再現の労力
「ちょうど講義中でよかったわね。じゃなかったら大騒ぎよ」
そんな悪い笑みを向けてくるテスフィアにアルスはどうやって虐めてやろうかと考えるが、それは全てを聞いてからでなくてはならない。
現在はルサールカからアルファに帰り、見慣れた第2魔法学院の正門を潜ったあたり。アルスとロキは転移門を使用できないため、彼女らに導かれるまま着いてきている状況だ。間もなく下校時間間際という頃から考えれば間一髪なのだろう。
それでも国境を越えるまでは改良されつつある転移門によってほとんど時間的な遅延は見られない。
急速な発展は旧式転移門の数十倍まで転移を可能にしている。無論、これには人数制限、はたまた転移までの複写時間などいくつかの条件がある。幸いにもそうした転移門はアルファを発祥としており、現在復興中のルサールカ間に設置されていた。その開通ルートとしては今後各国にも整備されるであろう技術だ。
ともあれいくら講義中とはいえ、講義のない生徒は普通に出歩いているため、人目が付かないということはない。そのため、どの道騒ぎになる事態は避けられないのだろう。
それでもテスフィアやアリスのペースは変わらない。
「それでテスフィアさん、いったいどこに連れていくつもりですか……ハッ!」
ロキにしては珍しく何かを察したように「全校生徒を平伏させるつもりですね。フィアさんにしては世紀のアイデアです!」と満足げに頷く。そんな喜色を湛えた顔をアルスを含めた全員が不安げな目で見た。
「何がハッ、よ。そんなわけないでしょ!!」
「ロキちゃんは変わらないねぇ」
微笑ましげにアリスが間延びした声を宙に溶け込ませた。
しかし、これに対しての返答は実に刺々しいものがあった。
「アリスさんは随分変わられたようで」
ロキの視線がアリスの身体の一部分を捕捉している。ロキだからこそ敏感に察知したのだろう。二人と離れてから結構時間が経つ。当然、成長期である彼女たちは以前とは違った外見的成長を窺わせている。
それは当然ロキにもいえた。本人も口にはしないが、少し背が伸びたと自負しているほどだ。
ただ背が伸びただけで大人びているかというとそうでもないのだろう。アルスとの身長差は埋まらず、比較するのもおこがましいほどの胸は今現在眼前で実っていた。
何かがおかしい。
――この世に神はいないと確信しました。
そんな理不尽な世界に対しての宣戦布告。ひどく冷淡な口調で内心に響き渡る。
それでも唯一の救いはもう一人の赤毛の少女だろう。彼女もまた少し背が伸びた程度であり、元々美人であることから更に綺麗になったとロキから見ても悔しいが確かだ。
しかしながら、ほとんどの栄養はその活発なまでの動力に充てられたようだ。赤毛の少女の胸部からすっと視線を移動してムカムカしていた胸中が少し和らいだのを感じる。あれぐらいならばまだ許容内だ。
以前ほどの嫌悪感を抱かないのはそういった理由もあったのだろうか。
「なんか、凄く失礼な気がするわ」とテスフィアが発した声と同時に逸したロキの顔を追う。
そんな二人を他所にそうかなぁ~と歯が浮きそうな声でアルスに迫るアリスは身長を比べるように頭の上に手をあてた。
それを見てロキ然り、テスフィアも何一つ言えない。
テスフィア自身、親友の変化を理解していたのだ。毎日顔を合わせているのだから気づかない、なんてことはなかった。
だからこそ、何か言えば自分に返ってくることを知っている。
まさにテスフィアとロキが見えない何かで結託した瞬間でもあった。
勝者が敗者に掛ける言葉などないのだ。
アリスの成長をここで明確にしたところで、誰も幸福にはならない――約一名喜ぶ性別が混ざっているのは確かだが。
どのみち、掘り進めた先で慰みの言葉がアリスから返ってくるだけだ。彼女は根は素直だが、それは無意識の天然とも言い換えられる。そんなお世辞にもならない言葉が返ってきた日には、きっと惨めなだけなのだろう。
だからこそ、テスフィアとロキはグッと堪える――こんなところでまざまざとその差を露呈させる必要はない、自ら傷口を広げる必要などないのだ。
「じゃ、そろそろ聞かせてもらおうか?」
「ん……何を?」
とぼけた顔で反問するテスフィアにアルスの頬が引き攣る。
話題を戻した途端にど忘れを決め込む彼女にアルスは容赦なく頭に手を置き、
「え、な、なに……いたたたたッ!?」
頭を片手で包み込み、キツく指に力を込めた。
なんとか腕から逃れたテスフィアに向かって「おちょくってるのか」。
「うそうそ……」
「というか、そもそもお前らは何故任務なんかやっている、退学にでもなったか」
「一緒にしないでくれますぅ」
一向に話が進まない間に気がつけばアルスが自室として使っていた研究棟に着いていた。
見かねたアリスがテスフィアに変わって引き継ぐ。
