追われる邂逅
7カ国の中心に聳える白亜の塔。
その効力が切れたのは三ヶ月近くも前のことだ。
崇高な塔は今も人々の心の拠り所となっているのは言うまでもない。
外界との境界線が取り払われてから、特に魔法師は帰る目印としてそのモニュメントを遥か彼方からでも探すことができるのだ。
秘密は守られ、バベルの塔は変わらぬ威光を注いでるのだろう。
何も変わりはしない、目に見えるものは程度では何も変われない。そういう何かが少しだけ変化したのかもしれない。そんな気づかないような変化は、ここルサールカにも確かに表れていた。
やはり外界と同じ気温の変化、特に季節のうつろいは今までのように調節できる気温を優に越えてくる。徐々に寒波が到来する季節。
しかしながら外界の季節でいえばまだ晩夏といったところだろう。
ルサールカ最大都市【フォネスワ】全国からボランティアが集まり、急ピッチでの復興が行われていた。
「リチア様に言われて来てみたが、こうも早いとは……」
「さすがにこれには驚かされました。見たところ魔法師の数も多いようですが」
「だろうな。ただ人手を集めただけじゃこうはいかないものだ。外敵である魔物が現れたからこそ魔法の発展は殺傷性に富むものになったが、本来の魔法は日常生活を補うものであり、そうした役割こそが魔法のあるべき姿だったからな」
アルスとロキはリチアからの招待以来初めてルサールカを訪れていた。被害状況や規模、その犯行に使われた魔法――【空置型誘爆爆轟】は新たに発表された魔法ランクでも【極致級】として分類されている。
それは単純な威力や殺傷性において突出した脅威度の表れだ。その爪痕は目を通した資料からも過去類をみないものだった、はずだ。
真っ先に建てられたのは慰霊碑だった。過去【フォネスワ】の街並みは中心に巨大な噴水を構え、そこから四方に広がるメインストリートがフォネスワの代名詞と呼ばれる様相であった。
しかし、今は噴水の代わりに荘厳な慰霊碑が立ち、その中心に【ヒスピダ・オフェーム】の名前が彫られている。
完全に復興が進んでいるわけではないが、それでもこの国の人々は前を向いて今日を生きていた。
そして二人がルサールカを訪れたのは気まぐれや心配からではない。
単純にアルスとロキは外界の拠点である【ウィクトル】でクロケルを埋葬した事実をラティファに告げ、彼女が理解できるまでともに過ごしていたのだ。
今、ラティファはバベルに近く、この7カ国で最も安全な場所で安静にしているだろう。
さすがのアルスでさえも彼女の寿命を正確に算出することはできなかった。ただし普通の人間と同じだけの時を生きられるかと言われれば、推して知るべしだと言う他無い。
ただ彼女は全てを受け入れてこう告げた。誰だっていつまで生きられるかわからない、と。
今、彼女は必死に失われた時間を取り戻そうと勉強に勤しんでいる。無論、安静にしていなければならないのだが。
それがおよそ一ヶ月ほど。それからアルスとロキは7カ国の外周を大きく見て回ったのだ。
もちろん食事などは現地調達、折を見て【ウィクトル】に帰還しては、また別の方角を目指して世界を見て回った。
といえばスケールの大きな話だが、実際は気温や気候さえもアルファから遠ざかれば遠ざかるほど変化する。これまでアルファから大きく出れなかったアルスは排他的領域侵犯を気にすること無く見て回れたのだ。
そして最後に復興に人員を割かなければならないルサールカで粗方周辺の魔物を狩り、その報告がてら軍に立ち寄れば、あれよあれよという間にケイエノス宮殿内で――シングル魔法師の離反、犯罪組織クラマとの共謀、一連のテロ行為以来の――再会を果たしていた。
表向き事件は国家転覆罪とされており、クラマ傘下の犯罪者は全て先の戦いで命を落としている。
そんなこともあり、積もる話を察したアルスは早々にお暇してきたのだ。ただ、リチア自身、先の戦いは多分に私情が入ってしまったと悲しげに言っていた。
なお、ジャンに関してはすでに外界で対面を果たしている。今現在、彼は少数の部隊で内と外を忙しくも行き来しているという。
そして口裏を合わせてはいないのだろうが、ジャンにも、リチアにも是非【フォネスワ】を見ていってくれと言われて今に至る。
さすがのアルスも【フォネスワ】全域を見て回ることができないが、中心に置かれる慰霊碑から見渡すだけでも十分わかってしまう。
「相当金も掛かってるな」
「一体何の材質でしょうか」
「いや、材質じゃない。塗装のほうだな。かなり魔力に対して親和性の高いもの、いや、どちらかという魔力情報の結合を断裂する類だな。少し見ない間に面白い物が開発されたようだ」
