、穿つことができるのかという思想の下に開発されたのがこのAWRだ。


 当時は刃に魔力を付与することで殺傷力を上げ、堅く折れない刃にするに留まった未成熟のAWRも現在では、刃など至る所に魔法式、失われた文字ロスト・スペルとも呼ばれる式を刻むことで武器を媒介とした魔法の行使を可能にした。それによって詠唱の破棄、延いては格闘戦において魔物に引けを取らないまでに昇華させることに成功したのだ。

 だからこそ魔法師だからと言って杖を持つような輩はまずいない。実用性に欠けるからであり、AWRアウラとして重要視されるべき点の魔法式を正確に刻むことが困難な形状のものは基本的にはじかれる。

 そんな物を持って魔物と相対したらまず最初に後悔することになるだろう。


 感嘆が漏れる中、テスフィアがアルスを一瞥してチャキっと鞘から刀身をチラつかせた。

 挑発のつもりだろうが、アルスはこの模擬戦の授業も平和的に乗り切りたかった。さらに言えば実技でさえ本を手放したくなかった。


 テスフィアが僅かに抜いた刀身にはびっしりと魔法式ロスト・スペルが刻まれていた。



 パネルのシャッフルが終わり、次々とクラスメイトの知らない名が表示されていく。


 第一訓練場、第二訓練場、そして第三訓練場にアルスの名前が上がった。

 第八訓練場にはテスフィアの名前もある。

 対戦相手というわけではないが、訓練場が反対側と近いため、めんどくさそうな視線に晒されることは間違いなかった。


 アルスは武器を持たず、ページを捲りながら第三訓練場へと歩を進めた。

 対戦相手は知らない男だ。同じクラスメイトだが興味がない。茶髪で短髪な彼は釣り目がちで見た目通りにアルスへと侮蔑の目を向けてきた。その手には貸し出し用の剣が握られている。


 残った二十名余りの生徒は観戦になるわけだが、嫌な予感は的中するものだ。

 半分がテスフィアの観戦を勉強の一環としているのに対し、残りの半分はアルスの訓練場を囲んだ。こちらは一様にアルスが無様に地を舐める姿を見に来たのだ。

 こういう場合はどっちが勝つなどと賑やかになるものだが、嘲るような眼差しは見世物小屋のようだった。


(どうしたものか)


 アルスがそう考えるのも、観戦する生徒の視線の中にひと際鋭い視線を感じたからだ。その中にはアリスが混ざっていたがアルスの感じる視線は彼女からのものではない。別に負けることに抵抗はない。そもそも負けることを前提に早く終わらせたいと思っていたのだ。


 負けるにしてもダメージを受けるつもりは毛頭なかった。この場の教師を含めた連中を欺くのは容易だ。もちろんアリスだろうとテスフィアだろうと朝飯前であることに変わりない。

 が、怪しげな視線は注視するようにアルスの一挙一動まで視線で追っている。鋭い視線と言ってもおおよその実力はあって三桁だろう。アルスが何をしようとも気付けるはずはない。

 やられ心地は最悪だろうな、とアルスは溜め息を吐いた。


「運がいいぜ。サンドバッグも同然だなこりゃ」


 片や剣を使い、片や本しか持っていないのだ。傍から見れば勝敗は決まったようなものだった。


 開始のアラームが鳴り響くと同時に男が駆けた。それは素人然とした動きで見るに堪えない。


 (観戦者がいる前でよく恥ずかしげもなく)などと考えていた。剣に魔力を付与しているのだろうけど、刃を覆うはずの魔力が酷く淀んでいる。補助武器も形無しだった。

 アルスは遅すぎる剣速に合わせて、わざわざギリギリでかわしているように装う。

 合間に視線をページに移し、その間も読書を進行させる。実際眼で追うほどでもないのだから。

 一旦距離を取った男は剣に魔力を多く流した。それによって刃に刻まれた魔法式が赤く発光すると。


「【バーン・エッジ】」 

 

 刀身が炎に包まれた。

 本来ならば無詠唱に出来るはずなのだが、わざわざ詠唱したということは五桁程度の力かただの馬鹿かのどちらかだろう。無論、詠唱そのものを簡略化できても魔法名を告げることで魔法としての現象を定着させる作用があるため、無駄ということはない。

 だが、それを理解した上でないことはあの満足気な表情でわかる。魔法名だけで行使できるのはやはりAWRの補助があってこそだろう。これを補助なしにやってのければ技量という側面では三桁といった具合だ。


