選んだ魔法師への道
アルスの意識は氷騎士以上の危険信号をキャッチしていた。
一振りで容赦なく氷騎士を砕いたアルスはそのまま意識をもう一人の少女へと向ける。最初から感知はしていたが、そろそろ悠長にできない頃合いだろう。
「こっちも……中々どうして……」
やはり理事長が推した彼女たちは紛うことなき天才だ。一言で完結させてしまうのはアルスとしても遺憾ではある。挫折を味わい、自分の中で試行錯誤し、何度でも壁にぶち当たることができることを才能と呼ばずしてなんと呼ぶのかがわからないだけなのだ。
越えるまで体当たりし続ける胆力、効率が悪く、諦めが悪い。それでも一つ一つ確実に用意された試練を彼女たちは確かに越えていた。
自分の指導など彼女たちに歩き方を教えた程度のことなのだろう。そこから立ち、どこを目指して歩き出すか、どこまで歩けるのか、その判断と努力は彼女たちが自ら選んで勝ち取ったものだ。
すでにアリスは邪魔なローブを脱ぎ捨て、胸の前で槍を立てて握っている。その穂先は頭上に向けられており、反対の柄尻にあるはずの円環は見当たらなかった。
すでにアルスの頭上で三つの円環が重なり、等間隔に連なっている。三つの円環がそれぞれ内部に光系統独特の光を満たし、それらが交わろうと重なり合う。
三つが重なったことで一層光は増幅され、アルスは目を細めた。
――上位級魔法、いや、今回の魔法の評価基準の変更によっては……。
そこまで考えてアルスは膨大な魔力を鎖に流し込んだ。
「【天空は灼厄】」
閃光がアルスの頭上から降り注ぐ。魔法を駆使して強制的に陽光を取り入れ、その温度を熱線と化すほどであり、単純な熱量ではなく照射された対象物の温度を急上昇させる魔法。円環が熱量を吸収・上昇させ、その温度さえも円環を通すことで倍増させている。
幾重にも重ねたレンズを通して見る陽光のようだ。
その範囲は極僅かだが、軽く蒸発するレベル。
光系統に限らず、同一系統の魔法師が同じ魔法を会得しているかといえばそうではない。寧ろ、系統内だけでも得意とする魔法的傾向がある。
これは魔力内に含まれた情報、経験や術者自身の変化や成長と密接な関係があるのだ。
だからアリスがこの魔法を自ら選び習得し、自分の物としたならば……。
――そうか、お前たちはそういう道を選んだんだな。
彼女たちが歩く方向だけでもアルスはそれぞれの魔法に見ていた。未だ発展途上にあれど、彼女らが導き出した魔法《答え》はかつてアルスが外界に出て抱いた気持ちとそう違いはないのだろう。
力が欲しい、そんな思いは純粋な魔力として魔法を構成していく。
アルスでも魔法から多くは読み取れない――特に込められた想い・心胸・情感など押して知るべくもないのだろう。
だが、彼女たちが自ら進んだ道、そこには紛れもなくアルスの存在があった。彼がいなかったからこそ自分たちの未熟さを思い知らされた。
自分で選ぶことも、自分が選ばれることもないということを。
だから今はまだ、何かを目指したわけではないのだ、誰かを救いたいわけでもないのだ。ただ、資格すら与えられないことが惨めなだけなのだ。
都合の良い時だけ教えられるだけの存在は卒業しなければならない。今回の一件ではそれを骨身に染みてわかった。手は添えてもらった、見る世界の残酷さも……。
だから一人でも歩けるように、一人でも前を向けるように……きっとそれだけなのだろう。
次は足手まといにならないように、彼が見てくれている今だから、今の内だけだから、手を引いて歩いてくれるのは……。
そんな想いが彼女たちの全力に注がれていたことをアルスだからこそ察せられないのかもしれない……いいや、きっとその一端には触れたのだろう。
真っ向から魔法を迎え撃つのはそういった感覚的な部分を本能的に感じ取ったからなのかもしれない。
頭上から注がれる熱線もまたアルスは回避という選択をあえて取らなかった。避けるのは容易い、そうしないことにアルス自身無意識に彼女たちに何かを伝えたかったのかもしれない。
変わったことだけでも伝えたかったのかもしれない――不器用なやり方ではあるが。
AWRに魔力を流し込み、それは瞬く間に鎖もろとも淡い魔力粒子を発した。アルスの周囲は鎖が螺旋状に渦巻き、まるで幻想的な魔力の光に覆われる。
真っ直ぐ見据えたままアルスは盲目的に片手を頭上に掲げた。微かに指が動き――刹那、頭上に展開される多重障壁。その形状は逆四角錐のような展開であった。
