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最強魔法師の隠遁計画  作者: イズシロ
7部 第1章 「一介の存在」
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成長の証明Ⅱ



 不覚にも楽しくなってきた――彼女たちには随分と時間を貰ってしまった。途中で訓練を投げ出す形になってしまったが、彼女達は変わらずアルスの指示を守っていたようだ。


 こうしてまた会えるということ自体もう無いものと考えていたのだ。テスフィアに見せてしまった余計な顔は彼女たちを遠ざけるに値するもの。


 ロキは彼女たちならばきっと大丈夫だと言っていたが、奇しくもその通りになった。


 だから不覚にも楽しくなってきたのだ。真正面からこられればアルスは自分が何を口走るかわからなかった。どう接すればいいのかわからないのだ。

 だから言葉ではなく身体で対話できるこの状況はやはり不覚にも楽しく、ありがたくもあった。


 その技術一つ一つが今日まで一日たりとも訓練を怠っていない証拠なのだから。

 説いた技術や魔法の費やした時間が、その一挙一動に宿っている。


 彼女たちの成長を見ろと言わんばかりの全力が嬉しくもあり……いや、嬉しさしかないのだろう。越えなくてもいいものまで彼女は乗り越えてきたのだから。

 知らなくていいものまで、受け入れたのだから。


 彼女たちは拒絶ではなく、それを知ってもなお先を歩く意志を貫いた。


 ならばこれは訓練の延長線なのかもしれない。あの日の続きなのかもしれない。


 アルスは迫りくる氷弾の嵐を見据える。彼女たちが自分の知らない間の成長過程を肌で感じるためにアルスも手心は加えても手加減はしない。


 両手を空け、構えた。その瞳は生み出され、放たれる氷弾のすべてを視界に収めているかのようだ。

 そして無数にぶつけられる礫を――額を貫かんと飛ぶ氷弾をアルスは目にも留まらぬ速さで受け止め、瞬時に握り潰した。


 ガリガリと氷が圧縮されたように砕けては魔力残滓を散らせる。

 並の動体視力では不可能な芸当。

 ましてや一分の狂いもなく己に降りかかる全ての礫を握り潰していく。その手の動きを目で捉えることは敵わない。


 まるで予知でもしているかのような、そんな光景に相手は「嘘ッ!!」と条件反射的に漏らしただけだった。

 全てが誤差なく射出されたのだから、着弾から次弾までの誤差など人間の認識領域を越えている。耳で聞いてもそれらの着弾の順番などわかるはずがない。

 つまり、アルスの手は間違いなく神速の域に到達している。何かの絡繰りがあるにせよ見ている側にはそう見えているのだ。


 多角的に認識できる視野を広げ、全ての弾道、弾速から着弾までを予測。実際に片手による圧縮は手に触れる前で礫を圧壊させていた。圧縮を掛けるという動作、空間掌握魔法においてその動きは事象改変のリンクトリガーでしかない。故に実際に起きている現象としては高速で腕が動きつつも、その圧縮は一つ潰す動作に対して複数の礫を破壊していた。

 それを正しく視認出来ないものにとっては常軌を逸している神技。


 アルスの足元に積もるほどの魔力残滓が落ちていく。いや、積もることなどありえないのだが、それでもキラキラとした魔法の崩壊が目の前で繰り広げられていた。


 しかし、次々に生み出される礫の数は増えていく。

 それにともなってさすがのアルスも全て捌ききれなくなってきた。一歩も動かなかった足が次第に避けるためにジリジリと移動を開始する。


 一秒もあれば礫は二十ほどアルスに着弾することができるだろう。そこまで増え続け、やっとアルスでも捌ききれなくなってくる。

 移動すればいいのだが、今のアルスにそれは興が冷める原因でしかないのだろう。


 だから真正面からの魔法戦に移行する。

 いつ抜いたのかすらわからない内に礫を砕けさせるのは腕ではなく、短剣へと切り替わっていた。見えない速度で振るわれる短剣は鎖を伸ばし、宙を泳ぐように彼の周囲で螺旋を描いた。


 そして鎖の環を掴み。


「【永久凍結界ニブルヘイム】」


 その一言が全てを氷結の世界に侵食していく。礫は例外なく氷の世界へと飲まれていった。それだけの目的のために放った最高位魔法。

 だからアルスの意図としては全ての氷弾を魔力に還し、相手が周囲に張った冷気を塗り替えるだけを目的とした。冷気そのものが魔力として系統の基礎構成を終えているのだ。つまり魔力から魔法への構成を格段に省略してくれる土台をすでに展開しているのだ。


 それを消し去ってしまえば複数の氷弾を生み出すことは難しい。


 だが、しかし……氷弾は瞬時に生成を止め、ローブを纏った者は腰を落とした。膨大な魔力が冷気となって溢れ出す。バサバサとはためくローブからフードが払われ、その下で結った紅い髪が流れる。