「そのようですね」
そんなことを言うアルスの口調をロキはどこか呆れ混じりの相槌で返す。
こういうのを研究者独特の探究心を擽るというのだろう。と、幾度と見てきた子供のような表情だけに厳しい言葉が口を出ていかない。
そんな自分にロキは呆れるのであった。
ふいにとあることがロキの意識を切り替えさせた。
「それにしてもどこか余所余所しいですね」
復興が完璧に済んでいないとはいえ、以前と変わらぬ賑わいを見せている。昼を回った辺りなのだから当然といえば当然だし、人の往来もかなりのものだ。
一見はぐれてしまいそうな人ごみだが、それはアルスとロキの周囲から距離が空いていた。
だからこそロキは余所余所しいと感じたのだ。アルファのような騒動にならないのはアルスにとっては気が楽でいいのだが、かといってまったく気づいていないというのではない。
単に遠巻きから様子を窺うような、されども邪険にされているという印象を受けないのだ。
妙な居心地の悪さは人々が意識的にエキストラに徹してるといった雰囲気を纏っていたからだ。
聞こえてくる入り乱れた会話は果たして普段通りと言えるのだろうか。
二人はそんな街の様子を視界に収めて歩き続ける。初めて来た余所者のような扱いはアルスからしてみば慣れたものだ
ただ、この違和感に理由をつけるとすれば。
「それもそうだろうな。一時的とは言えルサールカ国内の怒りの矛先が俺だったんだ。その当人が突然現れれば誰だって反応に困るさ」
「私はまた一騒動になると思っていましたが」
果たしてロキの表情は意地の悪い笑みだったのか、それとも本心が表層に現れた故の微笑みだったのか。受け手の印象に委ねられるそんな表情だった。
無論アルスは前者の笑みと判断したようだが。
元々変装してもアルファではすぐに見破られ、軍総出で出迎えられればあまり意味はない。そんな経験から今回も特別変装をしなかったのだ。
「さて、どうしたものか」
「どうしましょうか」
そのせいなのか、先程から後を付けられているのだ。もちろん敵意はない。かといって好奇心から追っかけをしているというわけでもなさそうだ。
明らかな追跡はなんとも杜撰なもので、アルスでなくとも容易に気づかれそうなものだ。
だからこそ対処に困る。
今更アルスに喧嘩をふっかけてくるような馬鹿はいないだろうが、有名人であることに変わりない。軍での経験を思い起こせば、胸を借りたいという魔法師は少なからずいた。
何より、追跡者のシルエットはアルスの視野では不審でしかない。全身を覆うローブ……この二人の追尾を振り切るのは容易い、のだが。
しかし、軍関係だとすれば二度手間だ。国の管理下から外れたアルスとロキだが、その縁までは切ることはできない。こうして国の中にいるのならば郷に従わなくてはならないのだろう。それが規則であり、ルールであり、秩序なのだから。
すでに思考するまでもなく、結論は出ていた。アルスの向かう先は広げた視野で確認した限り人影のない広場。
時間的に人影がないというのは疑問しかないが、人に聞かれる心配もなければ、最悪戦闘になったとしても目撃者は減らせる。
人口の芝で覆われた広場、公園といえるほどにはベンチだったり、簡単な遊具が見られる。その中心辺りでアルスとロキは足を止めて一瞬の内に振り返った。
追跡していた相手もこの期に及んで姿を隠す必要がなくなったのか、毅然と正面に立つ。
「…………ん?」
警戒ではないが、その者たちのうち一人がゴソゴソと腰から何かを取り出した。
それは丸い球体のようで、握り込んだ指の隙間から機械的な構造が見えた。指で何かしらの操作をしており、魔力が通う。
それを勢い良く上空に投げると、球は上昇していき、粒ほども小さくなったところで滞空した。そして淡い光が漏れ出し、内部でモーターのような駆動音が響き渡る。
するとそこから展開された障壁がこの広場一帯を覆い尽くす。
「見ない間にこんなモノまで開発されていたか」
「なんでしょうか」
「簡単なものだ。いうほど単純でもないがな。ようは学院の訓練場で使われるダメージ置換システムを組み込んだ障壁だ」
「その簡易版ということですか」
・「最強魔法師の隠遁計画」書籍化のお知らせ
・タイトルは「最強魔法師の隠遁計画 1」
・出版社はホビージャパン、HJ文庫より、2017年3月1日(水)発売予定
・HJ文庫様の公式サイト「読める!HJ文庫」で外伝を掲載させてもらっております。
(http://yomeru-hj.net/novel/saikyomahoushi/)