帰還
天高くから落ちてくる球体――障壁を展開していた――それをテスフィアは危なげなくキャッチした。
球体の表面を見ながらいくつかのボタンを押していくと、駆動音が止み、内部から起動を示す光が消える。
「少し見ない間に面白い物ができたな」
アルスの研究者としての好奇心が首をもたげた瞬間だ。
それに答えたのは珍しくテスフィアだった。居住まいをただし、いつかのアルスのように教師然と饒舌に語りだす。
「これ? コホンッ……え~っと、これは《デュエル・スフィア》というのよ…………」
「で?」
続きを促すが、テスフィアは明後日の方向に視線をずらし、口が何かを言おうと動くが言葉を発することはなかった。慣れないことをしたために、せっかく聞いた内容が記憶の落とし穴に落ちてしまったようだ。
「アル、障壁に必要なエネルギーはどうしてるのでしょう」
ふいにそんな疑問を投げつけるロキはきっとこの後の展開を予想していたのだろう。疑問など些細なことのように微笑ましげな口元がそう告げている。
そしてロキの掌に誘われるようにアルスは「ふむ」と思案し始めたのだ。
「恐らく疑似魔力によるものだろう。学院の訓練場のものもそうだが、置換システム自体は機械と疑似魔力によるものだ。あれに関してはそもそも魔法とは違う構成を機械と専用術式が補完しているため、疑似魔力でも十分展開できるんだ。知らないとは思うが、訓練場にある障壁はコスト的には安価だが、必要とする疑似魔力量は相応のものがある」
「そうだったのですね」
疑問が解消されたというよりもこの雰囲気、このやり取りがロキにとって学院の頃を思い出させる。そのため、屈託のない笑みで応えるという齟齬のような事態にアルスは二の句を一瞬躊躇った。
「そ、そう、それよ!!」
ビシッと言いたいことをズバリ言ってくれたように指差すテスフィア。まさに痒いところに手が届いた瞬間なのだが。
「なんで、初めて見る俺がお前より詳しいんだよ。ともあれ、合っているということは……」
「そう、アルが各国に配置した疑似防護壁【第三のバベル】のおかげらしいよぉ」
テスフィアが口を開く前、更にはアルスが続けようとした言葉を引き継いだのはアリスだった。チラリと親友を見て「交代」と茶目っ気のある顔でウインクを飛ばす。
しかし、アルスからしてみればアリスの発言は予想していなかったものだ。アルスが制作したというのは各国でも秘匿扱いになっている。表向きは7カ国が共同で設置をし、この国家プロジェクトに協会も一枚噛んでいるという筋書きが白紙になった気分だ。
そんな引き攣り気味のアルスの表情を見て、アリスは慌てて両手を振る。
「違うの。誰にも言ってないよ、ほんとだよぉ。会長にもそう言われてるし」
「会長……?」
「うん、イリイス会長。《デュエル・スフィア》についても協会貸出だし、説明も一通り受けたから完全に受け売り……」
頬を掻いて偉そうに解説したとでも思ったのか、自嘲を混じらせるアリスであった。が、説明を受けたのであろう赤毛の少女はすっかりと忘れているのが現実だ。テスフィアの背伸びに対してアルスの評価は一時保留となった。
「イリイスか、歳を取ると口が軽くなるというのは本当だったか」
若い者と話したくなる、というのは外界の拠点【ウィクトル】でも見られた光景だ。
二人の「歳?」という疑問が尾を引く前にアルスは失言に対しての転換を図る。本人も気にしているようだし、これも公にできないものだ。イリイスという名にしたのは彼女が決別するばかりではなく、再スタートを切るためのもの。
「事情に関しては理解した、大方任務というのもイリイスが絡んでのものなんだろう」
もちろん、という即答。
「でね、今、各国の研究者たちがこぞって制作過程についての資料を読み漁っているらしくて、過去類を見ないほどの開発ラッシュらしいよ。確か既存のものよりエネルギー効率が凄いとか、数年分は魔法学の分野で短縮した理論だとかって」
【第三のバベル】の制作に携わった多くの各国研究者から再三に渡って要請を受け、アルスも開示に踏み切ったのだ。防護壁に関するものは各国元首のみにその権限を握らせているため、公表はできないが、その稼働効率など主に燃費の部分に関してのみ公表した。