 そもそも【バーン・エッジ】は劣等魔法であることを彼は知らないのだろう。炎刃と呼ばれる高位魔法を簡易化したもので威力も数段劣る。それを満足気に行使するとは見ているこちらが恥ずかしい。


 観戦者達も驚きはしないものの決着は近いと見て固唾を呑んだ。


 反対側でもテスフィアが戦っている訓練場で歓声が上がった。アルスサイドはギリギリでかわすたびに観戦者達は「おしい」などと口々に盛り上がる温度差だが、その全てはアルスに投影されない。


 アリスはその中で唯一ソワソワした様子で掌を合わせていた。指に力が入り、堅く合わせられた掌からは最初にあった彼女の優しさが垣間見える。


 長引かせても良いことはなさそうだと、終わらせるためにパタンと本を閉じた。

 アルスの正面から振り下ろされる袈裟斬りをワザと受ける。その代わりに体との間に本を挟んだ。

 爆風が土煙を巻き上げ、晴れた頃には仰向けに倒れたアルスと肩で息をしながら構えを解く男の姿があった。


 決着のアラームの後。


「――!! アルス君……」


 そう声を上げたのはアリスだった。心配する声音に観戦していた生徒達は諸手を上げて喜ぶことができなかった代わりに侮辱の表情へと変わる。

 しかし、アリスの心配をよそに――


「「「――――!!」」」


 アルスは何事も無かったように立ち上がる。そしてまた本を開いて読みながら訓練区画を後にした。今の状況だけを見たならばどちらが勝ったのかわからないだろう。

 茫然とする観戦者達にアルスは決着をつけるのが早過ぎたかと失態に気付く。正確には生徒たちは平然としていることに驚愕していたが、それを彼が汲み取ることはなかった。


 あの程度の魔法でどうダメージを受けろというのか。わざと受けるにしても反射的にやり返すことも考えれば結果的にベストな選択だったのかもしれない。


 意外にこのレベルに合わせるのは高難度だった。それに早い決着は読書の衝動は抑えがたいものがあったからなのだろう。意識してのことではなかった。無為な時間の浪費を感じたのも確かだ。


 決着と同時に不審な視線も鳴りを潜めた。


「大丈夫アルス君? 怪我は?」


 すぐにぐるりと回って駆け足で寄ってきたアリスはアルスの全身を隈なく視界に収める。


「この訓練場では身体的ダメージはないんだぞ」

「……あっ! そうだったね」


 怪訝そうに顔をしかめるアリスはまだ何か違和感があるといった具合だった。


 アルスは自分の体を一瞥して些細な失態に気が付いた。もちろん爆風を起こしたのはアルスだ。何をしたのか悟られないための措置だったのだが、そんなことで服を汚したくなかったアルスは無意識に体全体を魔力でコーティングしていたのだ。あまり珍しいことではない。任務の時も魔力は常に体を覆う程度に放出しているのだから。

 

 魔力というものは有機物に対して馴染む特性を持つため、体内に取り込まれてしまうのだ。常に放出し続けなければならない。ただ・・体に張り巡らせたからと言って攻撃を防ぐ防壁の代わりにはなり得ないのだ。せいぜいが埃や液体を付着させない程度だろう。

 その一方で、無機物に対しては馴染む親和性がないため、物質の強化や魔力を留めることが出来るのだ。ようは練度の問題でもある。


 今のアルスは凄い粉塵の只中にいたはずなのに汚れ一つない状態である。

 咄嗟に――。


「そんなことより友達の心配はしなくていいのか」

「フィアは大丈夫よ。すごく強いもの」


 フィア? テスフィアだからかと納得したものの、興味がないので戦闘中の第八訓練場を背にアルスの視線は本へと向かった。先ほどの模擬戦の時に剣を本で受けたため傷が入っていないか表紙を見る。いくら魔力で覆ったとはいえ、紙は紙だ。しかし、そこには切り傷どころか汚れ一つない。

 確認を終え安堵してアルスは切り替えた。


「アリスだったっけ? 君もそろそろだろ」

「うん」


 早く自分の世界に入りたいアルスは話題を逸らした。


「俺は負けたけど頑張ってくれ」

「もちろん」


 心にもないことを言ったが、これ以上長引くこともない。

 アリスは破顔して袖を捲くった。


 アルスはそのまま別れて、扉付近の壁へとゆっくり腰を降ろす。普段より口数が多いことに少しの疲労を感じているようだった。


 魔法師にとって模擬戦は盛り上がる授業の一つだ。魔法の行使は訓練場以外では許可なく使用することが禁止されているため、日頃の成果を試す絶好の場である。

 だから新入生のアルスがすでに冷めたように観戦の輪に加わらない姿はさぞ落ちぶれて映ることだろう。


 テスフィアも試合が終わって揚々と訓練場を出た。すぐにアリスと話し始めると、口の端を上げてもたれかかるアルスを一瞥し、一笑する。

 彼女が試合した第八訓練場に次はアリスが入れ替わりで入っていった。対戦相手は男だが、魔法師の戦闘に男女の隔たりはない。つまり、腕力が活躍する場以上に魔法の技量が大きく左右する。



