成長の証明
アルスは相手を視界に収めて軽く肩を回す。
この障壁を見れば相手が何を望んでいるかなど察せられる。
「一応聞いとくが、手合わせということでいいんだな」
少々強引なやり口にさっさと終わらせてしまうおうかと考える。今回に至ってはルサールカ国内だけあり、手合わせとはいえ、荒立てるのは避けたほうがいいだろう。
ご丁寧にフードまで深く被り、目も合わせない。
フードの陰りの奥で頷く相手にアルスはロキを下がらせる。売られた喧嘩――もとい手合わせはアルスに向けられた挑戦状だ。
しかし時間の無駄だと頭は告げているが、それほど悪い気分でないのも確かだ。軍でさえアルスと訓練をともにする者は少なく、レティの部隊と代わり映えしない。
意外にあるようで少ない手合わせの機会は、対人戦闘の勘を取り戻させてくれる。
外界で準備運動は済ませてある。
――さて、二桁とか、大物が来るとは思えん。かと言って順位が低い者がここまで強引に挑戦してくるとは考えられん……それも直にわかるか。
まったく誂えたようにこの場の四人以外誰もいないのだから、自ら招いたとはいえ変なことになってしまった。
「アル、手加減は忘れないでくださいね」
「無論だ。この簡易版が果たしてどこまで置換できるかも定かじゃないしな。とはいえ、時間を掛けてやるほど面倒見が良くないのを知っているだろ?」
離れようとするロキの忠告をアルスはどこか悪い顔で応える。
彼女は逡巡してからため息とともに諦めて距離を取った。本人は自覚していないかもしれないが、ロキからすれば大概面倒見は良いほうなのだ。そんな声を飲み込んだための消化不良からくるため息が漏れた。
「そっちは二人で構わない。では、ちゃっちゃと始めようか。名無し君」
手招きするように差し出した指がクイクイッと曲がった。
そんなアルスの仕草にローブの二人組は深く被ったフードの陰りの奥で口元を仄かな笑みを湛えた。しかし、その笑みを見るのは僅かな間のみであり、次には手招きに応えるかのように二人はローブの裾をはためかせて構える。
AWRは抜かず、真っ先に一人が駆けた。
――動きは悪くない。やはり魔法師だな……!
駆けながら動く口元、ローブ内から魔力が満ちる構成の光芒が漏れ出していた――刹那。
アルスの周囲に氷の鏡が生える。その表面が淡いライトブルーに包まれ透かした景色を映していた。
透明度はかなり高く、真正面からローブを纏った一人が確認できるほどだ。腰から抜いたAWRの刀身が光を発してくる。視界を遮るにしても……この氷の壁では大した効果は望めないはずだ。真正面から振り被った攻撃をアルスは半歩引いて躱そうとした。
だが――アルスの予想に反してその一太刀は真横から現れた。
――虚像か、面白い。
屈折と反射、その配置を巧みに操り魔法との併用によって虚像を作りだしていた。アルスはそれを見ていたのだ。
とはいえ、その程度の意表はアルスにとって細やかなサプライズにすらならない。
アルスから見て左側の氷が砕け散って抜け出たローブの一人は上段から刀を振り下ろした。纏う魔力操作から三桁魔法師と……いや、それよりは随分と慣れた感じが見て取れる。
魔法の構成に無駄がない。囮に使うには氷の鏡は少々燃費が悪いだろうが。
アルスは振り下ろされる太刀筋を見てから、足元だけの移動で相手の懐に潜り込む。両手で握られた柄を握り更に引き寄せる。
「えッ!?」
か細い声を漏らした相手の傍まで身体を滑らせ、モーション中の相手の腹部を蹴り上げた。身体が曲がり脚力によって上空に向かって吹き飛ぶが。
――防いだか。
そうアルスが蹴りを見舞った直前、咄嗟に柄から片手を放して腕を割り込ませた。衝撃は殺せていないが、悪くない反応だ。
見上げた頭上でその相手は大の字になって上昇の勢いを殺す。そしてすぐさま、反撃に打って出た。
やはり置換された……いや、防いだのであればそもそもダメージにすらならないだろう。