その結果として《デュエル・スフィア》のように小型であり、携帯できる障壁が開発されたのだろう。疑似魔力は万能であるが、その消費量において需要と供給のバランスが取れていなかったのだ。インフラ整備などで度々疑似魔力はその真価を発揮してきたものの、その生成量にも限界があった。
そのため、多くのものは消費に対して供給が間に合わないという事態が現状であった。しかし、アルスの考案した理論によってその消費量は半分以下にまで抑えられた。無論、消費に加え、それはこれまでの疑似魔力の性質に着目した発想であり、遥かに良質な疑似魔力の生成が根本から見直されたのだ。
別タンクに設けるという面でも蓄える技術も大幅に向上していた。
つまり、生み出す疑似魔力が少量でもその発揮する効果は純粋な魔力の代替に近いものがある。
急激な発展が良いことばかりではないという過去の教訓をアルスは抱いていた。とはいえ、恐れるばかりでは何も発展は望めないのだろう。
ルサールカの急速な復興にも一役買ってると思えばこれでよかったのかもしれない。
「でね、それでね……」
そういって割り込むテスフィアはこれまで溜め込んだ報告の山が一気に押し寄せたようにすぐに言葉へと変えられず、勢いだけが先走る。
子供のようでもあるが、頭ごなしに咎められないのはそのはしゃぐ様子を見てしまえばわかろう。
《デュエル・スフィア》だけのことではない。今はそれらの知り得た知識を披露したい気持ちが先導するものの余計な感情が濁してしまっているのかもしれない。
それでも彼女の表情からは嬉々とした様が感じ取れる。
「アル、何か……」
「……少し騒がしくなってきたな」
ロキの声に続いてアルスも気づく、まだ市街から大きく離れてはいないが急激な喧騒が徐々に鼓膜を震わせたのだ。
その原因ならば、とテスフィアが《デュエル・スフィア》の一部分を指し示しながら解説した。
「ここにカメラが搭載されていて、一応中継できるようになっているん、だけど……」
「ちょっと待て! お前ら、俺たちの居場所をどうやって捕捉した。リークしたのは誰だ」
「それは……」
と一度テスフィアとアリスは互いに目を合わせて、言ってもよいかの確認を取るとすぐに決断された。
「「ルサールカ元首のリチア様?」」
僅かな疑問符を付けたのはその名前を口にするのが恐れ多かったからだろう。
――そういうことか。一杯食わされた。
これはリチアの配慮であるのは明らかだった。アルス自身、気にしていないかもしれないが、容疑が晴れた者であろうと再度その名声を取り戻させるのは難しい。
少なくともリチアは自国民が偏見をもたないために、今回アルスには告げず、模擬戦の一部始終を国内に流したのだ。
魔法師同士の戦闘は7カ国親善魔法大会でも馴染みがあり、人目を集めやすい。これで一度植えられた疑念や恐怖心を全て取り除くことはできなくとも、それを緩和する良い機会にはなったはずだ。
もちろん、それだけでなく、復興作業にかられる人々の休息もまた考えていたのかもしれない。
だが、その後のことまでは考えていなかったはずだ。
7カ国内で魔法戦に熱狂しない者はまずいないと言い切れるほど、人気が高い。それは夢の具現、はたまた誇り高き研鑽の剣として人々を守ってくれる力――魔法――なのだから。
騒がしくなる喧騒は徐々に地響きすらもたらす。
それをアルス以外の彼女たちは嬉しそうに頬を緩め、アルスの手を引き。
「ほら、いくわよ」
テスフィアが真っ先にアルスの手を取り、反対側では対抗するようにロキが手を恥ずかしげに下から掬い上げて握る。
背後ではアリスが「逃げろー」と嬉しそうに背中を押してくる。
まるで速度など出るはずもない光景だ。
本当に逃げ切れると思っているのかもわからない。それでもアルスの足は押されるまま、引かれるまま動き出す。
「待て、お前らどこに向かう気だ」
「そりゃ、もちろん学院よ」
・「最強魔法師の隠遁計画」書籍化のお知らせ
・タイトルは「最強魔法師の隠遁計画 1」
・出版社はホビージャパン、HJ文庫より、2017年3月1日(水)発売予定
・HJ文庫様の公式サイト「読める!HJ文庫」で外伝を掲載させてもらっております。
(http://yomeru-hj.net/novel/saikyomahoushi/)