 彼女――テスフィアは不敵な笑みを向けて腰に差してあるもう一本のAWRを勢い良く抜いた。


「【永久凍結界ニブルヘイム】!!」

「――!!」


 振り抜いた小太刀がテスフィアの周囲に円を描き、その領域を侵食から防いだ。

 改変を改変で打ち消す。


 普段通りアルスが【永久凍結界ニブルヘイム】を使っていたならば構成の緻密さや魔力量で勝ったはず……それでもテスフィアが僅かな領域とはいえ【永久凍結界ニブルヘイム】を形にしたことにはアルスも内心で驚きを隠せなかった。



 彼女たちに課した訓練を記したマニュアルには、確かに【永久凍結界ニブルヘイム】の解説がある。だが、それを読み理解したとてすぐにできるわけではない。いや、訓練を積んだからといってできる類の魔法ではない。


 アルスは彼女が振り抜いた小太刀を見て得心した。

 【雪姫セッキ】と名付けたのはアルス自身だ。見間違うはずもない。あの小太刀は氷系統の基礎構成を鞘内で代替する。魔法師ならば常に体外に流れ出る微少な魔力を使用者から吸収、蓄積するものだ。

 何より、【雪姫セッキ】は魔法のプロセスにおける演算速度で並の魔法師を容易く凌駕し、そこから独自に履歴などから魔法の構成を勝手に進行する。


 という名前通りのジャジャ馬なお嬢様のイメージにピッタリなのだ――アルスの偏見ではあるのだが。


 荒々しい呼吸をテスフィアは繰り返す。それでもまだ戦意は十分。【雪姫セッキ】の刀身に浮かぶ魔法式が鮮やかな光を放った。



 続いて、アルスの眼前で奇妙な魔力反応を肌で感じる。ある意味ではアルスに【永久凍結界ニブルヘイム】以上の衝撃を与えた。


 呆然と間近で展開される魔法の発現をアルスは白い目で見つめた。一応、ちゃんと発現するまで待つ、という姿勢だ。


 目の前には優に2mは越えるであろう、氷の壁がせり立つ。当然、こんな壁を作りたいはずもない、内包される魔力量は過剰過ぎる。何より、魔法独特の光量が情報量の多さを物語っているようにやたらと輝いていた。


 そしてテスフィアは尊大に小太刀を鞘にしまう。そのカチャッという音とともに表層が砕け、内部から氷の騎士が姿を現した。

 まさしく召喚魔法である。誰がどう見てもテスフィアという少女は感覚派だ。頭でチマチマと計算するのが苦手、いや、それ以前に癇癪を起こしてしまうようななのだ。


 まさに芸術的ではあるし、実戦的でもあるのだろう。妙に装飾の凝った作りなのが釈然としないが百歩譲ってそれは許そう。

 だが、アルスは明らかな異変を氷騎士に見た。だからこそ余裕を持って待ったのだ。


 身の丈ほどもある氷の大剣を地面に突き刺し、無骨な柄頭に両手を重ねて乗せる出で立ちはまさに騎士のそれなのだろう。

 異様なほど距離が近いが……それは良い……アルスはテスフィアとの間に割り込まれた氷騎士を下から嘗めるように見、そして少しだけ首を捻ってテスフィアの様子を窺った。


 彼女の努力はよからぬ余興に注がれたようでもあった。

 下手をしたら一番習得に時間を掛けたのでないだろうか。そんな嫌な予感をアルスは無理やり払拭する。テスフィアの形相は少し美少女らしからぬものだ。眉間に寄った皺に加えて息でも止めているのか、苦しいそうな顔。


 なんとかそれに呼応するかのように氷騎士の腕がギチギチと動き出す。まるでぜんまい仕掛けの人形のそれだ。涙ぐましい努力が覗いていた。

 しかし、召喚魔法とはイメージ力も然ることながら細部に渡って構成する仕組みが緻密かつ、通常の魔法とは異なる。


 逞しく、屈強な外見の氷騎士がよろよろと自らの相棒たる大剣を持ち上げるのに苦労していた。

 中にご老人でも入っているのだろうか、とさえ思える不甲斐ない姿。


 そしてアルスの予想はまさしく的中したと言える。


 踏ん張って持ち上げる氷騎士の片腕がポロッと落ちたのだ。

 続いて奥から聞こえてくる「ヒャアァァァ……」という悲鳴。

 

 片腕で命じられた構成プログラムに従った氷騎士は両手で持ち上げられなかった大剣を片手で持ち上げようと奮闘する。しかし、残念ながらこちらも時間をおかずに肘から下がバキッと外れ、柄に残った片手が不気味に浮いていた。


 もう奥から聞こえた悲鳴は鳴り止み、代わりに「今よ、アリス……」と空々しい声が聞こえてくる。



 ――感心しているばかりにはいかないか。


 もう少し見ていたいという欲求と同時に、確かな彼女たちの成長はすでに障壁内の置換システムを越えているはずだ。



・「最強魔法師の隠遁計画」書籍化のお知らせ

・タイトルは「最強魔法師の隠遁計画 1」

・出版社はホビージャパン、HJ文庫より、2017年3月1日(水)発売予定

・HJ文庫様の公式サイト「読める!HJ文庫」で外伝を掲載させてもらっております。

(http://yomeru-hj.net/novel/saikyomahoushi/)

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