アルスは微かに目を細めた。
それは頭上から氷の剣が降ってきたからだ。
――悪くない構成、魔法回路が造形に反映されているな。
その大きさは平均的な両刃の剣だ。しかし、凝縮されたような造形はつまるところ緻密な構成を辿っている証だ。下手な障壁魔法では一点突破される。
そう下手な障壁、ならば。
アルスは相手を真っ直ぐ見上げる、その手はだらりと垂れ下がっただけでAWRにすら触れていなかった。
そして氷の剣はアルスの頭上で案の定障壁に阻まれた。その拮抗は余波となって周囲にある氷の鏡を粉砕していく。
如何に良い出来の魔法であろうと、まだ足らない。到底アルスの力が発揮されるはずもないのだ。
緻密な構成の魔法に対してアルスも緻密な構成を辿る必要がない。座標の固定、魔法の発現強度、加えて魔力量がそれを可能にしていた。
決して障壁を破ることができない。
氷の剣が砕け散るのが早いだろう。そう思われた直後――アルスの背後で砕け散った氷の鏡からはもう一人の相手が抜け出てきた。
氷の鏡は二重の伏線。
アルスは障壁を張りながら瞬時にもう片手に握り拳を作る。すると障壁と拮抗していた剣が全体を圧縮されたように砕けた。
そして背後に意識を集中させ、間髪入れずに左拳をそのままに振り返り様に振り抜く。
相応の魔力を込めた一撃だ。ついでに衝撃を生み出す風系統の魔法を構成途中で留めている。
「――!!」
拳に遠心力を加えアルスの身体も反転した。しかし、左拳は容易く弾かれた。
弾かれた現象はアルスの拳を払った手に見て取れる。
――【反射】!!
手を【反射】で覆ったことで魔力を纏ったアルスの拳を魔法で弾いたのだ。何より反動がでかい。
相手にとっては軽く叩いた程度だが、それ以上に弾かれたほうが身体ごと引っ張られる。反射神経も然ることながら必ず対処してくるという予想がなければできない動きだ。
「使い方が上手くなったな」
そんなしみじみと溢れた感想の間も相手は滑るように距離を詰め、拳を合わせてきた。
氷系統と光系統の組み合わせなどアルスの知る限り二人しか存在しない。
迫る拳を片手でパシッと受け止め、握り込む。弾かれた腕を巻き込むように身体を相手の下に潜らせて腕ごと肩に担ぐ。流れる動作に勢いを乗せそのまま背負うように投げ飛ばした。
握った手が相手の身体を浮かせ、投げ飛ばすまでの間、アルスは内心でロキに向けて「気づいていたな」と毒づく――それほど悪くない顔を浮かべながら。
一直線に投げ飛ばされた相手は背から金槍を引き抜き、柄尻で地面を叩き速度を殺すとステップでも踏むかのようにバク転を繰り返し、最後に大きく跳躍して着地してみせた。
そしてすぐさまアルスは意識をもう一人に移す。
丁度こちらも着地したところだ。屈めた膝がゆっくりと立ち上がるために伸びていく。その手には刀が握られ、もう片手は反対の腰に沿えられている。
微かに刀身が浮く、それだけで足元を冷気が駆け抜けていった。
相手がフードの下で発する息さえも白い。
だが、沿えたもう片方の剣を抜かずに相手は刀の刃先をアルスへと向ける。冷気が指向を与えられたように周囲に無数の氷の礫が生み出された。
小さくもその氷は数えるのすら面倒になるほどの量だ。
それを見てもアルスはAWRを抜かず、されども瞳に真剣な雰囲気を灯す。
そしてローブの袂から覗く紅い髪が揺れ、白い息を吐きながら唱える。
「【氷塊散弾】」
一斉に生み出されては放たれる氷塊の弾丸が一直線に射出された。連続して空気を切り裂く音が重なって響いた。
・「最強魔法師の隠遁計画」書籍化のお知らせ
・タイトルは「最強魔法師の隠遁計画 1」
・出版社はホビージャパン、HJ文庫より、2017年3月1日(水)発売予定
・HJ文庫様の公式サイト「読める!HJ文庫」で外伝を掲載させてもらっております。
(http://yomeru-hj.net/novel/saikyomahoushi/)