「協会の依頼は学院のカリキュラムにも含まれていて、実際に履修するわけじゃなくてね。空いた時間に依頼をこなすことで単位を融通してくれるようになったんだよぉ」
「協会と学院が上手いこと連携したか」
ここまでは予想済みだが、イリイスの手腕は確かなようだ。
元々外界任務も含めて学院所属の生徒たちに実戦訓練を求める風潮になりつつあるのは確かだ。基本的に学生の外界任務は監督者として現役魔法師が付き添うことになっている。
「それでお前たちは何故俺らを探していた」
今、二人が着用しているのは第二魔法学院の制服だが、マントに記されたものは学院の校章ではなく、協会所属を示すデザインが載っている。
「いや、あんたが帰ってこないからでしょ!」
「誰に聞いても居場所がわからないっていうんだよねぇ……だから依頼をこなせば他国にも行きやすいし、正当な理由で休めるってことかなぁ」
「なるほどな。だが、お前らは俺を探し出すことを任務にしていたようだが……」
帰ってこない、ということに対してアルスは口を開かなかった。いや、彼女たちとの再会を避けていたため、正当な理由を見つけられなかったのだ。
いずれは顔を見せなければならないと思いつつも、どこかで縁は途切れたものだとも思っていた。相容れない世界、相容れない価値観、そうしたものは二人に必要のないものだ。
帰ってこないからでしょ、と告げられたその言葉に何も返すことができなかった。
だから苦しくも誤魔化せたことに安堵を覚える、一先ずは難を逃れたということなのだろう。
その証拠にテスフィアは特段追求せず逸した話題に乗っかってきた。
「協会の依頼といってもかなり幅が広いみたいなのよ。国や軍からの依頼は当然多いし、個人での依頼も正当な報酬と協会の審査を通ることで発注もできる。それに個人の利益に繋がらないものであり、かつ協会が必要と判断した案件に関しては協会自体が依頼を発注することもあるみたい。でね、運良く面白い依頼が舞い込んできてね」
「そうそう、願ったりな依頼」
アリスがテスフィアの告げる面白い依頼に賛同し、二人で含むような笑みを向けてくる。
その頃にはちょうど研究棟の最上階に到達し、懐かしさすら覚える重厚な扉の前でテスフィアとアリスは一端口を閉ざした。
そしてパネルの上で解錠の承認を終えると、緩慢な滑りを見せて扉が開いていく。
一度、空き部屋になったこの研究室の施錠などコンソールのリセット化がなされている。アルスの容疑が晴れた段階で押収された荷物が戻ってきたために用心としてテスフィアとアリスの再登録がされていた。
もちろん室内の定期清掃を条件に。
アルスの知り得た情報では全て押収されたはず、それ以前に押収されると踏んだからこそ、ここに二人の訓練マニュアルを残していったのだ。
しかし、覗く室内の様相はアルスとロキが此処を出ていった時となんら変わらないものであった。
埃が積もっていて当然の室内は出ていった時から何一つ変わっていない。
「大変だったんだよぉ。ここの部屋は広いから掃除するのだって時間が掛かるし、荷物も元の配置に移動するだけで結構な重労働だったんだよ。変な筋肉ついたら……アルのせい?」
アリスの突拍子もない責任転換にアルスは「それは悪かった」と素直に口を吐いた。
「持っていったんだから、元の配置にぐらい戻せってのよ。物も少ないと思っていたけど、実際に届く荷物は相当な量があったんだから。掃除だって苦労したんだからね。広いってのも逆に考えものよ。ねっアリス」
「え……!?」
「えッ!! 一緒に頑張った、よね」
ここに来てまさかの裏切り。
呆然とテスフィアは瞳を潤ませながらアリスに縋り付くように腕を伸ばしていた。確かにテスフィアの清掃スキルはお世辞にも高いとはいえない。
アリスと比べれば半分ほどの作業効率であっただろう。それでも今日まで一緒に頑張ってきた仲間、だと信じていたのだ。
伸ばされ、ユラユラと近づいてくる両腕をアリスは掬い上げるように取り、聖女の如き微笑を親友に向ける。
「一緒に頑張ったよ。うん、アル……フィアだって一生懸命だったんだから」
優しくフォローするアリスにアルスも、ロキでさえも抗い難いものを感じた。努力に対して労わなければという彼女が持つ天性の誘導。
だが、そんなアリスの目が一瞬逸れ。
「でも……あれ、壊したのは私じゃないよ」
「アリズゥゥゥゥゥ!!!!」
テスフィアの叫びが玄関口で研究棟内に響き渡った。
・「最強魔法師の隠遁計画」書籍化のお知らせ
・タイトルは「最強魔法師の隠遁計画 1」
・出版社はホビージャパン、HJ文庫より、2017年3月1日(水)発売予定
・HJ文庫様の公式サイト「読める!HJ文庫」で外伝を掲載させてもらっております。
(http://yomeru-hj.net/novel/saikyomahoushi/)