 嘲笑するためにアルスの模擬戦を観戦していた連中とは違い、アリスは真剣そのものだった。観戦してもらった礼というのもおかしな話だが、アルスは少しの間だけ彼女の戦闘に貴重な時間を割くことにした。


 アリスは薙刀を持っていた。


(こっちもまた古風な)


 しかし、アリスの薙刀捌きは目を瞠るものがあった。速いとか巧みな槍術とかではなく、動作が流麗なのだ。まだまだ拙さや雑さが目立つが攻勢から防勢、その切り替えが鮮やかなのだ。曲芸のようではあるが、隙を限りなく減らすように洗練されていた。アリスが扱う薙刀は貸し出し用の物だが、普段から使い慣れていないとああは動けない筈だ。

 薙刀というより槍を扱うことに長けているのだろう。


 これだけの武芸には一見の価値があるのだろうが、それだけでは勝敗が決しないのが魔法戦だ。


 勝敗の要はやはり魔法だ。魔物を相手にした実戦では武器に付与効果エンチャントする技法も有効ではあるが、それでも基本的に魔法単体に勝るものではない。というのも魔物の多くは切り傷などのダメージを再生する再生能力を持つ個体がいる。

 魔物との戦闘においては魔物の核を正確に捉えるか、撃滅させる必要がある。その点で、威力と範囲において魔法の行使は有効な手段の一つだ。

 魔物の核は個体によって位置が変動するため正確に捉えるのは難儀である。


 アリスの対戦相手の装備はナックルダスターだ。格闘戦を好む魔法師が使うメジャーな代物だ。

 その先端から【氷の矢(アイスアロー)】が生み出され、停滞する矢尻を殴りつけて飛ばす。

 初等教育しか受けていない新米魔法師がよく使う初位級魔法だ。これらは炎や水、氷、風、雷、土などの基礎属性に共通する攻性魔法であり、初等教育で真っ先に習う魔法でもある。


 アリスは高速で薙刀を縦横無尽に回転させると次第に刀身が淡く光りだした。


「…………!」


 アイスアローが薙刀に触れると粉々に分解される。しかし、それだけではない。砕けた氷のつぶてが跳ね返り、放った男へと勢いを増して襲いかかった。


 一瞬で男はひっくり返るように倒れ、あっという間に決着してしまった。テスフィア同様に歓声が上がり、クラス内で二人しかいない四桁の実力を知らしめた。


 軽快に訓練場を出ると、示し合わせたようにテスフィアとハイタッチをかわすアリス。


(今のは【反射リフレクション】……いや【乱反射リディクション】か)


 【リフレクション】、俗にカウンターとも呼ばれる中位級魔法だ。さらにもう一段階上の【乱反射リディクション】は学生で使えるレベルの代物ではない。どちらも性質は光性。ただ、光性の魔法を使える者は少ない。個々人による属性の適性は後天的に取得されるものだが、光性の場合は先天的な適性が必要とされるため、扱える魔法師は希少だ。他に闇があり、エレメントとも呼ばれている。

 そしてそれに属さない性質もある。アルスのように……。



・「最強魔法師の隠遁計画」書籍化のお知らせ

・タイトルは「最強魔法師の隠遁計画 1」

・出版社はホビージャパン、HJ文庫より、2017年3月1日(水)発売予定

・HJ文庫様の公式サイト「読める!HJ文庫」で外伝を掲載させてもらっております。

(http://yomeru-hj.net/novel/saikyomahoushi/)

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[一言] 114話まで読んだけど 当時は寝取られみたいな要素に耐えきれんくて読むのをやめたんよなぁ…確か|ω' ) ※吾輩がそう感じただけで実際はそんな事ないから感想欄を見た読者は気にしないでくれ(…
[気になる点] 魔法というものをちゃんと調べてから、作品で魔法を扱うと良い。 無詠唱とか、ただの超能力でしょ… [一言] 先ほど、今更ながらこの作品を読み始めました。 作品自体は面白いかもしれませんが…
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