【天空は灼厄】の熱線は多重に展開された障壁の二枚を打ち破ったが、下層に向かって障壁の強度が格段に上がる。圧倒的情報量の前に熱線は光を乱反射されたように散り散りに跳ねた。
単純な魔力不足による【天空は灼厄】はその照射を細めて消えていく。だが、跳ねた熱線は置換値を越えているだろう。
熱線が障壁に弾かれた直後、アルスは即座に並行して魔法を発動させた。それは短剣を軽く振り上げる動作と同時に紡がれた。
「【朽果ての氷華】」
弾かれた熱線も全てが氷華の茨に侵された――置き換えられていた。
魔法の性質そのものを朽ちさせ氷華と変える瞬間冷凍。指定座標の変化そのものを凍結させる魔法である。正しくは変化に対して置き換えると言い換えたほうが的確だろう。
それは凍結までの過程がないのだから。
構成を強引に変質させる最上位級魔法。一度目で防いだのはその魔法の構成を読み解くためだ。触れさえすれば座標や構成に注がれた魔力量など多くの情報を感じ取ることができる。そういう障壁を一枚目と二枚目に展開したのだ。
故にまるで波打つように突如として出現した氷華はその発現座標を正確に反映し氷の華を咲かせる。天辺で射抜かれた円環が涼やかな金属音を鳴らしていた。
すぐさま魔法が解かれ、徐々に消失していく。
が、これで終わりではなかった。そう、彼女たちは全力で成果を発揮したいのだ。それはもう魔力が空になるまで……。
アルスは振り上げた短剣を神速の域で振り下ろす。
その華麗な剣さばきはアルスを見失うほどの初速を生んだ。アルスの立ち位置はそこから少し移動しており、すでに短剣は振り下ろされている――その刀身は魔力刀が伸ばされていた。
そしてアルスの背後には綺麗な――美しくすらある氷剣の断面が陽光を反射していた。あの頃と同じように、しかし、あの頃とは決定的に強度や造形が異なる【アイシクル・ソード】の断面を。
両断された【アイシクル・ソード】と【朽果ての氷華】の魔力残滓が混ざり合うように舞った。
そしてテスフィアとアリスの両名も正真正銘全力であったことへの満足からか、二人揃って腰を落とす。そこには晴れ晴れとした、やり尽くしたことへの称賛が浮かんでいた。
アルスはコードが巻かれるように鞘に収納されていく鎖の最後に短剣を収める。
彼の中で、多くの感慨が染み渡っていくようだ。自分の知らない彼女たちが得た経験、その苦労も時間も……凝縮されて伝わってきたように感じた。
落下してくる円環を指に引っ掛けてキャッチし、ゆっくりと一呼吸だけ間を置く。アリスの方へとまずは足を進め、両足を綺麗に横に並べて座る彼女に手を差し伸べる。
何か口を開くべきか、と思案する間もなく、アリスは満面の笑みを向けた。
「おかえりアル」
それは立たせるために手を貸すアルスとは反対に迎えられた気分にさせるような、そんな調子で……さも久しぶりという雰囲気を掻き消す笑顔で手を取る。
気恥ずかしい気持ちはあるが彼女が向ける朗らかな雰囲気は自然と対になる応答をした。
「ただいまアリス」
お互いに言いたいことは多いのだろう。それでも粗方今の戦闘で何かが伝心したのは間違いない。そうした装飾された言葉を抜きに真っ先に交わす挨拶が心地よい。
そして放置された少女が口を尖らせる前にアルスは彼女の方へと歩み、その後ろをアリスとロキが続いた。
銀髪の少女は邂逅に終始口を閉ざして見守っていた――優しげな口元に、柔らかい目を向けて。
そしてテスフィアの前に立つと彼女はヘタリと直接腰を地面につけて白く滑らかな手を差し伸べてくる。
疲労を顔に湛えて、テスフィアは片目を瞑り、不敵な笑みを向けた。
「どう?」
「まさかそれを使えるまでになっているとは思わなかった」
召喚魔法については一言いってやりたいが、そこはぐっと堪える。再会の場面にきっとそぐわない言葉なのだろう、としっかり脳内にいつでも取り出せるように記憶しておく。
「言いたいことは一杯あるけど……」
パタパタとお尻を叩き、今まで我慢していたように決河する嬉しさが溢れ出す。真っ直ぐアリスと見つめ合って、二人は声を揃えてハイタッチした。
「「任務完遂!!」」
・「最強魔法師の隠遁計画」書籍化のお知らせ
・タイトルは「最強魔法師の隠遁計画 1」
・出版社はホビージャパン、HJ文庫より、2017年3月1日(水)発売予定
・HJ文庫様の公式サイト「読める!HJ文庫」で外伝を掲載させてもらっております。
(http://yomeru-hj.net/novel/saikyomahoushi/)